6 オールガー侯爵家のお茶会
「ねえ、ミュレイ。本当に私が同席してもいいのかしら?」
「ええ、お姉さまお願い」
もう馬車の中だから後戻りはできないのだが。
オールガー家の紋章入りの手紙が届いたのは一週間ほど前のことである。セルシスさまからの手紙で来ると思っていたので、まさか家を通してくるとは少し驚いた。
近々、オールガー家で茶会があるため、そこに出席しないかという……ケルヴィンの母君からのお誘いであった。彼のお父上は城の重役でもあるので、先日城に招かれたのが伝わり、計画を漏らすわけにもいかないケルヴィンは建前を話すしかなかったのだろう。……多分。
するとタッチの差で、ケルヴィン個人から手紙が届き、やはり予想していた通りの内容だった。セルシスさまはケルヴィンの友人として、お忍びで訪問するらしい。
「まさか、オールガー夫人から誘われるとは思ってなかったんだもの。ケルヴィンさまとも二回しかお会いしてないし……ごめんなさい、迷惑よね」
「そんなことないわ!ただ、私の評判はあまり良くないことを知っているから、逆にあなたの負担になるのではないかと」
「お姉さまは自慢のお姉さまです!」
力いっぱい否定すると、やや驚いた後にふわりと微笑んだ。
神々しくてよだれがでそうになる。いけないいけない。
馬車はやがて、白い漆喰が美しい屋敷に着いた。さすが侯爵家だけあり豪邸だ。もちろんツェンネル家の屋敷も小さいとは言い難いが、それでも至る所にセンス良く彫られた模様が、何とも言えないほど素敵だ。こういう建物って好き。
「よくいらっしゃいましたね。ケルヴィンの母、マリーです」
「ミュレイ・ツェンネルです。本日はお招きいただきまして、ありがとうございます。不慣れなもので、姉に付き添いをお願いしました」
「ツェンネル家長女、リザーヌです。同席の許可、感謝いたします」
お姉さまも礼をして挨拶をする。オールガー夫人は、「若い子が多いと華やぐわね!」と機嫌よさそうにサロンの中へ招いてくれた。
お茶会と言っても女性だけではなく、どうやら親しい者を招いてのものだったようで、男性もあちらこちらにいる。貴族だけではなく商人も混ざっていて、髪飾りなどを見せている姿もあった。
「ケルヴィン、ミュレイ嬢がいらっしゃったわよ」
「……母が、突然招いて申し訳ない」
「いいえ、ありがとうございます」
「こちらは――友人のゼムです」
「ミュレイ嬢、先日は途中で席を外し失礼しました。リザーヌ嬢、久方ぶりです。お二人とも、夜会とはまた違う華やかな出で立ちですね。よくお似合いです」
ゼム、と呼ばれた青年は、もちろんセルシスさまである。姉にも非公開での参加と言ってあるので、周りに不思議に思われぬよう最低限の礼をする。四人で移動し、少し離れたテーブルについた。
「……セルシ 、ゼムさま、このような場によろしいのですか?」
「身分を隠しての行動は、実はよくあることです。父上からの許可も、まったく問題なく通りましたのでご安心を」
お姉さまがそっと伺うと、何ともなさげに返してきた。そういうものなのか。
「それにしても、突然侯爵夫人からのお誘いで驚いたのだけれど。いったいどういう説明をされたのかしら?」
「どうと言われても、『真実』としか言えませんね」
そこは目を合わせて言うところだ。
ふぅーん?という視線を送ると、誤魔化すよう皿にケーキを乗せてそっと差し出してきた。食べるしかあるまい。
「ケルヴィン様は、ミュレイのどこを気に入ったのでしょうか?なんだか、あまり好いてるようには見えないのですが……」
空気に敏感なお姉さまからつっこまれ、ケルヴィンがぎくりとする。
「妹はあなたのお誘いを楽しみにしていて、今日だっておめかしをしてきたというのに、褒め言葉もないのですか?」
「……それは失礼いたしました。私の目には、ミュレイ嬢はいつも可愛らしく映っているものですから」
お茶を吹きださなかったのを褒めて欲しい。
ちらりと見ると、しれっとした顔の奥でからかうような目が覗く。なるほど、生真面目は生真面目だが、意外とユーモラスな部分があるらしい。お姉さまは意外な返答に「あら」と片手で口元を隠し相好を崩した。お姉さま、単純!そこもかわいいけど!
「まあ、そのように褒めてもらえて大変うれしいですわ」
「君のように可憐なご令嬢と接することなど普段ないもので。気が回らず申し訳ない――母の元に同伴して頂いても?」
「ええ」
むこうで夫人が手招きしている姿が見えた。
手を取って立ち上がる。
「お姉さま、少しお話してきます」
「わかったわ。ゼム様と待っているわね」
「ごゆっくり」
少し距離ができたところで、にこりと背の高いケルヴィンに笑みを向ける。
「今日はずいぶんと饒舌なのね?」
「君の姉は意外と鋭いな。少しひやりとした」
「そうよ。あまりに大根芝居なら、テーブルの下で脛を蹴って差し上げましょうか」
「何を怒っている?褒めなかったことを怒るような性格ではないだろう」
褒められたのが問題だ。
社交辞令であっても、だ。
今まで賛辞のほとんどはお姉さまに向けられていた。それを不意打ちで―ああ言うしかならなかったとしても―言われた方は、どう反応していいものか困るのだ。
そうこうしている内に夫人の元にたどり着く。
「ケルヴィン、あなたミュレイ嬢に贈り物はしたの?」
「は 」
「まあ!まったく、常識がないんだから!」
ケルヴィンがわたしに好意を寄せた、ということになっているのだから、そんな息子の気の回らない調子に夫人は憤慨した様子だ。
「ごめんなさいね。今まで浮いた話もなく、剣にばかり夢中だったものだから、女性に対してのマナーがなっていないんだわ」
「いいえ、忠義の証ですもの。ご立派だと思いますわ」
「そういってもらえると助かるわ。今日は城下で人気の装飾品を持ってきてもらったの。気に入ったものがあったら、ケルヴィンが全部買ってくれるわよ」
「母上……」
「あら、贈り物もできないほど、護衛騎士の懐は寒いのかしら?何に使っているのか説明してちょうだいな」
「ミュレイ嬢、どうぞお好きな物を。溜め込んでいるだけなので、使い道に困っています」
まるで漫才のようなやりとりに笑い声を漏らすと、夫人はさらに「一番高いものを教えておくわね」といくつか指をさすと、他の人達の元へ行ってしまった。
「ずいぶんと愉快なお母さまね」
「わが侯爵家で一番強いな。次点は兄上だ」
父上、どうした。
ケルヴィンは「それで」と続ける。
「どれがいいんだ?」
「……買ってもらうわけにはいかないわ」
「君は、私が女性に贈り物も出来ない甲斐性なしだと実証したいのか」
む、と少し不機嫌そうな表情をする。「そうじゃなくて」と声を落とす。
「贈り物なんてしたら、あなた本当に逃げ道がなくなってしまうわよ」
「だからといって贈り物をせずに、母上に殺されろと?君は鬼か」
「あのねぇ……なら、預かる、ということで」
「預かる?」
「全て成就して、わたしとあなたの関係が元に戻った時、ご返却ということにするわ。誓約書でも一筆したためましょうか?」
自分ではかなりナイスな提案だったと思うのだが。ケルヴィンはしばし黙ったのちに、「どれだ」とまた言うので、受け入れたのだろう。わたしはようやく装飾品に目を向ける。
花をあしらった飾り物が多く、普段無頓着なせいもあってなかなか決められない。わたしはにこりとケルヴィンを見上げる。
「見繕ってくださいな」
「めんどうになっただろう」
「あら、選んでほしいと言った方がよかったかしら」
胡散臭そうな視線を向けながら、ケルヴィンは白を基調にした花の飾りをわたしにあてがった。『お前は腹黒いんだから、せめて表面は白くいろ』とかいうメッセージかと思ったが、
「これが一番似合う」
「……どうも」
違ったらしい。
真剣に言って来るので素直に礼を返すしかない。そのまま左耳の上の髪にするりと差してきて、さっさと代金を払ってしまっていた。返品するときには汚れや傷がついてしまうかもしれないな、と思いその場を離れながら現金で返すのでいくらだったか聞くと、眉をしかめ呆れたように「それは本気で言っているのか」と聞かれた。
「だってさっき」
「返事はしていない」
「それは、……詐欺よ」
「損していないだろう。 俺からの贈り物が、そんなにいやか」
「そういうわけでは……」
「母に催促はされたが、いずれは贈る予定だった。それも俺が勝手に贈ろうと考えていたのだから、君が気にする必要はない」
この話は終わりだというように肩を竦め、再びテーブルに向かって手を引いてくる。耳元で揺れる髪飾りの音が、妙にくすぐったかった。