18.めぐりあう
またハルモニアの意識が飛んだ。
「本当に行くのか、ラゼリードや」
「はい、父上。必ずや成果にして帰ってまいります!」
おや?、とハルモニアは思った。
ラゼリードはいつになく割と軽装…いや、寧ろ旅装で、病のセオドラの部屋からフィローリが使っていた大きなトランクを持って出る。
このラゼリードは何歳だ?
ハルモニアは不思議に思い、彼女の後を追う。すると、なんと彼女は『風の道』に入ろうとする。
『え!? まさかっ! このラゼリードはルクラァンに来た後のラゼリードか!?』
咄嗟にラゼリードの服を掴むと、見えないハルモニアも『風の道』に巻き込まれる。
『!!!』
一面の空しか無い、風がびゅうびゅう吹く空間に放り込まれたハルモニアは、必死に悲鳴を上げまいとするも、内心は怖い!高い!怖い!で一杯だった。なにせ掴まってるものがラゼリードの右袖だけで他は何も無いのだ。
エイオンを『火の道』に連れ込んだ時の彼の恐怖を身をもって思い知り、ハルモニアはかつての自分をぶん殴りたくなった。
そりゃエイオンが気絶もするだろう。
自分も出来るなら気絶したい。
そういえばエイオンに突き飛ばされて、アド市大時計台から落ちそうになった時も怖かったなぁ、などとしみじみ回想していると、なんとラゼリードとオマケのハルモニアはルクラァン王宮に着いたではないか!
「ようこそ、ラゼリード姫」
しかも出迎えが国王エルダナ自らだったりした時にはハルモニアは顎が外れそうになった。
「エルダナ様、二ヶ月ぶりです。この度はお世話になります」
ラゼリードはトランクを置き、旅装ながらも丁寧なお辞儀をしてエルダナに微笑んだ。
『父上!! 父上!!!!』
手を振っても飛び上がっても反応無し。
まただ。まだ「最も現在に近い時間に居る父」に会えてない。
しかしラゼリードの言葉が引っかかった。
二ヶ月ぶり??
まさかこの狸親父…。
ハルモニアの懸念は当たった。
「しかし、本当に残念です。ハルモニアは強化合宿中で貴女にお会い出来ないんです」
実ににこやかにエルダナは言い放った。
『ちちうえぇぇぇ!!! 貴方が時編む姫の部屋に俺を1週間放り込んだ3年前の秋ですか!!? ラゼリードが来てたなんて一ッ言も聞いてませんよ!!! 』
ハルモニアの身からすると絶叫ものである。
「あら、残念ですわ。お借りしたハンカチを返しに来ましたのに」
ラゼリードも言うほどさして残念そうではない。ただ、ほんの少しだけ首を傾げた。
「貴女の合宿場所はこちらです。さ、どうぞ。荷物は私が持ちましょう」
ラゼリードが遠慮する前にエルダナは彼女の荷物を持ってしまった。
カツカツと派手な足音を立てて、エルダナがラゼリードを案内したのは寄りにも寄って。
『時編む姫の部屋の、隣……ッ!?』
ハルモニアは最早怒りで涙目になり、ブルブルと震えた。もう訳が分からない。
「アーシャ様ァ! ご無沙汰ですねぇ~」
室内にはエカミナまで居た。中央区街に居る時と違って、青い髪を惜しげも無く晒している。
「エカミナ! お久しぶり! 今回は魔法付与の授業をどうぞよろしくお願いするわね!」
ラゼリードは笑顔でエカミナと握手までしている。
『ううう……ん? 魔法付与の授業…?』
暫く話に耳をそばだててみると、どうやらラゼリードはカティを復活させる為に大地に魔力を注ぐ方法を学びに来たらしい。
フィローリの遺した座学だけでは駄目だったので、エカミナ印の林檎の樹に魔力を注いで、最高の林檎を作っているエカミナに教えを乞いに来た、との事である。
『それでも隣の部屋なら一目逢うくらい……』
そこまで考えて、ハルモニアは嘆くのを止めた。
ラゼリードはカテュリアの宝であるカティの花を立て直す為に学びに来たのだ。
決して遊びに来たのでは無い。
そんな時にラゼリードに好意を抱くハルモニアがウロチョロしたら邪魔になるのは火を見るより明らかだ。
だから、エルダナは強化合宿と称してハルモニアを遠ざけたのだと気付いた。
旅装を解いてエカミナに師事するラゼリードを、ハルモニアは眩しいものを見るように見た。
彼女はエカミナ印の林檎に魔力を送り込む理論から始め、果てはエカミナの果実園で実地で魔力を注ぐ試験までこなしていた。
『まぁ、仕方ないか。あの当時の俺……いや、過去に来る前の俺なら間違いなくラゼリードの邪魔をしてただろうから。……俺はこの過去を旅する中で色々学んだけど、少しはラゼリードに近付けているだろうか? ……至上の王冠を戴き、共に王として肩を並べられるような男に成っているといいんだが』
【ああ、立派になったよ。ハルモニア。さあ、旅の終わりだ】
不意に延時の姿が目の前に現れた。
『え……?』
王冠を被ったままのラゼリードが、視界に飛び込んで来た。
彼女はソファに座り、斜め向かいのソファに座ったエルダナと話している。
ハルモニアは何が起きたか解らず、ただ呆然とラゼリードを見つめた。
あんなに見たかった、戴冠式を終えたラゼリードなのに、実感が湧かない。
そしてそこに居る父は。
もしかして……?
「わたくし、王になるのは実は自信が無かったのです」
ラゼリードはポツリともらす。
「それは何故? 貴女がセオドラと同じ事を言うとは、親子だからかい?」
エルダナは少し笑って言った。
「父もエルダナ様に申し上げたのですか?」
ラゼリードは意外そうにエルダナに問いかける。
「ええ、彼は『自信が無い。酒にも弱そうで怖くて飲めない、体も弱い。私より弟の方が王者らしい』と泣きそうな顔をして言っていましたので、お望み通り加減して酔わせました。それから彼は泣き言を漏らさなくなりました。何故なら、酔ったセオドラは素晴らしい歌を披露したのです」
ラゼリードは花が開く様に破顔した。
「まあ、ふふふ。なかなか歌ってくださりませんでしたわ、父は……。すぐ酔い潰れてしまいましたから」
「貴女も酔わせましょうか? それとも、貴女を生涯守るおまじないを教えましょうか?」
「おまじない?」
ラゼリードがいつもの癖で首を傾げそうにすると、王冠が揺れたので彼女は慌てて姿勢を戻した。
「ええ。貴女を守るおまじない。
【朧】、【もえぎ】、【流】、【空】、【ユウヒ】、【司】、【延時】。最初の7人は何れ貴女の力になるでしょう」
「え? それはどういう意味ですの?」
ラゼリードがエルダナを覗き込んだ時。
ハルモニアとエルダナの視線が合った。
まるで魔法を掛けるように、エルダナがパチリと片目を瞑ってみせた。
『ハルモニア!!』
その瞬間、次元を割いてハルモニアの傍に現れたのは時編む姫だった。
珍しく血相を変えている。
『心配したのよ、悪い子ね』
【そう言わないであげて。彼のお陰で、君と僕の時は再び繋がった】
『え……』
時編む姫が、ハルモニアの前に立つ延時に気付いて息を呑む。
何か、信じられないものを見たように、その銀の瞳は見開かれ。
戦慄く紅い唇が彼の名を呼んだ。
『延時!!!!!』
時編む姫が感極まって銀色の瞳から真珠のように見える涙をボロボロと零す。
幾らか逡巡した後、彼女は震える腕をのばし、延時の首にきつくきつく縋り付いた。
びっくりしたのはハルモニアである。
(時編む姫が泣くなんて……初めて見た)
『また貴方に会えるなんて思ってなかった! 私独り、貴方に掛けて貰った呪いでいつまでも死ねずに何万年も、ひとり、みなの死を見送っていて……! ……延時! もうわたし独りじゃないの!?』
【これからは夢の中でいくらでも逢瀬を楽しめるよ、月夜。おっと、口付けは後でね。ハルモニアが見てる。いい加減、彼に君の素性を話してあげないと混乱しているよ】
全くである。
時編む姫がバッと延時から離れた。
いつもは白い顔が真っ赤に染まっている。
『……見たわね? わたしに幸せを与えてくれた教え子、ハルモニア。特別にわたしの名を教えます』
時編む姫が姿勢を正したので、ハルモニアもそれに倣う。
『はい。時編む姫』
『わたしの名は月夜・亜土。スルエラ大陸最初の王国、アド王国の初代第一王女です』
ハルモニアの背筋に電撃が走った。
まさかの素性である。
『つまり、【朧】様と【もえぎ】様の第一子……!?』
『ええ、そう。そして婚約者の延時に時が止まる呪いを掛けてもらって、朧父様、もえぎ母様亡き後から、アド王国をルクラァン王国に変え、そしてルクラァンを育てて、見守ってきた者です。これからも永遠に。今までは独りだったけど、ハルモニア、貴方のおかげで再び二人になれたわ。どんなに感謝をしてもし足りないわ! 貴方はわたしの最愛の教え子よ!』
そう言って時編む姫……いや、月夜王女が頭を下げるものだから、ハルモニアは情報過多も相まってすっかり面食らってしまった。
更に困ったのは延時がおやおや、とかいいながら月夜のハグを止めないところである。
邪魔していいのか、悪いのか。
やがてイチャつく二人に呆れたハルモニアは喚く。
『それはこれからいくらでも出来るようになったんでしょう!? いいから、早く現実に帰して下さい! 「時編む姫」!』
ハルモニアは強引に時編む姫の手を握った。
その手は、もう、冷たくなかったのだった。
そしてハルモニアは時編む姫の部屋で目覚める。
びっくりしたのは自分の寝相の悪さ。
不敬にも時編む姫の腰に腕を回して締め上げていた。
これから彼は歩み始める。
子供の心を脱ぎ捨て、王のヒヨコとして──。
─end─
2022/06/16~2023/08/13
(*´︶`*)♡Thanks!
感想を是非とも聞かせてくださいましね!
2023/08/14追記
伏線回収忘れにて、エピローグ追加しました!
誠に申し訳ございません!
エピローグは次のページへどうぞ!




