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ブレイバーズ・メモリー(2)  作者: 橘 シン


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14-3


「アリスとは初対面ではないと思ったが?」

「はい。一度だけお会いしております」

「一度だけだったか…本人は覚えていると思うが、違っても大目に見てほしい」

 シャイア様はそう言って苦笑いを浮かべます。

「はい」


 一度会っただけの人物をずっと覚えているのは難しいと思います。

 わたくしは印象深かったので覚えていましたが。

 

 アリス様の二階にあり、その前には使用人数人が待機しておりました。


「君達は少しはずしてくれ」

「はい。かしこまりました」


 使用人が離れて行きます。

 

 シャイア様がドアをノックし、アリス様を呼びました。


「アリス。入るぞ」

 そう言って、シャイア様はアリス様の部屋に入って行きます。


「アリス。ちょっと話がある」


 部屋にはベッド、机、タンス、クローゼット、本棚、テーブルと椅子が三脚。だったと思います。

 部屋は広いですが、小さな窓が一つだけ。


 アリス様はターシャと一緒にテーブルで何かをしていたようです。


 テーブルを離れ、こちらに来られます。


 アリス様は今と変わらない髪型。

 頭の両側、少し上の方で髪を束ねています。


「何でしょうか?お父様」

 そう言いながら、わたくしをチラリと見ました。


「彼女を覚えているか?」

「…」

 アリス様は少し頭を傾げます。

「…あ。ジル…レヴァリエさん…」

「はい。お久しぶりでございます。アリス様」


「覚えていてくれたか」

「会ったのは、ずっと前。一度だけ…」

 静かな声でそう言います。

「そうですね」


「それでな、アリス。彼女をお前の側仕えにする事にしたんだ。これから仲良く…」

「いらない」

 アリス様は首を横に強く振りました。

「そう言わずに…」

「いらない!前にも言った。絶対にいらないって!」

 彼女は強く拒否します。

「ひとりでいいから…もう…あんな事は…」

「あんな事はもう起らないから…」

「それでも、いらないっ。いらないから出てって!」

 アリス様はシャイア様とわたくしを押し出そうします。


「わ、分かった。出て行くよ…」

 わたくし達は部屋を出てしまいました。


「参ったな…」

 シャイア様はため息を吐きます。


「側仕えの件はお話してないのですか?」

「していない…」

 アリス様の部屋のドアを見つめるシャイア様。


「わたくしは嫌われているようです」

「それは違う」

「ですが、先ほど…」

「あれは…色々事情があってな…」

 シャイア様は言い淀むます。


「どうされたのですか?」


 廊下の向こうから声が聞こえました。


「ジル?久し振りね」

「奥方様。お久しぶりです」


 シャイア様の妻。サマンサ・ハーヴェイ様。


「ジルが来ていたのなら、教えてくださっても…」

「ああ、すまん」


「奥方様。父の失言、申し訳ありません。父に代わり謝罪申し上げます」

「あなたが謝る必要はもうないわ。ここに来たことで終わっていますからね」

 サマンサ様は笑顔で話します。


「今回の失態はちょっと行き過ぎてしまった」

「ちょっと、ではないかと」

「そうね。さすがに自分の娘となればね…。もう良いでしょう、この話は」

「はい…」


「それでどうされたのです?」

「側仕えの件だ。アリスに拒否されてしまってな」

「そうですか…」

 サマンサ様は驚きません。予想されていたという事でしょう。

 

 どんな事情があるのでしょうか…。


「あの、ターシャが一緒に部屋にいますが、あれは良いのですか?」

「ターシャは友人ということで、アリスの側にいるのです。それに会いに来るのは週に一度だけ」

「なるほど」


「時間をかけるしかありませんね。ジル、あなたなら受け入れてもらえるはずです」

「そうでしょうか…」

「そう願っています」


「時間がかかるか、なら…ジル、君の体術の実力を見せてもらいたい」

「わたくしの実力ですか?」

「アリスの側仕えの件は明日以降でいい。ライナスは自慢気に君が実力をつけてきたと話していたからな。それを確かめたい」

「実力と言っても、まだ父には勝てていませんが…」

「あいつに迫るものなら、相当だろう?ぜひ見せてくれ」

「はい…」


 これは何かの試験なのかなと思っていました。


 アリス様はシャイア様を超える体術の実力者という事らしいので、側仕えもそれなりの実力をもった者でなければいけないと、そう思ったのです。

 

 着替えるため自室に向かいます。

 あてがわれた部屋はアリス様の隣の部屋。

 広さは実家の部屋よりも広いものでした。


 漆黒の鎧を身に着けます。


 吸血族が使う鎧は厚く重い物ではなく、軽い物です。

 体術を使った近接戦闘を主とするためです。

 

 鎧を持ってくるようにと書面にも書いてあったのです。

 自分のナイフは置いてきました。


 なぜ、必要なのか不思議に思っていたのですが、こういう事だったのですね。


 着替えを済ませ、部屋をでます。


「ターシャ?」


 部屋の前にはターシャがいました。


「どうしました?」

「ねえ、ジル…。アリス様の事なんだけど…」

「それは明日以降でいいと、シャイア様がおっしゃていました」

「そう。うん…」

 彼女は何かを迷っているかのようでした。


「アリス様は良い人だから。あなたを嫌ってるわけじゃない」

 ターシャは真剣な顔で話します。

「アリス様は…その…」

「分かっています。お互いほぼ初対面の相手です。少しづつ知りあえれば良いと思ってます」

「うん…」

「あなたの気遣いには感謝します。今度、アリス様の事を教えてください」

 ターシャの肩に手を置きます。

「ええ…」

「わたくしはシャイア様に呼ばれているのでこれで…」

 

 ターシャの様子が気になりましたが、シャイア様をお持たせするわけにはいきません。

 彼女と別れ、館を出ます。


 屋敷の裏手に林があり、そこに来るよう言われていました。


 薄暗い林の中にシャイア様が佇んでいます。


 わたくしと同じように鎧を身に着け、体術の型で体を慣らしていました。  


「お待たせしました」

「いや、大丈夫だよ」

「すぐに始めますか?」

「ああ。体を慣らしれくれ」

「わかりました」


 わたくしも準備運動をして体を慣らします。


「ジル」

「はい」

「ライナスからレヴァリエ家の奥義は習ったか?」

「奥義という大層なものではありませんが、教えていただきました」

 

 準備運動をしつつ、そう答えるとシャイア様は、そうか…と頷きます。


「これを使って私と戦ってもらう」

 そう言って、投げ渡されたの訓練用のナイフ一対。


 木製ではなく、金属製で重さも通常の物と変わりません。

 刃はついておらず、先端も丸くなっています。


 ですが、訓練用と言えど当たれば痛いです。


「さあ、始めようか」


 そして、シャイア様との模擬戦が始まりました。



「で、どうだったんだよ」

 ゲイルさんが興味津々な顔で聞いてきます。他の隊員達も同じような顔つきです。


「当時のわたくしでは、どう頑張っても敵う相手ではありません」

 隊員達からため息は出ました。


「当時の話しだよな?今ならどうだ?」

「今でしたら…」

 頭の中で、シャイア様と今のわたくしを比べ分析します。

「今でも難しいですね。運がよければ、もしかしたら…」

「そこまで強いのか…まあ、アリス隊長の親だしな」



「はあ…はあ…」

「いい体捌きだ」

「はい…ありがとう…ございます」

 模擬戦が終わり息切れを起こすわたくしですが、シャイア様は息切れも汗もなし。


「私も何度か危うい所があった。ライナス、よくぞここまで育てた」

 そう感慨深く話します。


「まだ父を負かした事はないのですが…」

「すぐに追い抜くさ。君は伸びしろがまだまだある。その年でこれだけの実力あるのだからな」


 シャイア様にそう言っていただけるのは光栄な事です


「訓練中は必死だろう?ライナスは?」

「ええ、まあそうですね…」


 シャイア様の言う通り、父は全力でわたくしと対峙していました。


「君に追い抜かれたくない気持ちと、追い抜きさらに強くなってほしい気持ちがせめぎ合っているはずだ」


 なるほど。父が全力でわたくしと戦っていたのはそういう事でしたか。


「今日はここまでにしておこう」


 今日は?…。


「これから週に二、三くらいで君に稽古をつける。私自身が」

「シャイア様が直々にですか!?」


 驚きです。

 とても光栄すぎる事です…。


「あの、何故ですか?」

「さっきも言っただろう?君には伸びしろあると」

「それだけの事でわたくしに稽古を?」

「他にも理由はあるが…君にはもっと強くなってもらわなければ困るんだ」

「困るといわれましても…」


 シャイア様は突然、頭を下げます。


「頼む!この通りだ。今は何も聞かずに私と稽古をしてくれ」

「なっ!?シャイア様!お止めください!」


 わたくしは慌ててシャイア様のかけよりました。

 周囲に気配はありませんが、もし誰か見ていたら大変です。

 

「わ、わかりました。ですからもう…」

「ありがとう」

「はい…」


 シャイア様はわたくしの手を強く握ります。


「理由や事情は必ず話す」

 

 シャイア様の目は真剣で嘘偽りがない。と、わたくしは思いました。

 いえ、今はそう思わなければいけないと自分に言い聞かせたのです。




Copyright(C)2020-橘 シン

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