20-31
「どこからだと?」
ガルドが怒りの形相で、前に出る。
「他人事みたいに言いやがって!お前らの怠慢でこっちは被害被ってだぞ!」
「怠慢って…こっちはやることやってるし」
「この辺は管轄区域じゃないぜ」
「言い訳してんじゃねえよ。北部には賊が多いって何度も報告してる。ついこの間、賊の拠点を潰したばかりだ」
「こちらに報告が上がっていないが…」
ミラーズがそう話す。
「管轄区域だけ?はんっ、言われてやるだけならガキできるぜ」
「なんだと!」
「こっちは休み返上で来てんだぜ?その言い草はなんなんだよ!」
「頭お花畑かよ。休み気にするとか、だから六番隊止まりなんだよ。竜騎士の恥晒しだぜ」
「貴様!」
「言っていい事と悪いことがあるぞ!」
「やろうってのか?あ?全員ぶっ飛ばしてやるぜ」
ガルドと六番隊隊員とで丁々発止始まる。
「ガルド、やめてくれ!善意で来てくれたんだ。そこまで言う事はないじゃないか」
僕はガルドの前に出て、彼の体を抑えた。
「お前達もやめろ!」
「副長、ここまで言われる筋合いはありませんよ!」
「やろうってんなら受けて立ちますよ」
「何をやるんだよ!ここで喧嘩する意味がないだろうが!」
ミラーズが隊員達を必死に止める。
「お前らの怠慢のせいで何人死んだと思ってんだ!」
「それは俺らのせいじゃねえだろ!」
「ならなんでステインは死んだ?お前らがもっと気を使っていりゃ死なず済んだかもしれないんだぞ」
「ガルド、いい加減してくれ!ヴァネッサ!君からも言ってくれ」
ヴァネッサはただ黙って事態を見てるだけだった。
「ウィル様、どいてくれ。怪我しないうちに」
「ここで言い争ってどうするんだ?ステインが生き返るわけじゃないんだよ?」
「ガルドさん、落ち着いてください」
スチュアートと一緒にガルドの体をなんとか抑える。
彼の気持ちがわからないわけじゃない。痛いほどにわかる。
だからといって、言っていい事と悪い事がある。
「竜騎士同士が仲間割れしてどうする?他の兵士や領民が見てるんだぞ。醜態を晒してるようなものだ」
見せていい光景じゃない。
「ヴァネッサ!」」
黙ったままのヴァネッサに話しかけた。
「やめな、ガルド」
「隊長だって言いたい事はあるでしょう!」
「…」
ヴァネッサは何も言わずに、ガルドの肩を掴み振り向かせる。
振り向いた瞬間に、彼の腹に拳を叩き込む。
「おうぅ!…」
ガルドには不意打ちだっただろう。
うめき声とともに少し体を折り頭を下げた。
そこにヴァネッサが左手で平手打ちをする。
バチン!と周囲に音が響く。
「…」
ガルドはヴァネッサを睨みつける。
ヴァネッサは、そんな彼に今度は左拳で頬を殴った。
いかにも痛そうな鈍い音がして、あたりが静かになる。
口の中が切れたのか、ガルドは血を吐き出す。
「スチュアート、ガルドを兵舎の方へ連れ行きな」
「はい…ガルドさん、行きましょう」
スチュアートがガルドの背を押す。
「触るな!わかってるよ」
ガルドは六番隊を一瞥し、去って行く。
ヴァネッサは大きく息を吐く。
「申し訳ない」
彼女は六番隊に頭を下げた。
僕もそれに倣う。
「よしてください。お気持ちはわかります。こちらも部下が失礼な物言いでしたので、おあいこという事で水に流しませんか?」
「そう言っていただけると助かる」
「ありがとう…」
ヴァネッサは感謝の言葉を口にする。
ミラーズ副長は水に流そうと言ってくれたが、隊員達は納得いっていない様子だった。
ガルドにああまで言われて、水に流せなんて納得行くはずがないだろう。
六番隊に非はない。
自分達の仕事をきっちりしてきた。
それを非難されたら怒りたくもなる。
こんな事でギクシャクしてしまうとは…。
外の敵を排除したと思ったら、今度は内輪もめか…。
「あのー、お取り込み中ところ、申し訳ないんですが…」
看護師のシエラがやって来る。
「なしたの?」
「はい。怪我人の手当てに手を貸してほしくて…。竜騎士の方は、基本的な処置ができますよね?手伝っていただけないかと…」
「構いませんよ」
ミラーズ副長が承諾する。
「お前達、行ってくれ」
「え?…」
隊員達の方は戸惑っていた。
「よろしいですか?よろしくお願いします!」
シエラはにっこりと笑顔を見せる。
女性の笑顔を見せられて断る男はいない。それにシエラはかわいい部類に入る。
「俺、得意なんで任せて…」
「いや、おれのほうがうまいです」
「そうなんですか?ありがとうございます!こちらです」
副長以外の全員が行ってしまう。近衛隊も一緒に。
「お名前はなんていうんですか?」
「シエラ・アリソンです」
「シエラさんか…」
「おれは…」
シエラは六番隊に囲まれて去って行く。
絶妙はタイミングで来てくれらシエラのおかけで、場が収まる。
「六番隊は女に飢えてんの?」
「そういう訳ではないと思いますが…なんか申し訳ない…」
「いいんじゃない?」
「隊員が失礼をしたら叱って構いませんので…」
竜騎士は女性にモテると聞いてるけど、そうでもないらしい。
この場の残ったのは三人。
「ヴァネッサ隊長。あなたはお人が悪い」
ミラーズ副長がそうヴァネッサに話しかけた。
お人が悪い?。
「あたしが?なんの話?」
「彼を悪者に仕立てあげて」
ミラーズ副長は竜騎士隊の兵舎の方を見る。
ヴァネッサも見るが、すぐに視線を戻した。
「彼は了承しているんですか?」
「それはこっちの話で、六番隊には関係ないでしょ?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんの話?」
僕は二人の会話を遮った。
「ヴァネッサ隊長は、彼ガルドに芝居を打たせた」
「芝居?」
「六番隊に怠慢とかお花畑などと」
「あれが芝居、演技だと?」
「止めるのが少し遅かったでしょう?」
「確かに…」
言われて見ればそうだが、何故?。
「ヴァネッサ、本当?」
ヴァネッサは後頭部を掻く。
「本当だよ…」
「何やってんだよ…」
「あたしだって言いたい事はたくさんある」
「だからってガルドを殴ってまですることじゃないだろ?」
「あいつは分かってくれたし」
ガルドは三回、ヴァネッサに殴られている。
「だったら、あたしとこいつ…ミラーズと取っ組み合いの喧嘩でもしろっての?」
「そんな事、していいわけないだろう!」
「だいたい、あんたには関係ないでしょ?」
「いやあるね。僕はシュナイツの領主で、君の主なんだから、何かあったら責任は僕が取る事になる」
「こんな時に立場を持ち出すんじゃないよ。竜騎士同士の問題なんだから」
「軋轢を産んだら、もう二度と救援に来てくれなくなるぞ。謝罪し六番隊にまで出向く事になるかもしれない。竜騎士同士の問題じゃなくなる」
「ははは!」
僕とヴァネッサを見ていたミラーズ副長が笑い出す。
「いや、失礼…」
「失礼なのはこちらです。申し訳ありません。助けていただいた六番隊に対する態度ではないです」
「百パーセント気持ちがわかるわけではありませんが、逆の立場なら同じようにして文句を言ってたかもしれません」
ミラーズ副長が落ち着いた性格でよかった。
もしも、交戦的だったらただじゃ済まない。
「今回の襲撃、北部の現状については報告しますので」
「よろしくお願いします」
「マトゥーアの部下がすでに予定を繰り上げ、報告しに王都に戻っています。救援の書状とともに」
「そうなんですか?ありがとうございます」
日数から逆算すれば王都にはすでに伝わているはすだ。
「対応してくれること願うよ。期待しないけど」
「ヴァネッサ…」
感情ではなく理性的に話してほしいよ。
ヴァネッサらしくないと思ったが、今回の襲撃は彼女が感情的になるほど堪えたと見える。
それだけ限界だったんだ。
ヴァネッサだけじゃない。
僕も、みんな限界だった。
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