第4夢
◆
「ってぇあ、畜生」
右足の痛みは引くどころかどんどんひどくなっていった。
膝の関節は曲がるから折れてはいないと思うんだけど、ただ、間違いなく良くないのも明らかだった。何事もなかったかのように穏やかに寄せては引く波がいちいち俺を苛立たせる。
「彰浩ぉ、おーい」
あいつのことを呼びながら歩き始めて、もう何時間も経つ。気が付いた時はジャングルのど真ん中に倒れていて、状況を把握するまでに暫くかかった。とはいえ、今でもすべてを把握しできているというわけではないんだけど。
とりあえず、墜落途中の飛行機から偶然外に投げ出されて本当に運よく森のクッションに救われたという運びなんだろう。隣に座っていた彰浩は痕跡すら見つけられてない。
まぁ、飛行機の墜落だ。当然、期待はできないだろう。
ジャングルの中を小枝に何度も引っかかれながら歩き続けていると、そのうち波の音が聞こえてきた。そこでようやっここが島だってことに気が付いたんだ。
ただ、ジャングルの中から浜辺に出るまではしばらく距離があった上に、俺は間違いなく見たんだ。あいつを。
不自然に曲がる枯れかけた大樹を見つけた時だった。その木の陰に人影が見えた。彰浩だった。でも不思議なことにあいつは飛行機に乗っていた時とは違ってウチの高校の学ランを着ていた。そして、向かって右側の方角を無言で指さすと、すっと木の陰に回った。そして、俺が到着した時にはもう消えていたんだ。
その直後、島が揺れた。比喩でもなんでもない、間違いなく揺れた、と思う。
足元から地鳴りのような低い音と振動の中間みたいな音がしたかと思うと、周囲の木々はもちろんのこと、ごつごつした岩もガタガタと揺れた。これ以上ケガはすまいと身を守ることに必死な俺は彰浩の影をそれ以上追うことはできなかった。
意味深に指さした彰浩の意図を探るべく俺はあいつの指さした方向に向かって歩いた。そして、この砂浜に出たというわけだ。彰浩を探しながら他の生存者を探すことで、脱出の糸口がきっと見えるはずだ。そう思い、俺は砂浜を歩きだした。そう、そこで俺はあいつに出会った。
◆
―――おばあさんの声が繰り返し繰り返し聞こえる。
「大丈夫よ、大丈夫よ。安心なさい。あなは、生き残るの」
でも、このおばあさんは誰だろう。知っている気がするのに思い出せない。
耳元で聞こえるその声がどんどん遠のいていくのを僕は確かに感じている。
そして、不意に大音量のノイズが入ったかと思うと、あまりのまぶしさに目を細めた。
目の前にどこまでも広がる大海原。昔見た海賊映画を思い出す風景だ。海賊の船長が仲間に裏切られて無人島に取り残されてしまうんだ。そこからの奇跡の脱出劇。大好きだったんだ、あの映画。
「ここは…」
波の音がすべての思考の邪魔をするように僕は何も考えられなかった。
その時だった。
ザッ、ザッ。明確な足音が背後で聞こえて勢いよく振り向く。
「誰?」
そこに立っていたのはぼろぼろの服を着て、右足を引きずるようにして歩く男の人だった。まぁ、男の人とは言っても僕より少しだけ年上のお兄さんといったところかな。お兄さんは降参だ、みたいに両手を上げてくしゃっとした笑顔を作る。
「驚かせてごめん、君もあの飛行機に?」
「飛行機?」
何を言っているんだろう、この人は。って、そういえばなんで僕は一人で砂浜にいるんだったっけ。
「飛行機? あの、ここってどこですか…」
するとお兄さんはすごくびっくりした表情で口をパクパクさせた。
「え、君、覚えてないの…ん、まあ、そうかあの衝撃だもんなぁ」
勝手に動揺して勝手に納得して話を進めるこの人を僕は見ているしかない。そして頭の奥がキーンと痛む。
「うっ」
思わず声を出して頭を押さえる。
「お、おい、大丈夫かよ」
駆け寄ってくれたお兄さんはなんだか大人の匂いがした。香水かな。そんなことを痛む頭を押さえながらぼやっと思った。
「とりあえず日陰で少し横なったほうがいいな。ちょっと運ぶぞ。いいな」
僕は何とも返事ができずにいる中、急に体が宙に浮いたことを感じた。お兄さんが抱えてくれたみたいだった。抱えられている揺れが心地よくて頭がより一層ぽーっとしてくる。
「よし、下ろすぞ」
そして僕は冷たい地面の感覚を背中に感じる。ひんやりして気持ちが良い。すーっとお兄さんの声が遠くなる。波の音。鳥の声。風の音。そして、また暗転。
◆
彰浩の後を追って来たらこれだよ。目の前に横たわる小学生ぐらいの男の子を見つけたと思ったら、記憶も飛んじまってるみたいだし、見たところ目立ったケガはないみたいだけど頭痛いって言ってたのも心配だ。
「しばらくは起きないかな」
独り言を口にすると俺は照り付ける太陽を睨み目を細める。無力そのものだった。どこぞの知らない島に、小さい子と二人きり。助けが来る見込みもなく、無情な暑さが体力をじわじわと奪っていく。
でも、行動をしなければ何も変わらないのが事実だ。しかも、今動けるのは俺だけ。
「漢、竜馬やるっきゃねぇよな」
シャツを腕まくりして、砂浜を歩きだす。とにかく食べ物の飲み水が確保できたらしばらくは生きていける。塩水を確かめるようにひと舐めする。痺れるような塩気が気弱になりそうな頭をクリアにしてくれた。順当に考えて、探すべきは浜辺ではなくこの生い茂るジャングルの中だろう。そう思い、俺は再び森の中に歩を進めていく。
波の音が遠ざかっていくと、森の中は完全な静寂に包まれていた。
「鳥の一匹もいやしねぇのかよ」
口を突くのは悪態ばかりで、シャツの内側を伝っていく汗の不快感も増していく。
小枝に苔の生えた巨大な倒木、足に絡まる見たこともないような草花。歩きにくさは当然のことだった。なんたってここは人間が踏み込んできていい領域ではないはずなのだ。
悪戦苦闘しながらしばらく歩いていくと、不意に開けた場所に出た。突き当りは巨大な岩壁でその中腹ぐらいのところにはぽっかりと穴が開いている。洞窟だろうか。足元と言えば、草が生えていてもおかしくないのに、この広場だけきれいに草がない。まるで整地されたかのようだ。
「あそこ、登れってか」
先に何があるのかなんて見当もついていないのに、なぜか上らないといけないような気がしたのはテレビや漫画の見すぎだったのかもしれない。ひとまず、岩壁に近づいていく。
「しっかし、たっけぇなぁ」
真下の方まで来るとその大きさはより際立つ。
コンッ
その時、不意に足元に軽いものがあった感触を覚える。上ばかり見ていて何かを蹴ってしまったようだった。
不自然な転がり方をした茶色の楕円形の土器のようなものを拾い上げると、それは土色に風化した恐らく人間のものであろう頭骨だった。
「うわぁぁっぁあぁぁ」
思わず放り投げた挙げく、尻餅をついてしまった。そして、手を突いたそこにも違和感を感じて手元に視線をやる。
そこにあったののはちょっとした茂みからはみ出していた布らしかった。
「なんだよ、びっくりさせんなって」
これは、何かに使えるかもしれ礼と引っ張る。一瞬の何かに引っかかる感覚ののち、それは全貌を明らかにした。
どす黒い染みをが付いた人型の布。そして、持ち主は必要以上にウエストも細くなってその実を布に包んでいた。何かの職員だったのか胸には『Jack.E』のネームタグ。もちろん、頭は、ない。
「ひっ」
声にならない叫びをあげて俺はバネで弾かれたように遠のく。布を引っ張ってしまった右手がものすごく穢れてしまったように気持ちが悪い。
「あいつ、あそこから落ちたのかな…」
理由は分からないが、ここで人が死んだ問うことだけは間違いがなかった。落ちたのか、尾登されたのか、もっとほかの理由があったのか…でも、それであればあの洞穴には何かがある可能性が高まったようにも思える。
「今は、俺がやるしかないんだよな」
その時、すぐ背後で森の中をガサガサとものすごいスピードでこちらに向かってくる何かを見た、というよりは聞いたんだ。




