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百年の恋も冷める

 殿下ともあろうお方が、ハニートラップに? なんてとてもいえませんが、それハニートラップですよね?


「これまで、私はレアに会いたくて何度も両親を説得したんだ。でもお二人からは、もうカトレアとは関わるなと釘を刺されるだけで」

「それは当然のことです」


 父の言葉に、リチャード殿下は落ちこんで丸くなった背中を、さらに丸められました。


「でも、私が結婚をしたかったのはカトレアなんだ」

「……いまさらでございます、殿下」


 私にはもう何も言うことはありません。今、私の心にはルークスがいて、温かい気持ちで満ちたりているのです。


 百年の恋も冷める、なんて言葉を聞いたことがありますが、本当にそのとおりです。あの現場を見てしまった瞬間に、私の恋は終わりました。あとに残ったのは、空しさと情けなさと悔しさと。


 でも、そんなことをいつまでも引きずっていても仕方がありません。


 それに、私には、心強い味方がいました。だから立ちなおることができましたし、再び恋をすることができました。ですから、リチャード殿下にはなんの未練もありませんし、それ以上にこんな情けない姿を見せられて、幻滅さえしてしまっています。


 今思えば、リチャード殿下は私をまったく信用していなかったということなのでしょう。

 伯爵家では侯爵家にはかなわないと思ったのは仕方がないとして、オークウッド家には財力も力もなく、勉強以外に取り柄がない私では、ご自分の婚約者にはふさわしくないと思っておられたのです。

 だからもっと努力をするように、と私を叱咤激励したのです。

 あのときのあの言葉を、叱咤激励と言っていいのか甚だ疑問ではありますが。


 そして私は殿下の言葉を真に受けて、必死に努力をしてきました。王宮で授業を受け、さらに屋敷で過ごす時間のほとんども予習復習にあててきました。


 その努力は実っていたようで、ダンスの講師であるジャレット伯爵夫人からは、自分が教えてきた教え子の中でも一番優秀だったとお褒めの言葉と、私の体調を心配するお言葉をしたためたお手紙をいただいています。

 

 座学の先生方は、授業がどんどん進んでいくので、すでに王太子妃教育の範囲は終了しており、さらに専門的なことを教えて下さっていたとのお手紙をいただきました。


 ただ、殿下のお言葉を信じていた私は、マーガレット様とキャシー様はさらに進んでいらっしゃると思っていたので、優秀なお二人にはとてもかなわなかったのだ、と落ちこむことしかありませんでしたが。


 そんな事情もあり正直なところ、今日まで私はお手紙を読んでもその言葉を素直に受けとることはできず、社交辞令だと思っていました。でも、手紙の内容は先生方の本心だったのですね。


 なんというか、言葉もありませんね。理解も納得もできません。


 それに、先ほど、私とルークスの婚約を解消するようにおっしゃったことを思いだすと、怒りさえ湧いてくるのです。が、それについては口を閉ざすことにしました。


 すると、父が大きな溜息。


「陛下のお言葉に従ってください。そうしてくだされば、引きつづき援助をいたします。とはいえ、息子がどうするかはわかりませんが」


 次期当主となる次兄ゲイルは、リチャード殿下とマーガレット様の逢瀬を目にしてから、殿下と距離を取っているのだそうです。

「今まで散々協力してやったのに、この仕打ちだよ!」と怒り、殿下に幻滅していました。


 実は兄は、殿下の私への思いを知っていて、いろいろと協力をしていたようです。つまり、私が殿下と一緒に過ごすために、私を王宮に連れていくように父にお願いをしたり、パーティーに連れていったりしてくれていたのです。


 ですが、今回のことで兄と殿下の友人関係は破綻していて、その関係を修復できるかは微妙なところです。

 それに今の状態では、殿下が王位を継いだ瞬間に財政援助をやめてしまうかもしれません。それによってこちら側にも不利益は発生しますが、それは致し方なしといったところでしょうか。


「殿下。このままお帰りください。私たちは何も聞いていません。殿下はただ、私に労いの言葉をかけるために来てくださったのです。それでこの話はおしまいといたしましょう」


 私がそう言うと、父がドアを開け部屋を出ていくように促しました。それに対してリチャード殿下は、きっと父を睨みつけたのです。それから私のことを見つめました。


「カトレア、君は突然のことで私の言葉をちゃんと理解できていないんだ。それなのに私が焦ってしまったばかりに、意味のない返事をさせてしまったね」

「え?」

「時間をあげるからちゃんと考えてくれ。そうすれば、君が本当に愛しているのは誰で、君が誰の手を取るべきなのかわかるはずだ」

「殿下……なぜ、まだそのようなことを?」

「私たちは互いのことを愛していて、二人が結婚をすれば、ゲイルもこれまでと変わらず私と親友でいてくれるはず。オークウッド伯爵家としても、娘が嫁ぐのだから資金援助を公にしても問題はない。これからは、堂々とその力を知らしめて構わない。カトレアがとても優秀で、私が本当に愛しているのはカトレアだとしっかり周知する。だから何も心配する必要はない」

「……」

「賢いカトレアならわかるだろ? 私の側妃になることが一番いいことなんだ」


 リチャード殿下は美しい笑みを浮かべ、その声は朗らかで、まるでひとつの間違いもないかのようにおっしゃいます。きっと何も知らない人が聞いたら、なるほど、と納得してしまいそうです。

 しかし、私にはその姿が不気味に映りました。これまで殿下が私にしてきたことに対して、わずかにも悪いなんて思っていないようで、腹立たしくも感じました。


「殿下、いい加減になさってください」


 父の言葉はそのまま私の言葉でもあります。

 いまさら遅いのです。そう申しあげたはずなのに、殿下には届かないのでしょうか?


「私は初めて会ったときからカトレアのことが好きだったんだ。それなのに、今になってこんなふうに裏切るなんてひどいじゃないか!」

「殿下、カトレアは殿下を裏切ったことなど、一度もありませんよ」


 しかし、そんな父の言葉も今の殿下には届かないようです。


「私を愛していながら、ほかの男と結婚をしようとすることが裏切りでなくてなんだというのだ!」

「カトレアは殿下を裏切ってなどおりません」


 突然ドアのほうから聞こえた鋭い声の主はルークス。


「ルークス!」

「は? レーゼン伯爵子息?」


 リチャード殿下のお顔が大きくゆがみました。



読んでくださりありがとうございます。

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