12-13
ヨハンさんへ手紙は届け終わった。
後はシュナイツに帰り、報告する。
まだ行程の半分だ。
「手紙は同じ物が後日送られて来ると思います」
「何故だ?」
「わたしが、ここに来られなかった場合の為です」
「ふむ。あんたは、ここまで一人で来たのか?」
「はい」
「ご苦労な事を…断っても良かったぞ」
「そういう訳にもいきませんので…」
ヨハンは何も言わず、紅茶を入れ始める。
「あの、お構いなく」
「まあ飲んでくれ」
「ありがとうございます」
ヨハンさんは養蜂をやっているらしく、蜂蜜を出してくれた。
それを紅茶に入れ飲む。
「美味しいです」
「そうか」
彼は少しだけ笑顔を見せる。初めて見る笑顔だった。
「お一人で暮らすのは大変ではありませんか?」
「まあな。隣にいる夫婦や村のもんに助けてもらっとるよ」
「ウィルがいるシュナイツはどういう所なんだ?」
「王国の最北。山の中です」
「ここみたいな所か?」
「ここほど、深い森ではありませんね」
「そうか。あいつが領主とはな。運命とはわからんの…」
そう言って、紅茶を一口飲む。
この後もウィル様の様子やシュナイツの事を色々聞かれた。
わたしは、ヨハンさんはウィル様の所に行きたいのではないかと、勝手に考えていた。
「ヨハンさん。わたしと一緒にシュナイツに行きませんか?」
わたしの誘いに、彼は見つめ返す。
怒鳴られるかもしれないと、身を固くした。
「わしが行ってもいい顔をせんじゃろ…小言を言うばかりだしな」
「そんな事は…。ウィル様は来ないかとおしゃっています。それに家族なんですよ」
「家族か…あんたは何も知らんから…。あんたはどうなんだ?一人でこんな所まで来て。親がよく許したもんだな」
「家族は…いない訳ではありませんが、居なくなったり亡くなったり…」
「それは…すまん」
「いいんです」
「ちょっと!ドア開けてもらえる?」
窓の向こう、さっきの女性が鍋を抱えていた。
ドアを開け中へ入れる。
「夕食持ってきたよ」
彼女は鍋をテーブルの上に置いた。中身はスープらしい。
「すまんの」
「あなたも食べるでしょ?」
「食っていけ。わしが作るよりもうまい」
「ほんとぉ?」
女性は疑いつつも笑顔。
「いつも残さずに食っとるだろ」
「馬に食べさせているのかも」
「どんだけ疑り深いんじゃ、お前さんは…」
「あははっ。冗談は置いといて、遠慮せずに食べて」
「はい。いただきます…少しですが、これを…」
わたしは中銅貨二枚と小銅貨数枚を取り出した。
「やだね、いらないって。ここは宿屋でもないし、店でもないんだから」
そう言って、わたしの肩を笑顔で叩き、出ていってしまった。
「…」
「わしがもらったおこう。後で渡してやる」
「そうですか。それじゃ…お願いします」
「うむ」
ヨハンさんは、小銭を近くの棚に置く。
「懐かしいな」
「懐かしい?ですか」
「わしは旅商人だった。宿がない時は金をわずかに払って納屋を借りたもんじゃ。お前さんのようにな。暖炉と食事が出る家はなかったがな」
そう言って、顎髭を触る。
「さて、わしも作るか」
ヨハンは立ち上がった。そして、大小の壺を一つづつを持ってくる。
「何を作るんですか?」
「ソバ使ってパンみたいもんな」
「そば、とは?」
初めて聞く。
「知らんのか?」
「はい」
「小麦みたいなもんじゃよ。ここらへんは小麦は育てるのは難しい。じゃが、ソバなら育つ。コツがいるがな。小麦と一緒で挽いて使う」
「なるほど」
ヨハンさんは木皿と竹の棒を用意する。
「お前さんも作れ」
「わたしに出来ますか?料理なんてしないんですけど…」
「簡単じゃよ。わしにもできるからな」
彼はわたしにも木皿と竹の棒を用意してくれた。
「まず、ソバ粉を匙二杯。塩を一つまみ」
それを混ぜ、水を加えて練る。
「よく練ったら、棒状にする」
「はい」
ヨハンさんに教えてもらいながら、わたしも作る。
「棒状にしたものを、さらに細くしていく」
竹とんぼを飛ばす様に手の平で挟んで伸ばしていく。
「伸ばしたものを、竹の棒に巻きつける。そして、これを…」
ヨハンさんは暖炉へ移動した。
わたしも後に続く。
「火で焼くと」
「へえ」
わたしも彼の隣で、同じように焼き始めた。
「竹の棒を回しながらせんといかんぞ。同じ所ばかり火に当てたら、すぐ焦げるからな」
「はい」
これちょっと、楽しいかも。
焦げ目がついたところで、ヨハンさんが端の少しを摘んで食べる。
「どうですか?」
「うむ、もうええじゃろ」
出来上がったようだ。
席に戻り、ランプを灯して食事となる。
「いただきます…」
ソバ粉のパンを棒から外す。
まずは一口…。
「どうだ?」
「美味しい…美味しいです」
「そうか」
ヨハンさんは笑顔だ。
小麦と違う風味だけど、香ばしくてとても美味しい。スープにも合う。
パンのよう発酵させたわけじゃないので、ふわふわではないが、適度な弾力。
シュナイツで食べる物と似てるが、こちらの方が歯ごたえがある。
「お前さんはすぐに帰るのか?」
「…えっと。寄りたい所があるので、そこに行ってから、シュナイツに帰る予定です」
「そうか…」
そう言って、スープを一口。
「本当に、言伝はありませんか?何でも構いません。手紙を預かることも出来ますが」
「ないな…。特に問題ないんじゃろ?」
「はい」
「事もなし。それなら言う事はない」
「そうですか…」
ヨハンさんが寂しそうに見えたのは、気のせいだろうか…。
身内なのに言いづらいのか。
それとも気恥ずかしいだけのか。
わたしにはちょっと分からなかった。
食事が終わり、少しの会話の後、就寝となる。
「わしは部屋へ行くが、お前さんは暖炉のそばがいいだろう。朝方は冷え込むからな」
「ヨハンさんは大丈夫ですか?」
「慣れているから平気じゃよ」
「分かりました」
「暖炉の火を絶やさんようにな」
「はい」
ヨハンさんは頷き、部屋へ行った。
暖炉に薪を焚べる。
荷物の中から、防寒用にと用意した厚手の外套を取り出す。それと荷物整理。
外套の包まり荷物を枕に横になる。そして、暖炉の炎を見つめる。
明日、シュナイツへの帰路に着く予定だ。
ヨハンさんの病状は悪くはなく、薬も十分のあるという。
ウィル様の懸念事項はないと見ていいだろう。今の所は…。
病状はこれから悪くなる可能性はあるが、それはわたしには分からない。
ヨハンさんを連れ行くのが最善だと思うけど、無理強いするのも良くない。
体力的な問題もある。
シュナイツまでは遠い。途中で病状が悪化する可能性も有り得る。
「上手くいく方法はないか…」
さらに薪を焚べて、わたしは眠りについた。
翌日の朝、窓から差し込む光で目を覚ました。
暖炉のおかげで寒なかった。
起き上がり、背を伸ばす。
「よお。起きたか?」
「おはようございます」
「うむ、おはよう。裏手に湧き水ある。好きに使ってくれ」
「はい」
顔を洗おうと思ったんだけど…。
「冷たいっ」
湧き水は冷たいものが多いが、ここのは格段に冷たい。
顔を洗ったら、一気に目が醒めた。
朝食は昨日のスープが残っているので、それを温めていただく。
「すぐに発つのか?」
「はい。準備ができ次第」
「そうか」
ヨハンさんはそれ以上は何も言わずにスープを口に運ぶ。
「あの…」
「ん?」
「いえ、何でもありません」
わたしは、また一緒に来ませんかと、言いそうなってしまった。
そうしないと決めたのに。
「ウィルによろしくな」
「え?あ、はい!必ずお伝えします」
「馬鹿もの、と言っていたと」
「はい…」
それは言いづらいなぁ…。
朝食を食べ終え、出発の準備をする。
馬に荷物を取り付けいると…。
「もう行っちゃうの?」
隣家の女性が話しかけてきた。
「はい」
「そう…。ウィルさんの知り合いなのよね?ウィルさんはもう来ないのかしら?」
「色々、事情がありまして…難しいかと」
「ふーん」
あまり追求されたくない…。
「ウィルさんに伝えてもらえる?ヨハンさんの事、いつもどおり見てますって。隣の人って言えばわかるから」
「はい、わかりました」
「それじゃ。気をつけてね」
女性は帰っていった。
ウィル様は隣家にヨハンさんの事を頼んでいるみたい。
それはそうよね。長期間いないわけだし。
荷物を取り付け終え、馬を引いて家の表に回る。
「こいつを持って行け」
ヨハンさんに包みをもらう。
「温かい…何ですか?」
「芋じゃよ」
朝の内に、すでに暖炉で焼いてあったらしい。
「昼にでも、食べるといい。皮は食えんからな」
「はい。ありがとうございます。」
鞄にしまって、いざ出発。
「ヨハンさん、お体を大事に」
「うむ。お前さんもな」
彼は小さく微笑み頷く。
馬には乗らず、歩き出す。
坂を下り、本道へ。それから、北へと向かう。
ヨハンさんは、わたしが見えなくなるまで、見送ってくれていた。
今回の旅はやっと折り返し。
後は、無事に戻るだけ。
リアンとウィル様が待ってるシュナイツに。
「…と、まあ、こんな感じでヨハンさんへの手紙を渡し終えた」
「帰り?帰りは特に何もなかったわ。母の所に寄ったくらいかしら…」
「それも?それは…今度にしてほしいかな。話の流れから外れるでしょ?」
「わたしがいない間にシュナイツで事件があったの。それを聞いたほうがいい」
「また、出掛ける予定で、準備があるから、この辺で。はい、また」
エピソード12 終
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