14-13
谷を越えて、さらに山中を行きます。
時々、振り返り追手が来てないか確認。
「はあ…はあ…」
流石に走りづめは体に堪えます。
なんのことはない小さな岩で体勢を崩すしてしまいました。
転倒しそうになりましたが、前転で回避。
アリス様は疲れた様子はありません。流石です。
「少し速度落とす?」
「いいえ…大丈夫です…」
アリス様について行けないのでは、任せてくれたシャイア様に顔向けができません。
山肌が下り始め、遠くに川のせせらぎが聞こえて来ました。
川を越えれば、とりあえずは安心です。
追手の気配もありません。
その時です。
父と母が、わたくしを呼ぶ声が頭の中に響いたのです。
その後、二人がどこか遠くに行ってしまった感覚と全身を走る戦慄…。
「そいつは、虫の知らせってやつだ」
「はい…」
「だめだったか…」
「わかっていた事です。多勢に無勢、さらにゲオルグ…。でも、助かるのでないかと楽観視する自分もいたのですが…」
わたくしは両親が亡くなってしまったのだと直感したのです。
しかし、ここで立ち止まるわけにはいきません。
戻ったところで何もわからない、何も出来はしないのですから…。
わたくしは走り続けました。アリス様に悟られぬように。
山中を抜け川へ出ました。
月明かりが川面に反射しキラキラと光を放っています。
わたくし達は川の水を飲み、喉を潤しました。
「はあ…はあ…。アリス様、大丈夫ですか?」
「平気…」
「そうですか」
アリス様は川面を見つめたままでしたが、顔を上げわたくしを見ます。
「どうかされましたか?」
「わたし、やっぱり帰る!」
彼女はそう言うと、今来た山中に戻ろうとします。
「おやめください!」
わたくしがアリス様の腕を強く掴み止めました。
「離して!」
「どうか、お願しますっ」
「嫌!」
アリス様は力を込めて、必死に振りほどこうとします。
わたくしはアリス様の腕ではなく、彼女の体に後ろから手を回し抱きとめました。
その腕の中から逃れるようと、アリス様は暴れます。
「お願い、離して!」
「いやです!…」
「お父様とお母様が!…死んじゃう!」
「今戻れば、全てが無駄になってしまうのです!」
わたくしは必死にアリス様を抱き止め続けました。
「ジル、あなたのお父様、お母様も死んじゃうんだよ!」
「もう…亡くなっています…」
「え?」
アリス様が動きを止めます。
「そんなのわからない」
「わかります」
「そうなら、戻らないと!」
「戻っても何もできないのです…。アリス様、お願いします。我慢なさってください!」
「でも…でも!」
アリス様はまたわたくしから逃れるようとし始めました。
「側仕えなら、わたしの言うこと聞いて!行かせて!」
「今回ばかりは、聞けません。どうか、わたくしともに逃げて…」
ここでわたくし達が抜けてきた森から物音がしたのです。
それと同時に人影が一人、わたくし達のほうに素早く向かってします。
その手にはナイフが握られていました。
追手はすぐ目の前。対処する時間はありません。
わたくしはアリス様と位置を入れ替えるようにして追手に背を向けます。
背を向けた瞬間、追手のナイフが背中に刺さりました。
「くっ!…」
刺された瞬間、カッと熱くなりそれから痛みが走る。
初めて感じる強烈な痛み。
「ジル?…」
「離れてください」
そう言いつつ、アリス様を押し離し、後ろの追手に肘打ちを全力で食らわしました。
追手がよろけて少し離れます。
わたくしは背中に刺さったナイフを自ら引き抜き、追手に向かいました。
「はあああ!」
追手はもう一本ナイフを抜き、わたしの斬撃を受け止めます。
「ゲオルグの命令で来たのですか?」
「…」
「どうか、見逃してはくれませんか?…」
「…」
わたしの問に追手は黙ったまま、マスクを付けているため表情もわかりません。
追手は前蹴りを出し一旦距離を取りますが、すぐに追撃に移ります。
突きや蹴り、斬撃を繰り出し迫って来ました。
「アリス様は伝承の血ではないのです!どうかこちらの話も聞いてください!」
わたくしは追手の攻撃を全て避けながら訴えますが、聞き入れてもらえる事が出来ません。
このままでは埒が明きません。
さらに追手が増えれば対処が難しくなります。
「わかりました。そこまでアリス様狙うなら、こちらもそれ相応の対応をさせていただきます」
背中の痛みはあったものの、追手に集中しているためか意外に気になりませんでした。
追手のナイフを捨て、自分のナイフを二本抜きます。
「あなたに恨みはありせんが、覚悟願います」
一気に追手に近づき、斬撃を繰り出し続けざまに突きや蹴りを食らわしていきます。
追手の実力はわたくしより格下。
覚悟願います、と言いましたが、わたくしの方は覚悟が出来ていませんでした。
アリス様を狙う追手は同胞です。どうしても手を抜いてしまい決定打に持ち込めずにいました。
「どうか退いてください」
「出来る事ならとっくにしてる」
やっと口を開いてくれましたか。
「なぜ、ゲオルグに従うのです」
「ゲオルグ様は強き吸血族を望んでおられる。そして、アリス様の血で最強になれると」
「ですから、それはまやかし…いいえ、強さとは自ら追い求めるものです。与えられるものではありません」
「名家に生まれ、才能に恵まれた者に言われたくはない!」
そう望んで生まれたわけではありませんし、そう望んで生まれる事も出来ません。
「そりゃ、才能は誰だって欲しいぜ」
「そう思わない奴はいないっすよ」
隊員達が口々に言います。
「目の前に才能がある奴がいるとどうしてもな…」
ゲイルさんがそう呟きます。
「わたくしはアリス様の側にいましたが、特に何も」
「お前は才能があるし、自分の実力をちゃんとわかってるだろ?」
「はい」
「上には上があるんだって知って、諦めと妥協で自分に折り合いをつける。そして、前に進む」
彼は遠くを見つめながら話していました。
「そうあるべきなんだが、美味しい話に欲が出たのかもな…」
「命までは取らないと、ゲオルグ様は仰っておられる」
「それはゲオルグの奴隷なれと言っているのと同義ですよ」
「お前は殺されるだろうが、アリス様は…」
アリス様だって命の保証はありません。
彼女の血は伝承にある血ではないのですから。
やはり、ここで追手を始末しなければいけないようです。
「わたくしはアリス様を守るためにここにいます。あなたが考えを変えないというなら、あなたを殺すしかありません」
「殺す覚悟がないくせによく言う」
見透かされていましたか…。
わたくしは鞄を下ろし、構えます。
「もう迷いません。…いざ!」
追手に向かって駆け出しました。
向こうもナイフの剣先をこちらに向け身構えています。
格下の追手に全力で挑んだ結果。
さほど苦労せずに終わってしまいます。
片腕と片脚を折り、さらに体中に斬撃のを食らわしました。
追手は仰向けに倒れこみます。
彼はマスクを外し、荒い呼吸をします。
わたくしはすぐに彼の胸にナイフを突き立てました。
ですが、手が震え何も出来ません。
「どうした…さっさと殺れ…追手は俺だけじゃないんだぞ…」
ナイフを握るわたくしに彼の手が添えられます。
「殺しは初めてか?」
そう言って、ふっと笑われます。
「吸血族の戦士は殺しをやって一人前だ」
「あなたを殺して、一人前なれと?」
「そうだ。絶対に守りたいものがあるならな…」
「守りたいもの…」
わたくしはアリス様を見ました。
「ジル…」
彼女は小さく首を横に振ります。殺すなということでしょう。
「この程度で迷っていたら、この先逃げる事はできないぞ…」
「しかし…」
「さっさとやれ!臆病者!」
わたくしは目を閉じ、ナイフに力を込めます。
「くっ!…」
「やめて!ジル!」
アリス様が止めに入られますが、わたくしはナイフに体重を乗せ、押し込んでいきました。
ナイフから伝わる生々しい感触。
「いいぞ!…ぐぁ…」
断末魔を声を上げ、苦しむ追手。
「レヴァリエ家に殺られたのなら箔がつくぜ…」
とうとうナイフは心臓を貫きます。
「姉さん…」
そう言い残し、砂へと変わってしまうのでした…。
Copyright(C)2020-橘 シン




