13-9
「ジル!行くな!」
ゲイルの制止も聞かずにジルは飛び出して行った。
「行くんじゃないよ!」
あたしも声をかけたけど、無視されたね。
そりゃアリスのあんな姿を見れば飛び出して行きたくもなる。
ジルはゲオルグの腕を蹴り上げたけど、びくともしない。
逆に殴られ吹っ飛ばされる。
「くそっ!」
ゲイルがジルを助けに行こうとしたんで、あたしは咄嗟に肩を掴み止めた。
「ゲイル、行くんじゃないよ!」
「離してくれ!隊長!」
「あんたが行ってどうすんの?」
「どうって、ジルを助けないと…」
いつも落ち着いているゲイルが焦りを見せている。
「ジルは大丈夫だよ。あんたがゲオルグに狙われたら対処…」
彼はあたしの隙きをついて掴んでいた肩を振りほどき行ってしまう。
「あのバカ!」
「どうするんです?隊長…。ゲイルが…」
「分かってるって。エレナ!」
あたしはエレナを呼ぶ。
「さっきの魔法を準備して」
「いいけど…手出しするなと、ジルが」
「まずはアリスを助けないと。アリスの意識がなくなったらこっちは何もできない」
「了解」
「あたしがゲオルグの注意を引くから、その隙きに」
「分かった。隊員にも指示する」
エレナが一旦離れる。
「貴様も死にたいのか!?」
ゲオルグがジルを助けに行ったゲイルに威圧する。
「ゲオルグ!」
あたしは剣を抜き叫びながら前へ出る。
「誰だ!我を気安く呼ぶやつは?」
ゲオルグがあたしの方を向く。
「シュナイツ竜騎士隊、隊長ヴァネッサ・シェフィールド!あんたの好き勝手になんかさせない!」
「竜騎士だと…ははは!。竜騎士ごときに何が出来る?」
「ヴァネッサ…」
エレナの声が小さく聞こえる。
あたしは左手で、了解のサインを出す。
「余程、死にたいと見える。お前には名誉の死をやろう」
ゲオルグはそう言って、アリスを地面に叩きつける。
「だめ…」
アリスがゲオルグの足を掴む。
「さあ、来い。相手してやる」
「あんたの相手するのは、あたしじゃないよ。エレナ!」
あたしはしゃがんで、エレナの視界を開ける。
「照射」
エレナの杖の先から紫色に光が伸び、 ゲオルグの顔を照らす。
さらに魔法士隊全員が照射する・
ゲオルグがすぐに腕で光を遮る。が…。
「おかしい…」
エレナが呟く。
そう何かがおかしい。
ゲオルグが腕で光を遮っているが、その腕には防具はない。
本人自ら取り去り、素肌のはず。
そこに光が当たっているにもかかわらず、何の変化もない。
「ふふふ…はははっ」
ゲオルグが笑い出す。
「何をするかと思えば…雑魚には効いても、我には効かんぞ」
そう言って遮るのを止める。
「嘘…でしょ…」
これは予想できなかった…。
吸血族は太陽が苦手という先入観が招いた結果もある。
それに襲撃は夜だったし。
完全にミスった。
なんて反省してる場合じゃない。
「世界に打って出ようというのだ。弱点をそのままにしておくわけなかろう、バカ共が」
ゲオルグはアリスを首を左手で掴み、持ち上げる。
「アリス、見ておけ。貴様が頼った弱き者達が散って行く姿を」
そう言った後、右手を横に突き出し握る。
「吸血族の真の力を見せてやろう…」
ゲオルグの右拳が震え始め、白い靄というか霧?煙のようなものがまとわりつく。
「あれは…やばいって…」
「何、あれは?…」
「あれは ”気”。オーラなんていったり。魔法力みたいなもんさ」
「魔法は人間しか扱えないと習ったけど…」
「魔法じゃない。それは後で」
気を使うには相当な集中力と訓練が必要。
こいつは魔法とは明らかに違うんだけど、魔法ように大きな力を発する。
尋常じゃないんだ。
シュナイダー様も使えるんだよ。
あたしも習ったんだけど、下手くそでね。まあ、それは置いといて。
ゲオルグの拳が鈍く発光し始める。
「隊長!」
ガルドが叫ぶ。
「分かってる!撤退だ!後退しろ!」
あたしは剣を収めて叫んだんだけど、兵士はわけがわからず動かない。
「ほら、早くさがれ!」
レスターが兵士の背中を押す。
「左右に別れて後退しろ!早く!」
やっと動き出す兵士達。
ゲオルグが拳を開き、向かって左から右に薙いだ。
薙いだ瞬間、陽炎が横一線に広がり、それがあたし達の方へ凄い速さで迫る。
ジルとゲイルが吹き飛ばされるのが見えた。
「全員、伏せろ!早く!」
そう言った瞬間に物凄い圧力で体を押され突き飛ばされる。
「エレナ!」
体制を崩されつつも、すぐそばにいたエレナを掴み抱きかかえ守る。
突き飛ばされ転がりながら、兵士の誰かにぶつかり、さらに転がった。
衝撃波をもろに食らったみたい。
周囲が静かになる。
あたしは目を開け、あたりを確認にする。
兵士達はドミノ倒しのように全員が倒れていた。
「ううぅ…」
「痛え…何が起きたんだよ…」
うめき声や悪態が聞こえる。
「エレナ!大丈夫かい?」
「ええ…大丈夫」
よかった…。
「あなたは?」
「あたしも大丈…くっ!」
左腕に痛みが走る。
左腕の防具がない処。服が破れ、皮膚が大きく擦り傷になっていた。
「処置をしないと…」
「これくらいなら、平気だよ。あまり血は出てないし」
エレナは何も言わず、自分のハンカチを取り出しあたしの腕に巻いた。
そして、外套の腰紐を取って、それでハンカチの上から縛る。
「とりあえずはこれで…」
「ああ、ありがと」
あたしはエレナの肩を軽く叩く。
状況を確認しないと…。
周囲を見回す。
兵士は全員がドミノ倒しのように重なって倒れていた。
「レスター!ガルド!生きてる?」
「隊長より先に、逝くつもりはありませんよ」
ガルドが大きな体を起こす。
「レスター?」
「生きてますよ…」
「生きてるなら、兵士を助け起こして撤退しろ」
「了解…全く、優しさのない人だぜ…」
愚痴を言いつつも体を起こす。
「大丈夫か?早く起きろ、撤退する」
「背中が痛い…」
南側に展開した兵士のほぼ全員が負傷していた。
兵士の後退を二人に任せ、ゲオルグを振り返る。
奴の右手がまた気に包まれていた。
すぐに追撃できるみたいだけど、それはせずに傍観していた。
それとも連続は使えない技なのか
情けでもかけられてる?。そんな奴には見えないけど。
「隊長…」
「ガルド、さっさと撤退するんだよっ」
「でも…」
「隊長はどうするんです?」
「ジルとゲイルを連れてくる。あんたは撤退を急ぎな!」
ガルドの腕で殴る。
「了解。サム!いつまで寝てんだ。さっさと起きろ!」
「うへぇ…」
情け声を上げるサムを小突いてる。
「エレナ、あんたもだよ」
「魔法で援護する」
彼女はあたしの横に立つ。
「魔法でどうこうできる相手じゃない」
「相手の手口は分かった。次は対処できる」
「…たくっ。分かったよ。でも、ここから動くかず、姿勢を低くしてな。それと魔法で障壁作ってシュナイツを守って」
「了解」
自分の魔法に自信を持っているのは良いことだと思うけど、過信は禁物。
ジルとゲイルは、あたしとゲオルグの中間あたりにいる。
あたしは右手を剣の柄を握ったまま、ジルとゲイルに近づく。
ゲオルグは動かずそのまま。
ジルとゲイルは倒れたまま動いていない。
「ジル!ゲイル!」
ゲオルグに注意しつつ、二人に声をかける。
ゲイルはジルの腕を掴んだままだった。
「ゲイル、大丈夫かい?」
彼の頬を軽く叩く。
「ん?うっ…」
よし意識はある。
「ジル?」
「あ…くっ…アリス様…」
こっちも大丈夫か。吸血族だもんね。
「儚いな…」
ゲオルグが近づきつつ言う。
「ゲオルグ!…」
あたしはジルとゲイルの前に立ち、剣を抜く。
「殺りたきゃさっさとやりなよ!」
剣先をゲオルグに向ける。
「威勢だけは、いいな」
そう言いながら右拳をあたしに向ける。
「望み通り消し去ってやろう」
「だめぇ…」
「アリス!」
彼女はもがきながら、自分の首を掴んでいるゲオルグの腕を殴り、体を蹴る。
「諦めろ。こいつらを片付けてから、お前の血をゆっくりと味わってやる。よく見ておけ」
ゲオルグが拳を開く。
「やめて…もう誰も傷つけないで…」
アリスがゲオルグの腕を掴む。
「三人まとめて、死ぬがいい!」
ゲオルグがそう言った瞬間!。
アリスの金切り声が響き渡る。
「くっ!」
あたしは耳を押さえ耐えた。
「くそっ!」
ゲオルグも堪らずアリスを離してしまう。
「アリス様!?」
ジルがびっくりして飛び起きた。
「黙れ!」
ゲオルグは開いた拳をアリスに向け、気を放つ。
「まずい!エレナ、伏せろ!」
あたしそう言ってジルを庇い地面に伏せる。
衝撃波はあたし達をかすめた。
衝撃波が去ったと、起き上がりアリスを確認する。
「アリス?…」
アリスはゲオルグの気をまともに食らったはずなのに、喰らう前と変わってなかった。
「どういう事だい?」
ゲオルグも気を放った姿勢のまま、驚きの表情でアリスを見ている。
「何だと…馬鹿な…」
「もう、誰も傷つけさせない…」
アリスの体全体から気が出始めた…。
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