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戴冠 ─蝶々姫第二章─  作者: 薄氷恋


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2・眠る王、芽吹く才

カテュリア国王崩御の報は即日中に伝書鳩が出され、交流のあった国々へと伝えられた。


ベラ大陸最北端のロフェ、カテュリアと親交の深いルクラァンは勿論の事、スルエラ大陸南部のソステル、その西部のベエル。

 カテュリアと海を挟んで東にあるウォルテ大陸のアンスール、ヴェーン、ナーリヤ、シリル。

 そしてスルエラ大陸の西に浮かぶ小島ノアンシにまで鳩は飛んだ。


 国葬は7日間。

 うち1日は王族のみで行われ、2日目からカテュリアの民に解放される。


 他国の王族、貴族が弔問に訪れるのは距離や準備期間も含めると4日目から7日目にさしかかる。

 7日間の国葬を終えれば、そのまま次代の王の戴冠式が執り行なわれる事が決まっていた。


 すなわち、ラゼリードの戴冠式である。


 カテュリアに於いて国王は終身制である為、このような大祭事は半世紀に一度あるかないかの出来事だ。


 民らは善政を敷き、詩を愛してやまなかった亡き王を悼みながらも、うら若き身でカテュリア王に即位する『守護』ラゼリードに関心を集めていた。

 注目すべき点はただ一つ。


 王女でも王子でもあるラゼリードが『どちらの姿で』玉座に上るのか。



「何故ですか!? 父上!!」


 未だ声変わりを迎えていない幼い声で叫ぶのはハルモニア。

 正門に停めてある馬車へ向かおうとする父の袖にすがりつき、そのまま引きずられている。


「何故、俺をお連れ下さらないのですか!?」


 父エルダナが足を止めてちらりと振り向いた。


「遊びではないのだぞ。ハルモニア。その姿をラゼリード姫、いや…ラゼリード陛下がご覧になったらどんな顔をされるだろうな」


 ハルモニアの頬がカッと赤くなった。

 今の姿は確かに王太子らしくない。まるでだだをこねる子供だ。

 それでも父の袖を離す事は出来なかった。


「お前の学習態度は耳にしている。我が国よりもカテュリアにばかり興味を示しているそうだな」


 父の鋭い瞳がハルモニアを射抜く。


「……そうです。ですからカテュリアに…」


 ──行きたい。

 言葉を発する前に遮られた。


「ならば尚更連れては行けない。先にも言ったが、遊びで行くのではないのだよ。亡き王の弔問と新王の戴冠式だ。浮ついた気持ちでフラフラと物見遊山に出られては困る。何より、お前は時編む姫の言い付けを破り、私とあの方の会話を盗み聞いた。それを忘れてはおるまい」


 ハルモニアが、ぐっと押し黙った。

 確かに彼は執務室の扉に耳を当てて聞いていたのだ。

 そしてあっけなく見つかった。


 時編む姫は過去視だ。遥かな太古から限りなく現在に近い過去まで彼女の瞳には余さず映ると聞く。気づかれない筈がない。


 それでも時編む姫という人は我関せずな所があって、3年前、ラゼリード…の男性姿『エイオン』との行動時も見咎められずにいた。

 少なくともハルモニアの居場所、行動を時編む姫が密告した訳ではない。

 自由にもなれたし、危険な目にも遭った。


 だから過信していた。

 しかし今回に限って、彼女はハルモニアの味方をしなかった。エルダナに彼の動きをあっさりと伝えたのだ。


「これは盗み聞きの罰だ。お前はルクラァン王太子として研鑽を詰みなさい。姿形は勿論の事、更には年齢よりも心が幼いお前を他国へは伴えぬ」


──心が──幼い──


 ハルモニアの震える指がやっとエルダナの袖を離した。

 エルダナはハルモニアの背後に向かって声を掛ける。


「レカ、留守を頼む」


「心得ております。行ってらっしゃいませ、あなた」


 母、レカが腰を折って見送る。

 エルダナは八頭立ての彫刻が見事な馬車に乗り込むと、そのまま出発した。

 馬車の窓には父の横顔。


 もう振り向く事はなかった。

 後に続く弔問の品々を積んだ馬車が土煙を上げて走り去って、ようやくハルモニアはうなだれながら王宮へと踵を返した。




 三日が過ぎた。

 その間、ハルモニアはエルダナに指摘された事が悔しくて悔しくて、教室でもある時編む姫の部屋に泊まり込んだ。

 自国の情勢や他国との繋がり、経済関係、歴史、民話や神話に至るまで仔細に聞き取り、紙に書きつけた。

 食事も時編む姫が言わないと摂らず、また眠る時間も惜しんで教師を質問攻めにした。


 時編む姫にとってはいい迷惑である。


 彼女はハルモニアのこの行動を所詮付け焼き刃としか思っていない。


 しかし、ハルモニアは恋によって劇的に変わる。

 ラゼリードへの想いが募れば募る程、付け焼き刃ではなくちゃんと知識が身に付くのかも知れない。


 自分はあくまで過去視であって、未来など一寸先すら見えないのだから可能性はある。

 何より彼は、時編む姫が教えた生徒の中でもとびきり秀でていたエルダナの息子だ。


──面白い。


 寒さに弱いハルモニアは暖炉の前で、分厚い書物を膝に抱えて読んでいる。

 火に照らされた彼の顔を見て、時編む姫は口の端をにんまりと吊り上げた。


「ハルモニア」


 小さな王子が顔を上げる。


「何です? 時編む姫」


「いい子ね。あと3日、勉強を頑張るなら貴方に御褒美をあげるわ」


「……お菓子なら要りません。俺は子供ではないんです」


「誰がお菓子と言ったかしら? 昔は確かに飴をあげたものだけど」


 ハルモニアは訝しげに時編む姫を見上げる。

 彼女は唇を美しく吊り上げて微笑む。


「ラゼリード姫の戴冠式に連れて行ってあげましょう」


 え。ハルモニアが小さく声を上げる。

 赤い瞳が煌々と輝いた。


「それは、本当ですか?」


「ええ、但し正当な方法ではないわ。わたしの世界に貴方が入るの」


「入る?」


「わたしが視る世界。一瞬後の過去の世界。だから言葉は交わせない。過去からは言葉を贈れない。視ているだけ。それでもいいなら、ラゼリード姫に会えてよ」


ハルモニアが身を乗り出した。


「それでも構いません! 一目でいいからあの方を見たい! ……もう3年も会ってないんです……」


藁にもすがるような目をしたハルモニアが時編む姫を見つめた。

 彼女は悟る。


──この瞳は本気だわ。

 彼は恋をしている。



 一方、カテュリアでは毎日が蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。


 雪と花を敷き詰めた棺に眠る王に別れを告げに来る弔問客が多すぎるのだ。


 何せ9ヶ国の要人が訪れるのだから、手落ちがあってはいけない。


 喪服は今や戦闘服。


 国王代理を務めるラゼリードは元より、従兄のクリスチユ・エリスディア・カテュリアを始めとした王族、宰相、大臣らが総出で弔問客をもてなす。


 裏方である侍従や侍女達、弔問客に料理を振る舞う料理人達も、寒いカテュリアを暖める炭焼き職人も、皆が皆大忙しだった。


 人が集まっても尚ひんやりと冷たい聖堂の中で、要人警護に立つ衛兵達も皆、白い息を吐いている。

 彼らにも疲労の色が見てとれた。

 ちょうどシリルの大公夫妻を見送ったラゼリードはそれを見て、衛兵達の交代時間をもっと細かくしないといけないだろうかと考えていた。


 その時、聖堂の扉が開いて新たな弔問客が訪れた。

 黒の軍服に毛皮の付いた黒いオーバーコートに身を包んだその人物は、瞳だけが赤かった。


「ルクラァン国王、エルダナ・ラ・ルクラァン陛下の御到着です」


 衛兵が告げる。

 ラゼリードはエルダナに歩み寄った。


「エルダナ様、遠路遥々お越し頂き、誠にありがとうございます。エルダナ様に来て頂けて父も喜ぶ事でしょう」


「ラゼリード姫の心中お察し申し上げます。こよなく詩を愛した偉大なる王が去って、私の心にも穴が空いたかのような気がします。……セオドラに差し上げたい物があるのですが、彼の顔を見せて頂けますか」


「勿論ですわ」


 ラゼリードは喪服の裾を摘んで歩き出した。エルダナと家臣達が後に続く。

 ラゼリードは棺の前をエルダナに譲った。



 棺の中は色とりどりの花々が咲き乱れていた。白を基調とした立派な衣。組んだ手に巻きついた風の神の印章。

 白い顔をした亡き王はやつれてはいたが、威厳があった。


 その顔を見たエルダナは酷く悲しそうな、それでいて儚いような不思議な表情をした。


「まだ50代と若いのに、どうしてだろうね」


 誰に言うでもなく彼はそう呟いて、背後の家臣の手から茶色の包みを取り上げた。


「セオドラ、君の好きな作家の詩集を特別に装丁してもらったよ。本当ならば来月の君の誕生日に渡すつもりだったのだけどね……。枕元に置いておくから、読んでくれるかな」


エルダナは包みから本を取り出すと、セオドラの枕元へ置いた。そうすると、まるでセオドラが読書の最中に一休みして微睡んでいるかのように見えた。


 その一部始終を見ていたラゼリードの瞳から涙が一粒転がり落ちる。純白のハンカチでそれを拭う。


 まだ父が生きているように接してくれるエルダナの気持ちが嬉しかった。

 そして切なかった。


 父が亡くなって、それからずっと慌ただしくしていた。

 泣く暇も無かった。


 最初に到着したのはロフェの王だった。

 ロフェは何百年も前に、小さなカテュリアを奪い合ったベラ大陸戦争に唯一参加しなかった国だ。

 当たり障りの無い挨拶しかなかった。


 それから東方の4国が先を争うようにやってきた。

 それらの国家の代表とも話したが、エルダナ程、セオドラを友として扱ってはくれなかった。


 スルエラ大陸からの使者はエルダナ以外はまだ到着していない。

 ノアンシに至っては到着は最終日になるだろうと予想された。


 エルダナが来て、ラゼリードはつかの間、ほっとしたのだ。



 エルダナは目頭をハンカチで押さえるラゼリードを見て、ほんの少し哀れんだ。

 薄い化粧で隠しているが、彼女もまた疲労の色を隠しきれてはいなかった。

 疲労を圧して戴冠式を迎える事になる彼女が痛ましく思える。


「ラゼリード姫、お時間がありましたら少しお話したい事があるのですが、ここでは少し……」


 ラゼリードは背筋をしゃんと伸ばした。


「わたくしもお話したい事がありました。時間が取れましたらお伺いします。ここは寒いですから、どうぞ城へお入り下さいませ」


 ラゼリードは案内に近衛兵を呼んだ。


「あの……エルダナ様」


「どうしました?」


「ハルモニア殿下は……いらしてないのですね」


 恥ずかしいのか、目を逸らしながら呟いたラゼリードをエルダナは少しばかりあっけに取られてまじまじと見た。

 3年の月日は大きかったのか。


──参ったな。ハルモニアを連れてくれば良かった。

──だが、あれに聞かれては困る話をするかも知れないのだから仕方がない。


 エルダナは言葉を飲み込んで、近衛兵に導かれて城に入った。



「あの方がルクラァンのエルダナ陛下?」


 気がつけばラゼリードの側には2歳年上の従兄、クリスチユが立っていた。

 彼は喪服にふんわりと垂れた淡い金髪を撫でつけながら呟いた。

 ラゼリードは手短に返す。


「ええ、そうよ」


「ふぅん。伯父上に本をくださるなんて、いい方なんだね」


 よく見たらクリスチユの視線はセオドラの枕元の詩集に釘付けになっている。



 この人物はとにかく本が好きなのだ。

 何をやらせても平均以上の結果を出すのに、興味があるのは本だけ、本さえあれば何もいらないという変人っぷりである。


 ラゼリードは呆れたような顔でクリスチユを見た。


「クリスチユ、貴方まさか父上への贈り物を読みたいとか思ってないでしょうね」


 クリスチユが紫色の瞳を瞬いた。

 右目の片眼鏡のズレを直しながら、さらりと言ってのける。


「伯父上の為だけのものだから読まないよ。……興味が無い訳じゃないけど」


「クリスチユ…」


「さあ、僕らも城へ入ろう。日が暮れかけている。妹達と合流しないと」


 聖堂には夕日が差し込みはじめていた。


ラゼリードの戴冠式まで、あと3日半。

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