13-8
アリス様はナイフを抜き、両手に構える。
ゲオルグは笑みを浮かべまま、武器は持たず構えました。
ミャン隊長やわたくしには構えを見せませんでした。
アリス様を相当な実力者と認めている証拠です。
「ゲオルグは武器は使わないのか?」
「使いません。体そのものが武器なのです」
長い年月をかけ鍛え上げられた肉体は鋼如く強靭。
そのへんの武器では、傷をつける事は出来ません。
「じゃあ、どうすんの?」
「アリス様のナイフは特別製ですので大丈夫です」
名匠ダマスカスが製作したナイフは特別で、ゲオルグの強靭な肉体も切り裂く事ができます。
「お前のは…」
「見ての通りです」
足元に置かれた無残にも砕け散ってしまったナイフ。
「このナイフも良い物なんですけどね…」
正直、ショックです。
ゲオルグに効かないと分かっていたとはいえ、父から受け継いだ大事なナイフ。
わたくしやアリス様を守ってきたナイフがこうもあっさりと…。
「形あるものはいつか壊れるのさ」
「至言ですね…」
ヴァネッサ隊長の言葉に小さく頷きました。
ゲオルグは左足を少し引き、腰を落とす。
手は握らずに球体を掴んでいるかのような形。
暫しの見合いの後、先に仕掛けたのはアリス様です。
ゲオルグに素早く近づき、突きと斬撃のコンビネーション攻撃を入れる。
ゲオルグもアリス様の攻撃に合わせて、防御と回避をする。
「早すぎて何やってるか、わかんねえよ…」
「あんた、参考にしたいって言ってたけど、どう?」
「いや~。ははは…」
ゲイルさんやヴァネッサ隊長達に、二人の一挙手一投足を見極めるの非常に難しいでしょう。
わたくしでさえ、なんとか分かるくらいですから。
「ゲオルグの方が余裕があるように見えます」
「劣勢なのか、あの隊長が…」
「始まったばかりだよ。勘ぐるのはやめなって」
そう始まったばかり。
ですが、表情や仕草からゲオルグが優勢に見えてしまう。
ゲオルグの攻撃は大振りですが、その動きは非常に素早い。
体格差の分、当たればアリス様に与えるダメージはかなり大きいでしょう。
アリス様もそれは分かっていまして、まともに防御するのではなく、回避を最優先としていました。
ですが、全てと回避することは出来ません。
「あっ!」
アリス様の隙きをつきゲオルグの上段蹴りが、頭に向かう。
ですが、蹴りが決まる寸前でアリス様が防御体勢に。
勢いそのままの蹴りを貰ってしまい転がってしまいました。
この程度で怯むアリス様ではございません。
すぐに体勢を整え、ゲオルグに向かってきます。
「ゲオルグが笑ってるのがムカつくぜ」
「お前も笑いながらやってる時あるけどな…」
レスターさんでしょうか、小さな声でゲイルさんに言ってました。
アリス様の動きは最初はぎこちなかったですが、段々と良くなっていきました。
彼女の素早いナイフ裁きで、ゲオルグの手甲の結び目を切り裂く。
そして、一旦距離を取りました。
「ふっ。今のは、いい動きだったぞ」
そう言いながら、手甲を外し投げ捨てる。
「久し振りに血がたぎる。そうは思わないか?」
「ええ、あなたを倒せると思うと楽しみです…」
アリス様はそう言ってますが、表情は真剣です。
「ならば、もう遠慮はしないぞ!」
「望むところです!」
二人が同時に動き出す。
体がぶつかり、衝撃波が走る。
お互いの攻守が交わり、ぶつかり合う音が草原に響き渡る。
「アリス様…」
アリス様を助ける事ができない自分に悔しく思いました。
わたくしが行ったどころで、足手まといにしかならない。
二人の戦いは苛烈を極めます。
互角の勝負かと思いましたが、アリス様が少しずつ押され始めました。
「くっ…」
回避できずに攻撃を食らってしまう。
ゲオルグの手刀がアリス様の胸を切り上げる。
「危ない!」
アリス様は素早く後ろへと飛ぶ。
「紙一重だったか…」
アリス様の胸にざっくりと跡が残っています。
体には達しておらず、傷にはなっていないようです。
「いい状況じゃないよ、これ…」
ヴァネッサ隊長が呟きます。
その瞬間、ゲオルグの強烈な下段蹴りで、足を掬われ倒れてしまうアリス様。
倒れた彼女に追い打ちをかけるようにゲオルグが拳を振り下ろす。
回避できないアリス様は体を丸め、ゲオルグの攻撃に耐えます。
「この程度か!シャイアを超える逸材と聞いていたが、拍子抜けもいいとこだ!」
アリス様を殴りつけながら言い放す。
シャイアとはアリス様の父君です。
「お前の父は最後にこう言った。運命には逆らえない。お前の血を欲した報いがあるとな!だが、何だこれは!」
ゲオルグはアリス様を蹴って踏みつけ始めました。
「これのどこが報いだと言うのか!」
声を荒げ、叫ぶゲオルグ。
「あなたは、何故わたしの血がほしいの?」
「何故だと?」
ゲオルグの足の下でアリス様が問いかけます。
「吸血族の誇りを取り戻す為だ」
「誇り…」
「そうだ。それには強き血が必要だ。我が先に立ち、吸血族を導く」
「そんな事のために…」
「そんな事だと!?」
ゲオルグがアリス様を強く蹴り飛ばす。
アリス様はナイフを手放してしまい、地面を転がります。
「そんな事のために同胞を殺して…」
「吸血族再興のためだ。怖気づく者は切って捨てる。強き者を残し、吸血族ここにありと、世界に打って出るのだ!」
アリス様がよろめきながら立ち上がります。
「貴様らは、遥か昔、吸血族が数を減らし誇りが失われた事を忘れたのか?」
「誇りは自分の心の中にあればいい…。父はそう教えてくれた…」
息を整え、背筋を伸ばすアリス様。
「そのような考えだから、吸血族は衰退していったのだ」
「衰退…。吸血族としての誇りはわたしの心の中にある。それだけで十分…。それだけで十分なのに、何故わからないの?」
「過去を忘れ、何もしなかった者に言われたくはない!」
「悲しい人…過去に囚われ、それにしがみついている」
「抜かせぇぇぇ!」
ゲオルグはアリス様の言葉に激昂し、彼女に突進する。
アリス様は構えも避けせずにゲオルグの接近を許します。
「アリス様っ!」
ゲオルグの両手がアリス様の首を捕らえる。
そのまま締められ持ち上げらてしまいました。
「くっ…!」
「貴様にはわかるまい…。目の前で我が妻が陵辱され、死にゆく姿が目に焼き付き悪夢となっていることを…。あの日、誓ったのだ、必ず復習してやると」
「ゲオルグ…うっああ…」
アリス様の苦悶の表情にわたくしは思わず飛び出して行きました。
「ジル!やめろ!」
「行くんじゃないよ!」
ゲイルさんとヴァネッサ隊長の制止の声を無視。
「ゲオルグ!アリス様を離せ!」
ふらつきながらも二人の方へ走る。
まだ痛む腹部を押さえるながら、出来る限りの全速で走りました。
アリス様の首を掴んでいるゲオルグの腕を蹴り上げるますが、微動だにしない。
「雑魚はひっこんでいろ!」
強烈な裏拳をもらい、飛ばされてしまいました。
「アリス様…」
痛みと目眩で立ち上がる事が出来ません。
「ジル…逃げて…」
アリス様の絞り出しかのような声。
「ジル!立て!」
「ゲイルさん?…」
後ろから聞こえる声。
「ゲイル!行くんじゃないよ!」
「離してくれ!隊長!」
だめです。来ては…。
「ジル!」
ゲイルさんの声とともに後ろから足音が聞こえます。
「大丈夫か、ジル?」
「ゲイルさん…」
彼の助けおこされ、半ば引きずられる形で後退。
「貴様も死にたいのか!?」
ゲオルグがこちらに気づき、振り向きます。
異様に紅い瞳がわたくしとゲイルさんに向けられました。
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