17-9
翌朝。
ミャンは早朝から一人で墓地へ向かった。
一人を望んだのは彼女だ。
一人で行かせはしたが…。
「ジル、あんたも墓地に行って」
「よろしいのですか?」
「賊がいないわけじゃないから。ミャンが見えるギリギリの所で見守って」
「わかりました」
ジルを送り出し後、朝食の準備をする。
「朝食を食べたら、すぐに帰るよ」
「ああ。わかっている」
「僕達、クァンさんが使っていた小屋に荷物を置いてあるので、取り行ってもいいですか?」
「それとクァンさんに用があるって人に会ったんだ。その人にクァンさんが、亡くなった事も知らせないと…」
「それはまあ、仕方がないね。行っていいよ」
「森の中を通って行っても…」
二人は深き森を早く知っておきたいのだと。
「いいんじゃない?」
「いいのか?」
「いいでしょ。なんで?」
「いや…」
ぼくは帰りの露払いはどうするのかと考えたんだが、ヴァネッサは気にする素振りは見せない。
忘れているのだろうか。
ヴァネッサに限ってど忘れしてるとは思えないが…。
ミャンとジルが戻って来て朝食となる。
「ここさ、アタシ達が離れたらまた賊の拠点になっちゃう?」
「あー…かもね」
「そう…」
残念そうな声のミャン。
拠点としての立地条件がいい以上、賊が居座る可能性は高い。
「大丈夫っすよ。俺達がたまに見にくるんで。な」
「うん。居着く前に追い払っておきます」
「そう?」
「大丈夫かい?」
「大丈夫ですって。任せてください」
タイガは自信たっぷりに拳を見せる。
「無理はしませんので…」
「ジル?」
「大丈夫でしょう。状況判断はユウジが、得意としています。彼に任せておけば間違いないかと」
「そう?なら、任せる。無理だけは、禁物だよ」
「はい」
「俺の判断は?…」
朝食を食べ終え、出発となる。
「俺達は先に行きます」
「気をつけてネ」
「はい」
「おう」
タイガとユウジは森の中に消えた。
「あの二人に全部任せるのは心配だから、あたしもやっておくかな」
「何をするんだ?」
ヴァネッサはナイフを取り出し、家の壁に何かを彫り始めた。
竜騎士隊巡回中
と、壁に文字を彫り込む。
「おいおい…巡回なんかしていないぞ…」
「いいのいいの。巡回依頼を頼んでおくから」
「巡回してくれなかったら、嘘になるが…」
「ビビらせるだけも効果はある」
「ぼくは見なかった事にする…」
死体の山も怖がる者は寄り付かない効果あるだろうとヴァネッサは話す。
「あたし達も出発するよ」
「あいあい」
「ミャン、別れが済んだかい?しばらく来れないよ」
「さっき済ませたから大丈夫だヨ」
「そう」
という事で出発の準備を進めるが…。
「ライア。あんたはこれを着な」
「え?」
ヴァネッサから投げ渡された物は外套。少し大きめ。
「何故、これを着る?こんな物を着たら飛べないじゃないか」
「あんたは飛ばずに竜に乗って帰るんだよ」
「なんだって!?」
「アハハ」
タイガとユウジを行かせたのは、そういう事だったのか。
「ミャンはあたしの竜に。ライアはガルドの方に乗って」
「はいはーい」
「ライア、ほら早く」
「わかったよ…」
着慣れない外套に戸惑う。
「上手く隠しなよ」
「無理を言うな…どうしろと」
何とか隠せたが、窮屈過ぎる…。
「イヒヒ」
「笑い事じゃないぞ…」
「もう早くしなって」
ガルドの後ろに乗り込む。
竜はぼくに警戒心はない。
シュナイツに来て長いからね。
ぼくとヴァネッサが話しているところも見てるし。
「すまないな」
「構いません。取手があるので、それを掴んでください」
「わかった」
「それじゃ、立ちますよ」
ガルドが竜を立ち上がらせる。
「おっと…」
「大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない…」
ぼくは竜に乗り、シュナイツと帰る。
まさか、翼人族のぼくが竜に乗ることなるは…。
乗り心地?
正直、良いものではない。
ヴァネッサ達、竜騎士には悪いが。
やはり、空を飛ぶという爽快感には勝てない。
ぼくの身の安全を考えての事だから受け入れたが、二度とごめんだと思ったよ。
ヴァネッサの竜の後ろに乗り、シュナイツへ帰る。
彼女の竜に乗るのは初めて。
アタシが乗れる竜はあるし乗り心地も知ってるけど、ヴァネッサの後ろもいいもんだね。
サムが先頭で、ガルド、ヴァネッサ、スチュアートの順で縦に並んで進んで行く。
「ジルはいいの?」
すぐ前を早足で歩くジルに話しかけた。
「わたくしは大丈夫です」
「タンデムの鞍は二つしかないんだよね…」
「ジルさん、オレの竜に乗ります?乗るっつうか腰掛ける感じっすけど」
サムがジルにそう声をかけたけど…。
「ありがとうございます。鍛錬にもなりますから、お構いなく」
「真面目だナァ…」
「あんたが不真面目過ぎるんだよ」
「最近は、ちゃんとやってるでしょ?」
「いつまで続くかね…」
ひどいなぁ…。
ワーニエまでの道は人が行き交っている。
大きな荷物を背負った人、荷馬車、人力で引く台車など。
邪魔にならないようできるだけ端を進む。
「ヴァネッサ…」
「なんだい?」
「ありがとね…」
ヴァネッサの面と向かってはちょっと恥ずかしくて言えない。今回だけは…。
「何もしてないよ」
「こうやって来てくれた事に言ってるんだよ」
「あたしもライアのように飛んで行きたかった…」
「うん…アタシも…」
「クァンさんには助けてもらった恩があるから」
「王都に向かう時にね」
「そう。何も言わずに助けてくれた。もし助けてくれなかった。どうなっていたか…」
あの時、近くいたのは間違いない。
ばあちゃんは口は悪いけど、困っている人がいたら必ず助けるんだ。
「何もできなかったのは悔しいけど…」
ヴァネッサがそう話すけど、悔しがる必要なんてないと思う。
人には、できる事とできない事があるんだ。
アタシは薬の事は全然わからない。けど、槍では負けない。
ヴァネッサは飛べないけど、兵士達を指揮する事ができる。
それでいいと思う。
「あのね。最後にばあちゃんと話せたんだ…」
「そう…よかったね…」
「うん…」
アタシはヴァネッサの背中に額をつけた。
ばあちゃんを思い出して、また、泣きそうになった。
だけど、必死に我慢したよ。
ヴァネッサには多分、バレているはず、でも何も言って来ない。
それが嬉しかった。
シュナイツに帰ったのは四日後だった。
「ヴァネッサ、もういいだろう?」
「はいはい。いいよ」
ライアが我慢しきれずに、シュナイツの南側の草原に出た所で外套の脱ぎ、空へ舞いがった。
「ふう…。こうでなくては」
彼女はアタシ達の上で旋回する
「ライア!またアタシを持ち上げて飛んでよ!」
アタシはライアに叫んだ。
「ミャン。正直に言うと、君は重い。すまないが、お断りだ」
「ええ!?」
「あはははっ!」
ヴァネッサが大声をあげて笑う。
ガルド達まで笑ってるよ。
「そういう事を、女の子に言っちゃだめなんだヨ!」
「女性同士なら問題ないだろう?」
「ないね」
ヴァネッサまで…。
「もういいよ…」
傷ついたアタシを尻目にライアは、前方にいた牛を放牧していた領民の所に降り立つ。
そして、笑顔で気さくに話しかけていた。
ライアは領民に人気がある。
色んな所に旅して来たからなんだと思うけど、シュナイツ来てすぐに領民に受け入れられたいた。
慣れたいるんだろうね。
放牧していた領民から離れて次は畑で農作業している親子の所のへ。
こっちも親しげに話し、子どもを抱きかかえて少しだけ飛び上がる。
子どもが笑顔で喜んでいた。
そして、アタシ達と一緒に通用口を通って敷地に入る。
ライアは飛んで敷地に入ったり出たりはしない。
失礼にあたる、と本人は言ってる。
数日前のアタシを抱えて飛び立ったのは、非常事態だったから。
帰ってきたアタシ達は、ウィルの元へ向かう。
ばあちゃんの事を伝えないといけない。
「ヴァネッサ、ありがとう。報告はアタシ達がするから。もういいよ」
「あいよ」
彼女はアタシの肩を軽く叩き、厩舎へ向かう
三人で執務室に向かった。
「ただいま。今、帰ったよ…」
「おかえり、ミャン。…クァンさんは?」
「あー…うん…」
「どうだった?」
「間に合ったの?」
ウィルとリアン、シンディが固唾を呑む。
「ダメだったヨ…」
「嘘っ…」
リアンが両手で口を塞ぎ驚く。
ウィルは大きく息を吐き、顔を伏せる。
詳しくはライアとジルが言ってくれた。
リアンがいるからあんまり詳しすぎないように。
「残念だ」
「うん。でも、ばあちゃんは病気になってから長くは…」
「だとしても…いや、これ以上は何を言っても意味はないだろう」
「ウィルの言いたいことは分かるヨ…」
賊に捕まらなければ、もっと安らかな最後を迎えていたはず。
「ご冥福を…」
「ありがと…」
「元気だして、ミャン」
「うん、アタシはもう大丈夫だから」
いつまでも泣いてたら、またばあちゃんに怒られるからね。
「それで、ばあちゃんがこれを広めろって言われたんだけどさ。どうすればいいかな?」
アタシは、ばあちゃんが作った猫族の特有の病気に効く薬の作り方が書かれた紙をウィルに見せる。
「重要な薬だね」
「アタシはどうすればいいか、わかんないよ」
「薬草師の友人がいる」
「王都であった人ね。えっと…」
そんな人に会ったっけ?。
「ジョエル!」
「そう」
「あー…」
思い出した。
「彼宛にこの紙を送るよ」
「それでいいノ?」
「事情を説明した手紙を同封するから大丈夫。サウラーンの薬を研究してる所と取引があから、そっちにも報告するよう頼んでみるよ」
「おお!」
「これは必ず届けたいから、同じ物を三度、期間をあけて送る」
手紙は基本的には届く。けど、届かない事もたまにある。
「この紙はこっちで預かるよ」
「どうぞどうぞ、よろしくお願いしまス!」
アタシは頭を下げた。
「ミャン、あなたはこの薬飲んだの?」
「飲んだよヨ」
「そう…じゃあ、もう病気にはならないのね?」
「だねぇ~」
「よかったわ」
それはアタシも安心。
薬が広まれば、安心できる人猫族がもっと増える。
どこかにいるリーにも届けばいいな。
「タイガをユウジは?」
「二人は荷物を取り行ったのと、クァンさんの知り合いの村人に事情を知らせに別行動となりました」
ジルがそう説明する。
「長くはかからないはずだ。数日で帰って来るだろう」
「わかった」
「三人とも休んで。疲れたでしょ?」
「疲れたヨ~。お腹も減ったし」
「結局、それか…」
「いつものアタシ、でしょ?」
「つい先日まで、大泣きしてたとは思えないな」
「言わないでヨ!」
「森に響いていたぞ」
「だから、もういいって!」
アタシの必死の訴えにウィル達が笑う。
「ばあちゃんが死んだ時は、すごく哀しかった」
「でも、一人じゃなかった」
「ライアやヴァネッサが、みんなが居る。すごく嬉しかったよ」
「一人ぼっちのままだったら、寂しすぎてばあちゃんの後を追っていたかもしれない」
「それはない」
「え?なんでさ、ヴァネッサ」
「あんた。クァンさんとはぐれてシュナイツで畑荒らしてたでしょ」
「あの時はばあちゃん、まだ生きてたし…」
「あのまま会わない可能性もあったんだよ」
「そうだけど…いいじゃん、別に。ヴァネッサには関係なくない?今、アタシが取材されてるし、エピソードだってアタシの事だよね?」
「あんたってか、クァンさんの話じゃない?正確に言えばあんたとクァンさんの話か」
「でしょ?」
「だけど、あんたに語らせたら尾ひれがつくから、ユウジとライア、ジルとかの取材で書くんだって」
「ええ!?ほんと?」
「そうなんでしょ?。ほら、そうだって」
「じゃあ、今話したのは?聞いただけ?残さないの?」
「一応聞いたんでしょ。エピソードの内容はあんたの話も、あるし」
「なんだよ…もう…」
「みんなが取材されてるの、めっちゃカッコよかったから気合入れてきたのに…」
「どこがかっこいいの?」
「おかしいな~って思ったんだ。ライアに連れて行ってもらう所の話を聞かれないからさ」
「もういいでしょ?後が詰まってんだよ。意外に時間がかかるんだよね…こっちの予定もあるのに」
「じゃあ、アタシが話すよ。次なに?…あー、それあんま覚えてにゃい…」
「あんたね…。この時、覚えてないとか、能天気だね…」
エピソード17 終わり
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