18-6
「近くの村まで急ぎます!」
「ああ!」
昼過ぎに雨が降り始めたため、今日泊まろうとしていた村まで急ぎ竜を走らせる。
あまりいい道ではない。
竜に前後左右揺られ怖い。
レスター達は気にもとめず走らせている。
「二人は先に行って納屋を借りてこい!」
「了解!」
サムとスチュアートがスピードを上げ、先をすっとんでいく。
やっぱり本物の竜騎士は違う。
「ウィル様、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
林を抜けると小さな村が見えてきた。
「こっちです!」
納屋の前でサムが叫んでいる。
「竜と一緒に入ってくだい」
「ああ」
納屋の中には農具が置かれていた。
「全員入れる?」
「たぶん大丈夫です」
なんとか全員と竜を入れたが…寝場所はない。
贅沢は言ってられない。
雨をしのげるだけでありがたいんだ。
濡れた外套を納屋の梁にかけ、干す。
「竜も濡れたけど、どうする?」
「まずは荷物と鞍を外しましょう」
外した荷物の中を確認。まだ濡れていない。
「外したよ。次は?」
「毛があるたてがみと頭を拭いて上げてください」
ハンカチを出したてがみと頭、顔を拭く。
「しっかり拭かなくもいいです。今走ってきて体温が上がってます。それで乾きますから」
「なるほど」
小雨程度で良かった。けど何時間も走っていたらかなり濡れる。
「竜も風邪をひくのかな?」
「聞いた事ないっすね」
「ずぶ濡れで数時間走った事あるんですが、なんともなかったですよ。おれは風邪ひきましたけど」
レスターが笑いながらそう話す。
竜は風邪を引かないようだが、病気にはなると聞いている。
病気は稀で怪我のほうが多い。
戦うのが仕事だから当たり前といえば当たり前か。
雨は翌日も降り続き、丸一日納屋で過ごす事になってしまった。
「参ったな…」
「参りましたね…」
納屋の出入口からサムと一緒に外を見る。
早めに出てほんとに正解だった。
「明日も降ってたらどうします?」
「濡れてもいいからリカシィまで行くよ。リカシィまではそんなに遠くない。昼には着けると思うから」
余裕があるとしもこれ以上は待てない。
「雨、強くなってないっすか?」
「…」
雨は深夜にどしゃ降りとなる。雷まで…。
が、日の出を見る頃には小雨と変わったいた。
「空が明るい。じきに止むかな」
「あそこ見てください。青空が見えます」
スチュアートが指差す。
その青空はゆっくりとだが広がり、こちらに向かって来ている。
「よし朝食を食べたらすぐに出発しよう」
「はい」
朝食を手早く済ませ、納屋を貸してくれた村にお礼と少しのお金を渡し出発した。
「やっぱり、ぬかるんでますね」
「仕方ないよ」
「水捌けがいい所までは走るのは止めましょう」
「ああ」
ぬかるむと走りにくいのもあるが、前を走る竜が泥を跳ね上げ、もろにかぶってしまう。
ぬかるんでいなくても小石や土が顔にかかることもある。
村を出てリカシィへ続く道に出る。
道は水たまりがあちこちできたまま。
早朝だけに人や荷馬車はほぼいない。
並足程度で走ろうとなった。
「ウィル様、前へ出てスチュアートと並走してください」
「いいけど、後ろは泥をかぶるよ?」
「構いませんから」
レスターは笑顔でそう言う。
気が引けるなぁ…。
しかし、リカシィまで急がなければいけない。
仕方なくスチュアートと並走することにした。
「ぶふぁ!直で口に入った!」
スチュアートの真後ろにいたサムが声を上げる。
「大丈夫かい?」
「大丈夫っす…」
「真後ろに付くな。少し横にずれろ」
「はい…」
「レスター、君は大丈夫?」
「大丈夫です」
そう言うが、振り返るとその顔は泥だらけだ。
リカシィまでは下り。
遠くに町並みが見えてきた。
やっとか…。
昼過ぎにリカシィに到着。.
見知った町並みに安堵する。
雨が上がり青空が広がっていた。
「サム、お前…ふっはは…」
スチュアートがサムを振り返り笑う。
「いい男が台無しだぜ、全く…」
サムは顔かかった泥水を拭っている。
レスターも同様だ。
「宿屋に行きますか?」
「いや、先に行きたい所があるんだ」
本来なら、先に宿を確保しておいた方がいい。
まだ時刻的に早いから宿に関しては大丈夫。
「どこに行くんです?」
「棟梁の所にね」
「棟梁…ああ…」
レスターはデボラさんのドアを直しに行ったから知っている。
直すところは見ていなかったと思うけど、ヴァネッサかハンスに話を聞いているんだろう。
サムとスチュアートは、僕は大工仕事を習った事は知らなかったようだ。
「へえ、すごいっすね」
「基本中の基本しか習っていないから大したことないよ」
棟梁が営む工務店へとむかう。
店先には棟梁がいた。
腕を組んだまま居眠りをしている。
「こんにちは」
「ん?…よお!ウィルじゃねえか!」
慌て起きる棟梁。
「どうしたどうした」
「ちょっと用事があってね。寄ってみたんだ」
「そうか」
棟梁は僕の肩を強く揺さぶる。
「元気そうだな」
「はい」
「おい、後ろにいるのは何だ?」
「僕の護衛役の竜騎士だよ」
「どうも。レスター・マリウスです」
レスターが前に出て挨拶をする。
「おう。よろしく」
サムとスチュアートも挨拶。
「なんで泥だらけなんだ?。竜から落っこちたのか?」
「いや…雨で…」
「おーい!誰か水汲んでこいや!」
レスターが説明前に棟梁が奥に叫ぶ。
「はい、汲んできましたよって、ウィル?久しぶりだな」
奥から出てきたのは弟子のアムズさん。
「お久しぶりです」
「ああ。水は…」
「彼に」
「なんだよ、その顔は」
アムズさんもレスター達を見て笑ってる。
「あんた、竜騎士か?」
「はい」
「ウィルの護衛だとよ」
「へえ」
レスターとサムが桶の水で顔を洗る。
さらに水を汲んでもらって、竜にも水を飲ませた。
「ありがとうございます」
「ありゃした」
「護衛ってよ、ごっついねえちゃんはどうしたんだよ?」
「ごっつい、って、ふふっ!…」
サムが笑いをこらえている。
「今回はレスターに任せれられたんだ」
「で、どこまで、何しに行くんだ?」
「小麦を買い付けに、リカシィから東に二、三日かな」
「買い付けって、領主がやることかぁ?他の奴に任せればいいじゃねえか」
「いれば、任せたんだけど…」
「ウィルは商人だったし、立場はどうあれこれ以上の適任者はいないでしょ」
「なんだかなー」
棟梁は僕を気遣っているんだろうけど、適任者が僕しかいない以上、自らが出向くしかない。
「ウィルの事、しっかり守ってくれよな!」
「はい、もちろん」
棟梁の脅しとも取れる言葉にレスターが頷く。
「今日、夕食一緒にどうです?」
「いいねえ」
「いつもの所で」
「おう、いつもの所な」
「じゃあ後で」
工務店を後にして宿屋へ向かう。
ウィル様の案内で、よく行っていたという宿屋へ。
王都へ行った帰りにヴァネッサ隊長達も泊まった宿屋だ。
竜には乗らず引いて歩く。
「レスターさん、サムが…」
「サムがどうした?」
サムが一人遅れていて、周囲を見回している。
「サム!」
「…はい!」
「何やってんだよ」
駆け足で追いつくサム。
「どうかした?」
「いや…その…」
ウィル様の問にサムは口ごもる
「いや、じゃ分かんないだろ?」
「はい…なんか、見られている感じするんすよ…」
「見られて…って、そういうのは、早く報告しろよ!」
全員で周囲を見る。
大きな通りにはまだ出ていないから、人通りはまばら。
「気のせいじゃない?」
「うーん…でも、ポロッサ出たくらいからちょくちょく…」
「お前!」
おれはサムの頭を引っ叩いた。
「なんですぐに報告しなかった!」
「竜は全然警戒してなかったんで…」
「確かに警戒はしてませんね」
スチュアートは竜達の様子を確認している。
竜は警戒していない。
問題はそこじゃない。
「お前は、おれやスチュアートが気づかない事に気づいた。それが大事なるかもしれないんだぞ」
「はい…」
「竜が警戒していないから?四六時中、竜がそばいるわけじゃないだろ。町中じゃ竜は使えない。人混みのなかじゃ、自分たち感覚だけが頼りなんだよ」
「…」
「お互いに報告しあって共有するんだよ!お前だけが知っていても意味ないだろ!」
「すみません…」
「レスター、そのくらいで…」
「ウィル様、すみません!」
サムが頭を下げる。
「いいから。サムは悪気があったわけじゃないんだよ。言えば、気にするし神経質にもなる。とりあえずは何もなかった。それでいいじゃないか」
「甘やかさないでください」
領主に気を使わせるとか、竜騎士失格ものだ。
「さあ、行こう。ほら」
ウィル様が歩き出す。
「サム。ちょっと…」
「はい!」
サムがウィル様に呼ばれ、並んで歩く。
小声で耳打ちしている。
周囲の雑音で何を話しているのかわからなかった。
「はあ…」
おれはため息を吐いた。
「サムは以外に侮れないんですよね…」
スチュアートが苦笑いを浮かべている。
彼の言う通り、サムはおれ達が気づかない事に気づく事がある。
ヴァネッサ隊長もそこには一目置いているが…。
「普段があんなんじゃ、マイナスだ」
「そう言わないでください…。本人は一所懸命なつもりですから」
わざとじゃないのもわかってるさ。
後一歩だから、厳しく言うんだ。
「気づかれた?」
「いや、大丈夫そう」
「あっぶねえ…サム兄、やるじゃん…」
「ヴァネッサ隊長の助言通りだった」
「俺達の視線には気づいてる。これ以上はヤバくね?」
「でも、任務だから」
「もう…気を使うなぁこれ。…俺、腹減ったよ」
「歩き出した。次は…多分宿屋だ」
「お前さ、話聞いてる?」
「聞いてるよ。コールマンさんの向かいの宿屋の屋根に行こう。そこで食事を取る」
「食事って固ったいパンだろ?コールマンさんの料理食いてえ…」
「行くぞ」
「あ、ちょ、待ってくれよ…」
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