18-12
「さあ」
「失礼します…」
クラーク卿に促され中へ。レスターも一緒に。
クラーク卿も入り扉は閉められた。
「こちらをお使いください」
ランプを渡された。
中は採光の窓もなく、ランプがなければ真っ暗だろう。
そしてもう一つ、倉庫の異様さに気づく。
「涼しい…いや寒いくらいだ」
「ですね。これは…」
息が白くなるほどではないが、今の服装で長時間いれば風邪を引くだろう。
「クラーク卿、これはどういう事でしょうか?」
「ふふふっ…」
ランプを持っいるクラーク卿は笑顔を浮かべるだけ。
「この倉庫についての質問にはお答えできません」
補佐官がそう話す。
「話せないって…」
「申し訳ない。機密事項なのでな」
「機密事項…」
「とはいえ、気になるだろう。少しだけ話そう」
「ご当主!」
「みなまで言わんよ」
補佐官に止められたが、クラーク卿は補佐官の肩を叩く。
「小麦の長期保存には低い温度がいいと研究によりわかった。なのでこうしている」
「なるほど。それで一昨年の小麦でも問題なく保存できていると」
「左様」
しかし、外との温度差が異常だ。
煉瓦造りだけではこうはいかないはず。
氷室?
ランプでかざして倉庫内を見回すが、それらしいものは見当たらない。
なのに寒い。
「ウィル様。天井を見てください」
「なに?」
「光ってます」
「光ってるね…」
天井、正確には梁の一部が光っていた。
ランプやろうそくとは違う。
あれは…。
「「魔法だ」」
レスターと声が合わさる。
「クラーク卿、魔法ですね?魔法で温度を下げている」
「…」
クラーク卿は何も言わず、真顔のまま。
クラーク卿は否定も肯定もしない。
「間違いありません。魔法ですよ」
「うん」
魔法で間違いない。
ここと同じようなものを作れば長期保存ができる。
エレナに頼んでみよう。彼女ならきっとできるはずだ。
「倉庫の話はこれくらいで。小麦の状態を見てほしいな」
「はい。すみません…」
倉庫の奥に小麦が麻袋に入れられて、高く積まれていた。
その中から小さな小袋(二年物)を一つ外に持ち出す。
袋の中の小麦を確かめる。
「どうです?」
「害虫はいないみたいだ…」
中をかき混ぜて入念に調べたが、害虫などはいなかった。
「どうですかな?」
「問題ないと思います…」
「何かまだ言いたい顔だが」
「いや…」
「まだ聞きたい事があるなら答えよう」
「はい…。品質に問題ないと思いますが、食べてみないと…」
「定期的に食味は確認しており、問題ありません」
補佐官が少し怒りを込めたような口調で話す。
「問題ないなら、今食べても支障はないのでは?」
レスターが補佐官に近づく。
「こちらを信用していないですか?」
「信用してほしいなら、食べさせてほしいですね。それともできない理由があるんですか?」
「失礼ですよ。こちらは売らずとも飼料として近隣に売却してもいいんです」
二人の丁々発止は止まらない。
「クラーク様のご厚意より売却を止めているのです。勘違いしているではないですか」
「勘違い?」
「あなたは、マリウス家の者の聞いていますが…」
これは、まずい…。
「圧を加えるなら、こちらも対処させていただきます」
「圧って…おれはマリウス家の人間じゃない!」
レスターが激昂する。
「なんでおれの話が出るんです?関係ないでしょ?」
「レスター!落ち着いて」
彼の前に立ち、肩を抑える。
「やめないか」
クラーク卿も自身の補佐官を退かせる。
「申し訳ありません」
僕はクラーク卿も頭を下げた。
「いや、こちらの補佐官が言い過ぎてしまった。謝りなさい」
「しかし…」
「謝罪するんだ」
クラーク卿は厳しく窘める。
「はい。申し訳ございませんでした」
補佐官が頭を下げた。
「レスター、君も」
「おれは…」
僕は彼の背中を押す。
「すみませんでした…」
「イシュタル卿。その小麦で昼食を作り、私と一緒に食べいただくというはどうか?」
「はい。ぜひに」
「ではそれを持って厨房の方に」
「自分が持ちます」
レスターがすぐに小袋を持ち上げる。
「おまえは厨房へ連絡を」
「かしこまりました」
補佐官が小走りで邸宅へ向かう。
僕達はその後を追う形で邸宅へ歩く。
「なんだか申し訳なかった」
「クラーク卿が謝ることではありません」
「うちの補佐官は生真面目過ぎてな…。いいやつなんだが」
「不真面目よりはいいかと」
「はははっ。確かに」
「こちらにも非はあります」
「申し訳ありません…」
後ろを歩くレスターが頭を下げる。
「君も悪気があったわけでないだろう?シュナイツとイシュタル卿を思ってこと」
「そう言って頂けると…恐縮です」
彼は小さく息を吐く。
小麦は厨房にて石臼で挽かれ粉となり。
そして、こねられてパンとなる。
その工程、全てを見せてくれた。
「ここまでされたて、買わないと逆に失礼なるね」
「ですね」
補佐官が激怒するに違いない。
出来上がった昼食は広いダイニングに運ばれる。
サムとスチュアートを呼び、クラーク卿とともに昼食となる。
昼食には遅い時間だったが。
「それでは、いただきます」
焼き上がったばかりのパンをちぎり食べる。
味は問題ない。おいしい。
「二人はどう?」
サムとスチュアートには倉庫に保存していた小麦とは伝えていない。
「うまいっす」
「美味しいですよ」
普段シュナイツで食べているのも去年のもの。そちらは味に問題ない。
今食べてのは厳重に管理されてものだ。美味しくなかったら困る。
「今食べたのはここの倉庫で二年間保存されたものなんだ」
「そうなんすか?普通に美味しいっす」
「自分もです」
何も知らずに食べて、この感想なら問題はない。
「クラーク卿、在庫の小麦買わせていただきます」
「そうか。価格は後ほど相談して…」
「いえ、先程ご提示頂いた価格で結構です」
「いいのかね?」
「はい。十分お安いですし、小麦に問題ない事も証明していただきました。これ以上交渉は必要ないかと思います」
「うむ。イシュタル卿がそう言うなら、価格については決まりという事で」
「はい。ありがとうございます」
「諸々は後ほど決めよう」
この後は雑談を交えつつ、昼食を摂る。
「今日の宿は決まっているか?」
「いえ、まだです」
忘れていた。
「なら、ここに泊まって行けばいい」
「お邪魔ではありませんか?」
「今日は客人もいないから気兼ねする必要はない」
「そうですか…。どうしようか?」
僕はレスター達を見る。
「ご家族は?」
レスターがそう尋ねた。
「妻は先月亡くなってな」
「失礼しました」
「いや、いいんだ」
クラーク卿は笑顔で首を振る。
「今、娘夫婦は王都にいて、私の代理をしている。ここには私一人なのだ。だから話し相手がいない。孫も向こうに行ってしまってな…」
そう言って苦笑いを浮かべる。
「なるほど」
「良ければの話だが」
「そういう事であれば、お言葉に甘えさせていただきます。いいね?」
レスターは頷く。
「そうか。旨い料理を出す。ゆっくりしていってくれ」
クラーク卿は嬉しそうに昼食を口に運ぶ。
そして、昼食後客室へと案内される。
「ご用があれな何なりと」
メイド数名が付く事になった。
さすがと言うべきか、客室は広い。
二人で寝れるくらいのベッドが四つ。それでも部屋に余裕がある。
「クラーク卿っていい人っすね」
「いい人過ぎて、怖いです」
「クラーク卿は裏表のない方だ」
スチュアートの言葉にレスターがそう話す。
「レスターさんは初対面じゃないんですね」
「親父が友人みたいなもんだし。竜騎士になる前に何度か会ってる」
「元老院繋がり?」
「でしょうね」
部屋のドアがノックされる。
スチュアートが応対に出た。
「ウィル様、契約と輸送の相談をしたいと」
「わかった。入れてあげて」
入って来たのは女性従業員。
僕達を最初から案内してくれている人だ。それともう二名。
部屋のすみにあるテーブルへ。
「こちらの契約書に目を通し頂いて、サインをお願いします」
契約書には量と価格が書かれている。
それを確認しサインをする。
「お支払いは現金でしょうか?」
「いえ、金券で」
「かしこまりました」
金券を鞄から出し、担当者へ渡す。端数は現金で。
「確認いたします」
確認は担当者だけでなく、他二名にもさせる。
「全額揃っています。お買い上げありがとうございます」
金券と現金が持っていかれる。
「輸送に関して、ご当主よりリカシィまではこちらで、リカシィからシュナイツまではそちらで伺ってますが、間違いありませんか」
「はい」
これは昼食中に話しあったもので、クラーク卿が気をきかせたくれたものだ。
輸送には兵士を割かなけれいけない。
守備力の低下をできるだけ短期間にするための処置である。
「日程についてはいかがいたしましょうか?こちらいつでも輸送できる体制は整っています」
「まだ倉庫の準備ができていないので、少し待っていただきだいです」
「わかりました。いつぐらいになりますでしょうか?」
「そうですね…」
帰って、エレナに相談して、倉庫を準備して、輸送隊の編成…。.
一ヶ月後なら大丈夫か?…。
「はっきりとした時期は言えないですが、一ヶ月くらい後になるかと…」
「なるほど…」
担当者はメモを取る。
「準備が整いしだい手紙をお送りいただけますか?」
「はい」
「よろしくお願いいたします」
その他細々した相談して担当者は帰っていく。
夕食まで何もせず体を休めた。
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