12-9
「おお、雨が上がったようですな」
窓の外は、綺麗な夕焼けだった。
「もうこんな時間…」
「食事のご予定はございますか?」
「まだ決めていません」
「そうですか。行きつけの店がございます。よろしければご案内しますが…」
ベルガさんの行きつけか…。
「いつもそこで食事を?」
「毎日ではありませんが、よく行きます」
「それじゃ、お願いします。ベルガさんもご一緒にどうですか?」
「自分とですか?」
ベルガさんは驚く。
「老いぼれと行っても楽しくありませんよ」
「そんな事は…。特定の誰かがいるのなら無理は言いません」
ベルガさんは一人暮らしようだ。
夕方だけど、誰も帰って来ていない。
「自分は独り身ですが…」
「なら、ぜひ」
「はあ…分かりました」
少し渋々といった感じで彼は頷く。
荷物は置かせもらって、早速お店へ。
お店は町の中心部にあった。
畏まった感じではなく、飲み屋といった風でもない。
食事とお酒、どっちもいける.
席に着き、料理を注文する。お酒はなし。
「まさか、お嬢様と食事をすることになるとは…。ヨアヒム様に恨まれてしまいます」
「恨むなんて…。心の狭い人だったんですか、父は?」
「いえいえ、そんな事はございません」
ベルガさんからは父の事を色々聞いた。
戦前戦中戦後と父に仕えたベルガさんだからこそ、知ってる父の素顔。
噂話も笑い話も泣ける話も沢山あった。
それから父の墓の場所も聞く。
残念ながら、宮殿内にあり気安く行ける所でない。
帝都内に慰霊碑あるという。(他の戦士者とともに慰霊するものだけど)
「今更、悔やんでもしかたない事。マックス様とソニア様、お二人を空から見守っているでしょう」
料理が運ばれ、それを食べ始める。
「ベルガさんは、どうしてマックスの側にいないんですか?」
「その必要はないかと思います」
父が皇帝陛下と約束した事に、軍の全権を陛下が持つ、という事がある。
「陛下が軍の全権持っていれば、ザイレムといえども安々と行動はできますまい。これでマックス様、お嬢様もですが、命を狙われる事はないかと思います」
「なるほど」
「絶対という事はありません。マックス様には護衛に優秀な兵士を付けさせています。もう老いた竜騎士は必要ない」
ベルガさんはそう話す。
「お嬢様もご自分の事は口外しないよう、お気を付けください。腰のショートソードもあまり見せないように。特に帝国では…その剣の事を知っている者は、自分だけではありません」
「分かりました」
もちろん気をつける。
「マックス様のご様子はいかがでしたか?」
「元気だったと思います。普段の様子は分かんないので、多分」
「そうですか。しかし、なぜ検問所に?…」
ベルガさんはマックスが検問所にいた事を知らなかった。
わたしはその事情を話した。
「なるほど…」
「本人は、ベルファスト家を引き継ぐ事に気乗りしていない様子です」
「存じております。父と言われても、実感がないとおっしゃっておられた」
「しっかりして、と言っておきましたけど」
「はははっ、そうですか」
ベルガさんが笑う。
「戸惑ってはいますが、マックス様は根は真面目でございます。きっと、良い領主になれると、自分は信じています」
彼の目には迷いはない。
マックスはマックスのペースでやればいいと思う。
父の道じゃない、マックスの道なのだから。
料理は美味しかった。
「ここのお代は自分が払います」
「いえ、わたしが…」
比較的安いけど、二人分となるとそれなりする。
「退役金が余っているので、大丈夫です」
「お金は持っているほうがいいです。いつ何があるか分かりませんから」
「それはお嬢様も同じ。ここは自分に支払わせてください。ヨアヒム様の代わりに」
「父の名を出すのは卑怯ですよ…」
「今日だけは卑怯もので結構」
彼は笑顔だ。
結局、わたしは押し負けて、ベルガさんが支払った。
荷物を取りにベルガさん宅へ。
「ありがとうございました。突然の訪問なのに」
「礼などいりません。お嬢様でしたら、いつでも来てくださっても結構です」
「はい」
ベルガさんに、聞きたい事がまだあった。
「あの、ベルガさんはわたしの母の事はご存知ですか?」
「ええ、もちろん」
当たり前よね。
「そうですか…」
「それが何か?母君様に何かありましたか?」
「いえ…。そのわたし、母を知らないんです」
「なんですと。知らない?ずっとご一緒にだったのでは?」
わたしは首を横にふる。
「顔も名前も知らないんです」
「まさか、そんなはずは…」
ベルガさんが言うには、母とわたしはマックスとは別れ、ベルガさんの先輩の竜騎士夫妻ともに潜伏生活していた。
最初、叔父と叔母だと、聞いていたが後に違うと判明する。
わたしの名前、ソニア・バンクスのバンクスは先輩竜騎士の名前。
そう欺く事で身を守っていた。
「自分はそのように聞いております。不定期ですが、近況の手紙を先輩から貰っていました」
「その方達しか知らないですし、その方達ともに王国に…」
「どういう事だ…」
ベルガさんは椅子に座り、腕も組む。
「王国に逃れ、シュナイダー殿にも会えて、お嬢様を確かに預けたと報告も貰っています。母君様からもです」
「母からも?」
「はい。しかし、お嬢様は知らない…」
「母からの報告って手紙ですか?」
「はい」
「まだありますか?」
「はっ!まだあります!」
ベルガさんは慌てて部屋の奥へ。
タンスの引き出しをいくつも開け探している。
「あった、ありました」
「見せてください」
わたしはその手紙を受け取る。
「差出人は…ファーラ…マリオン…」
「そうです。その方がお嬢様の母君です」
「わたし…この人、知ってる…」
「やはり、ご存知でしたか」
「でも、違う。この人は、わたしがいた寄宿学校の先生です…なんで…」
この先生の事はよく覚えている。.
勉強の事、寮での生活の事、何でも相談に乗ってくれた。
「ファーラ先生が、お母さん?…でも、何で言ってくれなかったの…」
「何か、そうしなければならかった事情があるのでしょう」
「それはそうかもしれないですけど…」
両親の事を調べ始めた時、最初に行ったのが寄宿学校だった。
何かわたし関する資料があるのではないかと思ったから。
でも、ないと言われる。
わたしの個人資料を見せてもらいたかったが、なぜか拒否される。
「なぜです?わたしが、自分自身の資料を見て何か悪い事があります?」
「ありません。しかし、そう言い付けられているのです」
「どこの誰に言い付けられているんです!?」
「それも申し上げる事はできません」
なんなのよ!もう。
納得いかないまま寄宿学校を去ろうとした時だった。
「ソニア!」
呼び止められ、振り向くとファーラ先生だった。
「ファーラ先生。お久しぶりです」
「久しぶりね。今日はどうしたの?」
「今日は…」
いきさつを話した。
「ご両親の事…そう…」
「ほんとムカつく」
「落ち着いて。何事も冷静さが大事よ」
「はい…」
ファーラ先生はいつも落ち着いている。
ボヤ騒ぎがあっても、煙で慌てる生徒達を的確に避難させていたっけ。
「自分の資料が見れないって、意味がわかんないですよ」
「そうね。ここじゃなくシュナイダー様に聞いたらどう?あの方があなたの後見人でしょ?」
「聞いた事あるんです。遠回しに拒否された感じで…」
そんな事より、自分の将来を考えろって。
それは分かってるし考えてるけど、今は両親の事を知りたい。
「そう…。他に行く宛は?」
「帝国に行こうと思います。叔父と叔母いるはずですから」
「場所はわかっているの?」
「いえ…」
名前が分かっているから、そこから探すしかない。
「明日もう一度会えるかしら?」
「ええ。大丈夫ですけど…どうしてです?」
「私があなたの資料を見てくるわ」
「え?先生が?でも…」
「あなたはダメでも、私なら大丈夫」
「大丈夫って…。勝手に見ていい物じゃないようですけど…」
「見るだけなら問題ないわ。持ち出すのダメでしょうけど」
わたしは何故そこまでしてくれるのか、不思議だった。
「約束して。資料の情報を知っても、何も聞かないと」
彼女は強く念を押す。
わたしは不思議に思いつつも了承した。
先生がくれた情報はいくつかの人物の名前と住んでいる場所。
「そこにはベルガさんの名前もありました」
「そうですか」
「叔父と叔母の名前も…」
「…」
「私にできることはこれだけです。あまり見る時間がなくて…」
「どういう事ですか?」
「何も聞かない約束です。さあ、お行きなさい。真実をあなた自身で、見抜き、見極めるのです」
先生はそれ以上は何も言わなかった。
先生がくれた情報を頼りにいくつかの人物に聞き回り、やっとの事で自分がヨアヒム・ベルファストの娘である事を突き止める。
「きっかけはファーラ先生だった。ファーラ先生があの時何もしてくれなかったら、まだ知らなかったかもしれない」
「お嬢様の事を助けようとしてくれたのでしょう」
「なら、自分が母だと教えてくれても…」
「いきなり告白されては混乱すると思われたか…」
そうだけど…。
「ある程度、情報を得てから…これもおかしいですね」
よくわからないが、母の判断だったのだろう。
「…とりあえず、ファーラ先生が母という事で間違いないんですね?」
「はい。間違いございません」
母の情報を得られたのは幸いだった。
何故、母はわたしと一緒じゃなかったのか、それを確かめないといけない。
まずは、ヨハンさんへの手紙を届けないと。
それから、母に会いに行きたい。
わたしは手紙を見つめ、そう思った。
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