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ブレイバーズ・メモリー(2)  作者: 橘 シン


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19-3 初めての喧嘩3


「ウィルの分からず屋!」

 執務室を出ていく彼の背中に向かって言葉をぶつけた。


 執務室に残されたのは、私とシンディと仕事。


「ねえ、シンディ」

「はい」

「私が悪いの?」

「悪く…ないとは思います…たぶん」

 シンディの歯切れは悪い。

「だよね。私は、ウィルの事を思ってるんだから」

「はい…」


 私は悪くない…はず。


「失礼いたします」

 アルが入ってきた。


「お茶をお持ちしました」

「ありがとう。一杯頂戴」

「はい、かしこまりました」


 アルは慣れた手付きで紅茶を入れる。

 私は書類を脇に寄せ、アルが入れてくれた紅茶を飲む。


「ウィル様と何かございましたか?」

「ぶっ!ゲホッゲホッ」

 盛大のむせてしまった…。

「何でわかるのよ…」

「ウィル様の表情が…眉間に皺をよせておりましたし、この時間はいつもお仕事のはずですから」

「そう…そうね…」

 私はそれだけを言って、答えなかった。


「ウィル様とリアン様が喧嘩を…」

 シンディがついさっきの出来事を話してしまう。

「なるほど…」

「私は悪くないでしょ?」

「悪くはございませんが…」

 アルは苦笑いを浮かべ言いよどむ。.

「ウィル様のお気持ちもわかりますので…なんとも…」


「なんか、私が悪いみたいになってない?」

「そのような事は決してございません」


 ウィルの体を思う事が、私の努めだと思っていた。

 

 彼の優しさに甘えてしまっていた自分への戒めとして彼の仕事する。

 それのどこが悪いのよ!。


 私は机を叩き、立ち上がる。


「リアン様?」

「屋上行ってくる」

「お仕事は?…」

「後でやるわ」

「ですが…」

 シンディは何か言いたそうにしていたけど、無視して執務室を出た。


 見張り塔の中にある螺旋階段を使って屋上へ。


 今日は天気がいいわけじゃないけど、風がちょうどよく吹いている。

 

 屋上ではメイド達が洗濯物を干していた。

 

 私は見張り塔に背中を預け、北側を見上げた。

 そこには一年中雪を頂く山脈ある。


 夏は過ぎ去った。


 秋が近づいてくる。

 ほんの少し冷たい風が、私の頬を撫でて行く。


「どうされたのですか?」

 メイド長のオーベルが声をかけてきた。

「別に…」

「何もないのに、普通ここにはお見えになりません」

「結構来てるわよ。息抜きに」

「そうですか」

 オーベルはそう言うと、私の隣に立つ。


 メイド達は洗濯物を干し終わると、屋上を下りて行く。私に一礼して。


「あなたは行かなくていいの?」

「大丈夫です。彼女達は、次に何をすべきか分かっておりますので、あれこれと指示はいたしません」

「そう」

 

 オーベルはメイド達を信用しているのね。


「ウィルと喧嘩しちゃった…」

「どのような事で喧嘩になってしまったのですか?」

「ウィルに倒れてほしくないから、仕事は私がやるって言ったら怒っちゃって…」

「それはいけません」

 オーベルはクスクスと笑いながらそう話す。

「どうしてよ?私はウィルの事を思って…みんなも無理してほしくない、倒れてほしくない。そう思っているはずよ」

「わたくしもそう思っております」

「そうなら、何でダメなの?」

 彼女は一呼吸おく。


「ウィル様は仕事が大好きなお人だからです」

「仕事が好きって…そのせいで…」

「わたくしも仕事が好きな性格なので、仕事を奪われたウィル様のお気持ちがよくわかります」

「気持ちがわかるからって、仕事をさせ続けていいわけじゃないでしょ?」

「もちろんでございます」

「どうするばいいのよ…」

 私は俯く。

「きちんと話し合いをしてくださいませ」

「話し合いって…」

「話さなければ、いつまでもこのままです」

「…」

「このままでいいとお思いなら、それで…」

「いいなんて思ってない!」


 ウィルと仲良くしないといけないのは分かってるけど…。

 この時の私は、彼への負い目から無理をさせてはいけないと思っていた。


「仕事を奪われたウィル様の事もお考えください」

「私は奪ったわけじゃ…」

 私はその場にしゃがみ込む。


「リアン様のお気持ちもわかります」

 オーベルもしゃがみ込んで私の肩を抱く。

「杞憂すぎるのもいけないのです」

「うん…」

 

 分かってる、分かってるけど…。


 その時、下の広場から声がしてきた。


「何?」

「何でしょう?」


 屋上の西側へ。.


 屋上の端は転落防止のため塀が、私のおなかくらいの高さにしてある。

 その塀に少しだけ身を乗り出す。


 広場では竜騎士達が竜に乗り訓練をしていた。


 ヴァネッサとレスター、ガルドが指導してる。

 でも何か変…


「思ってませんよ!」


「もっと気合い入れて、押し返してみろ!」


「どうした!攻めが単調だぞ!」


「痛って!」


 気合い?の入った声も聞こえてきた。


「あんたがやられたら、ウィルの命がないんだよ!」

「お前はウィル様の盾なんだぞ!」

「ウィル様を守ってみせろ!」


 は?…え?…。


 どういう事?。


「リアン様、ウィル様もいらっしゃいます」

「どこ?どこよ?」

 

 訓練中の竜騎士の中にウィルを見つけた。


 彼は特に何もせず、竜に乗ったまま訓練を見つめている…ように見える.。

 すぐそばにあれは…ミレイかな。


「ウィルは何やってんのよ…無理しないで言ってるのに…」


 これじゃ私が仕事を請け負った意味がないじゃない!。


「お元気ではありませんか」

「元気だからって、していい事と悪い事があるでしょ。やめさせてくる」

 私は下りようと見張り塔に体を向けたが、オーベルが腕を私の前に広げ止める。

「お待ちくださいませ、リアン様」

「何?」

「よくご覧ください。ウィル様は生き生きとしていますよ」


 オーベルの言う通り、ウィルはどことなく楽しいそうに見えた。


「リアン様はウィル様のすぐそばにおられます。ウィル様の事をよく知っているのは、リアン様の他にはおられません」

「オーベル…何言ってるの?」

「最後までお聞きください」

「うん…」

「おそばにおられるからこそ、できることがあるのではないしょう?」

「そばにいるからこそ…」

「そうです。ウィル様の言動、仕草などをよく観察して疲れているなとお思いなったのなら、手を差し伸べてあげるのです。頭ごなしに仕事を奪っては、誰でもお怒りになりますから」

「…」


 ウィルをよく見て、手を差し伸べる。

 それだけいいの?。


 竜の足音が北側から東側へ。

 そして、南側へと移動していく。

 それを目で追う。


「誰でもない。おそばにいるリアン様だけが、出来ることですよ」

 オーベルはそう言うと、私を残し屋上を去っていった。


「私だけ…」


 オーベルの言う通り、ウィルの事を見守ろう。

 

 ちゃんとウィルの気持ちを考えて、闇雲に仕事を奪わないようにしよう。


 私は、ウィルと喧嘩したいわけじゃない。

 ウィルだってそう。


 屋上を下りて執務室へと向かった。


 途中、廊下の窓から外を見てると、竜騎士達が移動してるのが見えた。

 

 ウィルと目が合った。

 

 気まずい感じはない。むしろ嬉しい。


 少しだけ見つめ合った後、私は執務室に戻った。 



 執務室に行くのは、少し正直気まずかった。


 リアンに納得できずに突っぱねて出て来てしまったから。


 僕は悪くはないと思うけど、だからといってこのまま仲違いしたままではいけないと思う。


 執務室のドアは閉まっていた。


 一応、ノック。いつもはしないんだけど…なんかしたほうが良いかなって。


「ウィル様でしたか。どうぞ」

 戸口に出て来たのは、マイヤーさん。

「はい…」


 執務室にはリアン、シンディ、マイヤーさん。

 リアンは僕を見ない。


 彼女はいつもの席で仕事中。

 僕もいつもの席に座る。


 すかさずマイヤーさんが紅茶を出してくれた。


「ありがとうございます」


 紅茶を飲みながら、リアンの様子を見る。


 彼女は特に表情を変えずに仕事をしていた。


「シンディ、マイヤーさん。ちょっと席を外してもらえる?」

「かしこまりました」

 二人は僕とリアンを気にしつつ執務室から退出する。


 執務室には、僕とリアンだけ。


 お互い何も言わず、時が経つ。


 二人きりにしてもらったのは、リアンと二人だけで話したかったからだ。


 このままお互いに離れたままではいけない。

 僕は勇気をもって話しかけた。


「あの、リアン…」

「ごめんなさい!」

 リアンは突然頭を下げた。


「リアン?」

「私、あなたの気持ちを無視して、自分勝手に仕事を奪ってた…」

「僕の事を思っての事だから、間違っていないと思う」

「でも…」

 彼女は顔を伏せたまま。


「僕も感情的になっちゃったし…」

「違う!私が!…」

 彼女は立ち上がる。


「リアン。僕は、領主をとしての努めを果たして行きたい。それには君の協力が不可欠だ」

「うん…」

「僕の事を気遣ってくれるのも、すごくありがたい。でも、領主としての仕事を奪うのはやめてほしい」

 僕はできる限り感情的ならないように話す。

「もう倒れたりしない。心から誓うよ」

 立ち上がり、リアンの机の前に立つ。

「ウィル…」

「辛いときは辛いって言う。疲れたらちゃんと休むよ。だから、見守ってほしい」

 僕は右手を出した。


 リアンは僕の右手をしっかりと握る。


「あなたの言う通り見守ってあげる。見守ってあげるから、私の言う事も聞いてほしい。私が、休んでって、無理しないでって言ったら少しは聞いてほしいの。それで安心するから…」

「わかりました」

「やだ。なんで敬語?」

 リアンは吹き出す。

「補佐官には敬意を払わないと」

「今まで払っていなかったの?」

「そんな事ないよ」

「良かった…」

 

 僕達はしばらく手を握ったまま話を続けた。

 

 他愛もない話。

 それが普通に出来る事が嬉しい。




「初めての喧嘩はこんな感じで終わった」

「何日も長続きしなくてよかったよ」


「ほんと。以外に早く仲直りできたわね」

「素直に非を認めるのが、秘訣かしら?」


「あの時は、僕のほうが歩み寄ったんだからね」


「私も歩み寄ったでしょ?」


「そうかなぁ…」


「えー!そうでしょ、じゃなかったら仲直りできてない」


「はいはい…」


「返事が雑!」


「仲直りできたんだから、良かったじゃないか」


「なんか、納得できない」


「仕事残ってるからそろそろ戻ろうよ」


「うん…」



初めての喧嘩 終わり

Copyright(C)2020-橘 シン



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