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戴冠 ─蝶々姫第二章─  作者: 薄氷恋


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15/19

15.食事にしませう

「フィローリ・アーシャ・カテュリアの棺の埋葬を行います。皆様、どうぞ守護の記念碑へお越し下さい。先導致します」


花嫁衣裳を纏ったラゼリードが凛とした声を張り上げて、葬列の先頭に立った。

中に遺体の無い軽い棺を儀礼兵が持ち上げる。ゆっくりと白と黒の葬列が動いた。

ハルモニアは眦を拭うと、ラゼリードの後を追う。


辿り着いたのは王城から少し離れた常緑樹の広場、先端に翼を模した記念碑の前だった。それはフィローリの守護在位400年記念の際に建てられたものだ。

そこには既に穴が掘られていた。

まさか記念碑が形式ばかりとはいえ、墓になるとはフィローリ本人も夢にも思わなかっただろう。

ラゼリードとハルモニアは記念碑から離れて立つと、棺が穴の中に納められて土を掛けられていくのをじっと見守った。




やがて出来たばかりの墓上に参列者達から花が手向けられる様をラゼリードは無感情に見つめる。

人に紛れて、喪服に身を包んだシャロアンスが見慣れない小さな紫色の花をたった1輪だけ手向けた。

包み紙も何も無いそれはたった今、何処からか摘んで来たかのように寂しい有様で、更にその花は今のシャロアンス当人みたいに項垂れた咲き方をしていた。


【犬歯のスミレか……この時期には珍しいな。狂い咲きか? 】

『けんしのすみれ? 何だそれは? 菫じゃないのか? 花言葉はなんだ?』


ラゼリードとは反対側の隣で延時が悲しそうに呟いたので、ハルモニアは花言葉も知っているものかと思い、尋ねる。

ところが延時からは、意外な答えが返ってきた。


【……いいや、知らない。本当の名前はカタクリの花だとは知っているが】


何か逡巡するような間のある言葉に、ハルモニアが延時を見上げると彼はうつくしい横顔の眉間に皺を寄せていた。

ハルモニアは見なかった振りをして前を向く。

延時は本当はあの花の花言葉を知っているんだとハルモニアは推測した。

知っているが、彼は秘匿した。

何かハルモニアに聞かせるには不都合があるのだろう。ならば此方もこれ以上聞かないのが礼儀だ。

延時は追求しないハルモニアを内心で褒める。

やがて〈初恋〉の花言葉を持つ小さな花は大量の献花の中に埋もれていった。


献花が済むと、ラゼリードが墓の前に移動し、参列者に篤く礼を述べ、そして告げる。


「わたくし、ラゼリード・エル・グランデル・カテュリアは、フィローリ・アーシャ・カテュリアに嫁いだ事をここに宣言致します」


場がどよめいた。ラゼリードはそれを沈黙とヴェール越しの紫と赤の色違いの鋭い視線で黙らせる。

参列者が静まると、彼女は言葉を続けた。


「彼に嫁ぎ、わたくしは風の精霊と化しました。フィローリの今際の際に、カテュリアの《守護》を引き継いだのはこのわたくしです。精霊に成りたての未熟者ですが、皆様に置かれましては今後、……」


ふと不自然に止まった言葉に参列者達が何事かと訝しむ前に、ラゼリードが膝から崩れ落ちた。


『ラゼリード!?』

「姫様!」

「ラゼリード!?」


セオドラとシャロアンスの声が響いた。

参列者の中からシャロアンスが飛び出して来て、ラゼリードの顔を覗き込む。

ハルモニアもラゼリードの傍へと走るが、ラゼリードのふんわりと拡がる花嫁衣裳の裾を踏むまいと必死だ。

おまけにラゼリードの前には既にシャロアンスとセオドラが居て、近付ける筈もない。


邪魔なパニエの所為で完全に倒れる事も出来ず、ラゼリードは苦しそうに息を荒らげながら立とうとするが、セオドラとシャロアンスに制される。


「姫様……酷い熱だ! こんな体調だったなんて!! いつからだ!?」


「……シャ、ロ? いつ髪を、切っ、たの……?」


ラゼリードは熱に浮かされたまま呟く。


「記憶まで混濁してるのか!? なんてこった!」


下品にも舌打ちするシャロアンスにセオドラの声が飛ぶ。


「シャロアンス、ラゼリードを頼む! ぐっ ……ゴホッゴホッ!」


「セオドラ陛下!?」


「儂の事はよい! 早くラゼリードを!」



セオドラに急かされ、シャロアンスは群衆の前で花嫁姿のラゼリードを横抱きに抱き上げる。長いトレーンは侍従のヨルデンが咄嗟に出て来て抱えた。

場が今日、何度目か分からない程どよめく。


「誰かデセール医師を手配してくれ! セオドラ陛下の診察を! それから、俺はシャロアンス・シアリー! ルクラァンの筆頭典医であり、フィローリの主治医だった医師だ! ラゼリード王女は俺が診察する! 道を開けてくれ!」


その言葉を聞くか聞かないかの内にラゼリードは意識を失った。

かくり、と仰け反った頭から不意に強まった風がヴェールを捲り上げる。


誰の手も借りないヴェールアップという奇蹟。


ハルモニアはそれがフィローリの仕業に見えてしまい、思わず現世を離れた《彼》の姿を探すも見つからない。


ハルモニアが辺りを見回している間に、高熱の所為で真っ赤な頬をしたラゼリードはシャロアンスに抱えられ、王城イヴァナンへと運ばれていった。



翌日から彼女は「守護神の悲劇の花嫁」や「結ばれたのは守護神か主治医か」等という醜聞が出回る事になるが、後者はセオドラが睨みを効かせたので、ラゼリードの耳には長い間入らなかった。

彼女の耳に入れようにも、ラゼリードはその後半月の間、高熱で臥せっていた。


水面下で、貴族達の一部が悪巧みを始めていたのも知らずに、ただ、フィローリを何度も喪う悪夢と熱に魘されていた──。


◆◆◆


「フィローリ……」


ラゼリードは涙が耳朶を濡らす感触で目を開けた。自室の寝台の上、見慣れた天蓋にほっと息をつく。

自分はどれくらい寝ていたのだろう?

喪主として守護として、フィローリの葬儀を完遂しなければならないのに、途中から熱が出て倒れたのは覚えている。

けれど、自分が守護を誓った瞬間と彼の最後の願い以外は思い出せなかった。


ラゼリードはそっと左手を顔の上に翳す。

指輪が──無い。

ラゼリードの瞳にまた涙が浮かぶ。

寝台の側に立っていたハルモニアはその様を見て心を痛めた。


「失礼します。……えっ!? ラゼリード様!? お目覚めですか!?」


ヨルデンがノックをするだけして、部屋の主が了解する前に部屋に入ってきたかと思うと、彼は片手を翳したラゼリードに気付いて寝台まで走ってきた。

ハルモニアはヨルデンをすり抜けない為に場所を移して2人を見た。


「ラゼリード様、良かった……! 半月も熱が下がらずに眠っていらしたので、僕、このままラゼリード様が死んでしまうのではないかと気が気じゃなかったんですよ」


「半月!? ……やぁね。勝手に殺さないで」


ラゼリードは頬を伝う涙を手で拭いながら唇を尖らせる。


「お身体は辛くありませんか? もし食欲がおありでしたら、厨房の者にすぐに用意させますが」


くぅーきゅるる……とラゼリードの腹が大きな音で空腹を訴える。クスッとヨルデンが笑った。


「笑ったわね」


ラゼリードが、ぷぅと頬を膨らませる。


「はい、笑いました。ラゼリード様のカラダは性格と違って随分と正直だなって思って」


「何処で覚えたのそんな台詞。わたくし、そんな事、フィローリにしか言われた事なかったのに」


「へ?」


ラゼリードが半身を起こすのを手伝っていたヨルデンは、意味が分からないといった表情を浮かべながらも彼女の背中に幾つもクッションを宛てがう手は止めない。


『おい、随分口の利き方のなってない侍従だな。ラゼリードもその返し、どうなんだ』


ハルモニアはまるで喜劇の様な2人のやり取りにツッコミを入れた。

だが、ヨルデンの存在はラゼリードに悲しみを忘れさせる様なので、なかなかにして憎めない。


『第一印象は最悪だったのにな』


ハルモニアはヨルデンに睨まれた現実世界の3年前を思い出して少し笑った。

実際、ラゼリードが臥せっている間、ヨルデンは何度も彼女の為に作られた穀物粥を運んで来ては、熱に魘され目覚めない主を眺めては泣きそうになり。

やがて粥が冷えて食べられないものに成り果てると、ラゼリードの代わりに残さず食べていた。

その間、ヨルデンが自分用の食事を厨房に断って絶っていたのも、ヨルデンとシャロアンスの会話でハルモニアは知っている。

本当は食事を完全に絶って主の快癒祈願をしたいのだが、そう豊かではなかったディンナー伯爵領の息子としては廃棄される穀物粥を見過ごせなかったのも。


シャロアンスはラゼリードが倒れてからずっと彼女に魔力を補給したり、ガーゼを使って手ずから水分を与えたり、食事が摂れず更に弱るのを防ぐ為に点滴を施したり、自ら作り出した氷を入れた枕で彼女の熱が下がらないかと色々と手を尽くしていたが、とうとう3日前に過労で体調を崩しかけたので、デセール医師とヨルデンに後を託して帰国した。

ヨルデンは仕方なく自分の食事を再開し、ラゼリードの為の粥も食べて英気を養い始めた矢先だった。


「粥だけじゃ物足りないわね」


ハルモニアが考え事をしている間にラゼリードはヨルデンが運んできた温かい穀物粥をペロリと平らげていた。


「おかわりされますか? それとも僕の分の昼食でも食べます? 今日のメニューは鶏肉のシチューなので、栄養満点! 病み上がりのラゼリード様でも食べられますよ」


「お前の分が無くなるじゃないの。嫌よ」


「後は……そうそう! 熱の後にいいからってシャロアンス先生が仰ってた林檎もありますよ。なんでもルクラァンで一番美味しい林檎だとか。3日前、シャロアンス先生がラゼリード様の処置を済ませた後、『水の道?』で帰国してわざわざ買ってきてくれて、すぐに船便で帰られたんです」


ヨルデンは小卓の上の籠から特殊なシーリングワックスの押された林檎を手に取った。そのワックスには飾り文字で「エカミナ」と書かれていた。


『エカミナ印の林檎じゃないか!!』


今度はハルモニアがくぅ、と腹を鳴らす番だった。涎が口の中いっぱいに湧く。


「いいわね、林檎を剥いて頂戴」


「かしこまりました」


『いいなぁ……《偽鏡》をぶちのめした時みたいにまた2人で半分こしたい……』


ラゼリードが皮を剥いて切り分けられた林檎を齧る姿を見て、ハルモニアが涙目になっていると、背後から延時が空間を切り裂いて現れた。


【おいで、ハルモニア。エカミナの店で買ったものではないが、エカミナ印の林檎の木から実を幾つか拝借してきた。タルト・タタンにしたからお食べ。勿論、生のままの林檎も用意してある】


ハルモニアは口を開いたら涎が出そうなので、返事する間すら惜しんで延時の棲む暗闇に勢いよく飛び込んだ。


◆◆◆


『どうしてだろう? 過去に来てから腹が減った試しはなかったのに、急に腹が空いた』


この暗闇の一体何処から吊り下げられているのか未だに謎な青い翼のランプの下、ハルモニアはテーブルに着くと自らの腹を押さえて、軽く撫でた。


目の前にはタルト・タタンの他、湯気を立てる食事が何品も揃っている。


お食べ、と延時が勧めるとハルモニアは食前の祈りもそこそこに食事に取りかかった。


延時は相変わらず紅茶を嗜みながら解説する。


【弱っているラゼリードの側で半月も過ごしたからだ。朧の魔力は足りなくなると、周囲の元素を吸い取る。シャロアンスはフィローリとラゼリードに魔力を大量に分け与え続けていたから、《朧に喰われる》寸前だったんだ。水の元素をたっぷり浴びられる船便で帰らなければ、彼も危うかった】


『なんだって!?』


鶏肉のクリームパイを頬張っていたハルモニアは、背筋にうすら寒いものを感じて食事の手を止めた。


【そもそも《守護》であったフィローリの延命自体が危険だった。あんな魔力の強い精霊が死にかけていたんだ。彼が喋れるようになるまでラゼリードが魔力を注いだのが、彼女が倒れた原因の一つだ。心労もたたった。フィローリを亡くしてから夜は眠らずに泣いていたよ】


『そうだったのか……。延時、これからは俺も食事を取るべきか?』


【いや、ラゼリードは回復した。ハルモニア、君の元素も吸ったからな。今の君は一時的に栄養不足になってるようなものだ。食べなさい。君が回復するように元素の恵みの多い食材を選んで調理した】


『ありがとう、延時』


はぐはぐと、王族らしくない音を立ててハルモニアは延時の料理を頬張った。

身体に滋養が足りないのだ。一口ごとに飢えを感じて、彼は夢中で食事をした。

延時は唇だけで微笑む。

よく頑張った、褒めてやりたい。

だが、それは月夜の仕事だ。

延時の仕事ではない。


ハルモニアは5皿の食事と、タルト・タタンを2切れと、不正に入手したエカミナ印の林檎を1個食べきると、満足したのか、食後の祈りを捧げた。


『延時、ありがとう。貴方は俺の命の恩人だ』


【大袈裟な。美味しかったかい?】


『とても美味しかった。また食べたい』



その時だ。ラゼリードの悲鳴が聞こえたのは。


「嘘でしょう………!? 嘘と言って、お父様!! カティが枯れただなんて!!」


ハルモニアが目を見張った。


カタクリの花言葉 初恋・悲しみに耐える・嫉妬・消極的。


根がお馴染みの片栗粉になるカタクリ。

カタクリの開花時期は3月~5月ですが、シャロアンスはカタクリが秋に狂い咲く秘密の場所をフィローリに教えられて知っていたという設定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何回見ても恥ずかしいわ!名前間違い_:(´///`」 ∠):_ なるほど、危なかったんですね?!取り込まれてしまう危険があったと! そしてヨルダンの献身にちょっと感動しました❀。.*・ 目…
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