19-10
「吸血族だと?早く言えよ!」
「え?」
ジョエルさんは周りを気にしつつ話す。
「吸血族の里ってどこにあるんだ?教えてくれ」
「ダメです」
ユウジはキッパリと断る。
「なんでだよ?いいじゃねえか」
「吸血族が数を減らした理由はご存知でしょう?」
「ああ、まあ概要くらいは…」
「なら、知られたいくない気持ちもわかるかと」
「…」
「きっかけは吸血族側にありますが、関係のない者も殺害されています」
「…」
今の吸血族側は、人の血を求めたりしない。
吸血族は長命のせいなのか、子が生まれるにくい性質がある。
減った数を元に戻すには相当な時間がかかると学校で習った。
「っていうか行ってどうすんだよ?」
「里には世に出回っていない薬草があるっていう噂があってな」
「金儲けかよ…」
「違うって…」
彼はため息を吐く。
「その薬草で救える命があるかもしれない」
「そういう…」
俺は、教えても良いかなってちょっとだけ思った。
救えるなら救ったほうがいいだろ?。
「お気持ちはわかりますが、ダメです」
「掟だからな」
クァンさんはあくまで例外。
「さっきも話したけど、ゲオルグの部下まだいるはずだし、行って見つかれば…」
俺は自分の喉を切り裂く仕草をする。
「そいつは勘弁だなぁ…」
ジョエルさんは、分かったよと言って裏通りを行く。
「今度はジョエルさんの事を聞かせてくれよ」
「ウィル様とは親しいようですが」
「まあな」
ウィル様とジョエルさんは同年代だけど、商人をとしては先輩にあたる。
「俺の家は代々薬を取り扱ってきた。親父を手伝って王都とサウラーンを行き来する。それが日常」
「親父もじいさんから受け継いだ。そのじいさんが、ヨハンさんと知り合いだったのさ。そういう繋がりでウィルと出会った」
「へえ…ヨハンさん?って誰?」
「ウィル様の祖父だよ。ソニアさんが話していただろ?」
「そうだっけ?あはは…」
あー思い出した。
ウィル様が孤児院を出る時に引き取ったんだっけ。
「頑固者のヨハンさんについて行けるのか心配だったよ。最初は」
「そうなんですか」
「杞憂だったけどな。商売がうまいわけじゃないが、下手でもない」
「なんかちょっと、失礼じゃね?」
「いいんだよ。俺は友達だから」
そう言ってジョエルさんは笑う
「あと、お人好しすぎるのが…いや、それで助かった事もあるから一概に言えないかな」
「リカシィにある宿屋は助かってますよ」
「おーそれな」
「食事がうまいから俺達も助かってる」
今から行く食事処もウィル様に助けられたらしい。
ジョエルさんは、ウィル様とのエピソードを話してくれた。
「ここだ」
食事処に到着。
結構時間がかかった。昼じゃねえ、昼過ぎてる。
食事処は通りに面してない。
路地裏で、明らかに場所間違えてると思った。
店の名前はエルージュ。
夫婦でやってる。
「穴場なんだぜ」
「そういうけど、空いてるじゃん」
「昼過ぎたからな、食事時に来たら満席の事がよくある」
「へえ」
ジョエルさんに続いて中へ入る。
「どうも!」
「いらっしゃいませ~」
出てきたの中年の女性。
ニーナ・エルージュさん。
「ジョエルさん、久し振り」
「ですねぇ。おまかせで、三人分」
「は~い。奥のテーブル席使って」
奥のテーブルについた。
この店はカウンター席四つと、テーブルが二つにそれぞれ椅子が三つ。
カウンターの裏が調理らしい。男性が料理をしている。
男性はマーカス・エルージュさん
こじんまりとした店だ。
「早速、ウィルから手紙を見せてくれ」
「はい、どうぞ」
「どれどれ…」
ジョエルさんは手紙を読み始める。
「…文面が硬いなぁ、相変わらず」
笑顔でそう言う。
「猫族特有の疾病に関する特効薬だと?」
「はい。猫族の病気についてはご存知でしょうか?」
「ああ、知ってるよ。一応な。あれは確か…感染る病気だ。致死性は結構高い。感染る人によって症状が違う。全く症状が出ない場合あるし、数年たってから症状が出る場合もあったはずだ」
ジョエルさんはさらに手紙を読み進める。
「特効薬の処方箋…なるほど…こいつは興味深いが、どうしてウィルがこれを知ってる?」
「それについては僕達の方から」
これを知った経緯を話した。
ミャン隊長やクァンさんの事。
かつてあった村の事まで。
「お前らが巻き込まれたと」
「それは別にいいんだ。そうしないといけなかったら…」
「そうか…。手紙は確かに受け取った。研究所に渡す事も約束する。ウィルと猫族の隊長に安心してくれと伝えてくれ」
「はい、ありがとうございます。手紙は一応、ジョエルさんに自宅にも送ってあるんです」
「そうなのか?」
「大事な薬だから、絶対に送り届けたいと」
「わかった。帰ったら確認するよ」
話しが終わった頃、料理が出来上がる。
「お待ちどおさま~」
「キター!美味そう…」
円形の薄いパンに具材ののっけて焼いたもの。
チーズが溶けてて、もう…。
「うめぇ…」
「美味しい」
「だろ?」
お金を節約するために質素だったから、余計美味いんだよ。
「この二人、シュナイツから来たんですよ」
「そうなの?ウィルさんは元気?」
「ええ。元気っすよ」
「領主としてがんばってます」
「やっぱり領主になったんだ」
「みんな、信じてくれなくてな。俺は直接会って話してんのに」
ジョエルさんは肩をすくめる。
「普通は信じねえよ」
カウンターの裏にいた男性がそう言う。
「わたしも、なんでウィルさんが?って」
俺達は領主になる前のウィル様を知らない。
「あいつはごく普通の商人ってイメージだったんだが、どんどん変わっていくなぁ」
「臨機応変に変われるって中々できないよ」
「大工やってたって聞いた時は、笑っちまったぜ」
「その延長でわたし達は助かったから」
「そうだな。今こうして店をやっていけてるのはウィルのおかげだ」
エルージュさん達は元々王都以外の町で食事処を経営していた。
一念発起して王都に出て来たんだ。
だけど、うまくいかなかった。
「食べていけていたから、どうってことはなかったんだけど…」
「それじゃ王都に出てきた意味がねえ、と思ってな。もうちょっと忙しくてやりがいみたいながほしかった」
「で、別の町に行こっかって話になったんだけど…」
「ここ、安い割に量多くて美味しくて重宝していたんですが…」
「ありがとう、ウィルさん。そう言って貰えるの嬉しいよ」
「イメージチェンジしませんか?」
「イメージチェンジ?」
「はい。この店は…ちょっと言いづらいですが…」
「遠慮なく言ってくれ。おれ達でやれる事はやったんだが、他にできる事があるならやってやる」
「はい。この店は他の店と、見た目がわからないと思うんです」
「うん、まあね…」
「他の店を参考したんだが…ダメか?」
「ダメじゃないと思いますよ。でも…こう、埋もれてしまって…」
「有象無象だと?」
「ええ…。僕は美味しい料理を出してくれる店と知ってますが、初めてのお客さんは他の店とわからないと思うのではないかと」
「なるほど…」
「でも、どうしたらいいの?イメージチェンジしろって言ってもね…」
「友人を紹介します」
「ウィルさんの?」
「はい。そういうの得意な人がいるんです」
「なーんかどっかで聞いた話だな…」
「タイガ、言いたい事はわかる」
「やっぱり?」
後日、ウィル様の友人であるアスカという女性が訪ねてくる。
「邪魔するでぇ」
「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
「あー客ちゃうで。ウィルに頼まれてきたんや」
「あなたがアスカさん?」
「そうやで、アスカちゃんやで」
「めっちゃ普通の店やな」
「だから、どうにかしてほしいのよ」
「おう!任しとき!」
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