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ブレイバーズ・メモリー(2)  作者: 橘 シン


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14-6


「では、始め!」


 と、シャイア様が言った瞬間、アリス様は目の前から消えます。


「え?…」


 困惑で気が緩んだ時、上半身に衝撃が来て後ろに飛ばされてしまいました。

 そして、その勢いそのまま木に打ち付けられてしまいます。


「ぐっ!」


 なんなのですか、今のは…。


 咳き込んでいると…。


「大丈夫?」


 その声に見上げるとアリス様が手を差し伸べていました。


「大丈夫です…」


 アリス様の手は掴まずに、自力で立ち上がります。


「これで終わり」


 彼女はそれだけ言うと立ち去ろうするのです。


「お待ち下さいっ。もう一度、お願いいたします」

「なぜ?今ので分かったはず」

「はい、分かりました。分かった上で、もう一度お願いいたします」


 アリス様は振り返ってシャイア様を見ます。


 シャイア様は動かずに、じっとわたくし達を見るだけ。

 周囲が気になるのか、何度か見回していました。


「アリス、ちょっと来なさい」

 

 アリス様だけが呼ばれ、シャイア様の所に向かいます。


 お二人はこちらに背を向け、何かを話しているようでした。


 少ししてからわたくしも呼ばれます。


「ジル、もう一度だけだ。次、倒れたら終わりにする」

「はい。ありがとうございます」


 アリス様とわたくしは、さきほどと同じように距離を取るのではなく、五歩程離れた比較的近い距離で対峙します。


 わたくしは構えますが、アリス様は直立したまま。


「…」


 アリス様には隙きがなく、もうすでにわたくしは負けている事が分かりました。


「ジル。動けないのは分かるが、動かなければ勝機は訪れないぞ。一矢報いて見せろ」

「はいっ」


 勇気を振り絞り、アリス様に攻め仕掛けます。



「で?」

「何もできませんでした…」


 手も足も出ない。まさに完敗。


 こちらからの攻めは全てよけられ、わたくしの隙き(ほんの僅かな)を見逃さず的確に捉えられて、有効打を与えてくる。


「いや、お前アリス様との試合は結構いい線いってるだろ?」

「今はそれなりに…いいえ、あれはアリス様がわたくしに合わせているだけです」


 アリス様との初試合の時のわたくしは今ほどの実力はありません。

 

 まさに、鎧袖一触。



「はあ…はあ…」


 何もできなかった…。

 これほどとは…。


 アリス様に疲れた様子はありません。


「大丈夫?…ほんとに」

「はい…」


 シャイア様に稽古をつけてもらっていたので、多少なりとも対抗できるのではないとかと思っていましたが…。


「わたしは、もうやめる…」

「わたくしはまだ…!」


 そう言って立ち上がった時、目眩して視界が暗くなります。


 倒れかかったわたくしをアリス様が支えてくれました。


「やめた方がいい」

「くっ…」


 この時の悔しさは、いい思い出になっています。


「ジル。よくやったよ」

「はい、ありがとうございます…」


 シャイア様はそうおっしゃっていただきました。


「君くらいに年齢であれだけの動きが出来る者はそうはいない。自信を持っていいぞ」

「はい…」

「もういいだろう」


 わたくしをアリス様とシャイア様が両脇を支えてくださいました。


「シオン!ターシャ!」

「はっ」

「はいっ」


 シオンとターシャがすぐに現れます。


「ご苦労だった。今日は帰ってくれて構わない」

「はい。ジルは?…」

「私とアリスで連れていく」

「わかりました。それでは失礼いたします」

「シャイア様、失礼いたします。ジル、今度は私としましょ」

「そうですね…あなた方とするのが丁度いいのかもしれません…」


 二人はすぐに立ち去って行きました。


 わたくしはアリス様とシャイア様に自室まで運んでいただきました。


「今日はこのまま休んでくれ。食事は運ばせる」

「はい…申し訳ありません」

「謝る必要はない」


 ベッドに横になったまま、アリス様を見ました。

 視線が合いましたが、すぐにはずし部屋を出て行ってしまいます。


「アリスとの距離が少しは縮んだろう」

「そうでしょうか?…」

「拳を交えた仲だ。大丈夫さ」


 あれは交えたと言えるものではないと思いますが…。


「私からもう少し話をするよう言っておくから」

「はい…」


 シャイア様はゆっくり休みたまえと、お声をかけられ部屋を出て行かれました。


 その日以降、アリス様と関係はあまり変わりませんでした。



「変わってないかよ…」

「少し会話が増えた程度ですね」

 それだけも進歩と言えるでしょう。



 会話はターシャを介することが多く、彼女がいない時は本当に会話が少なかったです。


 そんな日々が半年も続いていました。


 そんな矢先、父がハーヴェイ家にやって来ます。


「お父様?どうされたのですか?」

「どうって、お前の顔を見に来たんだよ」

「先週会っていますが?」


 シャイア様から月に一度は実家に帰っても良いと許可をいただいてます。


「会っちゃ、いけないのか?」

「いえ、そういうわけでは…。こちらに来ては不味いではないかと」


 父の失態でシャイア様が激怒したのです。

 父がいる事が知ればシャイア様のご気分を損ねる事になりかねません。


 シャイア様はもう気にしていないようでしたが、わたくしは戦々恐々としていました。


「ライナス!」

「っ!」


 父との会話でシャイア様の気配に気づきませんでした。


「わざわざ、すまないな」

「ジルの顔を見に来たついでさ」

「こいつ」


 シャイア様は笑顔で父の肩を叩きます。


 二人のやりとりに気が抜けました。


「お久しぶりね。ライナス」

「サマンサ様。お久しぶりです」


 サマンサ様とも気さくに挨拶しました.


「ナタリアがこれを」

「何かしら」

「焼き菓子だそうで」


 父が包みをサマンサ様に渡します。


「そう。ありがとう」


「ライナス、書斎で話そう」

「ああ」

 二人は書斎へと向かいます。

「どうだ調子は…」

「まあ、それなりだな…」

「例の件は?…」

「厳しいな…」


 何の話かわかりませんが、会話しながら遠ざかっていく二人。

 ここだけ見るなら普通の友人同士に見えます。


「ジル」

「はい?」

「二人なら大丈夫ですよ」


 サマンサ様がそう声をかけてくれました。


「お酒が入ってませんからね」

「そ、そうですね」

 

「焼き菓子を分けます。手伝ってください」

「はい」


 焼き菓子を分け、ティーセットとともにアリス様の部屋へ向かいました。


「美味しい…」

 焼き菓子を一口食べたアリス様がそう言います。

「そう言っていただけると、作ってくれた母も喜んでくれます」

「あなたのお母様が作ったの?」

「はい」

「上手ね」


 アリス様は甘いお菓子が大好きで、残さず綺麗にお食べになります。


「サマンサ様もお上手でしょう?」

「うん」

「ご一緒に作られてはいかがですか?」

「…わたしは下手だから」


 紅茶を飲み干し、ふぅっと息を吐きます。


「あなたは作った事ある?」

「あるにはあります。母の隣で手伝う程度ですが」

「そう…」


 今日はアリス様との会話が出来ている…。

 

「アリス様」

「何?」

「わたくしの事、嫌いですか?」


 唐突ではありますが、前々から気になっていた事です。

 

 ターシャとは話すものの、わたくしとはほぼ話しません。

  

 これではお互いに相手を知ることが出来ません。


「別に…嫌いじゃない」

「でしたら何故、無視されるのですか?」

 アリス様はティーカップを見つめ、考えているようでした。


「わたしのそばにいる不幸になるから、無視して遠ざけてる」


不幸?。


「不幸など…そんな事があるわけ…」

「ある。あるから、そばに来ないで」

 彼女は強く否定します。


「今こうして、話していますが?」

「今は…お、お菓子があるから…」

「現金なお人ですね」

「…」

「ターシャはどうなのですか?」

「ターシャはずっとそばにいるわけじゃない。時々来て昼食を食べていくだけだけだから」


 わたくしはアリス様の言う 不幸 の意味を、この時はまだ知りませんでした。

 

 


Copyright(C)2020-橘 シン

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