今さらそれを理由として婚約破棄なんてするのですか? 意味不明ですね。……ですが、まぁ、貴方がそれを望むのならそれでも構いません。
「君との婚約だけど、破棄とすることにしたんだ」
婚約者フィーゲルはある日突然そんなことを告げてくる。
「え……」
「実は、君のその紅い瞳が気になってさ」
「そ、そこ……? ですか……?」
「ああそうだ。やはりどうしても好きになれなくてね」
私の瞳は紅い。
けれどもそんなことは初めから知っていたはずではないか。
……なのに、何を今さら?
「悪いね、だからもうおしまいとさせてもらうよ」
「本気で仰っているのですか」
「当たり前だろう? そうだよ、本気だよ。それ以外に何があると思う? こんな大事なことをふざけて言うはずがないだろう」
きっと何かしら理由があるのだろう。
でもそれを知ることはできない、そんな気がする。
彼はきっと私に対してすべてを明かし話すことはしないだろう。
「ま、そういうことだから。さよなら。……ばいばい」
下り坂を転げ落ちるように。
階段から転落してゆくかのように。
そうやって、私たちの関係は終わってゆく。
◆
「僕と結婚してください!!」
婚約破棄されてから三日後の夕暮れ時、行きつけの本屋の店員である青年から想いを告げられる。
「え……」
「実はずっと好きだったんです!!」
「え、ちょ……う、嘘……でしょ……?」
「本当です!! ずっとずっと憧れていました!!」
想いを告げる彼の熱量は凄まじいものであった。
「でも、婚約されていると知っていたので、諦めていました。それに僕なんかじゃつり合わないって……思っていて。でも! 僕、やっぱり、諦められなくて! ……そんな時、婚約破棄について聞いたのです。それで、一度、ダメもとで言ってみよう、と!」
彼の瞳から放たれる視線は真っ直ぐだった。
「……少し、考えてみても良いですか?」
「は、はい! もちろん! もちろんです!」
婚約破棄されてすぐ別の人と婚約するなんておかしな話かもしれない、そう思いもしたけれど。でも彼の目つきや表情の真っ直ぐさを目にしたら彼と生きることもまた一つの選択なのではないかと思えてきて。
そして、数日後。
「私、貴方のことは嫌いではないです。なので」
「はい……」
「婚約、してみようかなと。そう思います」
すると彼は歓喜、子どものように踊り出す。
「やったー! やったー! やったかたったやったかたったやったかたったったー! やったー! やったー! ひゃっほー! ひゃっほー! ひゃっほいほほいのほい! へい! やったー! やったー! やったかたったったー! ほぃさっ、ほらさっ、ほいよっ、ほいせぃ、とぅとぅとぅとぅとぅとぅとぅとぅとぅとぅとぅとぅとぅとぅ! へい!」
まるで何かしらの伝統的な舞いであるかのよう。
「やったー! やったー! やーったやったやーったやったやったかたったったー! っ、ほいさっ! とりゃさ! ほいほいほいほいほいほいほいほいほいほいほいほいほらしゃっしゃ! ほぃさ! やったー! うれぴーなっ、はい! やったかたったったー! はいはいはい!」
そうして私は彼と婚約。
そこから関係は順調に進み、結婚するに至ったのであった。
◆
あれから数年、私たち夫婦は今も楽しく心穏やかに過ごしている。
「ちょっとそこのクッキー取って!」
「はーい」
「……ありがとう、助かったわ」
「いえいえ。また何でも言ってね」
私たちはとても仲が良い。
常に支え合って生きている。
「いつもありがとう」
「いえいえ~」
「色々手伝ってくれること、感謝してるわ」
「そんな! こっちこそ。いつも家事してもらって、他にも色々……ありがたいよ! しかもいつも! ありがとう!」
ちなみに元婚約者であるフィーゲルはというと。
あの後理想の女性を探して世界を旅していたそうなのだが、その最中にとある国にて賊に襲われ、その時に負った傷によって死に至ることとなったそうだ。
彼には明るい未来はなかった。
……否、それどころか。
ただ平凡に、穏やかに、そうやって生きることさえも叶わなかったようである。
◆終わり◆




