第7夢
進展のない日々がじりじりと過ぎていた。島に流れ着いてすでに3日が過ぎていた。辛うじて天候には恵まれているのと、飲み水と食べ物に関しては確保をできていたのが救いだった。とはいえ、依然、助けも来なければ脱出につながる糸口は見えてこない。祝の記憶も戻ってきてはいなかった。
そのうえ、汰希はよくやってくれている。祝の面倒も見てくれているし、率先して釣りだとか食糧確保のための努力をしてくれている。そして、何より明るくふるまってくれているのがありがたかった。本来であれば最年長者である俺がしっかりしなければならないところだったんだが、昨日からどうにも痛めた右足の様子がおかしかった。
最初はじわじわ痛むぐらいだったのが、徐々に鈍痛の大きさは増していて、今では痛みで意識が飛びそうなことが時々ある。隠しておきたいのは山々なのだが、どうしても顔に出てしまう。その都度、汰希は「任せといて、俺がやるから」って笑ってくれる。感謝と申しわけなさがない交ぜになった複雑な感情が俺の中に沈殿していく。
「おい、祝!魚釣れたぞー!」
「えーまたー!汰希くん、すごーい!」
本物の兄弟のようにはしゃぐあの二人のためにも、ここは俺がもう少し頑張らなければと思う。とはいえ、俺が動こうとすると意外と心配性な汰希に止められてしまうんだ。だから、決めていたんだ。決行は今日の夜だ。
汰希と祝は寄り添うようにしてすやすやと寝息を立てていた。祝を寝かしつけている内に一緒に寝てしまった形だった。焚火に照らされた二人の穏やかな顔を確認すると俺は、痛みで自己主張をしてくる右足を無視して立ち上がる。
方角は確認できている。無理をしてでも、脱出の糸口を探さないと。
洞窟の出口に向かって歩を進める。その時だった。
「ん、竜馬くん、どこ行くの」
ピリッとした問だった。汰希だ。物音で起こしてしまった。
「すまん、起こしちゃったな。トイレ、トイレすぐ戻るから」
「うん、気を付けてね」
安心したように汰希はまた眠りに落ちていく。
絵に描いたような口実で俺は洞窟を抜け出すと、木漏れ日のように月明かりが漏れる森の中を地図を頼りに進んだ。目指すは当然、例の建物群だった。あそこに何かしらの手掛かりがあることは間違いなかったんだが、危険性を考えると祝を連れて向かうことは阻まれた。とはいえ、祝を一人で留守番させるわけにも、俺か汰希のどちらかが一人で向かうこともお互いが許したくなかったわけだ。おまけに俺の足の不調ときた。脱出作戦が暗礁に乗り上げるのに時間はかからなかった。
でも、俺もいつまでもこんな無人島でサバイバルごっこをいつまでも続けるつもりもない。それは。祝も汰希も十分に分かっているはずだ。特に祝なんて記憶が戻らない不安も見せないくらいに明るくふるまっているのはもはや涙ぐましいほどだ。
こんな思いが立ち込めてくるあたり、俺も年を取ったのだと思う。
「う・・・痛ってぇなぁ、もう」
ついつい、独り言が口を突いて出る。明らかに熱をもって痛みを訴えてくるそれは折れているのか、何かの感染症にかかっているのか、いずれにしてもあんまり時間が残されていないような気がしている。
不思議と怖さはなかったのは、あの二人を無事家に帰してあげられるかの方が不安だったからかもしれない。
騙し騙しようやく地図上で、建物群があるだろう地区の端にたどり着いた。恐ろしいぐらいに静まりかえった暗黒の森。そして、目の前に広がる明らかな人工物。
のっぺりとしたコンクリート造りの直方体の数々には窓らしい窓も見えない。月明りに照らされたそれらは、蔦が幾重にも絡まり、一部は崩れ落ちた姿を晒し、さながら古代遺跡のようだった。
さてと、通信設備があるとすれば移送施設だろうな。と、根拠もない推察をもとに地図を確認しようとポケットを探る。
「あれ」
ない。ポケットの中に確かに4つ折りにしてしまっていたはずの地図がなかった。ここまでくる間にどこかで落としてしまったのかもしれない。軽くパニックになってしまいそうな気持ちを抑えて冷静になる。
「木に目印をつけてきたし、それをたどりながら帰る途中で探せば絶対ある」
言葉に出すことで少し落ち着いたような気がする。俺たち以外にこの島にはおそらく誰もいないんだから、地図を盗んでしまうような奴もいない。なぜかそんな確信めいた思いがあった。
「移送棟、移送棟っと…」
各棟の
入り口わきにそれぞれの灯の名前が真鍮のプレートに彫られていた。目当ての棟はすぐに見つかった。
それは敷地のちょうど中央部に位置していて、他の建物とは一線を画す形をしている。間違いなく、重要な建物であることはわかる。ただ、なんと形容したらいいのか、それは大きなグラスのような形をしていた。円柱というよりは上に行くにしたがって直径が広がっていく形。
「よし、ここか」
意を決して崩れかけた入り口に身を滑り込ませていく。
「うわぁ・・・・」
入って驚いた。中の方が明るいのだ。
理由はその内部構造にあった。建物自体が吹き抜け構造になっており、外周をぐるっと部屋がひしめき合っている以外は空洞なのだ。そして、何より壁を一面、鏡が覆っている。天井はガラス製だったのだろう。今では我落ちてしまっているが、そこから月の明かりがいっぱいに室内に差し込んできている。
「なんだよ、ここ…」
建物の中心部まで進んで空を見上げる。ぽっかりと口を開けた天井から真ん丸な月が顔をのぞかせていた。と、その時だった。
ゴゴゴゴゴゴと地鳴りが鳴る。この島に来てから何度か体験した地鳴りだ。でも、それは今までとは明らかに違った。
「まさか、この下かよ」
そう、近いのだ。間違いなくこの敷地内で地鳴りの原因になるなにかが動いているのだ。
「ま、怪物がいるわけじゃないだろうし、動いているなら通信には好都合だよな」
室内にまで生い茂ってきている草を踏みつぶしながら、地下へ進める道を探す。
入り口はほどなく見つかった。簡単な手すりと階段。しかし、その先は暗闇だった。
当然か。手探りでも進まないといけないな。
そんなことを思いながら、手すりを使って慎重に歩を進める。そして、タイミングとはなんと残酷なものか。また右足が痛みだす。ドラマとか映画だったら最大の見せ場になりそうなんだけど、現実では迷惑でしかない話だった。




