ある秋の晩餐会、婚約者である彼と共に参加したのですが、そこで私を待っていたのは――。
それはある秋の晩餐会。
私は婚約者マードリックと共に参加していたのだが――少し目を離した隙に彼はどこかへ行ってしまい、しばらくしてようやく戻ってきた彼は私の知らない女性を傍に侍らせていた。
「リーン、伝えたいことがある」
「マードリック……?」
まさかの女連れに戸惑っていると。
「お前との婚約だが、破棄とすることにした」
突如そんなことを告げられてしまった。
「え……」
「お前とは生きない」
「ま、待って、いきなり何を」
困惑してまともな言葉を返せないままでいたところ。
「俺はお前を選びはしない! お前を選ばず、捨て、可愛い彼女を選ぶ!」
マードリックは急に大きな声でそんなことを発し、傍らの長い黒髪の女性を一歩分くらい前へ押し出した。
「貴女は……」
「わたくし、シュガーと申します」
「マードリックとどういう関係なの?」
「わたくしとマードリックさまは愛し合っています。純愛です。ですので、申し訳ありませんが、貴女には消えていただきたいと――そう考えております」
黒髪の可憐な乙女シュガーは、ふふ、と柔らかな笑みをこぼした。
しかしその笑みにはどことなく黒さが滲んでいて。
どうしても純粋で綺麗な笑みだとは感じられない。
立場のせい?
こういう状況だから?
……いや、きっと、この勘は気のせいではない。
根拠はないがそんな気がする。
「貴女はマードリックさまの婚約者かもしれませんが、マードリックさまは貴女を真の意味で愛してはいません。婚約は形だけ。それは貴女も察していらっしゃることでしょう。ですから……わたくしたちの純愛のため、席を空けてください」
……やはり、どうしても、彼女を純粋な乙女であるとは思えない。
私の性格が悪いのだろうか?
私がひねくれているからこんな風に思う?
いや、そうではない気がする。
――なんて思っていたら。
「何あの女、きっついわ」
「ぶりっこね」
「婚約者がいる男に手を出しておいて席を空けろとか何とか厚かまし過ぎでしょ。可愛いから大丈夫とか思ってんだろうけどさぁ、きついよね」
離れたところからシュガーを批判するひそひそ話が聞こえてきて。
「婚約者さんかわいそー」
「サイテー男だし、席譲れみたいなこと言う女もサイテーだわ」
「ほぼほぼ悪魔でしょ」
「顔は可愛いけどさぁ、それだけって感じ? 中身はどろっどろ、腐敗臭してんじゃないのってくらい。腹黒すぎでしょ。見てて不快だわ」
私だけがおかしいのではないのだと気づくことができた。
少し開けられた窓からは冷え始めた夜の秋風が吹き込んでくる。
「とにかく、リーン、お前とは今日をもって関係解消だ」
マードリックはシュガーを抱き寄せて仲良い姿を見せつけてくる。
きっとわざとやっているのだろう。
その行動が私を不快にすると知りながら。
「……そちらの都合での婚約破棄となれば償いのお金を支払ってもらうことになるけどいいのね」
一応それだけは警告しておくけれど。
「そのくらい払ってやるさ。貧乏女。やっぱがめついな」
マードリックは私を見下すことにしか興味がないようで。
「酷い人。そんなことを言うなんて。……でも、もういいわ。マードリック、貴方とはおしまいにする」
だからこちらからも終わりを告げてやった。
「負け犬は惨めだな」
「何とでも言っていて」
そうよ、もう、私たちは終わるの。
だから何を言われようが関係ない。
「さよならマードリック」
私は会場から去った。
◆
あの後激怒した父が上手くやってくれて、マードリックとシュガーそれぞれからそこそこな額を慰謝料としてもぎ取ることに成功した。
正直、ここまで上手くいくとは思っていなかった。
どうせ逃げ回られるだろうと思っていたし、それをきちんとした行動をさせることはかなり難しいだろうと考えていたから、払ってもらえることを期待してもいなかったのだ。
私は最初からなんとなく諦めていた。
でも父は違っていて。
たとえ相手が何と言おうとも絶対に逃がしはしない、そういう覚悟を持っていた。
だからこそ上手くいったのだろう。
◆
婚約破棄から半年ほどが経ったある日、マードリックとシュガーが落命したという情報を得た。
その重要情報を教えてくれたのは同性の親友だった。
それから少ししてその情報が事実だと確認できたので嘘ではない。
マードリックとシュガー、愛し合う二人は、爽やかな快晴の日に結婚式を挙げたそうだ。しかしその最中に事件は起こった。会場の天井から吊り下げられていたシャンデリアが落下し、新郎新婦に命中したのである。シュガーはシャンデリアの直撃によって即死、マードリックは慌てて飛び退いて何とか直撃だけは避けたものの足を滑らせて転倒し破片が大量に落ちている地面に倒れ込んだそうで、その怪我で出血多量となり死亡したそうだ。
もはや私には何の関係もないことだが、それでも、二人が可哀想だとは欠片ほども思わない。
自業自得だ。
他人を傷つけて結ばれたのだから。
ただ報いを受けただけ。
私からすればそうとしか思えない。
……今、少し、爽やかな気分だ。
他人を傷つけてまで共に歩む道を選んだ二人が幸せになれるというのなら、この世界には神様なんていない。
でもそれが現実なのだと思っていた。
なんせそこに至るまで二人の関係性は順調に進んでいるようだったから。
結局そういうものなのか。
好き放題した者勝ちか。
そんな風に思い、この世界に絶望した日もあった。
――でもそれは私がそう思っていただけだったようだ。
神様は存在した。
真実を知っていて、そして、悪しき者には罰を下した。
◆終わり◆




