14-10
伝承の血とは真逆?。
「真逆…とは?…」
「アリスの血は吸血族に不老不死などを与えるものではなく、死をもたらすものだ」
「なっ!?…そ、それは本当の事なのですか?」
「ああ、これが真実だ」
アリス様は六歳ぐらいの頃、突然の熱病に侵され何日も生死を彷徨う事がありました。
原因は分からず、シャイア様やサマンサ様の血を与えますが、効き目はなくただ事態を見守るしかありません
お二人の祈りが届いたのか、一ヶ月を過ぎた頃から徐々に回復し元通りとなりました。
「今考えれば、あれがきっかけだろう。確証はないが…」
この時にアリス様の血に変化が起きたのだろうと、シャイア様は話します。
「私達は心底安心したんだ。もしかしたら、アリスが死ぬんじゃないかとな。待っていたのは死よりもむごいものだった…」
悲劇は起きたのは、回復され熱病の事など忘れかけ始めた時です。
「アリスの側仕えが彼女の血を飲み、砂と変わった…」
「!…」
「アリスとその側仕えとは仲がよくて、まるで姉妹みたいでな…」
「アリス様のご様子は?」
「酷く取り乱していたよ…」
発狂という言葉が当てはまるくらいの取り乱しようだったと。
「なんとか落ち着かせて事情を聞けば、側仕えの調子が悪いからと自分の血を飲ませたと。そして、砂に変わってしまった。そんな事があるはずないと疑ったのだが…」
「本当に、本当にアリス様の血で砂へと変わてしまったのですか?」
「間違いない。何度も調べたのだ。アリスの血と私達の血を混ぜ合わせると砂に変わる…」
シャイア様は大きくため息を吐きます。
「アリス隊長、辛かっただろうな…」
「はい…その時のアリス様のお気持ちを考えると胸が痛みます」
「お前を拒否していたのは、それが原因か」
「はい。自分は不幸を、死をもたらす者だからと、出来るだけ他人を避けていたのだと思います」
「シャイア様。今すぐ、アリス様の血について公表し周知させるべきです」
「それはできない…」
「何故です!ゲオルグは伝承の血と思ってアリス様を狙っているのですよ」
「公表すれば、ゲオルグはアリス様の血、ではなく、命を狙ってくるだろう」
「まさか」
「そういう奴だ。君はゲオルグの過去と野望を知っているか?」
「いいえ」
ゲオルグは過去の戦争より家族を失い迫害された。
その仕返しをしようしている。
世界に戦争を仕掛けようとしている
「ゲオルグは強い吸血族を目指している。アリスの血が吸血族にとって死をもたらすものと知ったら…それでなくても、アリスを拒絶する者が出るだろう」
そうかも知れません。
ですが、アリス様の血を飲まなければいいだけのこと…。
「ヒトとはそうものだ…」
シャイア様は悲痛な面持ちで呟きます。
書斎のドアが開き、アリス様が入って来ますが、こちらに来ず入口付近で立ったまま動きません。
「では、どうするのですか。このままではゲオルグが…」
「そうだ。ゲオルグからアリスを守らなければならない」
「そうです。戦う準備をしなければ」
シャイア様はこれを予見して、わたくしをお鍛えしてくれたですから。
と、その時のわたくしは思っていました。
「アリス、来なさい」
シャイア様はアリス様を呼び、彼女はわたくしの隣に立ちます。
アリス様は落ち着いているようでした。
何故、小さな彼女がとてつもなく重い運命を背負わなけれいけないのか。不憫でなりませんでした。
本当の事も言えず、ただ堪え忍ぶのみ。
わたくしだったら気が狂うでしょう。
「アリス、ジル」
「はい」
「はい」
「二人は里を出て、逃げてくれ。出来るだけ遠くに…」
「は?」
「…」
アリス様は表情を崩しません。もう段取りは出来ていてアリス様はご存知だったんでしょう。
「お、お待ち下さい。戦わずに逃げるというのですか?」
「戦う段階はとうに過ぎている。ゲオルグの軍勢がここに来るのもすぐだろう」
「そんな…」
「ゲオルグは戦って勝てる相手ではない」
「そうでしょうけど…」
「君達二人なら落ち延びる事も可能だろう。ゲオルグは高齢だ。奴が死ぬまで逃げきって生きてくれ…」
「わたくし達だけ?シャイア様はどうされるのですか?」
「私は時間を稼ぐ」
「時間はわたくしが稼ぎます。どうか、お二人でお逃げください」
「私よりも君が行ったほうが生き残る確率は高い。君は私とそう変わらない強さだ。それに若くまだ伸びしろがあるしな」
「そんなはずがありません!わたくしはシャイア様の足元にも…」
「頼む。君にしか頼めない…君が一番適任なのだ」
シャイア様は机に両手を置き、頭を下げます。
「おやめください…」
「急すぎる話なのは重々承知している。これが最善…そう判断した」
最善…。
わたくしにはそう思えなかったです。
「君を側仕えにするよう仕向けたのは、これを予見していたからだ。ライナスから何度か君の事を聞いていたし、調べもした。あいつに強い酒を飲ませ、暴言を誘った」
「シャイア様の企みだったのですね…」
「すまない。アリスのためだ…」
「シャイア」
「ライナス…」
「お父様?」
書斎と戸口には父がいました。
「お父様、どうかシャイア様を説得してください。アリス様とともにお逃げになるようにと」
こちらに向かって来る父に話しかけます。
「ジル…。シャイアの言っている事は正しい」
「そんな事を言わずに!」
「若い奴を守るのが年長者の務めさ」
父のは強い瞳でわたくしを見つめます。
「お前を死なすわけにはいかない。アリス様とともにここから逃げてくれ」
「お父様まで…嫌です!わたくしはここに残ります」
「ジル…」
わたくしは父を突き放します。
「わたしも嫌…」
「アリス…聞き分けてくれ」
「お父様やお母様と離れるくらいならここで死んだほうが…」
「アリス!」
シャイア様はアリス様に近づき頬を平手打ちしました。
部屋に音が響き渡ります。
アリス様はシャイア様に抱きしめられ、その胸の中で嗚咽を漏らします。
父と視線が合いましたが、そらしてしまいました。
「何をしているのですか?時間がないのですよ」
書斎に入って来たのは、サマンサ様と母。それからターシャとシオンです。
「ジル、これを持って行きなさい」
母が鞄をわたくしの肩にかけます。
「お母様、わたくしはここに残ります」
「あなたは聞き分け頂戴。私にあなたを殴らせないで。ね?」
母は両手でわたくしの頬を包みます。
「お母様…」
「私もあなたと別れたくありませんが、状況がそれを許してくれないです。ごめんなさい」
母がわたくしを抱きしめます。
その途端、涙が溢れ出します。
悪い者などいないのです。
ゲオルグでさえも。
「ゲオルグも復讐という目的があったものの、強い吸血族を望み行動に出ました。それは悪い事ではないと、今は思うのです」
「正義はヒトの数だけある」
「はい」
「ジル、これを持って行け」
「これは…」
我が家の家宝とも言えるナイフ一対。
先祖代々、受け継げられてきた物。
錆など一切なく、綺麗に大切に扱われきました。
「でも…わたくしには少々重いです」
これは言い訳。
「じきに慣れるさ」
「お父様はどうなさるのですか?」
「お前を使わせてもらうよ」
父から貰ったナイフを、母に腰の後ろにつけてもらい、自分のナイフを父に渡します。
そして髪を革紐で結い直していただきました。
「これでいいわ」
「ありがとうございます…」
泣いていたアリス様も覚悟を決めたのか、準備をしています。
「ライナス、状況は?」
「お前の命令通り、若い奴と使用人は投降させたよ」
「そうか…。残っているのは?」
「昔からつるんでいた奴らばかりだ。外で警戒してる」
「こんな事に巻き込みたくなかったが…」
「みんな、お前の話を聞いて納得して残ってくれた」
「だからさ…」
「俺だったら、真っ先に里を脱出していたよ。でもお前はしなかった。色々考えてたんだろ?俺に酒を飲ませて…全く」
父はシャイア様の肩に手を乗せます。
「ああ、すまん…。逃げる事も考えたよ。でも、俺はハーヴェイ家の者だ。自分達だけ逃げるわけにはいかない」
シャイア様は覚悟をもって決断したのでしょう。
「ジル…」
父とシャイア様が会話中にターシャが話しかけてきました。
「ターシャ…あなたはアリス様の事…」
「ごめん。知ってた。知ったのはあなたが側仕えになる少し前だけど」
「そうですか…」
「シャイア様があなたに言わなかったのは、偏見でアリス様を見て欲しくなかったんだと思う」
「分かります、今なら…」
でも、知っていたらアリス様をどのような態度で接していたでしょうか?
畏怖、不快、嫌悪、忌避…。.
もしかしたらこんな気持で接していたかもしれません。
「どうであれ、アリス様はわたくし達と同じ吸血族です。これまでも、これからも」
「うん」
「ターシャ、シオン。あなた達も残るですが?」
「僕達も里を脱出する」
「そうですか…。あの、お父様はどうされました?」
ターシャとシオンの母はすでに他界しています。
「ああ…うん…」
「父はゲオルグ一派の数を減らしてくると出ていったよ」
「減らすと言っても…こちらが圧倒的に不利なのでは…」
「分かってる。分かってるから、色々持たされてここに来た」
ターシャは目に涙を浮かべます。
そんな彼女の肩をシオンが抱きしめます。
「二人共すまない」
シャイア様がターシャとシオンに謝罪し頭を下げます。
「シャイア様、頭をお上げください」
シオンが一歩前へ出ました。
「両親はハーヴェイ家の配下としての努めを果たしたまで。大して役に立ってなかったが、これで良い奉公ができると、父が言っていました」
「役に立っていない?そんな事はない。ファスフォードは教官として、若い奴を育ててくれた。素晴らしい教官だ」
「ありがとうございます。そう言っていただけると父も喜びます…」
ターシャが涙声で頭を丁寧に下げます。
「さて、どうする?」
父がシャイア様に尋ねます。
ゲオルグの軍勢が迫っており、包囲されているでしょう。
これを突破し、里を脱出しなければいけません。
Copyright(C)2020-橘 シン




