第8夢
「ばか、もうちょっとなんだ。こんなとこで」
思わず口に出す。しかし、思った以上に激しい痛みに膝が折れる。その瞬間だった。
一気に足元が不安定になったかと思うと、俺は手すりにぶら下がった状態で空中に浮いていた。足元の階段が崩れてしまっていた。
「おいおい、まじかよ」
足もとの暗闇の深さは図ることができず、手を放してしまったらどうなるかも予想がつかない。
依然、波のように押しては引いていく痛みが脳をショートさせてしまいそうな勢いだ。意識が飛びそうになるのを確かに感じる。
「―――い、り―――か」
声?
「誰だ」
「俺だ―――だ。だい――あ?」
聞き覚えのある声。彰浩か?
そして確かに俺の腕をつかんだ、温かく力強い手が俺を引き上げてくれようとしている。遅いじゃないか、彰浩。
「ねぇ!!竜馬くん!」
そして、その声で俺は覚醒した。目の前で必死の形相で俺を引き上げてくれようとしていたのは汰希だった。
「離すなよ。もうちょういで引き上げるから」
「なんで、汰希、ここが…」
「うるせぇって、いまは上に上がることが優先」
やっとのことで引き上げてもらった俺は地面に転がった。
「ごめん、汰希」
「謝るなんてずるいから」
「そう、だよな」
俺は沈黙が我慢できず、質問を続ける。
「祝は?」
「話をして置いてきた。あいつ、物分かり良いから」
「そっか、そうだよな」
「うん」
沈黙。
「汰希」
「ん」
「ありがとう」
「うん。当たり前だから。だからさ―――」
汰希はここで不自然に言葉を切る。俺は、汰希の方に顔を向ける。
泣いてる。汰希が仰向けになって上を見たまま泣いていた。袖で何回もごしごしと目をぬぐいながら泣いていた。胸が痛い。
「だからさ、もう勝手に行かないでよ。俺、すごい不安だったんだ。竜馬くんが一人でどっか行って帰ってこなかったらどうしようって。一人で祝を守ってここから脱出する方法を考えなきゃいけなくなったらどうしようって。死ぬほど怖くなった」
結局、俺は、こうやって心配をかけちゃっていた。
「ごめん」
そういって、俺は右手を汰希の頭に乗せる。小刻みに震えるその小さい頭をゆっくり撫でた。しばらくすると震えは止まった。
「ねぇ」
「ん」
「泣いたこと、祝には言わないでね」
「もちろん」
「じゃあ、続き」
え、汰希が思いもよらないことを言い出すものだから俺はあっけにとられてしまった。
「ロープ持ってきたんだ。下に降りられる」
そう言って汰希は手すりにロープを括り付けて強度をしっかり確認するとスルスルと降りて行ってしまった。
「お、おい、危ないって」
「大丈夫!意外と深くない!」
下からのんきな声が届いて、俺は一安心する。
とはいえ、高さ的には飛び降りたらケガをする高さであることは間違いなかった。降りた先はドーナツ状の廊下になっていて右回りの方向を手探りで前に進んでいく。
「何の施設なんだよ、これ…」
奥の壁から光が漏れている。凸凹している地面に足を取られながら、恐らく長い廊下であっただろうそこを進んでいく。
そして、部屋に突き当たる。
正方形の部屋だった。向かって正面にはガラスの仕切り。反対側からも入ることができるようで、こちらからは入れないようになっている。部屋中には見慣れない機械が設置されていて忙しく動いていた。
「なにこれ…」
汰希も動揺を隠せない。
「と、とりあえず、無線機か何か通信する手段がないか探そう」
そう汰希に声をかけて俺たちは部屋中を捜索する。
すべて英語表記のため、ほとんど意味が分からない。カラフルに点滅を繰り替えすボタンは気持ち悪さすら感じる。
「ねぇ、竜馬くん!これ、使えそう!」
足を引きずりながら汰希のもとに向かう。
「どれどれ」
「ほら」
汰希が指をさしたのは明らかに無線機だった。これで何とかなる。一も二もなく俺はソレを手に取る。
「メーデーメーデー!」
ザザッとノイズが入る。誰かが反応してくれるものなのだろうか。
近くにあったダイヤルを手当たり次第に回していく。
「なにか応えてくれよ・・・」
またノイズ。そして、
「Who are you?」
「でた! I’m Japanese. Our plain was a fall crash. Help!!」
その刹那、ブツッと通信を切られた。
「ねぇ!ちょっと!!」
「そんなぁ」
汰希がへなへなと座りこむ。
悪戯と取られても仕方ないだろう。片言の英語だ。
「そこに誰かいるのか」
また、不意に無線が入る。男性の日本語だ。
俺は再び無線機に飛びつく。
「はい!います、助けてください。飛行機が墜落したんです」
「なんだって。あれの生存者がいたなんて。」
「俺たち、3人なんです。早く、助けをよこしてください」
「わかった、君たちは2020年の飛行機事故の生存者ということだね。3年もよく耐えたな!」
え、俺と汰希は顔を見合わせる。
「は、はい!早く助けを!」
「わかった、捜索隊を向かわせる。とにかく、そこで助けを待つんだ」
そう言って、それっきり通信は途絶えた。
「ねぇ、どういうこと」
「あっちが混乱してるだけだろう」
「かもね。とりあえず、祝を連れてこよう」
「そうだな」
「じゃあ、俺行ってくるから、竜馬くんはここで待ってて」
汰希が俺の足を気遣って申し出てくれた。
「さんきゅ。気を付けてな」
「うん」
そう言って、汰希は駆け出す。
「なぁ、汰希」
俺は、その背中を呼び止める。
「ん?どしたの」
「その―――ありがとな」
「なんだよ、改まって!あたりまえじゃん、それじゃ行ってくるから」
「おう、待ってるよ」
俺はそう言って汰希の背中が見えなくなるまで、出口を見つめる。
これで助かるはずだ。まぁ、少なくとも、あの二人は・・・。
俺はゆっくり目を閉じる。押し寄せていた痛みはもうわからなくなってきていた。右足の感覚はしばらく前からほとんどなかった。彰浩の顔が浮かんだような気がした。
俺の意識はそこで途切れた。




