「君にはもう飽きたんだ、だから婚約破棄する」何ですかその雑な理由!? ……まぁ、べつに、婚約破棄でも構いませんけど。
「君にはもう飽きたんだ、だから婚約破棄する」
三つ年上の婚約者ルートヴィッテはある夏の日に突然そんなことを言ってきた。
ただ外で立っているだけでも汗ばんでくるようなじんわりとした暑さ。今私はこうして彼に呼び出されて外にいるのだけれど、運動しているわけでもなくただ話を聞いているだけなのに身体から重みのある熱が滲み出てくるかのようだ。
「飽きた、って……それが婚約破棄の理由なのですか?」
今の私はきょとんとした顔をしまっていると思う。
「ああそうだ」
ただ、答え方を見ているに、どうやら彼は本気で言っているようである。
冗談まじり、といった線も少しは考えられはしたわけだが、この感じだとそういうノリでの発言ではなさそうだ。
「それはあまりにも……雑な理由ではないですか。まともな理由とは思えないのですが」
「だとしても、それが本当の理由なんだ」
「そうですか」
「ああ。だから理解してくれ。俺はもう君のことは愛せない、飽きたから」
ルートヴィッテは一礼すると去っていった。
その場にぽつんと取り残されてしまった私は、夏の暑さを全身で感じながら、大きな雲の広がる青空を見上げる。
「ああ、これからどうしよう……」
呟きは誰にも聞かれぬまま空に消えた。
◆
婚約破棄を告げられた日の夜、幼馴染みの男性ロッティオから急に連絡があった。
彼は昔よく一緒に遊んでいた人だ。
そんな彼は「今度会いたいんだけど」と言ってきて。
今までの状況であれば断っただろう。婚約者がいる身で異性と会うことなどできないから。たとえ幼馴染みだとしても二人で会うなんて、と思って断っていたに違いない。
だがルートヴィッテがいなくなった今であれば誰とだって関わることはできる状態。
それで、私は、ロッティオと一度会ってみることにした。
「久しぶり!」
「ロッティオ、変わらない明るさね」
「そうかな?」
「ええ、まるで太陽みたい」
「やった! 褒められた! えへへっ」
久々に目にする懐かしい顔。
何だかとても元気と勇気を貰えた気がした。
「お茶飲みに行こうよ!」
「ええそうね」
「いいお店とか知ってる?」
「あまり……」
「じゃあどこか目についたところに入ろっか」
――そして私は知ることとなった。
「今、社長をしてるんだ」
ロッティオの現在について。
「えええ!!」
彼は平民の出だ。
しかしその能力で社会的地位を手に入れていた。
「信じられない、って顔だね?」
「ええ……だって、その、あまりにも……あまりにも想定外で……」
「あはは、ま、そうだよね」
「……ごめん、失礼なこと言ってしまって」
失礼なことを言ってしまって後悔。
けれども彼は不快感を露わにしたりはしなかった。
「いいよいいよ!」
彼はいつも通り軽やかに笑っていた。
「じゃあ今日はその話を聞かせてくれるの?」
「いやそうじゃなくて」
「え。じゃあ何? 別の話? ええと、相談とか……?」
「うん実は――」
一旦そこで言葉を止め、数秒の間の後に、彼は続ける。
「結婚してくれない、かな?」
口がぽかんと空いてしまう。
きっと今の私は驚くくらい情けない顔をしていると思う。
「け、け、結婚!?」
思わず出てしまう下品なほどに大きな声。
「そうなんだ」
しかしロッティオは少しも動じていない。
「ど、どどど、どういうことよ!?」
「だから、結婚してほしいんだ」
「ロッティオと? 私が?」
「うんそうそう」
「い、意味が……ちょっと……ごめん、けど、何がどうなってるのか分からなくて……」
私は倒れてしまいそうなほどに混乱していた。
けれどもそれから色々話を聞いているうちに段々状況が呑み込めてきて。
「分かった、じゃあそうしましょ」
彼からの結婚の希望を受け入れることにした。
ロッティオのことならよく知っている。現在のことはともかく。昔のこと、子ども時代のことなら、かなりたくさんのことを知っている。そしてロッティオが嘘つきではない誠実な人間だということも理解しているのだ。
だからこそ私は彼の希望を受け入れた。
彼となら前向きに生きていける、そんな気がしたから。
「やったあ! ありがとう!」
彼は喜んでいた。
その笑顔を見たら「ああ、応じて良かったな」なんて思った。
◆
あれから数年、私は、大企業の社長の妻となっている。
ロッティオとの夫婦仲はとても良い。
結婚する前も、結婚直後も、そして今も――私たちの絆を壊すものは何もない。
私は彼を支える。
そして彼は私を愛してくれるだろう。
良きパートナーとしてこれからも歩んでゆけたら、と思っている。
ちなみに元婚約者のルートヴィッテはというと、あの後結婚したい女性に巡り会うもまったくもって相手にされなかったうえしまいには侮辱され罵倒され「二度と近寄るな」とまで言われてしまい、それによって心が折れて自ら死を選ぶこととなってしまったそうだ。
可哀想に、とは思わない。
そんな目に遭って可哀想と思ってもらえるのは罪のない人だけだ。
他者を身勝手に振り回してきたような人間はどんな目に遭おうとも可哀想だなんて思ってもらえないものである。
◆終わり◆




