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ブレイバーズ・メモリー(2)  作者: 橘 シン


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20/142

12-13


 ヨハンさんへ手紙は届け終わった。

 後はシュナイツに帰り、報告する。


 まだ行程の半分だ。


 

「手紙は同じ物が後日送られて来ると思います」

「何故だ?」

「わたしが、ここに来られなかった場合の為です」

「ふむ。あんたは、ここまで一人で来たのか?」

「はい」

「ご苦労な事を…断っても良かったぞ」

「そういう訳にもいきませんので…」


 ヨハンは何も言わず、紅茶を入れ始める。


「あの、お構いなく」

「まあ飲んでくれ」

「ありがとうございます」


 ヨハンさんは養蜂をやっているらしく、蜂蜜を出してくれた。

 それを紅茶に入れ飲む。


「美味しいです」

「そうか」

 彼は少しだけ笑顔を見せる。初めて見る笑顔だった。


「お一人で暮らすのは大変ではありませんか?」

「まあな。隣にいる夫婦や村のもんに助けてもらっとるよ」


「ウィルがいるシュナイツはどういう所なんだ?」

「王国の最北。山の中です」

「ここみたいな所か?」

「ここほど、深い森ではありませんね」

「そうか。あいつが領主とはな。運命とはわからんの…」

 そう言って、紅茶を一口飲む。


 この後もウィル様の様子やシュナイツの事を色々聞かれた。

 わたしは、ヨハンさんはウィル様の所に行きたいのではないかと、勝手に考えていた。


「ヨハンさん。わたしと一緒にシュナイツに行きませんか?」

 わたしの誘いに、彼は見つめ返す。

 怒鳴られるかもしれないと、身を固くした。

「わしが行ってもいい顔をせんじゃろ…小言を言うばかりだしな」

「そんな事は…。ウィル様は来ないかとおしゃっています。それに家族なんですよ」

「家族か…あんたは何も知らんから…。あんたはどうなんだ?一人でこんな所まで来て。親がよく許したもんだな」

「家族は…いない訳ではありませんが、居なくなったり亡くなったり…」

「それは…すまん」

「いいんです」


「ちょっと!ドア開けてもらえる?」

 窓の向こう、さっきの女性が鍋を抱えていた。

 ドアを開け中へ入れる。


「夕食持ってきたよ」

 彼女は鍋をテーブルの上に置いた。中身はスープらしい。

「すまんの」

「あなたも食べるでしょ?」

「食っていけ。わしが作るよりもうまい」

「ほんとぉ?」

 女性は疑いつつも笑顔。

「いつも残さずに食っとるだろ」

「馬に食べさせているのかも」

「どんだけ疑り深いんじゃ、お前さんは…」

「あははっ。冗談は置いといて、遠慮せずに食べて」

「はい。いただきます…少しですが、これを…」

 わたしは中銅貨二枚と小銅貨数枚を取り出した。

「やだね、いらないって。ここは宿屋でもないし、店でもないんだから」

 そう言って、わたしの肩を笑顔で叩き、出ていってしまった。


「…」

「わしがもらったおこう。後で渡してやる」

「そうですか。それじゃ…お願いします」

「うむ」

 ヨハンさんは、小銭を近くの棚に置く。


「懐かしいな」

「懐かしい?ですか」

「わしは旅商人だった。宿がない時はかねをわずかに払って納屋を借りたもんじゃ。お前さんのようにな。暖炉と食事が出る家はなかったがな」

 そう言って、顎髭を触る。


「さて、わしも作るか」

 ヨハンは立ち上がった。そして、大小の壺を一つづつを持ってくる。

「何を作るんですか?」

「ソバ使ってパンみたいもんな」

「そば、とは?」

 初めて聞く。

「知らんのか?」

「はい」

「小麦みたいなもんじゃよ。ここらへんは小麦は育てるのは難しい。じゃが、ソバなら育つ。コツがいるがな。小麦と一緒で挽いて使う」

「なるほど」


 ヨハンさんは木皿と竹の棒を用意する。


「お前さんも作れ」

「わたしに出来ますか?料理なんてしないんですけど…」

「簡単じゃよ。わしにもできるからな」


 彼はわたしにも木皿と竹の棒を用意してくれた。


「まず、ソバ粉を匙二杯。塩を一つまみ」

 

 それを混ぜ、水を加えて練る。


「よく練ったら、棒状にする」

「はい」

 ヨハンさんに教えてもらいながら、わたしも作る。


「棒状にしたものを、さらに細くしていく」

 竹とんぼを飛ばす様に手の平で挟んで伸ばしていく。


「伸ばしたものを、竹の棒に巻きつける。そして、これを…」

 ヨハンさんは暖炉へ移動した。

 わたしも後に続く。


「火で焼くと」

「へえ」

 わたしも彼の隣で、同じように焼き始めた。

「竹の棒を回しながらせんといかんぞ。同じ所ばかり火に当てたら、すぐ焦げるからな」

「はい」

 

 これちょっと、楽しいかも。


 焦げ目がついたところで、ヨハンさんが端の少しを摘んで食べる。


「どうですか?」

「うむ、もうええじゃろ」

 出来上がったようだ。


 席に戻り、ランプを灯して食事となる。


「いただきます…」

 ソバ粉のパンを棒から外す。

 まずは一口…。

「どうだ?」

「美味しい…美味しいです」

「そうか」

 ヨハンさんは笑顔だ。


 小麦と違う風味だけど、香ばしくてとても美味しい。スープにも合う。 

 パンのよう発酵させたわけじゃないので、ふわふわではないが、適度な弾力。

 シュナイツで食べる物と似てるが、こちらの方が歯ごたえがある。


「お前さんはすぐに帰るのか?」

「…えっと。寄りたい所があるので、そこに行ってから、シュナイツに帰る予定です」

「そうか…」

 そう言って、スープを一口。


「本当に、言伝はありませんか?何でも構いません。手紙を預かることも出来ますが」

「ないな…。特に問題ないんじゃろ?」

「はい」

「事もなし。それなら言う事はない」

「そうですか…」


 ヨハンさんが寂しそうに見えたのは、気のせいだろうか…。

 

 身内なのに言いづらいのか。

 それとも気恥ずかしいだけのか。

 わたしにはちょっと分からなかった。


 食事が終わり、少しの会話の後、就寝となる。


「わしは部屋へ行くが、お前さんは暖炉のそばがいいだろう。朝方は冷え込むからな」

「ヨハンさんは大丈夫ですか?」

「慣れているから平気じゃよ」

「分かりました」

「暖炉の火を絶やさんようにな」

「はい」

 ヨハンさんは頷き、部屋へ行った。


 暖炉に薪を焚べる。


 荷物の中から、防寒用にと用意した厚手の外套を取り出す。それと荷物整理。


 外套の包まり荷物を枕に横になる。そして、暖炉の炎を見つめる。

 

 明日、シュナイツへの帰路に着く予定だ。


 ヨハンさんの病状は悪くはなく、薬も十分のあるという。

 ウィル様の懸念事項はないと見ていいだろう。今の所は…。

 病状はこれから悪くなる可能性はあるが、それはわたしには分からない。


 ヨハンさんを連れ行くのが最善だと思うけど、無理強いするのも良くない。

 体力的な問題もある。

 シュナイツまでは遠い。途中で病状が悪化する可能性も有り得る。


「上手くいく方法はないか…」


 さらに薪を焚べて、わたしは眠りについた。


 翌日の朝、窓から差し込む光で目を覚ました。


 暖炉のおかげで寒なかった。


 起き上がり、背を伸ばす。


「よお。起きたか?」

「おはようございます」

「うむ、おはよう。裏手に湧き水ある。好きに使ってくれ」

「はい」


 顔を洗おうと思ったんだけど…。


「冷たいっ」

 

 湧き水は冷たいものが多いが、ここのは格段に冷たい。

 顔を洗ったら、一気に目が醒めた。


 朝食は昨日のスープが残っているので、それを温めていただく。


「すぐに発つのか?」

「はい。準備ができ次第」

「そうか」


 ヨハンさんはそれ以上は何も言わずにスープを口に運ぶ。


「あの…」

「ん?」

「いえ、何でもありません」

 わたしは、また一緒に来ませんかと、言いそうなってしまった。

 そうしないと決めたのに。


「ウィルによろしくな」

「え?あ、はい!必ずお伝えします」

「馬鹿もの、と言っていたと」

「はい…」

 それは言いづらいなぁ…。


 朝食を食べ終え、出発の準備をする。


 馬に荷物を取り付けいると…。


「もう行っちゃうの?」

 隣家の女性が話しかけてきた。

「はい」

「そう…。ウィルさんの知り合いなのよね?ウィルさんはもう来ないのかしら?」

「色々、事情がありまして…難しいかと」

「ふーん」

 あまり追求されたくない…。

「ウィルさんに伝えてもらえる?ヨハンさんの事、いつもどおり見てますって。隣の人って言えばわかるから」

「はい、わかりました」

「それじゃ。気をつけてね」

 女性は帰っていった。


 ウィル様は隣家にヨハンさんの事を頼んでいるみたい。

 

 それはそうよね。長期間いないわけだし。


 荷物を取り付け終え、馬を引いて家の表に回る。


「こいつを持って行け」

 ヨハンさんに包みをもらう。

「温かい…何ですか?」

「芋じゃよ」

 

 朝の内に、すでに暖炉で焼いてあったらしい。


「昼にでも、食べるといい。皮は食えんからな」

「はい。ありがとうございます。」


 鞄にしまって、いざ出発。


「ヨハンさん、お体を大事に」

「うむ。お前さんもな」

 彼は小さく微笑み頷く。


 馬には乗らず、歩き出す。


 坂を下り、本道へ。それから、北へと向かう。


 ヨハンさんは、わたしが見えなくなるまで、見送ってくれていた。


 今回の旅はやっと折り返し。


 後は、無事に戻るだけ。


 リアンとウィル様が待ってるシュナイツに。


 

「…と、まあ、こんな感じでヨハンさんへの手紙を渡し終えた」

「帰り?帰りは特に何もなかったわ。母の所に寄ったくらいかしら…」

「それも?それは…今度にしてほしいかな。話の流れから外れるでしょ?」


「わたしがいない間にシュナイツで事件があったの。それを聞いたほうがいい」

「また、出掛ける予定で、準備があるから、この辺で。はい、また」



 


エピソード12 終

Copyright(C)2020-橘 シン


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