13-12
「あんた達は行かなくていいの?」
アリスが約束した勝利の口づけに兵士達の列が出来てる。
でも、ライノ、ステイン、サム以外の竜騎士は行かずに宿舎の前にたむろしてる。
「自分は興味ないです」
「おれもです」
ガルドは、訓練はしばらく中止と言ったのに、体を動かしている。模擬剣は持っていないけど。
レスターは地べたに座ったまま。
「スチュアートとミレイもかい?」
二人も頷く。
二人は宿舎の前に座っている。
「冷めすぎじゃないの?」
「お言葉ですが、隊長には関係ないかと…」
「そうだけどさ」
スチュアートが苦笑い浮かべて言う。
「イヤッホー!」
ミャンがアリスに口づけをもらい喜んでる。
なんでミャンが混じってんだか…アリスは気にしていないみたいだけど。
「それにしても…」
レスターが何かを話しかける。
「なんだい?」
「いや、死んだ奴がいなくて良かったなって」
「ああ。そうだね…」
ゲオルグが 気 を使えると知った時はどうなるかと思ったけど、大事にはならかった。
だけど、兵士ほぼ全員が何かしらの怪我をしてる。
あたしもその一人。
「隊長の怪我は大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
そうガルドに答える。
実際、大した事ないし。包帯は巻いてるけど。
「あんた達も大した事なさそうだね」
「ぼくは後ろの方にいたから全然…」
ミレイは話しかけながら井戸の方を見る。
「どうしたの?」
井戸の方を見るとカリィが水を桶に汲んでいた。
「すみません。ちょっと、失礼します」
彼は小走りにカリィの方へ向かう。そして、彼女に気さくに話しかけ笑顔を交わす。
笑顔で話しつつ、水汲みを手伝う。
「ずいぶんと仲良さそうじゃないの。いつの間にかさ」
「結構、前からですよ」
スチュアートがそう話す。
スチュアートが言うには、ミレイは早朝に走り込みをしているらしい。
カリィがメイドの中で一番早起きらしく、ミレイと会う事が多いとか。
「へえ、それできっかけで仲良くなったっと…」
「傍目から見ればですけどね」
「やるじゃないか。隅に置けないね」
他人の浮いた話って嫌いじゃないよ。
自分のは嫌だけど。
ミレイは取手のついた桶二つを両手に持ち館へ向かう。カリィとともに。
そして、館の中に入って行った。
どこまで持って行くの。
と、思ったらすぐに出てきて、こっちに帰ってくる。
「ご苦労さん」
「え?あ、はい。失礼しました」
「いいや」
あたしは笑顔で首を横に振る。
「あの…ぼくの顔に何かついてますか?」
ミレイはあたしに見つめられて、ちょっとバツが悪そうにする。
「なんにもついてないよ」
そう言いながら立ち上がった。
「喧嘩なんかしないで、仲良くするんだよ。末永くね」
彼の肩を軽く叩く。
「はあ…あっ、カリィとは、そ、そんなじゃなくて…」
「あたしは、カリィとは言ってないけど?」
「…」
ミレイは顔を赤らめ視線を外す。
「はははっ。じゃあね、あたしは執務室に行ってるから。ガルド、休める時に休んでおかないと体にガタが来るよ」
「はい」
って言ってやめる奴じゃない事は分かってるけど、一応言っておく。
館へ行く途中でゲイルとすれ違う。
何故か右手を見ながらニヤついていた。
「あんた、何ニヤついてんの?」
「え?ああ、いや別に…」
ゲイルはニヤついたまま。
「ジルって、いい女だなって。個人的に」
「こっちもかい…」
「はあ?」
「何でもないよ…。大事にしなよ」
「分かってますよ」
執務室に向かう。
二階に上がると、エレナが自室から出る所だった。
「ちょうど良かった。あなたに聞きたい事がある」
「なんだい?」
「 気 について詳しく」
エレナは真面目な顔で(彼女はいつも真面目だけど)訊いてくる。
「ああ、それね…」
正直いうと、あたしにもわからない。
不思議な力としかね。
「具体的に」
「 気 は身体能力を高くするみたい」
「みたい?」
「教えてくれたシュナイダー様も詳しくなかったんだよ」
身体能力を高くする。
明らかに尋常じゃなく動けたり、力強くなったり。
「後、魔法のように 気 そのものを武器として使う事もできる」
「ゲオルグの様に?」
「うん」
アリスも使っていたね。
「魔法のようなものと考えていいものなのか」
「たぶんね」
「よくわからない」
「集中力を高めてイメージする所は似てるかもね」
「そう…。あなたも使える?」
「一応ね」
「どの程度?」
エレナは興味津々で訊いてくる。
あたしができるのは、丸太に拳が入る程度の穴を開けることができる。
剣に気を纏わせ、それを放つ。
「さほど強力ではない」
「まあね」
「シュナイダー様はどの程度の事が?」
「あの人は…」
三人分くらいある木に幹を半分削ってた。
「そんなに…」
エレナは驚いてる。
「削って倒した木が城内だったもんだから、兵士が集まって来てさ…」
「何事ですか!?シュナイダー様!」
「いやぁ…別に特に大した事はない。幹が腐っていたようだ。後処理を頼む」
「って、しれっと立ち去るっていう…エレナ?」
彼女は顎に手を置き、真剣な眼差し。
「え?ごめんなさい。聞いてなかった」
「まあ、いいけど」
探究したがるのは、研究を主とする魔法士の職業病か。
「出来れば、あなたが 気 を使う所を見せてほしい」
「あーそれはダメ」
「どうして?」
「それやると肘が痛くなるんだよ。あたしは下手くそでさ」
「体に負担がかかると?」
「たぶんね。でも、シュナイダー様は特に痛くなったりしないから。あたしは向いてないんだよ」
詳しくないあたしが説明する事は限られている。
エレナは納得いってないようだけど、それで納得してもらうしかない。
「ごめんね」
「いいえ」
「もしかしたらシュナイダー様の兵法書に書いてあるかも。時間がある時に探してみて」
「ええ、そうする」
あたしも 気 に限らず兵法書は読んでおかないといけないね。
エレナとは別れ執務室へ。
執務室にはフリッツ先生がいた。
「先生?何やってんの?」
「ん?うーん…」
浮かない顔だ。
「薬が足りなくなるかも」
ウィルがそう話す。
「王都でしこたま買って来たでしょ?」
「これだけの怪我出たら足りなくもなる」
先生は頭を抱える。
「薬だけではない。包帯や当て布もな」
「買いに行くかって話をしていたんだ」
なるほど。
「行くとしたらリカシィまで行かないと…」
「そういう事なら竜騎士隊を出すよ」
あたしの提案にウィルは渋る。
「また襲撃が来ないかな?」
「あたしはないと見てるけど」
「ゲオルグの手下が残ってるって…」
確かにゲオルグが言っていた。
「だけど、薬が足りないままはよくないでしょ?」
「うーん…」
「竜騎士に行ってもらいましょ。しかたないわ」
リアンは竜騎士が行くには賛成みたい
「虎の子の竜騎士隊を出すのは反対だよ。あの襲撃なかったら、構わないんだけど…」
ウィルは襲撃の第二波を恐れている。
「襲撃があったとしても、ゲオルグがいない分、向こうの戦力は相当落ちる。それに吸血族の弱点を突く事もできるから、心配するほどの事はない。あたしはそう思うね」
これはウィルを安心させるためじゃなくて、あたしの経験則からの考え。
「君の考えを否定するわけじゃないけど…」
ウィル自身も迷ってるんだね。
「薬がないわけじゃないからなぁ。いよいよなったら、竜騎士に行ってもらうしかないだろう」
とりあえずは状況を見るという事で落ち着いた。
リカシィまで行かせるとなるとスチュアートとミレイかな。竜の足が速いからね。
「状況は知らせた。わたしは戻るよ」
「はい、ありがとうございます」
先生は執務室を出ていった。
わたしは先生が座っていた椅子に座る。
「どうぞ」
アルがすぐさま紅茶をくれる。
「ありがと」
「君は何か用でも?」
「別にになにもない。暇だから来ただけ」
「暇って…」
実際、暇だし。
あの襲撃で多数の怪我人が出て、訓練はしばらく中止だから。
「あんなに怪我人が出るとは思わなかったよ…。相手は十人だったよね?」
「ああ。人数は大した事はなかったけど、相手が悪すぎた」
怪我人は出たけど程度は軽い。
ウィルにとっては初めての襲撃になった。
彼には衝撃的な出来事だったのかもしれない。
「みんな、平然としてるのが不思議だよ」
ウィルは苦笑いを浮かべる。
外じゃアリスの口づけで盛り上がってるしね。
感覚が違うんだね。
「修羅場くぐって来てるからね」
今回の襲撃がまだまだ穏やかものだったと後に知る事になる…。
Copyright(C)2020-橘 シン




