20-24
ライアの翼を取る術式を終えた後、やりきれない気持ちのまま魔法士隊の兵舎へ戻る。
「ライア隊長のご様子は?」
「残った翼も切り取られた。今は眠って…いえ、痛みで気絶したもよう」
「そうですか…」
一緒についてきたジルがため息を吐く。
ライア自身の希望とはいえ、いい気分ではない。
翼を失った原因を作ったのは私にある。
「私のミスが、この事態を招いた」
「エレナ隊長のせいだけではありません。不運が重なってしまったのです」
二人で兵舎に向かいながら話す。
「不運…そうかもしれない」
けど、あの時の判断が間違っていなければ、ライアは翼を失わずにすんだはず。
ミャンからも罵倒されなかっただろう。
「ご自分を追い詰めてはいけません。行き詰まってしまいます。起きてしまった事はもう覆らないのですから…」
「ええ。前を向かなければいけない」
「はい」
同じ轍を踏むないように、自分を戒めた。
私はこの戦闘が始まった当初、ヴァネッサに自分の魔法ですぐに終わらさせる事ができると進言した。
それは驕りだった。
館の屋上で食らった魔法攻撃も、ライアの進言がなければどうなっていたか…。
ゴーレムもそうだ。
醜態を晒したと言っていい。
笑い話にもならない。
魔法士隊の兵舎に着くと中からカリィが出て来る。
「ジル、ありがとう。もういい、あなたも休んで」
「はい。それでは」
彼女は一礼し館へ向かった。
私は兵舎に入りに椅子に座る。
カリィも隣に座った。
「みんなの様子は?」
「変わりありません」
「そう」
魔法力をほぼ使い果たした彼らは意識を保てず半ば気絶した。
時間が経てば魔法力は回復するが、魔法士としての限界を一回も突破していない彼らの回復速度は遅い。
「みなさん、気がつきますよね?」
カリィが心配そうに尋ねてくる。
「大丈夫。時間がかかるかもしれないけど、時期に気がつく」
「そうですか…」
彼らが、気がついたのは夜中頃だったと思う。
私は兵舎にあるテーブルに、いつも間にか伏せて眠っていた。
カリィは床で毛布に包まっている。
メイド達の部屋に戻っていいと言ったが、彼女は断りずっとここにいた。
彼女がいた事で、私も安心して寝てしまったかもしれない。
「ん…」
目が冷めた私は自分の魔法力を確認する。
ほぼ回復しきっていた。
体調も万全とは言わないが、ゴーレムを倒した直後よりはいい。
窓から空を見る。
完全に夜だった。
もしかしたら、もうすぐ朝かもしれないと思ったが、テーブルに伏せて一晩中寝てるというは、さすがにない。
私はゆっくり立ち上がり、目眩がないか確かめる。
ふらつく感じはない。大丈夫。
片足でも立っても見た。これも大丈夫。
兵舎の中はほぼ真っ暗だった。そして無音。
そこにノック音が加わる。
「誰?」
戸口に出る。そこには兵士が一人。レドだ。
「すみません…」
「何か用?」
「あの、できればでいいんですが、発光石を作っていただけませんか?」
発光石…。
それくらいなら問題ないか。
「構わない」
「ありがとうございます」
「で、石は?」
「「えっと…多分、多目的室じゃないんですか?」
「そう?」
石は発光石として使用後、回収する事になっている。
前回使用して…そして、どこに置いたのか…。
発光石に関しては隊員にすべて任せていたから、詳細がわからない。
「石は…ここに、あると…思います…」
「カリィ?」
「はい…」
彼女の声だけが聞こえる。
「朝に…集めて、ここに持って来るんですぅ…」
「ここのどこ?」
「外です…」
「ありがとう。そのまま、まだ寝ていて」
「はい…」
私は外に出て、石を探す。
杖を光らせあたりを照らす。
「これですかね?」
「ええ。それで間違いない」
デッキの端に置かれた蓋付きの桶。
中には石が入っていた。
「これを多目的室へ」
「了解です」
よっこいしょと兵士が持ち上げる。
重そうなので魔法を使おうとしたが、平気だと断れた。
「あの…レベッカ…達は、大丈夫ですか?」
館へ向かう途中でそう聞いてくる。
「問題ない。時期に気がつく」
「そうですか…」
彼は安堵した様子。
レベッカとは中が悪いはずだったが、心配なようだ。
館へ入る。
医務室から誰かが出てくるのに気づいた。ヴァネッサだ。
暗がりだが、シルエットで分かった。
「先に行って」
「はい」
レドを先に行かせた。
「じゃあ、先生よろしく」
そう言って医務室をドアを締めてこちらに来る。
「エレナかい?」
「ええ」
「大丈夫?」
「問題ない」
と言いつつ医務室の方を見つめた。
医務室にはライアがいる。
「ライアはちゃんと生きてるよ」
「そうでなければ困る」
ライアが死んだりしたらミャンのように発狂するだろう。
「で、何?ライアの様子を見に来たの?」
「違う。発光石を作るよう頼まれた」
「そう」
「それと現在の状況を聞きに」
「状況は…わからないね」
そう言って肩をすくめる。
「わからない?」
「うん、さっきまでライアの隣で寝てたから」
今の今まで医務室で寝てたと。
わざわざライアの隣で寝なくても…。
「そばに居たかっただけだよ」
そう言って階段へ向かう。その後を、私もついていった。
私もライアのそばに居たかったが、いれば辛い思いをしただろう。
自業自得なのだから、当然の事。
居たとしても、彼女の回復にはなんの効果もない。
階段を上がる前に、いつも日課。
廊下や階段を照らす魔法を施す。
「やっぱりこれがないとね。階段を転げ落ちなくてすむ」
階段を上り二階へ。
多目的と入る。杖を光らせながら。
多目的室の中にレスターとガルド。それからレド。
「ご苦労さん」
ヴァネッサはそう声をかけいつも席に座った。
「何か変わった事は?」
「今の所、特には」
「そう」
何もない事のほうがむしろ怖かったりする。
「エレナ隊長、すみません。お休みの所」
「構わない」
発光石の作る事ができるのは魔法士だけ。
テーブルに置かれた桶の中の石に魔法を施す。
途端に桶から光が溢れ出した。すぐに蓋を閉める。
「ありがとうございます」
「いいえ」
「隊長が起きたなら、おれは休ませてもらう。後を頼む」
「ああ」
レスターがガルドにそう言って、発光石を一つ取り出て行った。
「発光石配ってきますね」
「おう」
レドが両手いっぱいに発光石を掴み出ていく。
「他に用は?」
「自分はありませんが…隊長は?」
「あたしも今のところは…あー、リサ達はまだ気がつかない?」
「まだ。明日までには気がつくと思われる」
「そう。でも、全快じゃないよね?」
「ええ。全快までには三日はほしい」
「三日か…」
「ということは、それまでは魔法士はエレナ隊長だけと」
そういう事になる。
「リサ達のそばにいるのはいいけど、あんたも休まないとだめだよ」
「わかっている」
今は彼らのそばに居たいと思う。せめて気がつくまでは。
「兵舎に戻る。何か用があるなら呼んで」
「ああ」
私は兵舎と戻った。
兵舎のドアを静かに開け、中に入る。
中は静かで、寝息が聞こえるのみ。
ランプを見つけ、中に入っていた石を弱く光らせた。
カリィが起きて椅子に座る。
「ごめんなさい。起こしてしまった?」
「いえいえ。半分起きていましたので、エレナ様のせいではないです」
彼女は首を笑顔で横にふる。
杖を淡く光らせ、カリィと一緒にベッドに寝てる隊員達を確認する。
魔法士隊の兵舎はちょっと特殊で、男女を隔てる間仕切りが存在する。
隊員の中で最初に来たのはリサ。
その次に来たのはエデルとウェインだった。
一つの部屋に部屋に男女が一緒するのはいかがなものかという意見が出た。
仕切りを作ってとりあえずそれで我慢してもらっている。
問題あれば、報告するよう言ってあるが、何も起きていない。
レベッカが来た時、彼女がかなりのクレームを言ったけど、却下した。
ベッドで眠る彼らに変化はない。
状況を知らなければ、ただ眠っているようにしか見えないだろう。
掠れ声が部屋の奥から聞こえてきた。
Copyright(C)2020-橘 シン




