12-2
シュナイツの日没は比較的早い。
山々に囲まれているから。
空はまだ明るいが、太陽は見えない。
「そろそろ夕食かぁ…」
ハンスが呟く。
ハンスは昼の食事どき以外は、ずっとわたしのそばにいた。
それが彼の役割なんだけど、どうにも恥ずかしくて…。からかわれるし。
わたしが対して、嫌がらせなどはなかった。これはハンスがいたおかげだ。
「ソニア」
呼ばれて、二階の廊下の窓を仰ぎ見る。
ウィル様とヴァネッサ隊長がいる。
「終了だよ。お疲れ様」
「はい」
わたしは罪人なのに、ねぎらいの言葉をかけてくれた。
ハンスにロープを外され解放される。
「二階に、多目的室に来てくれ」
「ウィル様、おれは?」
「あんたはお役御免だよ。宿舎に帰りな」
ヴァネッサ隊長の言う通り。
「でも、まだなんかあるんですよね」
「ハンス、もういいから。ありがとう」
「ああ…うん…」
彼は立ち去ろうしない。
「話だけ聞かせてもらえませんか?」
「あんたね…」
食い下がるハンスに、ヴァネッサ隊長はため息を吐く。
「話を聞くだけ、ならいいよ。廊下からね。質問、意見その他の発言はなし」
ウィル様の提案にハンスは了承する。
「はい、それでいいです」
結局、ハンスも一緒…。
館に入り二階の多目的室へ。
多目的室には、ウィル様とリアン。は当然として…
各隊の隊長。(アリス隊長のそばにはジルさんもいる)
シンディさん、マイヤーさんにオーベルさん。
フリッツ先生に、料理長のグレムさん。
と、シュナイツの主要人物が揃っていた。
「マジかよ…勢揃いしてるじゃねえか。中々ないぜ」
「黙っててよ…」
「悪い…」
わたしは入口で一礼してから中に入った。
「この度は、ウィル様に対し、大変失礼な事をしてしまい申し訳ございません」
深く頭を下げた。
「頭を上げてくれ」
「はい」
全員がわたしに注目している。
「君がした事は、全員が知っている」
「はい」
「みんなの意見その他と聞いて相談して、君の処分ついては僕に一任された」
ウィル様の他、全員が立っている。
ヴァネッサ隊長は腕を組んだまま、わたしを見つめていた。
「とりあえず、昨日の夜から今まで広場に立ってもらった。他に何かしてもらおうか考えたんだけど、中々思い浮かばなくてね」
「どんな事でもします」
「うん。思い浮かんだ案が一つ…」
ウィル様は少し言いづらそう。
「手紙を届けほしい」
「手紙?…ですか」
どんな辛い事だろうと、身構えていたが、ちょっと拍子抜けだった。
「僕の祖父への手紙だ。個人な事で君を使うのはどうかと思うんだけど…」
「いいんだよ。手紙を届けるだけなんて、ソニアには楽勝さ。あたしはもっと厳しくしてもいいと思うけど」
ヴァネッサ隊長は皮肉る。
「手紙を届けるだけでしょうか?」
「いや。返事をもらって来てほしい。それと祖父の様子も確認してもらいたい」
「様子ですか…」
「ウィルの祖父は持病を持っていてな、それがちと心配なんだ」
フリッツ先生が説明しれくれた。
なるほど。
「わかりました。では、今すぐに…」
「待ちなよ。あんた、行く場所知ってんの?」
「え…ああ…」
まだ、聞いてなかった…。
「詳しくは後で話すよ。他に何か意見がある人は?」
ウィル様が全員を見回す。それにつられるように、わたしも見回した。
意見する人はいないと思ったが、だた一人、手を上げて人がいる。
オーベルさんだった。
ウィル様がオーベルさんに発言を許可した。
「わたくしの様なメイド如きが、意見するのは失礼とは思いますが、おひとつ申し上げたい事がございます」
わたしは体をオーベルさんに向けた。
「シュナイツはウィル様が新しい領主となられて、まだ日が浅く過渡期で不安定でございます。ですが、ウィル様は十分に尽力し領主として勤め上げていると、わたくしは思っています」
「それは、どうも…」
オーベルさんの言葉にウィル様は苦笑いを浮かべる。
「それを、内側から壊すような事は、あってはならない事です」
オーベルさんは少し強い口調で、わたしに向かって話す。
「外側からなら、対処は出来るでしょうが…身内にされてしまっては、対処のしようがありません。ソニアさん、あなたの個人的な事情など知りません。二度と…いえ、一度もあってならない事ですが…ウィル様に刃を向けるような事はしないでください」
「はい。申し訳ありません。こんな事は、誓って絶対しません」
「怖っ…」
ミャン隊長がボソリと呟く。
「オーベルにしては、優しい言い方だね。手を出したあたしとは大違い」
ヴァネッサ隊長は肩をすくめる。
オーベルさんは基本温厚で真面目な人。しかし、常識はずれの事をすると叱咤する。
怒ると怖いものの、メイド達他から絶大な信頼を得ている。
「オーベル、そう気を立てるな。若いうちは多感なものよ」
先生はオーベルさんの肩に手を添える。
「ええ、そうでしょう。だからこそ、どうしても言いたくなるのです」
オーベルさんは小さく息を吐く。
「わたくしの言いたい事は、以上でございます」
「他に意見は?」
今度は誰も手を上げない。
「そう。じゃあ、食事にしよう」
ウィル様の言葉で皆それぞれ部屋を出ていく。
わたしは自分の部屋で食事をしようと、出て行こうしたがリアンに止められた。
「ソニア、一緒に食事しましょ」
「え?…わたしは…」
「いいんじゃないの」
ヴァネッサ隊長はそう言いながら席につく。
「ハンス、君も同席するかい?」
ウィル様が廊下にいるハンスに声をかけた。
「あー…いえ、自分は宿舎に戻ります。じゃあな、ソニア」
「ええ」
ハンスは何か言いたそうな顔をしていたが、帰って行く。
アリス隊長とジルさんも部屋を出て行った。
昨日と同じリアンとミャン隊長の間に席が用意される。
そこに座り食事が配られた。
みんな食べ始めるが、会話がない。
どうか考えても、わたしがいるせいだと思うんだけど…。
「ソニア、足は大丈夫?」
部屋静まりかえる中、リアンがそう話しかけてきた。
「大丈夫よ。ありがとう、リアン」
彼女は首を横に振る。
「いいのよ」
「ねえ、リアン。ハンスから、あなた達が王都に行った話を聞いたんだけど」
「そうそう。王都に行ってきたのよ。すごく大変で…」
彼女は笑顔で話す。
「あんたが行きたいなんて言わなけりゃもう少し楽だったんどね…」
「行きたかったんだ。行った事あるよね?」
「あるけど、ちょっと…」
リアンは言いづらそうにする。
「リアンはウィルと離れるのが、嫌だったんだヨ」
「ち、違うって。何に言ってるの、ミャンは」
リアンの動揺にウィル様は苦笑いを浮かべるだけ。
「賊にも会ったって、ほんと?」
「ほんとよ。ひどいの、ヴァネッサが私一人だけ竜に乗せれて走らせるんだもん」
「あんたとウィルと助けるためには、ああするしかなかったの」
ヴァネッサ隊長はため息をはく。
「嫌って言ったのに、竜は走り出すし、止まって言っても全然止まってくれないし…」
「あたしの、竜だからね」
リアンの話は終わらない。
「どんどん茂み入っていって、途中で落ちちゃったのよ」
「アハハハっ」
ミャン隊長が大笑いする。
「笑い事じゃない。静かにしていろっていうから、戻ってきた竜と一緒に茂みの中一人でじっとしてた…」
「怪我は?」
「ない、けど…怖かった」
「アタシが駆けつけた時は、目赤くしてさ膝抱えてた」
リアンは思い出して憤慨してる。
だけど、リアンはよく耐えられたものだ。
以前の彼女からはちょっと考えられない。
「あの、因みにその時ウィル様はどうされていましたか?。よろしければ…不躾ではありますが、お聞かせください」
「僕?」
ウィル様は一瞬ヴァネッサ隊長を見る。
「僕は、何もしてないよ」
「何も?」
「ああ。賊はヴァネッサとミャンがやっつけてくれたし、ガルドに借りたショートソードを無くしてしまう始末で…」
ウィル様は乾いた笑いを漏らす。
「そうですか…」
「アタシの槍捌きに、賊は恐れおののくのであった」
ミャン隊長が、ドヤ顔で頷く。
「はいはい…そうだね…」
ヴァネッサ隊長は興味なさげに返事をする。
王都への道中や王都ので出来事を聞いた。
「色々あったみたいね」
「ありすぎよね」
「僕は無事に帰って来れた。それだけで十分だったよ」
「言えてるね。あたしもそう思う」
「アタシはね、美味しい料理を食べられた。それだけぇ」
「バカか?君は」
「ミャンについては今更過ぎて、何も言えない。あなたは一体何をしてきたのか」
隊長達の話にリアンとウィル様は笑う。
わたしは笑えなかった。
無事に帰って来れたからいいものの、一歩間違えば、大変な事になっていたかもしれないんだし。
「リアン、危険を犯してまで行く必要あった?」
わたしの言葉にみんなが黙り、部屋が静かになる。
「何事なく帰って来れたし…」
「もしかしたらって考えかなったの?」
「何も考えなかったわけじゃない。色々考えて…」
「ソニア。リアンなりに考えてのことだから、それくらいでよしな」
ヴァネッサ隊長は食事の手を止め、そう話す。
「隊長らしくない、というか…何故止めなかったんですか?」
「あたしも最初は…」
「僕がリアンの希望を了承した」
ヴァネッサ隊長の言葉の途中で、ウィル様が発言する。
「そして、ヴァネッサに頼んだ。もし何かあったとしたら、僕の責任だ」
ウィル様の責任と言われたら何も言えないじゃない…。
「理由を、理由をお聞かせください」
「理由か…」
ウィル様はリアンとヴァネッサ隊長を見る。
「私、理由は聞いてないかも…」
「そういえば、言ってなかったね」
彼は椅子に座り直し、背筋を伸ばす。
「リアンには、シュナイツを出て憂鬱な気持ちを少しでも和らげて欲しかったんだ。シュナイツにいたら、どうしてもシュナイダー様の事を思い出してしまう。忘れる事はできないんだけど、少しだけいいかから、その事から離れてもいいんじゃないかって、そう思ったんだ。それに防壁の外にはほとんど出ていないらしいから、たまには違う景色を見てもらいたかった。それが理由」
ウィル様の理由を聞いたリアンは、
「そうなんだ…そのありがとう…」
と、小さく言った。
「あたしも言ったほうがいい?」
「よろしければ…」
「リアンには精神的に強くなって欲しかった。みんな知ってるとおり、リアンには重い過去がある。そういうから抜け出して欲しくてさ」
「みんなそうやって私に気を使うのが、嫌だった。私はもう大丈夫なんだって思ってほしくて、王都に行ってそれを証明したかったの…」
「血が苦手なのは相変わらずだけどね」
「それは…まだ…かな」
苦笑いを浮かべるリアンにウィル様が声をかける。
「無理しなくていいと思うよ」
すごく優しい言い方。
「理由はこの通り。納得してもらえた?」
「はい…」
ウィル様もヴァネッサ隊長も、リアン本人もちゃんと考えていた。
わたしがいない間に大きな変化があって、わたし一人だけが変わっていなかった…。
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