結婚式場は、ドラゴンの棲む荒れ果てた山で
今月更新分となります。
読みやすいよう、2,000文字前後を心がけているのですが、話の区切りまで書こうとしてしまうので、倍になってしまいました。
努力します。
当日の朝、まるでお祭りのように国中が騒がしかった。
それとは逆に暗く、静まり返っている公爵家
外から湧き立つ歓声と、花火の音や楽しげなメロディが聞こえてくる。
ヒルダは朝方にもう一度清らかな体を保つ為に禊をし、それから綺麗な花嫁衣装に袖を通す。
その間もほとんど会話はなく、ただ粛々と行われた。
純白のドレス、そして顔を覆い隠すベールを被り、ヒルダは豪奢な馬車に乗せられて、ドラゴンが棲んでいるとされている山へと向かった。
婚姻の儀を行う前に、国の王に面会することすら省略されている。
驚くことに、公爵家から直行だった。
それでもヒルダは決して涙を見せることなく、弱音を吐くことなく、凛々しい姿を貫き通した。
***
アイゼンシュタット国を出て、遠目でもわかる大きな山……リベル山へと向かう。
守護竜とされているドラゴンの棲家がそこにあり、婚姻の儀を行う祭壇も、リベル山の中腹にあった。
ガタゴトと馬車に揺られながら、ヒルダは無言で生まれ故郷であるアイゼンシュタットを一瞥する。
(16年……。私の16年間は全て、アイゼンシュタット国で過ごした時間が全てなのね……)
生まれて死ぬまで、同じ土地に居続けることは決して珍しくない。
だけどヒルダは夢見ていた。
いつかこの国を出て、好きなことをして生きるのも悪くはないと。
ヒルダは好奇心が強かった。
自由気ままに旅をするも良し、得意なことで生計を立てながら生まれ故郷以外の土地に根を下ろすのも悪くない。
そんな風に思い描いていた自分の将来ーー。
(まさか、こんな形で幕を閉じることになるだなんて……)
ふと、思い直す。
(いいえ、違うわね。なぜ自分だけは安泰だと思えたのかしら)
ドラゴンの花嫁選定の年はわかっていた。
国の歴史でもあり、伝統的な儀式であった為、知らない者はいないはずなのに。
(他の誰かが選ばれて、それで私は自分だけが幸せな人生を歩めるものだと、そう思っていたのね……)
そう考えると、なんて薄情だったんだろうと自分を恥じた。
他の女の子を犠牲にして、自分だけは笑ってこの先を過ごそうとしていた。
でも違った。
ヒルダは自分が生贄となり、他の女の子達の将来の為に、これから食べられに行くのだから。
(運命……だったのかもしれない。これもこの国に生まれた女子として、受け入れなければいけない義務だから……)
そう割り切ることでしか、ヒルダは自分を保てなかった。
でなければヒルダは今にでも悲鳴を上げて、この場から逃げ出しかねなかったから。
もう一度、両親の顔を思い浮かべる。
そしてこれまでの人生を振り返る。
幸せだった日々、辛いことも悲しいことも、今となっては全てが大切な思い出だ。
そんな風に色々な思いに馳せていた時、ゆっくりと馬車は止まった。
窓の外に目をやると、そこはリベル山の中腹で、かなり広い平地となっている。
馬車の扉が開いて、外に出るよう促されたヒルダ。
騎士の手を取ってステップを一段一段降りて行き、恐る恐る地面に足をつける。
ハイヒールだと、ゴツゴツとした地面を歩くのはかなり厳しかった。
足を捻ってしまわないよう、一歩一歩踏みしめながら歩いて行くしかない。
見ると儀式の祭壇のような場所があり、一緒について来た楽団が演奏を奏で始めた。
トントンカラリ、トンカラリ、シャンシャンポロロン、シャンポロロン……。
(演出、なのかしら? なんだか変な感じだわ……)
これから国民である少女が一人、守護竜とされるドラゴンの生贄にされるというのに。
この賑やかさは何だろう。
華々しく送り出すつもりなのだろうが、当の本人からすれば、この「明るい雰囲気を作り出そうとする行為」がかえって不気味に感じられた。
まるで嬉々として国の犠牲にさせられているような、そんな気分になってくる。
不穏な表情で楽団を見つめていると、祈祷師の一人がヒルダに話しかけてきた。
「さぁ、ヒルダ様。ゆっくりとあの祭壇へ行ってください。これより我々が音楽と祈りを捧げ、守護竜様をお呼び致します。ヒルダ様は、そこでただ待っているだけで構いませんので」
「え、えぇ……」
ついにこの時が来たのだと、ヒルダは改めて腹を括った。
ここまでの悪路は、騎士が手を引き支えてくれていたが、ここから先はヒルダ一人で向かわなければいけない。
しかしそこはもう石の床で舗装されていて、ハイヒールでも難なく歩くことは出来た。
コツコツと音を鳴らし、スルスルと地面をひきずるドレスの長い裾の音、管楽器の演奏、祈祷師の祝詞。
様々な音が混ざり合っている中、ヒルダは2段ほど高くなっている場所へ辿り着いた。
山の中腹とはいえ、石と岩しかないこの山では木々のざわめく音はなく、乾いた風の音だけが耳を掠める。
一層強い風が吹き荒れたと思って、両足を踏ん張って耐えた時、後方から「おお……」と恐れ慄く声が聞こえた。
片目だけ細く開けようとすると、再び強風に煽られ片手で顔を隠すヒルダ。
細かい砂埃が目に入ってしまわないよう、かろうじて見える程度に目を細めながら前方を確認した。
ズゥンと、重量感のある何かがゆっくりと地面に降り立つ音。
ようやく風が止んだかと思ったが、ヒルダは声を出せずに立ち尽くしていた。
朝日に照らされたその鱗はまばゆい程に光り輝き、キラキラと波打つ水面を見ているのかと思った。
真っ白で、ヒルダが着ている純白のドレスよりも美しく煌めいているそれはーードラゴンの硬い鱗。
見上げる程に大きな体、畏怖と美が共存する神々しさ。
国を守護するに相応しいその姿に、ヒルダは声を失っていた。
(これが、アイゼンシュタット国を守護している……白銀のドラゴン? なんて美しいの。恐怖を忘れてしまう位、目を奪われる……っ!)
白銀のドラゴンが首を下ろし、目の前に立ち尽くしているヒルダをよく見ようとするような仕草をした。
アイスブルーの瞳が、ヒルダを捉えた。
目と目が合った瞬間、体がすくむ。この瞬間に食べられてしまうのかと思う程に、ドラゴンの顔とヒルダとの距離は近かった。
それでも無様で惨めな姿を見せて、ドラゴンをガッカリさせてはいけないと、ヒルダは気丈に振る舞う。
これほど美しく、佇まいもどこか気品を感じさせるようなドラゴンが、泣き叫んで命乞いをする生贄を欲しているとは思えなかったから。
しかしそれはあくまでヒルダの主観、想像だ。
もしかしたらドラゴンは、人間の絶叫が好みかもしれない。
残酷で知能が高い魔物ならば、人間が死に物狂いで泣き叫ぶ姿すら好むと、何かの本で読んだことがある。
だが目の前にいる白銀のドラゴンは、れっきとした守護竜だ。
それが守るべき対象の国民の、そういった姿に悦びを感じるとはーー考えたくなかった。
ひとしきりヒルダを見つめた後、祈祷師が一歩前に出て進言する。
前に出る、と言っても騎士を始め儀式を進行する祈祷師や楽団は、ヒルダの遥か後方に控えていた。
みな、ドラゴンが恐ろしいのだ。
ヒルダのことをじっと見下ろすドラゴンに、なぜか恐怖心はなかった。
本物を見るのは初めてだったヒルダは、不思議な気持ちに囚われる。
(とても大きくて、およそ人間なんかでは敵わない超越した存在を前にしているというのに。どうしてかしら、美しいというだけじゃない。なんていうか、こう……ドラゴンの目がとても優しそうに見えるから?)
ヒルダとドラゴンが静かに見つめ合っていると、それに割って入るような声が響き渡る。
祈祷師だ。
「アイゼンシュタット国の守護竜様、今年の花嫁にございます! これでどうか後百年間、我らがアイゼンシュタット国に変わらぬ繁栄を! 国が、民が、健やかなる生活を送れる安寧の世をお約束ください!」
そう声を上げると、ドラゴンはどこか訝しげな、困ったような表情を見える。
そんな風に見えたのは、もしかしたらヒルダだけだったのかもしれないが。
『お前達……』
「この度は白銀の守護竜様の花嫁として、国でも選りすぐりの娘を選んでおります!」
何やらドラゴンの様子がおかしい、何か言いたそうにしていると感じていたヒルダであったが、それに気付かず延々と長い講釈を垂れる祈祷師がそれを遮っていた。
『だからそれは』
「此度の花嫁は、若く高潔な貴族令嬢でございまして!」
『いやだから』
「守護竜様、ご安心を! こちられっきとした生娘にございます! まさに純潔を貫いた花嫁であります!」
「ちょ……っ! その言い方、随分と失礼じゃなくて!?」
ヒルダは聞き捨てならないと言わんばかりに、思わず口を出したが祈祷師はそれを無視する。
それとほぼ同時にドラゴンからため息が漏れ、「ドラゴンもため息をつくの!?」とヒルダがそれを見逃さなかった。
(ドラゴンの挙動がどこかおかしく見えるのは、私だけなのかしら? みんな何事もなく、ドラゴンのことを恐れているようには見えるけれど。誰もそれに気付いてない? 何か言いたそうなのに、どうしてみんな耳を傾けないのかしら)
もどかしくなったヒルダは、恐れ多いと思いながらも片手を天高く挙げて、祈祷師の言葉を遮った。
「あの、祈祷師様? お言葉の最中失礼ではありますが、その……」
「ええい、花嫁が口を開くな! 黙ってそのままにしておれば良い!」
「いえ、ですが! 守護竜様が、その……先程から何やら言いたそうにしていらっしゃるのですけれど」
たまりかねたヒルダが食い下がると、祈祷師は本性を現した。
侮蔑が込められた表情で、ヒルダに怒鳴りつける。
「なんて見苦しい小娘だ! 気高く、高潔な乙女でなければ守護竜様の花嫁は務まらないのがまだわからんのか! 生贄は生贄らしく、命乞いなどせず黙っていればいいんだ!」
「……っ!!」
そのあまりの物言いに、ヒルダは黙りこくってしまった。
見るとその場にいた全員が、ヒルダのことを穢らわしいものを見るような目つきで敬遠している。
ここに、ヒルダの言葉を聞く者は、誰一人としていない。
同じ人間同士だというのに、ヒルダはとてつもない孤独と疎外感をひしひしと感じていた。
読んでくださり、ありがとうございます。
テンポが遅いのは自分自身も自覚していますので、もっと読みやすくテンポ良く話が進むよう善処しますので、今後もよろしくお願いします。