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ブレイバーズ・メモリー(2)  作者: 橘 シン


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19/142

12-12


 村ではいつものごとく、納屋を借りる…予定だった。


「うちの納屋は小さいから、こっちに泊まりなよ」

 中年の女性は笑顔でそう言う。

「父と二人暮らしだから、全然狭くないし。さあ」

 と、背中を押され中に入ってしまった。

「それじゃ、お言葉に甘えて…」


 女性は高齢の父親と二人暮らし。


「やあ、いらっしゃい」

「お邪魔します」

「うむ。あんた、旅のもんか?」

 しわがれた声で、そう尋ねられた。

「はい」

「珍しいの。何か用かね?」

「ええ、まあ。色々と…」

 話し始めると長くなりそうなので、曖昧に答えた。


「食事はまだでしょ?一緒に食べようじゃないか」

「はい」

 テーブルにつくと具だくさんのスープを目の前に出される。

「どうぞ」

「え?あの、夕食まで…」

「いいんだよ。スープは沢山作らないと美味しくないから」

「そうなんですか…」

 流石に頂いてばかりではいけない。

 わたしは中銅貨三枚(三十ルグ)をテーブルに置いた。

「これを…」

「…いらないよ。大した物じゃないんだから」

「お願いします。わたしは雨風を凌げればよかった。なのに食事まで頂いて…」

「ほほほっ。受け取っておきなさい」

「でもね…」

「受け取らないと、心にしこりが残ってしまう。のう?お嬢さん」

「はい」

「分かったよ…」

 女性は苦笑いを浮かべつつ受け取ってくれた。

「ありがとうございます」

 わたしは頭を下げた。

「明日の朝食も食べておくれよ。中銅貨三枚は多すぎるんだから」

「分かりました。ぜひ頂きます」


「このあたりは翼人族が通る事って多いんですか?」

「よく来るよ。最近は」

「へえ」

「収穫し作物を物々交換したりしてる」

「そんな事を…」


 帝国には何度も来てるが、そんな光景は見たことがない。


「人の多い町には行かんらしい。目立つからな」

「なるほど。だからこの辺ではよく見ると」


「私達は助かってるんだよ。キノコや山菜なんかを持ってきてくれるからね」


 南部は村、集落同士で助け合いながら暮らしていると話す。


「山賊がいなくなったのも、彼らのおかげかもしれんなぁ」

「そうですか…」


 さっき会いましたけど…。

 これは黙っておいた。


「この後はどこに行くんかね?」

「南へ」

「珍しいもんはありゃせんよ」

「観光ではなく、手紙を託されまして…」

「ほお、そうか」

 

 わたしは地図を出す。


「このあたりに村があるはずなんです」

「ああ、あるね」

 女性は頷く。

「道はありますよね?」

「あるよ。川沿いに道があるから上流へ向かって」

 地図を指し示しながら教えてくれる。

「はい」

「途中で南へ行く道があるから、あとは道なりだよ」

「やっぱり上り坂ですよね」

「だね」

「そんなに急じゃないから、馬なら大丈夫じゃ」

「そうですか」


 道は小さな谷を抜けるようになっており、その谷を抜けると目的地である村があるとのこと。


 後は参考になる情報を聞いて、就寝した。


 翌日。


「ありがとうございました」

「気をつけるんじゃぞ」

「はい」

「帰りも寄ってってもいいよ」

「はい、ありがとうございます」


 わたしは礼を言い、村を出発した。


村の中を流れている小川を上流へ。

 川沿いの道を行く。


 薄く朝霧が立ち込め、視界は悪い。

 周囲を警戒しつつ、進む。


 別れ道が見えてきた。


「あれか…」


 上流へ向かう道と南へ向かう道。


 南は森の中を行く。


 悪い道じゃないけど、深そうな森。


「昨日みたいのはよしてよ…」

 そう願いながら南へ。


 小さな谷間の道。

 木々の枝が作ったトンネルの中を進む。

 

 日が昇り、枝の隙間から陽の光が射し込んきた。

 いくつもの光の筋が目の前に広がっている。


「綺麗…」


 などと、感動している場合じゃない。


 わたしは馬の速度を上げる。

 

 賊に出会っても、今度は走り抜けるつもり。


 途中、湧き水を見つけたので少し休憩。

 

「もう少しかしら」

 ドライフードを食べながら、呟く。


 谷を抜けたら、目的の村だ。


「もうすぐよ。頑張ってね」

 そう馬に話しかける。

 よく頑張ってくれて、本当にありがたい。


 谷間の道を進む。


 少しづつ視界が開けてきた。


 谷間を抜けた。

 目の前には小さな村。

 ここも谷間。

 少ない平地に家や畑にしている。

 それだけは足り無いのだろう。

 傾斜地には段々畑も作られていた。


 農地には村人達が作業中だ。

 その人達の視線を感じつつ、村の中へ。


 ヨハンさんの家は村の奥のある。


「ちょっと登るって言ってたっけ…」

 

 周囲の家々を見ながら進む。


 ひとり暮らしだから、そんなに大きくはないはず。


「書いてもらった地図だとこの辺あたり…」

 

 ふと、見上げるとお爺さんらしき人が見えた。

 その人は杖をつき坂を上がっている。先には家がある。

 

「あの人かな?」


 とりあえずは聞いてみないと。

 地図上ではこの辺だし。


 わたしは馬で坂をあがる

 坂を上がりきると、家が左右に二棟。

 

 お爺さんは右の小さな家の方に行ったのを見た。


 わたしは馬を降り、手綱を引きながら右の家へ向かう。


 家は木造のとても簡素な作り。


 玄関であろうドアをノックする。

 …反応がない。


 ドアのそばにある窓から覗いてみたが誰もいないみたい。


 もう一度、ノックを…。


「ヨハンさんに用かい?」

 

 三十代くらいの女性が話しかけてきた。


「え?…あ、はい…」

「ちょっと待ってな」

 女性は家の裏に行ってしまった。


 ヨハンさんって言ったよね。


 わたしは玄関から離れて待った。


「誰だ?」

 

 さっきの女性とともに男性が現れる

 

 白髪で白いお髭のご老人。

 背丈はわたしよりちょっと低い。


「ヨハンさんの知り合いじゃないの?」

「知らん」

 ヨハンさんであろう人物はぶっきら棒に言う。


「はじめまして。わたしはソニア・バンクスといいます。失礼ですが、ヨハン・イシュタルさんでしょうか?」

「そうだが」

「ウィル・イシュタルさんの使い…に頼まれて、来ました」

「…」

「ヨハンさん、ウィルさんの知り合いだって」

「…」


 ヨハンさんで間違いなさそうだ。


 ヨハンさんは、わたしの顔をじっと見つめる。そして、何も言わずに家の中へ入ろうとする。


「ヨハンさんは頑固で気難しいから」

 女性が苦笑い浮かべる。

「聞こえとるぞ」

「あら、ほんと?。美人さんに出会って一目惚れでもしたのかと思っちゃった」

「うるさいのぉ。もういい、さっさと帰れ」

「はいはい」

 女性は笑顔で去って行く。

「あたしは隣の家の者だから、何かあったら言って」

「はい、ありがとうございます」


「あの…」

 黙ったままのヨハンさんに話しかける。

「馬は裏に止めて来い」

「はい」

 

 家の裏手に回り込む。

 裏手には小さな畑。

 それと馬が一頭と荷馬車。

 その馬の隣に自分の馬を停めた。


 荷物を下ろし、正面へ戻る。

 ヨハンさんは手招きをして家の中へ入って行った。

  

 わたしも中へ。

 

 入って左に小さな竈。炊事場と思われる。

 右はテーブルと椅子。その奥に暖炉。

 正面には部屋のドア。

 そこにヨハンが入ってすぐに出てくる。ドアの隙間からベッドが見えた。

 寝室みたい。

 

 外からの見た目ではリビングとベッドルーム一つがこの家の間取りらしい。


 ヨハンさんはわたしと見つつ、椅子に座る。そして、もう一つの椅子を指差す。.

 

 座れって事だよね。


 わたしは玄関脇に荷物を置き、ウィル様からの手紙を出して椅子に座った。


「あんた、ウィルの知り合いじゃと?」

「はい」

「…」

 ヨハンは何も言わず、わたしと荷物を見る。


「商人ではなさそうだが…本当にあいつの知り合いか?」

「はい」

「あいつは何をしておる。いつもなら帰って来てるはずだが…」

「色々、事情がありまして…。ウィル様からヨハンさんへの手紙を預かってきたのです」

 わたしは手紙をヨハンさんの前に置く。


「様?。様なんぞ付けるほど、ウィルは偉くはないぞ」

「様、と付けなければいけない事情がありまして…。その辺の事情がその手紙に書かれているはずです」

「ふむ…」

 ヨハンさんは目の前の手紙を手に取らない。

「お前さんが呼んでくれ」

「え?わたしがですが?」

「ああ。最近、目が遠くなってな。どうにも調子が悪い」

「そうですか…。分かりました。では、失礼します」


 わたしは手紙を開き、内容を読む。


 内容はざっくりというと


 ヨハンさんは元気ですかと労りから、自分は元気です、と始まる。


 帰れなくなってしまった事への謝罪。


「何故、帰れなくなったかというと、亡くなったレオン・シュナイダー様を引き継ぎ、シュナイツの領主となったからです」

「なに!?」

 ヨハンさんは驚き、立ち上がる。

「何で、あいつがシュナイダーの後を引き継ぐ事になっとるんじゃ?」

「シュナイダー様の遺書にウィル様の名前がありまして…」

「なんじゃと!?あいつは縁もゆかりも無いぞ」

「わたしも詳しくは分からなくて…」

 ヨハンさんは大きくため息を吐きながら座る。


「ウィル様が領主となってくれたおかげで、みんな助かっています。最悪、領地は解散。路頭に迷うところでしたから」

「知るか、そんなもん!」

 テーブルを叩くヨハンさん。


「また、いつものお人好しが出たか…。断ればいいものを、頼まれればすぐに引き受けおって。馬鹿もの…」

 

 ヨハンさんはウィル様を心配しているんだろう。


「手紙には自分で決めた事だから、怒るかもしれないけど、分かってほしいとあります」

「なにをやってるんだ…全く…」


「ウィル様は領主として頑張っていると思います。国王陛下に謁見し、一緒に食事もされたと」

「謁見じゃと…本当なのか?」

「はい。それと、シュナイツの財政状況は悪いのですが、国に補助金の交渉までされています」

「うむ…」

 彼は腕を組み唸る。


「ウィル様、ヨハンさんにとって突然の事で驚いているでしょうが、わたし達もシュナイダー様が亡くなり、状況が一変しました。その中でウィル様の功績は大きいと思います」

 そのウィル様に酷い事したのは、今は秘密。

「感謝していますし、兵士、使用人、領民に別け隔てなく接する姿に悪印象を持っている人はいません」

 そう聞いている。

「そうか…」

 ヨハンさんは小さく頷く。


「あいつは悪い奴ではない」

「はい」

「いい人、優しすぎるのじゃ…」

 それはよく分かる。

 わたしに対して寛大な処置をしてくれたから。


「して、手紙にはそれだけか?」

「はい、後は…。帰れなくなってごめんなさいと。薬は足りていますかと」

「薬はたくさんある。最近は調子がいいから、さほど減っとらんし」

「そうですか、良かったです。ヨハンさんの体調ついてはウィル様にご報告しますので」

「うむ」

「それから、ヨハンさんがよろしければシュナイツに来ませんか、と書いてあります」

「わしがか?」

「はい。体調の事をご心配してるようです。迎えを出すとも書いてあります」

「…」

 ヨハンさんは何も言わずテーブルを見つめる。

「どうされますか?」

「わしは、行かん…」

 彼は首を横にふる。

「ウィル様は来てほしいのではないでしょうか」

「わしの事なんぞ気にせず、領主を全うしろと言っとけ」

「はい…。ですが、来てくれたほうが安心す…」

「だから、気にするなと…二度も同じ事を言わすな」

「すみません…。他に言伝があれば、お伝えします」

「…特にない」

「どんな事でも構いません」

 ヨハンは首をふる。

「分かりました…」


 とりあえずこれで、ヨハンさんへ手紙を届けるというウィル様からご依頼は達成した。




Copyright(C)2020-橘 シン

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