16-3
現れたクァンさんはボロ布を身にまとい、鞄を肩に提げ杖をつきながら俺達の方に近づいてくる。
杖はついているけど、足取りはしっかりとしていた。
俺達を見つめる、いや睨むその眼光は鋭い。
最初はちょっと怖かったぜ…。
「はじめまして」
「うむ」
「僕はユウジ。彼はタイガです」
「どうも…」
「手紙と領主の手紙を見せい」
「はい」
ユウジが手紙と書類を出す。
クァンさんは奪い取る。
「…」
クァンさんは何も言わずに読み進めた。
そして、大きくため息を吐く。
「ミャン隊長はクァンさん事が心配らしくて、僕達にクァンさん様子を見てきてほしいと」
「心配するほどもうろくしとらんわ」
と言いつつも、咳き込む。
「大丈夫かよ…」
「わかった」
そう言って手紙と書類を突き返す。
「そうですか。ミャン隊長に伝言は…」
「今の、この状況を伝えればよい」
「それだけ?何もなし?」
「いいと言ったらいいんじゃ。それよりもお前達は吸血族であろう?なぜシュナイツなんぞに属しておる?」
「いや~色々あって…なあ?」
「うん…」
クァンに俺達の事情を話した。
「あのいけ好かん気配はゲオルグじゃったか…」
「ばあちゃん、ゲオルグ知ってんの?」
「まあな」
「ゲオルグはアリス様が倒してくれました」
「アリス?…あー姫君じゃな。よう倒したな」
「アリス様の事も知ってんのかよ。ばあちゃん何者?」
「長く生きてると裏の事にも詳しくなる」
そんなの当然みたいな顔でクァンさんはそう話す。
この人、ただもんじゃねえ…。
吸血族内の話だぜ?。
王国の諜報員とかならわかるけど、その辺にいそうなばあちゃんがどうやって知ったんだよ…。
「若い頃一度だけな、吸血族の里に入った事ある。どうしても欲しい薬草あってな、なんとか説得して取らせてもらった」
説得できるのが、すげえ…。
普通、吸血族以外は簡単には入れない。
事前に申し合わせしないとけないはずなんだけどな。
「アタイが元気な事はわかったじゃろ?さっさと立ちされ」
「今日は疲れたし、明日の朝帰るよ」
クァンさんは大きくため息を吐く。
「ここは、妖精族が住む神聖な場所なんじゃ。迂闊に近づいてはならん!」
「ならんって言われても…」
「二晩、ここに野宿しましたけど」
「何をしてるんじゃ…」
「クァンさんを待っていたんです」
「ウィル様も野宿したらしいし、固いこと言わずに」
「全く、近頃の若もんは何を考えてるのかわからん…」
クァンさんは呆れすぎれたのか、それ以上は何も言わなかった。
そして、御神木の側に行き、何かを供え何度も頭を下げる。
俺達もクァンさんと同じように何度も頭を下げた。
「クァンさん」
「なんじゃ」
「お供えはどれくらいの頻度でしているんですか?」
ユウジがこっちに戻ってくるクァンさんに話しかけた。
「さあな。いちいち覚えとらん。だが、この森に来た時は必ず寄る事にしている。アタイはこの森に守られるし、この森を守ってるは妖精族じゃからな」
「そうですか」
「妖精族に会った事は?」
「子どもの頃、一度だけな」
「俺も昨日会ったんですよ」
「なに!?本当か?それは?」
クァンさんは持っていた杖で、俺の胸を何度も突く。
「痛い!本当っすよ」
「お前もか?」
「僕は見てません。ですが、胡桃がたくさん上から降ってきました。胡桃の木はないのに…」
「んー…」
クァンさんは俺達を睨む。
「ほんとだって!。びっくりして大声あげちゃったけど」
ビビってたわけじゃない。
「妖精族は滅多に姿を現す事はない。お前達に見せたという事は…」
考え込むクァンさん。
「え?なんかヤバい?」
「ぼ、僕達、何もしてませんよ…」
「勝手にここで寝ちゃったのがダメだった?」
「謝ろうよ」
「お、おう。そうだな」
俺達は御神木に向かて土下座した。
「「すみませんでした!」」
「バカもの」
「へ?」
「妖精族はそんな事で起こったりはせん」
「じゃあ、どういう事ですか」
「迷子だと思ったんじゃろ。アタイと同じくな」
クァンさんは子どもの時に、森で迷子になった。
キノコの採集を家族でしていたが、夢中になり森の奥へ奥へ入って行ってしまった…。
「今は迷ったりせんが、東西南北なんぞ分からず右往左往してな」
そして、夜をむかえ、木の下で一晩明かす。
「こういう時は動かない方がいいんじゃが、何もせずにいるのが不安で仕方なかった」
声を上げても返事はない。
喉が乾き、お腹が空いてくる。
「二晩開けたその時、頭に木の実がどっさとり降って来てな」
「それ僕と同じ…」
「うむ」
クァンさんは不思議に思いつつもそれを食べ空腹をしのいだ。
「三日目。朝、目を覚ますと目の前にふわふわと妖精様がおった」
「俺と同じ」
「ああ、アタイもびっくりした」
妖精はクァンさんに手招きしながらどこかへと飛んで行く。
妖精の姿は俺が見たものと同じだった。
「その妖精様についていくと、きれいな湧き水が湧いてる水辺あったんじゃ。喉が乾いていたからもしれんが、ただの水なのにうまかったのを覚えておる」
「妖精族がクァンさんを助けてくれた?」
「そうじゃよ。妖精様は村まで案内もしてくれた。妖精様はアタイには命の恩人なんじゃ。あの時以来、姿は見ていない…直接、礼を言いたいんじゃがな」
「お供物で十分にクァンさんの気持ちは伝っていると思いますが…」
「礼とは相手がいてこそ伝わるものじゃ。アタイの単なる押し付けなのかもしれん」
そう言って御神木を見上げる。
「アタイはもう会う事はないと思うが、お前さん達は会う事あったらきちんと礼をせいよ」
「はい」
なんだか、クァンさんは寂しそう。
クァンさんは御神木から少し離れて、枯れ葉を足で払い地面の土を出し始めた。
「お前さん達は野宿じゃろ?」
「はい」
「アタイもここで夜を明かす。火を起こすからよく燃えそうな、枯れ枝を集めろ」
「いいんですか。ここで寝ても?」
「まあ…あまりしてほしくはないが、仕方ない」
「ありがとうございます」
俺達は枯れ枝を集める。
「よかったな。出て行けって怒鳴られるかと思ったぜ」
「うん。根は優しい人そうだ」
集めた枯れ枝を運ぶ。
クァンさんは火打ち石で器用に火を起こした。
鞄から果物やら干し肉、固いパンとチーズとかたくさん出す。
「ほら、食いな」
俺達に食べものを放り投げる。
「…おっと。貰っちゃていいの?ばあちゃん」
「ああ」
初対面なのに。
「お前さん達は賊ではないし、ミャンの…バカ孫の頼みで来たからな」
「はは…」
「シュナイツの領主やヴァネッサとも面識もある。それに…」
「それに?」
「妖精様の姿を見てる」
「妖精の姿を見たのが決めてなんですか?」
「うむ」
妖精族は森で迷ったからいって、誰でもかれでも姿を現れすわけでないらしい。
「お前さん達が賊なら姿を見せなかっただろう」
「人を見てるのでしょうか?」
「見ておるじゃろうな」
森で迷っただろう賊と思われる死体がいくつもあるのだとか。
「うわぁ…マジか…」
「ゲオルグの手下の頃なら姿は見れなかったかもね」
「ありえるぜ…」
よかった。
シュナイツに行かずに、こっちの森に来てたら、餓死してたかもしれねぇ…。
「話は終わりじゃ。食ったら寝えよ」
クァンさんは外套に包まり横になる。
「はい」
「明日朝、すぐにシュナイツに帰りますので」
「ダメじゃ」
クァンさんは横になったまま俺達を睨み、なぜか引き止める。
「お前さん達にやってもらいたい事がある」
「なんですか?」
「せっかちなやつじゃの…明日言うから、さっさと寝ろ」
「はい…」
何をするのかわからないまま眠りについた。
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