表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/18

不出来な私に実らない努力

 リチャード殿下とのお茶会の日がやってきました。

 婚約者候補になってから、リチャード殿下とお会いする時間がずいぶんと減ってしまいました。

 昔のようにはいきませんね。あのころは、ただ遊んでお話をして、本を読んでお菓子を食べて、何気なく過ごしていましたが、今はそれがどれほど貴重な時間だったと痛感しています。


「やぁ、レア。待たせてしまって申し訳なかったね」


 リチャード殿下は素敵な笑顔でいらっしゃいました。

 急に公務が入ってしまったとかで、予定の時間より二十分程遅れていらっしゃいましたが、先に側近のジャン様が遅れることを連絡してくださっていたので、私はゆっくりと庭の花を楽しみながら待っていました。


「いえ、殿下。お忙しい中、時間を作ってくださりありがとうございます」

「そんな堅苦しい言葉を使わないでおくれ。殿下と言うのも好きじゃない。いつも言っているだろう。リチャードと呼んでくれ」


 そう言って笑うリチャード殿下は、少し息を切らしていて、急いて来てくださったことがわかります。それだけでも私はうれしいのです。でも、スッと鼻孔を擽った香りが、私の心をざわつかせました。


「とてもお忙しいのですね」

「ああ、大きな案件がみっつもあってね。でも、ひとつはもうすこしで片づきそうだから、もっと時間が取れるようになると思うんだ」

「そうですか。私が何かお役に立てたらいいのですが」

「レアは私の癒しだからね。こうして会えるだけでも十分私の役に立ってくれているよ」


 リチャード殿下は、さらっとそのようなことをおっしゃいます。それなのに、私はつい顔を赤らめてしまって。わかっています。リチャード殿下のおっしゃる癒しとは、『妹』という意味だということくらい。


「それはうれしいですわ」

「あ、今日はあのバレッタを使ってくれているんだね」


 リチャード殿下は私の髪で揺れる、花のバレッタに気がついてくださいました。


「はい。私のお気に入りですから」

「うれしいよ」


 私の髪を華やかにしてくれている、ガラス細工の小さな花を散りばめたバレッタは、リチャード殿下が私の誕生日にプレゼントしてくださったものです。私の一番のお気に入りで、実は頻繁に着けているのですが、リチャード殿下とお会いする機会が少ないため、今日初めて気がついてくださったようです。

 前のお茶会の席でも着けていたのですけどね。

 あ、そういえばあの日は今日よりもっと遅れてお越しになり、短い時間でお茶会が終わってしまったのでしたわ。


「今日はなんの授業をしたんだい?」

「はい、本日はダンスと歴史の授業でした」

「そうか。早くレアとダンスを踊りたいな」

「まぁ、私たちはもう何度も踊っているではないですか」

「それは小さいころだろ? 大人の真似をして遊んでいただけだ。そうじゃなくて、君の社交界デビューの日のファーストダンスは、ぜひ私と踊ってほしいんだ」

「……はい」


 ファーストダンスを殿下と……。


 もし本当にそうなったらどんなに素敵でしょうか。私は想像するだけで心臓がどきどきと高鳴ってしまいます。


「そういえば、マーガレット嬢や、キャシー嬢のことをジャレット伯爵夫人がとても褒めていらっしゃったな」

「え?」


 ジャレット伯爵夫人とはダンスの講師で、とても厳しいことで有名な方です。


「マーガレット嬢もキャシー嬢も、踊りが軽やかで美しく繊細だと、ジャレット伯爵夫人が褒めていらっしゃったのだ。時間がなくてレアのことを聞くことができなかったのが残念だよ」


 私はそのお言葉を聞いて、さっと熱が下がっていくのを感じました。

 私は、ジャレット伯爵夫人から褒められたことがありません。自分ではうまく踊れたと思っても、その程度で満足してはなりません、と常に高みを目指すように言われています。


「……申し訳ございません。私は、その、そのように言われたことはございません」

「……そうか。ごめんね、変なことを言ってしまって。でも気にしないで。レアには言わなくても夫人はレアのことを認めているよ」

「いえ」


 私がお二人より劣っているのはわかっています。あんなに素晴らしい方々ですもの。私がもっと練習しなくては追いつけるはずがないのです。


「ジャレット様に認めてもらえるように頑張ります」

「ああ! そうだね。もっと頑張って認めてもらおう!」


 リチャード殿下は美しい笑顔でそうおっしゃいました。

 私はリチャード殿下の期待に応えなくてはなりません。これからは、屋敷での練習を二時間増やすことにします。


「歴史はどこまで進んだんだい?」

「はい。シャンバーグ帝国の建国までを学びました」

「……そうか」

「あ……」


 私の言葉を聞いたリチャード殿下が、少し残念そうな顔をされたことを私は見のがしませんでした。

 私はここでも、お二人には追いついていないのですね。リチャード殿下の期待に、まったく応えることができていないなんて……。ぜんぜん努力が足りていないようです。


「申し訳ございません」


 先日もマーガレット様とキャシー様よりずいぶん遅れているようだ、とリチャード殿下から言われました。そのため、歴史の自習時間を一時間増やして、先生にももっと早く進めてください、とお願いをしたのです。

 それに対して先生は、これ以上早く進める必要はないと言ってくださいましたが、きっと、それ以上早くしても私にはついていけないとの判断なのでしょう。残念ですが、私もそれは十分に理解しています。

 今以上に早く進めれば、きっと内容に漏れが生じ、理解度も低くなってしまうでしょう。


 それに私は授業中によく質問をしてしまうのですが、それも授業の進行を遅らせている原因のひとつなのだと思います。


 ……なんて納得している場合ではありませんね。これ以上殿下に失望されるわけにはいきませんので、予習する時間を作ろうと思います。これ以上お二人に後れを取るわけにはいきませんもの。


 経済の勉強も一時間増やしたので、最近は睡眠時間がかなり少なくなってしまいましたが、これ以上殿下のお顔を曇らせないためにも頑張るしかないのです。


「レア。頑張ってくれるのはうれしいけど、無理はしないでおくれ。身体を壊すようなことがあってはいけないからね」

「はい。ご心配くださりありがとうございます。でも大丈夫です。私は元気なことが取柄ですから」


 私は、リチャード殿下の婚約者候補に相応しくありません。わかっています。でも、努力をすれば婚約者に選ばれなくも、私の人生の糧にはなると思うのです。だから、精一杯頑張ろうと思うのです。少しの無理くらいなんてことありません。


「期待しているよ」

「はい」


 殿下のそのお言葉だけで、私は頑張れます。


「ああ、いけない。もう時間だ」

「あ……」


 殿下と過ごした時間はおよそ四十分。約束は一時間ですが、お仕事が忙しいので仕方がありません。


「すまない。今度埋め合わせをするよ」

「いえ、お気になさらないでください」


 私に気を遣って、お仕事が滞り、ストレスを溜めこむようなことになってはいけません。殿下には健やかに過ごしていただきたいですから。


「ありがとう。じゃ、僕は行くよ」


 リチャード殿下はいつものように私の額にくちづけをして、それからニコッと微笑んで庭園をあとにされました。


「でも、寂しいのですよ……」


 リチャード殿下の背中を見おくりながら、そんな言葉が口をついてしまいましたわ。


「……」


 さきほど、リチャード殿下から甘い香りがしました。あれは、マーガレット様がいつもお使いになっている香水と同じ香りです。なぜ、その香りが殿下から……?


「やめましょう、そんなくだらないことを考えるのは。殿下がマーガレット様と……」


 会っていたから遅くなった、なんて。


 今日の授業は全て終了しているのであとは帰るだけです。帰ったらまた勉強です。ダンスや刺繍もしなくてはなりません。マーガレット様やキャシー様より遅れている分、追いつけるように頑張らなくては。




読んでくださりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ