始まりは
短編のつもりが少し長くなってしまいました。
最後までお付き合いいただけるとうれしいです。
私、オークウッド伯爵の娘、カトレア・ラナ・オークウッドが、ミズール王国の王太子であらせられるリチャード殿下の婚約者候補になったのは、十歳のとき。
リチャード殿下は私より四歳年上で、幼いころから可愛がっていただいていた私にとっては、兄のような存在です。
初めてリチャード殿下にお会いしたのは、殿下の誕生パーティーのとき。
金色の柔らかい髪は太陽より眩しく輝き、瞳は透きとおった深い海のように青く、天界から天使様がいらしたのかと思ったほど。
ほかの令嬢たちも、リチャード殿下の美しさに溜息をついていらっしゃいました。
「君がゲイルの妹君かい?」
「初めてお目にかかります。カトレア・ラナ・オークウッドと申します」
「リチャードだ。確かにゲイルの言ったとおり、可憐な花のように可愛らしいお嬢さんだね」
そう言って微笑まれたリチャード殿下こそ、花のように美しかったのですが、私は何も言えずに見とれているだけでした。私が七歳のときの出来事です。
それからときどき父は、兄と私を王宮に連れていくようになりました。
実は、兄はリチャード殿下と同じ年ということもあって、以前から殿下の遊び相手として何度も参殿していました。
そして、私が誕生パーティーで初めてリチャード殿下と言葉を交わして以来、私も兄と一緒に王宮に連れていかれるようになったのです。
しかし、いつしか兄も学業や剣の鍛錬に多くの時間を取られるようになり、王宮に遊びにいくのは私だけとなってしまいました。それに、兄はリチャード殿下と同学年ですから、いつも学院で殿下と顔をあわせているので、わざわざ王宮に遊びにいくこともなくなったのです。
そんな理由もあって、父は「もう王宮に行くのをやめないか?」と何度か私に聞いてくることがありました。それなのに私は、リチャード殿下が「今度はいつ来る?」と聞いてくださるため、つい次の約束を取り付けてしまうのです。
ですから、私は父がそのように言っても、「リチャード殿下と約束をしてしまったから」と王宮に行くことをやめませんでした。
しかし、のちに父がなぜあのようなことを言ったのか理解しました。私がもう少し父の立場を理解していたら、その言葉を真剣に考えていたと思います。
それというのも、財務部の長官であるアーバイン侯爵のご息女はリチャード殿下と同じ年で、身分も申し分ないため、殿下の婚約者候補として名が挙がっていたのです。しかし、親友の妹だからという理由で、私が殿下に親しくしていただいていたことが面白くなかったらしく、父は長官から睨まれていたようです。
そのようなことと知っていれば、私ももう少し弁えたのですが、当時の私は十歳と幼く、自ら知ろうとするほど賢くもありませんでした。
そうして十一歳のとき、私を含めた三人の令嬢がリチャード殿下の婚約者候補に選ばれたのです。
それは、父が最も心配していたことでした。政治的な力もない新興貴族である伯爵家の娘が婚約者候補に選ばれれば、苦労をすることは目に見えています。
もちろん有力な候補者がほかにいらっしゃいますから、私が婚約者に選ばれることはありませんが、それでも、同じ土俵に乗ってしまえば邪魔な私など、一番に蹴落とす対象になることは誰にでもわかることでした。
今日も、父は大きな溜息をついています。
「カトレアを王宮に連れていくのではなかった」
そう呟いては、再び後悔の大きな溜息。
これまで人々のあいだで、婚約者候補になるだろうと言われていたのは、リチャード殿下と年が近く、身分も申し分ない令嬢たちばかり。そのため、たとえ殿下と親しくさせていただいているからといって、私にそのような話は来ないだろうと父は思っていたようです。
いえ、実際には、国王陛下からそれらしいことを言われたこともありましたが、やんわりとお断りをしていたので、その話はそこで終わったのだと思っていたそうです。
ちょっと油断してしまいましたね。お父様。
私以外のお二人の婚約者候補は、素養は高く、容姿も美しく素晴らしい方々です。
お一人は財務部長官の娘でマーガレット・アーバイン侯爵令嬢。
金色の大きくうねる髪が美しく、豊満な胸と締まった腰がとても女性的で、男性なら誰もが振りかえり顔を赤らめてしまうほど魅力的な令嬢です。
もうお一人は、古くから王家に仕える、歴史ある家門のご令嬢、キャシー・マレイ・オースチン侯爵令嬢。
淑女の鑑と言っても過言ではない、誰もが憧れる令嬢で、黒い髪と黒い瞳が美しく、その所作も佇まいも王太子妃として申し分のない方です。
それに引きかえ私は、可もなく不可もない程度の伯爵令嬢。年齢は十四歳と二人の令嬢より幼く、努力が実らない子供体型。残念ながら、出るところが出ていないこの体型では、女性としては勝負になりません。いまだに兄が私の頭をなでるのは、幼い少女だと思われているからなのでしょう。
唯一の自慢といえば、紫がかった艶やかな銀の髪くらいでしょうか。この黄色に近いオレンジ色の瞳はあまり人には好かれませんし。
ですので、私はほかのことで勝負をしよう、と勉学に力を入れています。
現在は、王太子妃候補として必要な礼儀作法、刺繍、ダンス、計算、歴史、政治などを学んでいて、外国語は四カ国語目を学びはじめました。
大変かと聞かれればもちろん大変ですが、学ぶことはとても楽しいです。いつか、学んだ語学を活かして外国の方々とお話をしたいと思いますし、歴史を知れば、なぜ今があるかを知ることができ、ますます知りたいと思います。
王太子妃教育を受けなくては得られない知識がたくさんあるのですから、こんな環境にいる私はとても贅沢だと思いますし、自分を磨くためにもいい機会を頂けているのだと感謝しています。
それに、私は自分をわかっているつもりです。どんなに頑張っても、私が王太子妃に選ばれるはずがありません。あんなに素敵なご令嬢たちがいるのですから。
でも、私が選ばれることはないとしても、リチャード殿下は私の初恋の相手でもありますから、ちょっとくらいの期待をしてもいいのではないかしら、なんて思っています。そのほうが頑張れますし。
そんな考え方ははしたないでしょうか? 私しか知らないことですからいいですよね?
読んでくださりありがとうございます。