第5夢
足跡はジャングルの中へと続いていた。草木を踏み分けながら進んだ後もはっきり残っていたため追跡は簡単だった。前方の誰かとどのくらい離れているのだろう。早いところ追いついて共に行動する人を作りたい。なんて、思ったその時だった。
「うわぁぁぁっぁぁぁぁぁ」
前方の方で大きな叫び語が上がった。男の人だろうか。そして、近い。
一も似もなく俺は走り出していた。そして、しばらくしないうちに2回目の叫び声が聞こえる。
「何が起きてるんだよっ」
こんなセリフを自分が言う時が来るなんて夢にも思っていなかった。薄暗かった森の先にわずかに開けたような広場が見えてきて、そこに動く何かが見えた。あそこだ。
「おうい!大丈夫か!」
広場に突き抜けたとき、そこには誰もいなかった。
「あれ、さっきは誰かいたはずなのに」
あたりを見回しても正面に岩壁があるだけで人っ子一人見当たらない。
見間違いかと、肩を落としたその時、右側の草の陰が微かに揺れる。
「誰だ?」
「なぁんだ、また子供かよ」
そう言いながら草の陰から現れたのは俺よりも少し年上、まぁ大学生ぐらいの男の人だった。右足を引きずっている、砂浜の足跡はこの人のだったんだ。でも、また子供ってどういうことだろう。
「誰、ですか」
俺はもう一度同じ質問を彼にする。ぼろぼろの衣服を見るに恐らく彼も飛行機の生還者に見える。
「俺は、間宮竜馬。十七歳。高三ね、よろしく」
「え、大人っぽい」
「おいおい、自己紹介の前にそれかよ」
呆れる竜馬を前に俺は口を押える。しまった。
「あ、えっと、すんません。思ったよりも歳が近かったから」
「いいんだけどさ、んで。君は誰」
竜馬が悪びれもなく俺を指さす。
「え、えっと俺は福嶺汰希です。十四歳の中三です」
「おっけ、汰希ね。あんな走ってこられたら、獣かと思ってびっくりしたんだよ。驚かせてごめん」
と、急に頭を下げられて俺はどぎまぎしてしまう。
「い、いや、俺も驚かせてごめん。でも―――」
「でも?」
「叫び声が聞こえたから…大丈夫・・・?」
あぁ、と言って竜馬は鼻の頭を掻く。
「ちょっと、びっくりしただけなんだ。あんまり気持ちのいいもんじゃないけど、見る?」
竜馬に言われるがままに俺はソレを見た。
「これって…」
「もちろん本物だ。恐らく、あそこに登ろうとして落ちたんだろうな」
そう言って彼が指さす方向に視線をやると岩壁の中腹にぽっかりと穴が開いていた。
「あそこに何があるんですか?」
「わからん」
あっけらかんと答える竜馬は清々しいほどだ。
「でも、なんかある気がする。だから、登ろうと思う」
「え、危ないって。落ちたらひとたまりもない」
「なーに、大丈夫。そのために汰希、君が来てくれたんだろう?」
そういうと、「善は急げ」だ何とか言って竜馬は岩肌を登り始めた。そして、何度か危ない場面もありながらだったが、彼はあっという間に穴にまで到着するのだった。
「おうい!いいもんがあった。ロープだ!今、下すよ」
頭上からそんな声が降ってきたかと思うと、しっかりとしたロープが落ちてきた。
「上はしっかり固定してあるから、登れそうだったら登ってきなよ」
俺は竜馬の声を信じてロープに手をかける。思わず滑ってしまいそうになるのを何とか握りしめて岩肌を上っていく。少しせり出した洞穴の入り口は思いのほかあっという間に到達できた。
「たっけ…」
さっきまで自分がいた地面がはるか下に見える。しかし、気の高さよりは上に来れていない関係で島の全体はまだ見えなかった。
「奥に進むの?」
恐る恐る聞いた俺の質問はナンセンスというヤツだった。
「当たり前」
そう言ってずんずん進んでいく竜馬の後ろを俺はついていくのだった。
「なんもないなぁ」
洞窟の中はひんやりしていた。もう少し登りやすいならここを、家代わりにするのもありかもしれない。
「ん、なんだこれ」
そんな竜馬の声がしたと思ったら急に彼が止まってしまい、俺は思いっ切り背中に激突する。
「っったぁ。急に止まんないでよ」
「あ、ごめんごめん。でも、これ見てみ」
洞窟内は入り口化は言った光で辛うじて足元が見えるくらいの明るさだ。竜馬は壁面の石壁を指さしていた。そこには石か何かでひっかくように何か書かれていた。英語だろうか…。
「I’m Jake. I have stayed here for a long time. And I’m from the future. I wanna go back to there, but I can’t. love my family forever. 」
竜馬がスラスラ読んでいく。俺は英語が苦手なんだ。点で意味が分からない。
「んで、なんて?」
はぁ、とため息を一つ。
「『俺はジャック。ここには長いこと住んでいる。そして、私は未来から来た。帰りたいけど、帰れない。家族を永遠に愛している』って。なんだよこれ、片言の英語みたいだな」
「未来から来たってなんだよそれ。これ書いたのってもしかして」
「そう、Jackはさっき下にいたあいつだ。残念ながら帰れなかったんだな」
「なんなんだよ、この島…俺たち帰れないのかな」
「馬鹿なこと言うなよ。助けが来ないわけないだろ。現代社会で大型旅客機が姿を消しているんだ。大事にならないわけがない」
「そ、そうだよね」
「おい、こっち来て。何かある」
洞窟をもう少し進んだところで竜馬が俺を呼ぶ。
石で造られた台に、ノートや食事の跡や、生活感があった。もちろん、風化しているけど。
「こっち、出られそう!」
さらに進んだ竜馬が声を上げる。手がかりになりそうなものを全部持って俺も後に続く。出口の光がまぶしい。
「こっちのほうが反対側より楽に登れそうだね」
こちら側は小高い丘を少し上るくらいで到達できる入り口のようだった。
「ああ。じゃあいったん戻ろう。」
「え、どういうこと」
「言ってなかったな。もう一人いるんだ。ちょっと、記憶をなくしちゃってて。そろそろ目を覚ましてるかもしれない」
俺と竜馬は来た道を引き返して、ロープを慎重に降りると浜辺を歩いてその場所へと向かった。
「ところで竜馬はなんで飛行機に?」
「あぁ、俺は卒業旅行でニュージーに行く予定でね」
「一人で」
「まさか、俺はボッチじゃねぇ。まぁ、その相方は行方不明なんだけどな」
気まずい沈黙。
「まぁ、いいんだ。あいつはたぶん生きている」
「え、どうしてわかるの」
「見たんだ。島についてすぐに森の中で。だから、大丈夫。んで、汰希は何でニュージーに?」
「俺は叔母さんのところに行く予定だった。夏休みの間。」
「ところが、こんな目に、か。まぁ、生きてただけでもラッキーなんだよな、きっと」
うん。と、心の中で返事をした。
ザザーンと波の音が頭の中でこだまする。正直なことを言うと、さっき見た骸骨が頭か離れていなかった。自分の未来を見てしまった気まずさのような気分だ。
「あ、あいつ、起きてる」
竜馬が駆け出す。その先には波打ち際に体育座りをしている小さな影があった。
「おおい、目が覚めたか。頭痛いの大丈夫か」
近づいても小さい彼、いや、女の子か?見分けのつかない中性的な彼、または彼女は竜馬を見上げると小さく頷いた。その目は真っ赤に晴れている。泣きはらした後だったのだろうか。
「よかった、んで、何か思い出せた?」
それは横に首が振られる。
「そっか、まぁ、無理しないでゆっくり思い出したらいい。こっちは、さっき一緒になった汰希だ。中三だってさ。って、君の名前も歳も聞いてなかったわ。覚えてる?」
「ぼ、僕は、江崎祝。一〇歳、小五。覚えてるのはこれだけ」
僕ってことは、男の子なのか。髪も結構長いし本当に見分けがつかない。
「おれも、自己紹介してなかったね。俺は、間宮竜馬、一七歳で高校三年生だ」
この子に話しかける時、竜馬はちゃんと口調が柔らかくなる。年の離れた兄弟でもいるような慣れようだ。
「あ、俺は汰希ね。よろしく」
さっき紹介されたから、俺は手短に名前だけ言う。祝はうん、と頷く。
「祝は立って歩けそう?実はこの先でちょっと雨風をしのげそうな洞窟を見つけたんだ」
「僕は歩けるよ。でも、浜辺にいなくて大丈夫?もし、船が通ったときに助けてって言えないよ」
祝の指摘はもっともだった。俺たちは協議の末、砂浜に石でSOSの文字を並べたうえで、交代で浜辺に出ることを合意した。
「そうだ、さっき拾ったやつなんだけど…」
俺は思い出したように洞窟で回収したノートを広げる。いろんなページがくっついてしまっていて判読はほとんどできない。ただ、そこに挟まっていた何かが砂浜にハラリと落ちる。
「何か落ちたよ」
祝が拾い上げて、そっと開く。
「これ、地図だ」
どれどれ、と俺と竜馬が覗き込む。それは紛れもなくこの島の地図だった。
北海道をもう少しなだらかにしたような形をしたこの島は浜辺とさっきの洞窟の距離感を考えればそこまで広そうには見えなかった。川があるから、飲み水は確保できそうだ。
「なんだろ、この建物」
祝が指をさすのはちょうど島の中心部に位置する明らかな人工物の絵だった。
「なになに、ええと…」
竜馬が書かれている英語を訳してくれる。
「移送棟【アルファ】、動力棟【ベータ】、食料棟【ガンマ】、調整棟【イプシロン】―――、なんだよこれ。何かの実験施設か」
読み上げられても何もわからない。そのうえ、人がいるかもわからない。でもこの島を脱出するための何かがある可能性はゼロではないような気がした。
気が付くともう太陽は暮れ始まっていた。急いで洞窟に戻って夜を明かす準備をしなければ。食料も、火も、まだ生き抜くための物資は何も手に入ってないんだ。




