14-7
「隊長の言う不幸って例の血の事だろ」
「そうです」
それと、もう一つあったのです。
「なぜ、不幸になるのかわかりませんが、わたくしは不幸なるつもりはありません」
「そうね。あなたは不幸じゃない。…わたし一人が不幸であればいい」
アリス様との関係が変わらないまま時が過ぎていきました。
必要な時以外は話さないのが普通となっていき、違和感さえなくなっていったのです。
それではいけないと思いつつも、何もしなくていいという楽な方に逃げている自分がいました。
数日後。
「アリス様」
「なに?」
「わたくし、明日は実家に帰る日ですので朝食後、夕食時までいません」
「そう…」
そっけない返事。
「それでは、おやすみなさいませ」
「待って」
「はい?」
「おうちに帰るなら…その…」
アリス様は言いよどみます。
「なにか?」
「…なんでもない」
「そうですか…」
何を言いたかったのでしょう?。
「では、失礼いたします」
「うん…」
わたくしはアリス様の部屋を出て自室へ。
すぐに就寝しました。
翌日、実家へ。
「おかえり、ジル」
「ただいま戻りました、お母様」
「ふざけるな!」
突然、父の怒号が聞こえました。
「何事です?」
「色々、立て込んでいるの」
「そうですか」
「今更、鞍替えできるわけないだろうが!」
「ジル。気にしなくていいから」
「はあ…」
気にするなと言われても…。
「静かにするように言って来ますから。あなたはダイニングでパイでも食べて」
「はい…」
母は父の所へ。
わたくしはダイニングに行きました。
すぐにメイドがパイを出してくれます。
「どうぞ、お嬢様」
「ありがとう」
このパイは母が焼いたものですね。
パイを一口分フォークで切り、メイドをそばに呼びます。
「口をお開けなさい」
切ったパイをフォークで刺し、メイドに差し出しました。
「あの、結構です…」
「いいから。さあ」
「はい…」
メイドの口の中にパイを多少強引ではありますが、入れてあげます。
「どうですか?」
「とても、おいひいれす」
「そうですか」
美味しいそうに綻ぶ顔に、わたくしも笑顔になります。
使用人にもパイは配れられるでしょうが、わたくしよりも少量です。
「確かに美味しいですね」
いつもの母の味。
「ところで、今日はどなたが来ているのかわかりますか?」
「申し訳ありません。顔を見てませんので、どなたかは…」
「顔を見ていない?」
「裏口から入られたようです」
裏口…。なぜ裏口から?.
「分かりました」
パイを食べ終え、ダイニングを出て外へ。
父の怒号が気になったので、外から書斎へ向かいました。
窓がそっと覗き込みます。
書斎には、父以外に数名の人。
全て見たことのある人物です。
レヴァリエ家と同じくハーヴェイ家に属する者です。
「このまま、黙っていればゲオルグの思うつぼだぞ」
ゲオルグ。
確か強硬派の一人。
良くない噂を聞いた事があります。
逆らう者は力でねじ伏せると。
それができる者。
「族長はもう長くないんだろ?」
「ああ。もう話は出来ない」
族長はかなりの高齢と聞いていましたが、話も出来ないほどとは…。
「ゲオルグは次期族長を狙ってる」
「奴が族長なって吸血族を率いる事になったら…血を見るの明らかだ」
「だから、ハーヴェイ家から誰かを族長にって思ってるんだが…」
ハーヴェイ家から?。
「シャイアは固辞した」
「アリス様は?」
アリス様を!?。
「絶対に嫌だとさ…」
全員がため息を吐いています。
まさかアリス様を族長にという話になっていたとは。
「アリス様なら支持する者がいる。容姿端麗、体術もシャイア様以上。経験不足だが、そこはシャイア様が支えてくれば…」
「理想はな…」
皆が押し黙る中、来客の一人が口を開きます。
「なあ。そのアリス様の妙な噂を聞いたんだが…」
「噂?どんな噂だ」
「アリス様は伝承のある血の持ち主ではないかと…」
その伝承はわたくしも知っています。
「伝承って飲めば不老不死を得られるというやつか?」
「ああ」
「まさか」
「シャイア様がアリス様が表に出さないのは、伝承の血を独占しようとしているんじゃないかって」
「誰がそんな事言っている?」
「さあ。誰が言ってるかまでは…」
「シャイアは過保護なだけだ。血の独占など考えてない」
「しかし、本当に伝承の血ならば合点がいく」
「勝ってにいってろ。あいつがそんな奴じゃないことは俺が保証する。子供の頃からずっと一緒に育ってきた。親友なんだ」
父は熱く語ります。
「伝承の血なら、正直に言うさ。あいつはそういう奴だから」
「…」
「その噂はあまり広めるな」
「私達が広めなくても、もう広まっているかもしれない。ゲオルグの耳にも遠からず届く」
「ああ、分かってるさ。噂についは俺がシャイアに直に確かめる。お前達はゲオルグに降らないよう皆を説得し続けてくれ。今日のところはこれで」
話が終わったようで来客達は書斎を出て行きました。
なんというか…聞いてしまった話の情報量が多くて戸惑ってしまいました。
「ジル…」
「!?」
後ろから突然肩を掴まれます。
「いけないわ、盗み聞きなんて」
「お母様…申し訳ありません」
「静かに。こっちに来なさい」
「…はい」
母について行きます。
書斎から離れた所で立ち止まりました。
「今聞いた話はお忘れなさい」
「え?…何故です」
「子供には関係のない話です」
「子供…わたくしは十八になりました。子供呼ばわりはやめてください」
怒るわたくしに母は表情を崩しません。
「大人の私達が考える事です。あなたはあなたがやるべきことあるはずです。それをおやりなさい」
「わたくしがやるべきこと…アリス様の側にいることですか?」
母は何も言わず頷きます。
「それはやっています。やっていますけど…」
「では、それをやり続けなさい。何も心配することはありません」
「はい…」
母の威圧感に似た雰囲気に言い返すことが出来ませんでした。
「それからもう一つ」
「まだ何か?」
「私に気配に気づけないようでは訓練が足りないのではなくて?」
そう笑顔で言います。
「はい…すみません」
父達の会話に夢中になっていました。
確かにこれは失態ですね。
夕方に家を出ました。
母が焼いてくれたパイを持って。
父には会わずに家を出ました。
窓から覗いた時の様子がいつもと違い、ピリピリとしていて良い雰囲気ではなかったからです。
会えば笑顔で迎えてくれるでしょうけど、繕った笑顔だと分かります。
申し訳ないと思いつつ、家を出たのでした。
そしてハーヴェイ家での夕食。
「ジル。今日は自家に帰ったのだろう?」
「はい」
「両親の様子はどうだった?」
「はい。特に変わらず…」
嘘です。
「そうか」
母には忘れなさいと言われたものの、父達の会話が気になって仕方がありませんでした。
「シャイア様」
「何かな?」
「その…族長様の様子はいかがなのでしょうか?」
「族長?どうしてまた」
「倒れられたと聞きましたが、その後の様子を聞く事がないので…」
「うむ…」
シャイア様は食事の手を止めます。
「良くはない」
「そうですか…次の族長は誰になるのでしょう」
「不敬ですよ。族長はまだ生きておられるのです」
サマンサ様の窘められてします。
「申し訳ございません」
「サマンサ、目くじらを立てような事じゃない」
「ですが…」
「気になって当然だ」
シャイア様は椅子に座り直し、姿勢を正します。
「次の族長については話し合いを重ねてる」
「はい」
「意見の相違はある。落とし所がないか探っている最中だよ」
「…分かりました」
心配はいらない。
と、言われましたが…。
「さあ。ナタリアから貰ったパイをいただきましょう」
サマンサ様はパイを切り分け配ります。
「これはうまそうだ」
「美味しい…」
アリス様は笑顔でパイを口に運びます。
わたくしは自分のパイをアリス様の方に寄せました。
「よかったら、どうぞお食べください」
「食べないの?」
「わたくしは食べてきましたから」
「そう…お母様?…」
「ジル。本当にいらないの?」
「はい.」
サマンサ様はアリス様に頷きます。
アリス様は顔を綻ばせ、パイを自分の方に引き寄せました。
「わたくしは部屋へ戻ります。ごちそうさまでした」
わたくしは自分の部屋へ戻り、ベッドに横になります。
この時ぐらいから胸騒ぎがして落ち着きませんでした。
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