20-30
「隊長…あ、ありがとうございました…短い間でしたけど…」
「ああ…」
あたしは気の利いた言葉をかける事ができなかった。
「ライノ…」
「ここにいるぞ」
「お前は、立派な竜騎士になってくれ…」
「わかってる…けど…お互い一緒に、頑張ろうって約束したのに…お前、裏切るのかよ…」
「悪りぃな…俺の分も頼むぜ…な?」
「うん…」
ライノのは力なく答える。
「ステインよ、いいか?」
「はい…お願いします…」
先生は小さなノコギリようなものを取り出す。
「矢羽側を切って、後ろへ引き抜く。矢をしっかり持っていろ」
「はい」
矢じりには返しがあった。
前に引抜抜けば、傷口が広がるだろう。どっちにしろステインは助からないんだけど。
ライノとあたしで矢の両端を持って抑える。
先生がステインの腹の近い所でノコギリの刃を当て切り始めた。
「ぐああああ!」
矢を抑えていても、どうしても切る時の振動が痛みとしてステインを苦しめる。
「よし、切れた」
「はあ…はあ…」
次は矢を引き抜く。
「あたしがやるよ」
あたしはステインの背中に手を回す。
そして、矢をしっかりと握る。
「いいかい?」
「はい…」
「できるだけ力を抜いて」
「…」
ステインは青白い顔で頷く。
「三つ数えて、三と同時に抜くからね」
「は、い…」
「いくよ。一、ニ、三!」
力を込め一気に引抜抜いた。
矢にはべっとりをステインの血が付いている。
「んんん!!くっそ…痛ってえ!」
傷口から赤い血が溢れ出す。
ライノが傷口両側を必死に抑える。
「ステイン!」
「ライノ…俺…死にたくない…いやだ…」
ステインは血まみれなっているライノの手を握る。
その手は震えていた。
「大丈夫、だから…」
「ライノ…」
「ステイン…なんで…」
「クア…」
ステインの竜がそばによって来た。
「お前…」
竜は座りステインに顔を寄せる。
「ごめんな…ダメだってよ…」
竜は黙って身を寄せるだけ。
「隊長…ヴァネッサ隊長は?」
「ここにいるよ」
「俺の…俺の竜…」
「あんたの竜はそばにいる。大丈夫だよ」
「俺の竜…役に…役立たせ…」
もううまく言葉を話せない。しどろもどろだ。
「ああ、わかってるよ。無駄にしない。ちゃんと役立たせるから」
「あ…ありがとう…ございます…」
「ステイン!こっちを見ろ!寝るな!」
「ライノ…じゃな…」
ステインがライノの手を力なく放す。
「おい!おいって!」
「…」
「ふざけんな!起きろ!起きろって、ステイン!」
ライノは死んだステインの体を揺する。
「なんでだよ!なんでこうなっちゃたんだよ!ヴァネッサ隊長!なんでステインが!…」
あたしには返す言葉がなかった。
仲間が死ぬ場面はいくつも見てきた。
このいたたまれない気持ちはどうやっても慣れる事はできない。
特に若い奴が死んていった時は辛い。
「残された者は悲しみに、ただ耐えるしかないのだ…。時だけが、解決してくれる」
シュナイダー様が言った言葉。
シュナイダー様は、戦争中こんな光景を何度も見てきた。数えきれないくらい。
「当時の私には、悲しむ事の余裕さえなくてな。すべてが終わった後の喪失感は、今でも胸にくる」
死んだ仲間がたまに夢に出てくると話していたっけ。
「不謹慎かもしれんが、嬉しくてな」
苦笑いを浮かべ涙を拭う姿を思い出す。
「いつまでも泣いてんじゃねえ!…」
「ガルドさん…」
ガルドも涙ぐみライノを叱りつける。
「ステインの分までお前は生きなきゃならないんだ!しっかりしろ!」
そんな事言われてすぐに立ち直れる奴はいない。
周囲の人垣の中からウィルが顔を出す。
あたしは泣いてる顔を見られないようにその場を一旦離れた。
「ライノ」
「ウィル様…」
僕はガックリと肩を落とすライノに声をかけた。
「すごく残念だ…」
「はい…」
「これで遺体を包んでくれ」
僕の白い布を手渡す。
「血を拭いてきれいにしてあげてほしい」
「はい」
「おれが手伝ってやるよ」
「ありがとうございます…」
レスターがライノに近づき、彼の肩に手を置く。
ミレイとサムも加わった。
「水汲んで来ますね」
「悲しいのはお前だけじゃないから」
ライノは涙を拭い上を向いて深呼吸する。
そんな彼の肩を、サムが優しく叩く。
「はあ…ふう…。大丈夫…大丈夫です」
「まあ無理すんなって」
「ほんと、大丈夫です」
ライノは目を赤くしながら頷く。
四人はステインの鎧を外し始めた。
周囲の竜騎士、兵士達がステインに向かって敬礼している。
竜達が遠吠えのような鳴き声をあげていた。
「鎮魂の鳴き声です」
「鎮魂?」
「はい」
そばにいたスチュアートが教えてくれた。
「竜にも人の死がわかるんでしょう。それに…」
「それに?」
「ステインの竜は、彼を追うように死んでしまいます」
「ああ…そうだった」
ヴァネッサから初めて聞いた時は驚いたど、竜と竜騎士はそれだけ強く結ばている証拠なんだ。
「ヴァネッサは大丈夫だろうか?」
「隊長なら、大丈夫ですよ」
ステインから離れて行った彼女は、明らかに泣いていた。
ヴァネッサの泣き顔を見たのは初めてだったからちょっと驚いたよ。
弱みを見せない彼女の意外な一面を見た瞬間だった。
「救援に来てくれた竜騎士達とは挨拶がまだなんだ。ヴァネッサも交えて話をしたい」
「わかりました。ちょっと行ってきます」
スチュアートは小走りでヴァネッサの元へ。
すぐに戻って来たスチュアートは、今度は救援に来てくれた六番隊の方へ。
ステインから離れ剣兵隊の兵舎前に集まった。
「シュナイツ領領主、ウィル・イシュタルです」
「お初にお目にかけます、イシュタル卿。六番隊副長ミラーズです」
握手を交わす。
長身のすらっとした竜騎士だった。レスターと同じくらいの年齢かな。
「無理な申し出を受けていただきありがとうございます」
「礼にはおよびません」
彼らが来てくれなけば、どうなっていたか。想像に固くない。
彼らを連れて来てくれたタイガとユウジにも感謝している。
「お久しぶりです。イシュタル卿」
そう言って前に出て来たのは、近衛隊のジェネス・マトゥーアだ。
「君も来てくれたのか」
「ちょうど六番隊で訓練中でして、話を聞き馳せ参じました」
「ありがとう」
近衛隊は部外者だというに…感謝に堪えない。
ヴァネッサは黙ったまま脇に控えていた。その後ろにガルド。
「ヴァネッサ…大丈夫?」
「大丈夫だよ」
そう言ってるが目が赤い。
「役目は果たしてましたが、どうしますか?人手が足りないなら少し間残りましょうか?」
「どうする?ヴァネッサ」
「残ってもらえるなら、こっちはありがたいよ」
「では、残りましょう」
兵士の半分が動けないこちらにはありがたい話だった。
「見張りについてもらえるかい?」
「わかりました。頼む、行ってくれ」
ミラーズが部下に指示する。
「スチュアート、教えてあげて」
「はい。こちらです」
スチュアートが六番隊の二班を連れて離れていく。
「あの数の賊はどこから湧いて来たんでしょうか?…」
「よく集めたよな」
六番隊の誰かがそう呟いた。
「どこからだと?」
「ガルド?」
ヴァネッサの後ろ控えていたガルドが前へと進み出る。
その表情は怒りに満ちていた。
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