16.善も悪も無く、みな等しく
残酷表現がございます。苦手な方はご注意ください。
『カティが枯れただって!? じゃあ、あの事件がもう迫っているのか!?』
あの事件、とは勿論ハルモニアがラゼリード、および彼女の男性の姿である「エイオン」と出会う発端となった、カティ密輸事件だ。
そういえば、ラゼリードはもう18歳を越えている。ハルモニアと出会ったのは19歳の彼──彼女だ。
ハルモニアが慌てて延時の空間から飛び出すと、ラゼリードの部屋にはセオドラが居た。
「ラゼリードや。お前が伏せっている間にカティの大半がしおれてしまったと報告が入った。カティの山・カテイル山に行っておくれ。供の者を何人か付けよう」
「わたくしとヨルデンだけで大丈夫です!」
「そうもいかない。護衛の為であり、監視の為でもある。まだお前は立太子も済んでおらず、守護に成り立てだ。更には病み上がりでもある。儂はお前が心配でならないのだよ」
そう言われてはラゼリードも返す言葉が無い。少し悔しげな表情を見せた彼女は大人しく従う。拳を握り締め、ラゼリードは手の平に爪を立てる。
「……。解りました、父上。乗馬服に着替えても宜しいですか?」
「馬で行くのか? 馬車も通れる道だというのに」
「何か嫌な予感がします。わたくしはフィローリから勘には従えと習いました。供の者も騎乗するようにお願いします!」
【ハルモニア、流石に君は馬に乗って移動出来ないから、加速しよう】
『分かった。ありがとう、延時』
くるん、と、久しぶりにハルモニアの目が回った。
◆◆◆
紫。
一面の、枯れた紫が。次の瞬間、ハルモニアの視界に入った。
ラゼリード一行が丁度、馬から降りてくる所だった。
彼女は絶望的な表情をして、地面にへたり込む。しわしわになった一輪のカティの花に手を添え、血を吐く様な叫びを上げた。
「何故…? わたくしは……フィローリに頼まれたのに! この花と民を守れと頼まれたのに!」
悲しんでいるのか悔いているのか、或いはその両方か。兎に角、悲観的になって拳で自らの膝を叩いているラゼリードの後ろに居たヨルデンが、ふと彼女から離れた。
暫くして、少し離れた岩場の影からヨルデンの怒声が上がった。
「貴様! そこで何をしている!?」
「ヨルデン?」
ラゼリードはハッと我に返ると、立ち上がり、ヨルデンの声のした方へ走る。
ハルモニアもついて走った。
ヨルデンは岩場の影で、口を布で覆い、スコップと籠を持った男の腕を捻り上げている。
本当に彼は侍従だろうか? 騎士にも引けを取らない見事な関節技が極まって、男がひいひいと喚いた。
「ラゼリード様! この男はカティを密猟しておりました! 籠の中身はカティの生花です! まだ枯れていない花があったんです!」
「!」
籠の中から覗く紫の花、まだみずみずしいそれを見たラゼリードが目を見張る。
「ヨルデン、そやつの口を割らせなさい! どんな目に遭わせても構わないわ! 他の者は残党が居ないか山中を調べなさい! 毒の花粉はわたくしが防ぎます!」
ラゼリードは空中に護りの印を描くと、ヨルデンや供の者達に加護を与える。
供の者達は加護をもらうや否や一斉に山中へ散っていった。
そしてラゼリードはというと、ヨルデンに極められた関節の痛みに耐えかねてスコップを取り落とした男に近付くと、剣帯からナイフを抜き、男の喉に当てながらこう囁いた。
「フィローリが遺した花に手を出して命があると思うなよ?」
『……ラゼリードも男言葉になるんだな。男と女で使い分け完璧なのかと思ってた』
一部始終を見ていたハルモニアは珍しいものを見たな、と思わず感心した。
これが世界暦1848年秋のラゼリードの初ブチギレであった。
◆◆◆
結局の所、賊達は10名も居た。
何度もカテイル山に入って、フィローリの死を契機に枯れた花の中から、まだ活きていた花を盗み、反王政派貴族の館複数に運び込んでいたらしい。
花を採取していたのは各貴族家の下男や雇われたごろつきで、盗まれたカティの生花は──もう国内に無いとの事だった。
後は証拠を揃え、貴族の邸宅に踏み込むだけしか出来なかった。
ラゼリードはまた夜になるとこっそり泣いた。許せない、許せない、と小さく呟きながら拳を太腿に叩き付け、やり場のない怒りを文字通りぶつけた。
ハルモニアは、ただ見ているしか出来なかった。
出来る事なら盗まれたカティは一部を除いて戻ってくる、正確にはお前が見つけて、そのままルクラァンに納品されるぞ、と伝えたかった。
でも、過去からの声は伝わらない。
『時編む姫は今の俺と同じく、いつもこんなもどかしい思いをしているのだろうか? ……泣くな、ラゼリード。泣き疲れたら休め』
さらりとラゼリードの髪をハルモニアが撫でてやると、思いが伝わったかのように彼女はモゾモゾと寝台に横たわり、ブツブツと恨み言を呟きながらも眠りに就いた。
『そうだ、それでいいんだ。おやすみ、ラゼリード』
ホッと、ハルモニアが安堵した途端、延時がひょこっと時空の裂け目から顔を出した。
【ハルモニア、時を動かしても?】
『ああ、お願いする、延時』
◆◆◆
気がつけば、ハルモニアは立派な邸宅の前に佇んでいた。
背後には、髪を結い上げたラゼリード。
彼女は今まで着ているのをハルモニアが見た事がない、極めて脚のラインにぴったりと張り付いた軍服の上に、胸を覆う軽鎧を付けている。
思わずハルモニアの視線が脚やら尻やらへ行く。コルセットを締めていなくても細い腰も魅力的だ。ハルモニアは見ていなかったが、彼女の前には大勢の兵が居た。
「カテュリアを愛する者達よ! 裏切り者を捕らえなさい!」
ラゼリードが怒声と共に勢いよく抜剣した。
その切っ先が近くに居たハルモニアの頭を掠める。兵達が門をこじ開けて我先にと邸宅へと雪崩込んだ。
ラゼリードもヨルデンを連れて駆け出す。
『ひぇっ』
持っていかれた頭頂部の髪がぱらぱらと降ってきてハルモニアは青ざめた。
ついでにカテュリア兵にもすり抜けられ、背筋がぞくぞくする。
まさかラゼリードが持つなら、剣まで触れられるとは思ってもみなかった。
『頭ハゲてないよな……?』
【安心しなさい。てっぺんの髪が数本切れただけだよ】
『なんてところに置くんだ、延時』
【君が脚フェチかどうか知りたくて、つい】
『あしふぇち?』
【なんでもない】
初めて聞く謎の単語に誤魔化され、延時が謝ってないことに、ついぞ気付かないハルモニアであった。
この時間軸に本来存在しない筈の2人が見守る中、血なまぐさい掃討戦が始まった。
後で知る事になるが、この屋敷は相手が『真実の目』とは知らずにカティの生花を取引をした、云わば密輸出の首魁の館だった。
首魁はこの日が来るのを予想していたのだろう。侍女や執事は解雇し、館を腕利きの傭兵の巣窟にしてあった。
何人のカテュリア兵が荒々しい傭兵の刃に倒れただろう。
また、幾人の傭兵が自らを正義と信じるカテュリア兵の刃に倒れただろう。
善も悪もみな等しく倒れた。
ラゼリードはヨルデンを伴って、血に染まる兵達に鎮魂の祈りを捧げながら、この館の主たる大物貴族、スバーリ公爵を探して屋敷内を歩いた。
「ラゼリード様、書斎に隠し扉があります。ご用心ください」
放ってあった斥候の情報を聞くと、ヨルデンはラゼリードの前に出て歩き始める。
書斎に入ると、ヨルデンは隠し扉を探して書棚を剣でコツコツと叩く。
ふと、ヨルデンが足を止めた。
ヨルデンが一歩下がってラゼリードの隣に立った。
「はっ!!」
ラゼリードが気合いを込めて剣を振ると、風の刃が書棚を斜めに切り裂いた。
中にはスバーリ公爵が独り隠れていた。
驚いたらしいスバーリ公爵ががむしゃらに剣を振るったが、ヨルデンの双剣が公爵の剣を根元から叩き折る。
「スバーリ公爵、カテュリア国王セオドラの名に於いて汝を拘束します。大人しく縛につきなさい」
ラゼリードが剣を突き付けた公爵は禿げ上がって太った白豚の様な男だった。
彼は折れた剣をぽいと捨てるとラゼリードを煽った。
「……私を殺さないのですか? ラゼリード姫にはそんな度胸は無いと?」
ラゼリードが色違いの瞳を眇める。
「殺すより酷い目に遭わせて差し上げてよ」
売り言葉に買い言葉で咄嗟に口走ったが、ラゼリードには殺すより酷い目という事柄は思い付かなかった。
少なくとも、今のラゼリードには殺す事すら出来なかった。
◆◆◆
医療班が兵の治療に奔走する中、スバーリ公爵の捕縛を終えたラゼリードとヨルデン(とハルモニア)は庭園をざっと見て歩く。
「兵の損害が酷いですね。第一部隊がほぼ壊滅してる。僕が教官なら血を吐くまで訓練させて、実戦で死ななくしてやるのに」
「ヨルデン。死者に鞭打つような発言はやめて頂戴」
「"吐血までが訓練"が、ディンナー家の家訓なので」
なんて恐ろしい家訓だ。
ハルモニアはヨルデンを見る目を変えた。
【ハルモニア、ここに見るべきものはもう無い。加速しよう】
『解った、延時。次は何だ?』
【ラゼリードの成人の儀、及び立太子式だよ。見ておきたいだろう?】
『ああ!』
ハルモニアは期待に胸を膨らませて、血の匂いでむせかえる庭園から消えた。
今回は内容がシビアだったので、ハルモニアにコメディ担当になってもらいました。
ハルモニアは脚や尻などの下半身フェチです。
エイオンの脚も好きでしたね、あの子…。




