第3夢
「和希、気を付けてね」
玄関を出る時のお母さんの顔だ。仕事がどうしても外せなくて応援に来れないんだ。
「うん。行ってきます」
俺は剣道の道着一式を背負って、キャリーバッグはタクシーのトランクに入れてもらって車内に乗り込む。リアウインドウ越しに小さくなっていく我が家。懐かしいような寂しいような不思議な感覚が押し寄せてきた。
そして、次の瞬間!
我が家が爆音とともに真っ赤な炎に包まれれる。気が付くとさっきまで快晴だった空はどす黒く染まり、それでもタクシーは遠ざかっていく。俺は大声を上げるんだけど、声が出ない。窓を叩いても何をしてもタクシーは止まらない。
声にならない叫びが喉を空回る。
「ほら、起きて。大丈夫、朝だよ」
体をゆすられて目が覚める。チクチクと不快な感覚がもやもやする頭を現実に引き戻す。
体を起こしてあたりを見回すと、すっかり消えてしまった焚火の跡とすぐすぐそばに座る壮児くんの姿が目に入る。
「ん、えっと…」
ジャングルの中で壮児くんと二人っきり。やっぱり、これが現実だった。嫌な夢。
「大丈夫?すごくうなされてたみたいだけど」
壮児くんはすごく心配そうな表情で俺の目を覗き込んでんでいる。俺は思わず目をそらしてしまう。
「あ、うん、大丈夫です」
壮児くんはどうしてここまで初めて会ったばかりの俺に優しくしてくれるんだろう。嬉しい半面、どうしても疑ってしまうのが俺の悪い癖。ここまで運んでもらっている間も何度か意識が戻っていた。でも、接触の悪いテレビのように映ったり消えたり。彼に話しかけるなんてできなかった。
でも、確かに覚えている。決して大きいとは言えない体な上に、自分だって色んな所を痛めている壮児くんは俺のことを背負ってくれていた。そんなことしてくれた人を疑うなんて筋違いなのもわかっているんだけど……やっぱり俺は弱虫で怖がりなんだ。
「それならよかった。ほら、朝ごはん!さっき、そこの木になってるの見つけたんだ。食べてみたんだけど、マンゴーみたいでおいしいよ。水分補給にもなるし、ほら」
そう言って差し出してくれたオレンジ色の果肉は、みずみずしくてとっても美味しそうだった。俺は手を伸ばす。
「おいしい…」
声は自然と漏れた。
「あ、素直に食べてくれてよかった」
壮児くんがそう言って笑う。俺はなんだか恥ずかしくて頬に熱を持つのを感じる。
「……」
「あ、ごめんごめん。もし、食べてくれなかったらどうしようかと思ってね。栄養付けないと倒れちゃうと思うし」
俺はだいぶ「面倒なお子様」だったわけだな。そう思うと申しわけなさが募ってくる。
もらったマンゴーらしいそれを食べ終えると、改めてあたりを見回す。焚火の跡に、葉っぱを敷き詰めた寝床、洗濯物を干すように掛けられた緑色の蔓、あたりは生活用にだいぶ整えられていた。これを全部彼が一人でやったのかと思うと、本当に尊敬だ。
「もう大丈夫です。何から何まですみません」
俺がそう言うと、壮児くんは大きく目を見開く。
「そんなことないよ。むしろ僕がほっとけなくて勝手に和希くんをここまで連れてきちゃっただけだからね。でも、少し恩を感じてくれているんなら一つだけお願いを聞いてもらえるかな」
「お、俺でできることなら…」
少し構えてしまう。
「じゃあお願いしよう。その、ちょっと距離のあるしゃべり方、やめてもらってもいいかい」
「え、あの…」
「いやぁ、まぁ、赤の他人と言ったらそうなんだけど、僕ら二人だけだし堅苦しいのはちょっとだけ息が詰まるからさ。どう、お願い聞いてもらえそう?」
「あ、はい。大丈夫です」
って言って俺は両手で口をふさぐ、またやってしまった。敬語だ、これ。
「あははっ。いいよ、ゆっくりで」
壮児くんは楽しそうだった。
「………うん、わかった」
なんか気恥ずかしくて顔を伏せてしまう。
そう、俺たちの共同生活の始まりはこんなんだったんだ。
◆
「おいおい、めっちゃ揺れてるじゃん。大丈夫なのかよ」
隣に座る彰浩が少し青ざめた表情で俺の肩をゆする。
「ばぁか、こんなんで飛行機は落ちねぇよ。知ってっか? 世界で一番安全な乗り物なんだぜ、飛行機って」
彰浩はあきらめたような複雑な表情と共にため息を一つ。
「ったく、竜馬はよくそんなに落ち着いていられるよなぁ。安全って言っても、落ちたら終わりじゃねぇかよ」
まったく、当然のことを言う。ただ、彰浩は飛行機に乗るのも初めてだし、仕方ないか。何しろ、空港のセキュリティチェックでも引っかかるんじゃないかって人一倍ビビってたし。
「まぁな、落ちたらそりゃ助からねぇ」
「縁起でもないこと言うな!」
彰浩のグーが俺の左肩に炸裂する。
「痛ぇ!」
思わず大きな声を出してしまって、俺は口を押える。
深夜3時の機内はエンジン音と風を切り裂く音以外あまり聞こえない。
乱気流に突入する旨のアナウンスが入ってから暫く経つが、いまだシートベルの着用サインは消えず断続的に大きな揺れが機体を襲っているのは確かだった。
「なぁ、彰浩」
「ん?」
「結局どこに行きたいかは決まったのかよ?何やかんや、ノープランだからさ」
俺と彰浩は少し早めの卒業旅行先にニュージーランドを選んだのは、世界地図の上に投げた消しゴムが偶然そこで止まったからだった。
旅費は親が出してくれるし、高校生活を常に一緒に過ごしてきたこいつと旅行に出れるのなら正直どこでもよかった。
「まずは、あれだ、着陸したとこ、ええと」
「オークランドな」
「そう、オークランド。そこの動物園に行きたい」
「動物園って、ガキかよ」
「ばか、あそこにキウイっていう飛べない鳥がいるんだって」
「馬鹿はお前な。キウイは残念ながら絶滅しているんで」
「えぇ、知らんかったわ。モコモコしてて可愛いのになぁ」
こんな彰浩のガタイの良さに似合わない女子的な感性が嫌いじゃなかった。たぶん、(自分では)男性的だと思っている自分との相性はいいんだ。
「逆に竜馬はどっか行きたいところあるの?」
「俺は、温泉!知ってるか?ニュージーランドって意外と温泉大国なんだぜ」
「それは初耳だ。異国で温泉ってのも悪くないかもしれないな」
がくん、また大きな揺れ。彰浩はまたビクッと体を一回り小さくさせる。
「どうか、無事、また土を踏めますように…」
彰浩の小さな祈りの声が聞こえたような気がした。




