本当に、何も知らないよ。
「レイはなんだって?」
そう聞くのはこの国の王太子だ。
椅子に座りながら、招き入れた弟の報告を待っている。
「水と雷に気を付けるようにと」
「そりゃまた、抽象的だな」
王太子の問いに答えるのは、第2王子である、ドゥーエ。
王太子がガッチリした体を持つのとは反対に、第2王子は華奢な体をしている。
「他には何か言ってなかったのか?」
「いつも通り『知らない』と」
こまったな、と言いながら頬をかく王太子の口角は上がっていた。
「楽しんでいる場合ではありませんよ、アインス。気になることがあります」
「なにかあったのか」
「ええ。机の上にあったチェスが1部隊分倒されていました」
その言葉に先程とは打って変わって眉をひそめる王太子。
「どこの部隊だ?」
「第3部隊です」
「前線に近い部隊か」
「西を担当させていますね、補給所も近いので危険かもしれません」
王太子は少し考えるようなそぶりをしてから、重々しく立ち上がった。
2番目の弟に会いに行こうとしているのである。
「やめておいたほうがいいですよ」
「なぜだ?」
ドゥーエはきっぱりと言い放つが、その言葉に不満あらわにする王太子、アインス。
「あなた、忘れたんですか。いつもいつも突撃したはいいものの、レイに軽くあしらわれて帰ってくるじゃありませんか。無駄ですよ、ムダ」
「うっ」
ズバリというドゥーエに、アインスは返す言葉もない。
「ならこのまま出陣か?出ると分かっている被害を食い止められないのは父と同等の無能だぞ」
「アインス!!」
ドゥーエが失言をとがめるが、それにやれやれと頭をかくアインス。
「ったく。いつもレイは、いつどこから情報を得ているんだろうなあ。生まれてから部屋に閉じ込められてるってのに」
「仕方ありません。父から守るにはそれ以外に方法がない。セン様の魔力もいつまでもつか」
「そうだな。今回のこの戦争もセン様の力が弱まったと聞きつけたやつらが起こしているものだ。セン様の力がなくとも強いところを各国に見せつけなくてやるさ」
自分の拳を握りしめ、高く掲げているアインスの姿に、今度はドゥーエがやれやれと頭をかく。
「はいはい、ならばレイから出されたヒントについて考えますよ」
「…それはお前の方が得意だろう?どうだ、何か分かったか?」
「相変わらずあなたという人は…まあいいです。取り敢えず、敵に水と雷を操れる魔導士がいるか探らせました」
呆れ顔から一転、ドゥーエはまじめな顔つきに戻った。
「さすが。仕事が早いな。どうだった?」
「水はともかく、雷を操れるほどの高位魔導士はいませんでした。」
アインスは椅子に腰かけながら、次の言葉を促す。
「取り敢えずの対策として、第3部隊に水と雷に特化した魔道壁を張れる魔道具を配布しました。水と雷に特化させた分、他はおろそかになっていますが、ないよりはましでしょう」
「なるほどな。…ん?ちょっと待て。その魔道具はどうやって集めた?」
第3部隊の人数は150人だ。水と雷という特定の魔法に特化させた魔道壁をはれるような魔道具は、ない。少なくともアインスの記憶では。しかしながら、そんなものを高速で、大量につくれる者の存在を、アインスは知っていた。
彼の顔は引きつり、口角は痙攣している。
「もちろん、急いで作ってもらったんですよ。あなたのお友達にね」
悪びれもなく、笑顔でドゥーエは答えた。
最近見た中でも一番の笑顔だったと、アインスは後に語っている。
「アレは友達じゃない!!断じて!もっと他に解決方法はあっただろう!?なんでよりによってアレに助けを求めたんだ!!」
先程拳を掲げていた姿はどこへやら、アインスの額からは汗がたれ、目も充血している。
「いいじゃないですか。あなたの体一つで勝利への道が開けるのですから。安いものでしょう?」
「…俺は、王太子だぞ?」
「私とレイがいますから」
そういうと、ドゥーエはアインスの部屋を後にした。
しめたドアからは悲痛な叫び声が聞こえるが、ドゥーエは護衛の兵に「いつものやつですので心配なさらず」というと、足取り軽く去っていった。
*****
さてこの戦争。
本来の歴史通りに行くと、ここからエルフ国の敗戦が始まったと言われるほどの重大な分岐点である。