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ブレイバーズ・メモリー(2)  作者: 橘 シン


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エピソード14 姫君と従者


 今日は弓兵隊全員での食事。

 

 わたくしとはちょっと離れて座り、笑顔で隊員達と談笑するアリス様。


 ゲオルグを葬った後、アリス様の笑顔が増えた気がします。


 ゲオルグに血を求められ、里を出た時は笑顔は消えていました。

 その前からあまり笑顔は見せる事はありませんでしたか…。


「なあ、ジル」

「はい?」

 ゲイルの呼びかけられます。


「どうしたよ。食事が進んでないぜ」

「え?…」

 わたしはスープを口に運びました。


 アリス様は楽しそうです。わたくしも楽しくないわけではありません。


「お前って、ずっとアリス隊長の付き人してんの?」

 ゲイルさんはそう尋ねてきました。.

「ずっと、いうわけでは…色々ありまして、現在このような関係になっています」

「へえ。これ、前にも聞いたんだけどな。その時は、はぐらかされた」

 彼は苦笑い浮かべ肩をすくめます。

「そうでしたか?…」

 ちょっと覚えていません。


「もう少し詳しく教えてくれないか?お前も良いとこのお嬢様ってのはヴァネッサ隊長から聞いたが…」

「え?そうなんですか?」

 わたくし達のそばにいた隊員の一人が興味を持ったようです。


「ええ、まあ…」


 アリス様とわたくしの事情はウィル様やリアン様、それから各隊の隊長には、お話しましたが、隊員達にはまだ話していませんでした。


「立ち振る舞いを見れば、町娘じゃない事はわかるさ」


 育ち、というは隠せないものなのでしょうか…。


「話したくないなら、別に構わねえよ。無理に突っ込んで聞く事じゃないしな」

「話したくないわけではありません。面白くないだけで…」

「面白くなくても全然いいぜ、おれは」

「そうですか…」


 隊員達や、各隊の隊長のお話は面白く笑いを誘う物ばかりで、それに比べてわたくしのは…特段面白いわけでもなく、逆に暗い物ばかりな気がします。


「一応、アリス様の許可を」

「ああ、そうだな」

「アリス様?」

「ん?なに?」

「ゲイルさん達がわたくし達の事を聞きたいと言ってまして…」

「わたし達?…ウィル様達に話した事?」

「はい」

「いいけど…」

 アリス様は隊員を見回します。

「あまり面白くないよ」

 そう言って少し苦笑いを浮かべました。


「悲しかったり、恥ずかしかったり…」

「恥ずかしい?」

「うん、色々…。それで良ければ…ジル、あなたが話して」

「はい」

「わたしは見張り塔に行く」

 アリス様は食器を持ち立ち上がります。

「食器はそのままで構いません。わたくしがお下げしますので」

 わたくしも立ち上がりました。

「そう、ありがとう」

 彼女は戸口へ向かう。

「いってきます」

「いってらっしゃいませ」

 わたくしは丁寧に頭を下げ、彼女を見送りました。

 隊員達も挨拶を言います。


「まだ早いんじゃね」

「あえて早く行かれたでしょう」

「どうしてです?」

 わたくしは座り、テーブルの上で手を組みます。

「アリス様にとって悲しい過去ばかりですから」

 この一言で場の雰囲気が暗くなってしまいました。


「お前ら、聞く以上は覚悟を持って聞けよ」 

 ゲイルさんは真面目な顔で隊員達に言ったあと、

「なんてな。過去はどうあれ、今こうして生きている。過去は過去だ。過ぎた事にいつまでも囚われちゃいけないぜ」

 

 ゲイルさんの言う通りです。

 過去に戻ったり、変えたりする事は出来ません。

 前に進むしかないのです。


「それでは…」


 わたくしは咳払いを一つしてから話を始めました。



 わたくしがアリス様をお守りする事になった話をする前に、わたくし自身の話や吸血族についての話をしなしけれなりません。


 わたくしはレヴァリエ家に生まれました。


 レヴァリエ家は、過去多くの族長(王)を輩出したハーヴェイ家とは異なり、族長を輩出してはおりません。


 しかしながら、その歴史は古く、族長の補佐役の一員として知れ渡っておりました。


 その事にわたくしも誇りに思っておりましたし、自尊心もあったのです。


 身の回りの世話してくれる使用人も、たくさんとは言えませんがいました。



「やっぱ、そういうのいたのか」

「お嬢様って呼ばれていた?」

「はい」


 そう呼ばれなくなってかなり経ちます。

 懐かしくもあり、今となっては気恥ずかしい感じもあります。



 そんな家庭で不自由なく育ちました。


 吸血族の才にも恵まれ、十五歳を超える頃には父とは対等に戦う事が出来るようになります。

 六花旋風迅を会得したもの十五歳の時です。

  

「あの技を十代で…すげえな」

「さすがですね」

 と、褒め言葉をいただきましたが、父も十代で会得したと言いますから、吸血族としては珍しい事ではないと思います。


 学校に行き、友人と語らい、父から体術を学ぶ。

 

 そんなごく普通の日常が突然、変わってしまうです。


 ある朝、起床すると屋敷の中の雰囲気が違う事に気が付きました。


「何かあったのですか?」

「あの、私達も事情がよく分からなくて…」


 使用人達も把握していない様子。


 顔を洗い、着替えを済ませ、メイドに髪を結ってもらいます。

 この頃のわたくしは髪が長く、肩より少し下くらいまでありました。


 朝食のため食堂へ向かいました。


「あなたという人は…あれほど気をつけるようにと、言ったでしょう!」

 

 食堂から母の声が聞こえてきました。


「すまない…ナタリア」


 か細い声で謝罪する父の声も。


 何事でしょうか。


 食堂に入ります。


 食堂のテーブルには向かい合う父と母の姿。


 父は項垂れ、母は眉間に皺を寄せていて…あれは怒っている?。


「おはようございます。どうしたのですか?」 

「ジル…」

 父はわたくしを見るとすぐに俯きます。


「ジル、来なさい」

「はい」

 母が隣りに座るよう、椅子を叩きます。


「お母様、一体何があったのです?」

「あなた自身の口から説明を」

「ああ、わかっている」


 父は大きく息を吐いてから話し始めました。


「先日、気の合う仲間が集まり、酒を飲んでいたのだ…」


 お酒を飲んでいた。この時点で、嫌な予感がしました。


 父は酒癖が悪く。トラブルになることがあるのです。


 わたくしが生まれてからは、控えるよう母から言われ、飲酒量は減っていました。


 仲の良い友人同士で飲み語らう事は気持ちのいいものなのでしょう。


 当然ながら飲酒量も増えタガが外れてしまったと…。


「おい、シャイア。お前の娘、最近見ないが生きてるのか?」

「ちゃんと生きてるよ。当たり前の事を聞くな。うちに来れば普通に会える」

「ああ。だが、祭りや宴には顔を出さないだろう?」

「出す必要がないからだ」

「いつかだったか一度、うちのジルと会わせたが、あれっきりだぞ」


 アリス様とは、この時点で一度会ったのみです。

 お互い十代前だったと思います。

 

 彼女の最初の印象は全く喋らず目も合わせないので、よくわからないのというのが正直な所でした。


「体術の方はどうなんだ?相当出来ると噂があるぞ」

「俺よりも上だ。もう勝てないだろうな」

「本当か?なら、ジルと勝負させてみよう。ジルも実力がついて来たんだ」

「やめておけ。足元にも及ばん。というかそんな事をする必要はない」


 このあたりで父が話を切っておけば何もなかったではないでしょうか。


「さては、娘が負けるの嫌なのだろう?」

「馬鹿な…負けるのはお前の娘の方だ」

「だからそれを確かめて見ようって言ってるんだよ」

「…」

「お前の娘は人形か?飾って眺めてるだけじゃあるまいな」

「人形だと?貴様、俺の娘を愚弄する気か!。おもちゃ呼ばわりとは失礼にもほどがあるぞ!」

「そんなに怒ることはないだろう?」

「ふざけるな!ここで怒らずにどこで怒る!」

「うおぉ!…」

 

 シャイア様は父の鳩尾に拳を一発叩き込んで帰宅したそうです。


 そんな事があったとは気づきませんでした。


「それで謝罪には行かれたのですか?」

「行ったが、聞き入れてくれなくてな…。これを渡された」

 父は目の前の封筒を指差します。

「見てもよろしいですか?」

「ああ…」


 わたくしは封筒の中の書面を取り出し、読みます。


「なっ…どういう事ですか!?これは!」

「すまない、ジル。俺のせいだ…」


 書面には、父の失態の責任をわたくしが取らなければいけないと書かれておりました。

 そして、わたくしがアリス様の側仕えになるようにと…。


「何故、わたくしが責任を取らねばいけないのです!」

「だから、すまないと…」

「すまないで、済む話ではないでしょう!」

「…」

 黙りこくる父。


「これは決定事項なのです…」

「お母様…」

「ハーヴェイ家の命令とあらば、拒否は出来ません」


 吸血族のはその家もどこかの有力な家系に属しており、序列があるのです。

 上からの命には絶対に従う。それが習わし。


 我がレヴァリエ家も例外ではありません。



Copyright(C)2020-橘 シン

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