12.露見
紅と紫のラゼリードの瞳。
銀色に染まりたての髪。
3年前に会った真珠の様な乙女。
だが、その誕生は余りにも……。
先程、延時から聞いたラゼリードの正体──今やルクラァンの始祖7人分の力を持つ朧の娘──から考えると、ラゼリードは朧の力でフィローリから魔力を吸収して風の精霊と化したのではないか?
悲劇の婚姻としか言いようが無い。
『朧様っ……貴方はなんて事を……!』
ハルモニアは思わず振り絞るように慟哭した。
その間にも侍女や衛兵によって、ラゼリードとフィローリは引き離され、別室へ引っ立てられて行く。
【ハルモニア、加速するぞ】
『ああ、解った』
次に目にした場所は、玉座の間、だろうか?
玉座が2つ。どちらも空だ。
そこに座するべき王は壇上から降り、あろうことか泣きながら、跪かされたラゼリードを抱き締めている。
「アーキアに似た、綺麗な黒髪だったのに……。しかし、瞳の色は片方残ってくれた……」
「お父様……申し訳ございません……」
ラゼリードもまた泣いていた。王であるセオドラの肩に涙を零しながら、父を抱き締めている。
「……わたくしは、精霊に成りました。風の流れが解るのです。風の元素も見えます。……フィローリの、妻になったからです」
セオドラはラゼリードからは見えない角度から、背後の罪人のように床に坐らされたフィローリを今まで誰も目にしたことが無いような形相で睨みつけた。
「フィローリ、儂は見合いなどという逃げを提案した事をラゼリードに謝罪し、いい加減、腹を括ってもらえないかとは言ったが……その夜の内に妻にし、さらには異形にしろとまでは言っておらんぞ」
「返す言葉もございません。申し開きはありません」
項垂れたフィローリの両脇には衛兵が2人。
彼らは槍の刃ではなく柄でフィローリの動きを制しているが、彼らもまた動揺している。
──長らく国を守ってくれている風の守護神に刃など向けられないからだ。
「ラゼリード、そなたを急病の触れで自室に幽閉する。本日行われる筈であった成人の儀、及び立太子式は一年後に延期。フィローリは夜間外出禁止令をもって刑とする」
「お父様! 折角実ったわたくしの恋を……!」
ラゼリードがギョッとしてセオドラから身を離して父の目を見ると、彼は泣きながらも微笑んでいた。
「ラゼリードや。窓は開けてよい。心地好い夜風が入って来たら窓を閉めなさい」
「……夜風がこの身に触れてもですか?」
ラゼリードは父の機嫌を窺うように、恐る恐る首を傾げた。また1粒涙が転がり落ちる。
「勿論。すまない、儂は嫉妬したのだ。愛する娘に手を付けられて冷静な父などこの世にはいないのだ」
セオドラは腰帯から出したハンカチで娘の涙を拭った。ラゼリードはその手に己の手を添わせる。
「わたくしは嫁しても人でなくなっても、永遠にお父様の娘です。それはこの命が終わっても変わりありませんわ。……お父様さえ赦して下さるなら」
「赦すとも。いずれ佳き時期にフィローリと正式に婚儀を挙げても良い。ただ、暫くは儂の嫉妬も赦してくれるか? 可愛い我が子、そして偉大なる風の守護神よ」
「勿論です」
「かたじけのうございます、お父様……」
「娘を頼む、フィローリ」
「命果てるまで」
衛兵が国王の指示で槍の柄を引くと、フィローリは頭を下げた。
泣き崩れるラゼリードに涙腺を刺激されたのか、セオドラも衛兵も涙を堪える顔をしている。
ただ……。ハルモニアがフィローリの顔を窺うと、やはり顔色が悪かった。
【ハルモニア、また加速するぞ】
『頼む』
◆◆◆
「は? 今なんて?」
『うわっ!』
ハルモニアは急に前に立った人物にすり抜けてしまい、身が切れる様に冷たい水に入った気がした。
声といい、この感触といい、これはシャロアンスだ。尤もシャロアンスはそれに気付く様子も無いが。
「わたくし達、非公式だけど結婚したの」
「そういうこと……なんだ」
頭の中がお花畑になったような親友2人組……今や夫婦となったラゼリードとフィローリを見て、シャロアンスはとても微妙な表情をした。
診察鞄の取っ手を握る彼の手がギリリと掌に爪を食い込ませたのは、延時しか知らない。
嫉妬か、はたまた置いてけぼりを喰らったからか。
しかしそこに気付く程の度量はまだハルモニアには無いのだ。
「まぁ、その……おめでとう」
「そこで早速お願いがあるんだけど……。あ! フィローリは聞かないで! 悪いけど外して下さる? ごめんなさい」
「わかった」
フィローリが窓から風の道に入り、何処かへ消えてしまうとラゼリードは堰を切ったようにシャロアンスに話しかけた。
「あ、あの、わたくし、フィローリの子どもを産めるかしら? 調べてほしいの! まだわたくし月のものが一度も来なくて……それで、不安なの!」
「ああ、それが今回の呼び出しの理由ね。……いいよ、調べてあげましょう」
心底から面白そうに唇を吊り上げ、ラゼリードに近付くシャロアンスをハルモニアは不安そうに見上げる。
【ハルモニア、加速するぞ】
『え!? ちょっと待ってくれ、まだ何も解ってな……』
【見ない方がいい】
どういう意味か、訊く前に景色は変わっていた。
◆◆◆
「ラゼリード?」
開いた窓からフッと現れたのはフィローリだった。
外は夕闇が迫り、壁際に幾つも設置されたのオイルランプは既に灯りが点っている。
王族だけに許された天蓋付きの寝台の中、ラゼリードは俯せに伏せていた。
何があったのだろうか、寝台の傍の小卓を始めとする小型家具がいくつも倒れている。
ハルモニアはキョロキョロと辺りを見回す。シャロアンスは帰ったのか? 彼の姿は何処にもない。
「フィローリ……」
寝台の傍に近付いたフィローリを見上げたラゼリードは泣き腫らした顔で呟いた。
「今すぐ抱いて……」
『なっっっっ!?』
自分から「抱きしめて」と強請る女性だとは!
と、大胆な台詞に真っ赤になるハルモニアを延時が背後から目隠しした。
途端に暗転する世界。何も聞こえない。
延時の世界に引きずり込まれたのだと解った。延時の冷たい手が離れる。
カチリ。
天使の羽根のような青い吊り下げランプが点った。
【蜜柑のチーズケーキだ。お食べ。緊張が解れる】
彩やかな輪切りの蜜柑が敷き詰められたケーキに思わずハルモニアの喉が鳴る。
彼のケーキは美味しいと、先程のひと皿でとっくに刷り込まれてしまった。
延時は既に切り分けてあった一切れを皿に載せてハルモニアの前に出す。
そのまま紅茶を優雅に注いでみせた。
『なぁ、シャロアンスはラゼリードに何をしたんだ?』
【調べたのだ。ラゼリードの身体を。ただ、ラゼリードにはその結果が耐えられなかったから誤魔すようにフィローリの腕を求めただけのこと】
『ふぅん?』
それはつまりラゼリードが子を望めぬ身体だということだが、ハルモニアが気付いていないので延時は口を噤む。
彼の恋の炎を消すのは避けたかった。
何故なら──未来が変わるからだ。
今は時編む姫と名乗る女性の瞳には過去しか映らないが、実は延時の瞳には過去も未来も映る。
幾つもの分岐点はあるが、ハルモニアが正しくそれを通ったならば或いは──
『なぁ、延時』
【なにかな】
『ラゼリードの恋路を見ているのは辛い。俺なんかが立ち入る隙が無いんじゃないかと不安になる』
【過去は変えられぬが未来は切り拓くものだ、ハルモニア。諦めるのは早すぎると思わないか?】
『そうかな……。貴方がそう言うならそうなんだろう。……うん、元気が出た。ありがとう、延時』
【そのチーズケーキは月夜が落ち込んだ時によく出していた。気分が高揚すると評判だった品だ】
『つくよ……ああ、時編む姫は蜜柑が大好物だからな。本当に婚約者だったのか』
【まだ疑っていたのか?】
『ルクラァンの王位継承者の為の帝王学教師だと知っている。だが、たかだか数世代だと思っていたんだ。しかし、もしかしたら俺が考えるより長生きだったら有り得るなと思ってな』
【よく考えるようになったな。偉いぞ】
延時は息子にするようにハルモニアの頭をくしゃくしゃと撫でた。ツンツンに跳ねた髪は延時が思うよりずっと柔らかかった。
くす、と笑いながら延時はハルモニアに話しかけた。
【朧が何故、猫の形を取っているか教えて欲しいか?】
『教えてください』
行儀の良い生徒の様に姿勢を正すハルモニアが、延時にはとても好ましく思えた。
【よろしい。朧のあの姿はうっかり猫を吸い込んでしまったから取れるようになった形態なんだ。それももえぎと結ばれる前、ずっと若い頃に。もえぎは猫が好きだったからしばしば朧に頼んで猫の姿を撫でていたよ】
『その話は俺の父上も知っているのですか?』
【いや、知らないと思うな。彼は過去に少しだけ干渉出来るが、それだけだ】
『ちょっと待ってくれ。今なんと言った?』
【ん? エルダナの左太腿に黒い始祖の羽根が刻まれているのは知らないのか?】
『大浴場で見た事があるが……』
確かに父の脚にはエイオンの腹にある片翼を細長く延ばした様な形の痣があった。
それは神に愛された証だとエルダナから聞いたし、自らも3年前エカミナの家でエイオンの蝶と翼を見て彼にそう語った。
【エルダナのあれは月夜が与えたもので、時間遡行中の月夜が視え、更に互いに話しかけられる権限があると言っていい。だから、僕は1番現在に近い時間軸に居るエルダナに会えと言った。そうしたら彼を通して月夜を呼べる】
『そういう事だったのか。……ん? ではラゼリードの痣は……?』
【男性時の背中の蝶は朧と同じ位置。黒い羽根は始祖の紋章であり、なおかつ朧を王に担いで僕達が興した旧アド国の国章だ。僕にもある】
そう言うと延時は薄い服の襟をずらして右肩を見せた。
そこには……ラゼリードの背中の羽根を少し小さくしたものがありありと浮かんでいた。
『……!!』
始祖の羽根。
改めて同じ羽根を見るとラゼリードは始祖そのものなのだと痛い程、思い知らされる。
そんな尊い存在だなんて知らなかった。
不敬かも知れない。
だが、ラゼリードを純粋に愛している。
この心が彼女に恋をしてやまないからだ。
しかし過去の彼女はフィローリに愛情の総てを向けている。
どうすれば、彼女の心が手に入る?
ラゼリードの戴冠式を視る為に過去に来て色々学んで、……それでも肝心な事はまだ解らなかった。
ハルモニアは「抱きしめて」とラゼリードが自分から強請ったと思っていますが。
違う、そうじゃない。
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