幼なじみ
本日は、レーゼン伯爵の嫡男ルークスが屋敷に遊びに来ています。私より二歳年上の幼なじみで、小さいころはよく一緒に遊んでいましたが、私が王宮に通うようになってからは、会う時間がかなり減ってしまいました。
「コレットのチーズケーキだわ。私、大好きなの!」
「そうなのか?」
ルークスが持ってきてくれたのは、開店前に並んでようやく手に入れることができる、王都で最近人気のケーキ店コレットのチーズケーキ。早いときには開店三十分で売り切れることもある、今一番人気のケーキです。
「並んだの?」
「並んでないよ」
「本当に?」
「予約しておいたんだ」
「わざわざ予約してくれたの?」
「だってレア、チーズケーキ好きだろ?」
「うん!」
ルークスは何でもないかのように言いますが、私のために予約をして買ってきてくれるなんて、なんだかくすぐったい気持ちです。
侍女のカリナが用意してくれた紅茶のいい香りを楽しみながら、ケーキをひと口頬張ると、濃厚なチーズの味が口に広がり、飲みこんだあとはレモンの香りが爽やかに残ります。そこに紅茶を含むと、さっぱりとしてすぐにもうひと口入れたくなってしまうのです。
「んー、おいしい!」
「よかったな」
「うん、ありがとう」
「最近はどうだ? 忙しそうだけど」
「そうね、すごく忙しいけど充実しているの」
「……そうか」
ルークスは少し笑って、小さな溜息をつきました。
「元気がないわね」
「そんなことない」
そう言って大きな口を開けて、ケーキを三口で食べて紅茶で流しこんでしまいました。
実はルークスはあまり甘いものが好きではありません。それでもチーズケーキは唯一食べられるので、こうして私とティータイムを過ごすときのケーキは、いつもチーズケーキなのです。
思えば私がチーズケーキを好きになったのは、ルークスが唯一食べられると言ったからだったような気がします。もうずいぶん前の話なので正確には覚えていませんが。
「最近全然会えなかったからな」
ルークスがぽつりと言いました。
ルークスは私より二学年上のため、学院で会うことはほとんどありません。
「ごめんね」
「レアが謝ることじゃないよ」
ルークスがニコッと笑ってくれました。
この優しい笑顔に心を奪われている女の子が、学院にどれほどいるのか彼は知っているのでしょうか?
「ルークスは? 最近はどう?」
「俺か? そうだな、たいして代わり映えしないけど、まぁ楽しくやっているよ」
「代わり映えしないって。前に行われた、剣術大会でも優勝したし、来月の芸術祭にもルークスの作品が選出されたって聞いたわ」
「え? そんなことまで知っているの?」
「もちろんよ! 私の大切な幼なじみが活躍しているのよ?」
ルークスは文武両道の成績優秀者です。テストでも常に上位五位以内をキープし、剣技に優れ誰もが認める素晴らしい人なのです。
そんなルークスが私の幼なじみだなんて、自分のことでもないのに私の鼻がうんと高くなってしまいますわ。
ですからルークスが「幼なじみか……」と呟いた声も聞こえないほど、私は夢中になって話をしていました。
「ルークスのことは、私が聞かなくても誰かが教えてくれるの。わかっているでしょ? あなたは女子生徒にとても人気があるんだから」
「知らないよ、そんなこと」
「嘘? 本気で言っているの? 皆があなたのことを見ているのに?」
「俺は見てない」
「もう」
「ほかの子が見てくれたってうれしくない」
「え?」
「……何でもない」
そう言うとルークスは黙ってしまいました。
「どうしたの? ルークス?」
「何でもないって。それより、ケーキも食べたし、外に出ないか?」
「いいわね」
オークウッド伯爵邸の庭園はそれほど大きくありませんが、長年そこに立っている大きな欅は、ちょっと自慢できるくらい立派な木です。
幼いころは、その欅の木に作られたツリーハウスに、お菓子やボードゲームを持ちこんで、よくルークスや兄たちと遊んだものですが、成長と共にそうやって過ごす時間もなくなり、このツリーハウスから笑い声が響くこともなくなってしまいました。
「さすがに狭くて、全然身動きが取れそうにないわ。残念だけど二人で入るのは無理ね」
幼いころはとても広く感じたツリーハウスですが。
「狭くなくても無理だ」
「え?」
「レアは殿下の婚約者候補だし、俺たちはもう二人きりの空間を過ごしていい年じゃない」
「ふふ、何を言っているの?」
「だから! 君はもう立派なレディなんだ。婚約者でもない男とこんな所に入っちゃいけないんだよ!」
「……」
なぜかルークスが少し怒っているようです。
ああ、そうでしたわ。私は殿下の婚約者候補。幼いころと同じではいられないのだわ。
「ふふふ」
「なに?」
「ルークスくらいよ。私のことをレディとして見てくれるのは」
「そんなことはない」
「だって私はまだ十四歳だもの。お父様はいつまでもわたしを子供扱いするし、お兄様たちだって」
「それは当たり前だろ、家族なんだから。それに……もう十四歳だ」
ルークスは少し顔を赤くしてプイッと横を向きました。その顔は幼いころと同じ。どんなに素敵な男性に成長しても、ルークスはルークスです。
「そうね。もう、いつの間にか十四だわ」
「……ほかの候補の令嬢たちとはどうだ? 虐められていないか?」
ルークスはしょっちゅうそんなことを聞いてきます。
「大丈夫よ。お二人共とても素晴らしい方だし」
私なんてライバルにもならないと思うけど、マーガレット様には嫌われているみたい、とは言えませんでした。
読んでくださりありがとうございます。