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その八、獣にあったらもふもふしてみましょう


 ある晴れた日の昼下がり。

 あたしは森の中で熊さんに出遭った。


「食べていいか……っ!」

「ぎゃあああ! いやですダメです無理ですから! あたし添加物だらけで美味しくないですーっ」


 太らない体質なのを良い事に、夜食には必ずポテトチップス食べてました!

 基本夜型人間だから骨密度スカスカなのにメタボまっしぐらで絶対身体に悪いです!


 へっぴり腰のままゆっくりと後ずさる。うっかり熊さんの円らな瞳を見てしまった。がっつりと目が合ってるのはご飯ターゲットがロックされてると思いたくない。


 誰か、つぅかこの際変態王弟殿下でも良い! 友人から押し付けられたエログロ同人微に入り細に渡って思い出して模写するから今すぐ出て来い!


 心の叫びも虚しく眼前まで迫り来た熊さんは躊躇う事無く、銀色に光る爪先をゆっくりと振り上げた。







* * *






「セリ……ごめんなさい。今日は森に入る約束してたのに」


 こほん、と咳を一つしてシスターは、寝台の上からあたしを見上げる。

 弱々しく震える肩に、ガーディガンを羽織らせてあたしは、「大丈夫ですよ」と首を振った。

 教会から少し離れた場所にある森では、秋になると煮ても焼いても美味しいキノコが生える。それは孤児院の立派な収入源の一つで、そろそろシーズンだから狩りにいこうかと、シスターと約束していたのだった。


 目の前のシスターは四十と少しだけれど、他のシスターに比べればダントツに若い。だから力仕事は大体彼女に回って来た……のが悪かったのだろう。

 子供達も大きくなり手狭になったからと、模様替えも兼ねた大掃除で、棚を持ち上げた途端にぎっくり腰になってしまったのだ。



 森の中は危険な獣はいないけど、深くて崖も多く子供には危険である。

 故に子供達の中では最年長であるあたしと、このシスターでキノコ狩りに行く事はあたしがここに来てからの決まり事だった。


「大丈夫ですよ。道も覚えてるし。シスターはゆっくり休んでて下さい」


「そう……本当にねぇ……いつまでも若いつもりじゃ駄目ね」


 初めてのぎっくり腰は身体以上に精神的に来るらしい。

 何度もそう呟いては肩を落とすシスターを励ました後、お弁当の入ったリュックを背負いあたしは、すぐに森へと向かった。

 栄養価も高く、市場に出せばそれなりのお値段で売れるキノコは、ぐずぐずしていたら他の人間に狩られてしまうのだ。



 意気揚々と森に入ったものの、夏に伸びた草やら葉が日差しを遮るせいで、薄暗くジメジメしてる。

 ……いつもは明るいシスターとお喋りしながら歩いてたから気づかなかったけど、かなり不気味で怖い。


 なんか小鳥っぽい可愛い鳴き声じゃなくて、明らかに肉食ってるぜ! みたいな甲高い声だし、よく今まで平気だったな、あたし。


 湿った葉っぱをわざと音を立てて踏みしめて、深呼吸する。

 うん、マイナスイオンマイナスイオン。最近ストレス溜まってたからちょうど良い……と思うのに。


「こ、怖くない、怖くない」


 森に入って僅か十分で、あたしはそう呟きながら足を進めていた。


 昔からそういう類は好きではなかったけれど、いるわけないじゃん、と鼻で笑ってきた。けれど、異世界トリップなんてファンタジーも極まり的なものを体験しちゃうと、もしかしてお化けだっているのかもしれない、とか思いついちゃったのがいけなかった。

 それ以来、孤児院の別棟のトイレに行くのにもさり気なく、誰かと一緒に行くようにしている。だってほんと町外れにあるから真っ暗なんだって! ああ文明の明かりが恋しい。


 いやもうマジで、今、万に一つでも夜の学校に探検に行こうとか言われたら、あたしは敢えて一番最後をキープする。

 ジェイソンとか花子さんとか、てけてけとか、「はっはっはお化けなんている訳ないだろー」的に楽しい内にサクッと一番先に殺られたい。脇役万歳。むしろ生き残れば生き残る程怖いと思う、ああいうのは。



「えーっと、このあたり?」


 わざと下らない事を考えながら、枝に縛ってある赤いハンカチを見つけて、自然と強張っていた肩の力を抜く。


 ここまで来れば一安心、もう少し行けば、ちょっと拓けた場所があるのだ。

 キノコが生えてるのはその近く。


「いっぱい生えてたらいいな……っ」

 怖さを誤魔化す為にわざと弾んだ声を出しながら、激しくなってきた勾配を上がっていく。さっさとこの薄暗い場所から脱出してしまおう。


 真上から差し込む太陽の光を浴びて、大きく深呼吸。

 ああ日焼けが気になるけど、今日はいい事にしよう。

 真ん中を突っ切って、適当な所にリュックを置くとそこから籠を取り出し、また先の森に入る。でも歩いてきた場所に比べるとまだ明るいし、微かに聞こえる滝の音も涼し気で良い感じだから、怖さは無い。


 リュックから籠を取り出して早速キノコを探す。

 まだ誰も来て無いらしく、去年に比べて手前の方に幾つもの頭を出している。

 なるべく傘に傷を付けないようにキノコの軸の下の方をもぐ。――うん、この感触クセになるよねー……。


 夢中になって取っていたら、忠実に腹時計がお昼を告げた。

 よいしょ、っと立ち上がって腰を伸ばす。仰いだ拍子に木漏れ日が目に入り、眩しさに目を瞑って思いきり腕を空へと伸ばす。


 あー……取れた取れた。

 地面に置いた籠を見下ろし、頷く。

 まぁこんなもんよね。日が落ちる前に帰りたいし、もうお昼にしよう。


 リュックを背負い籠を抱えて広場に戻って、濡らした布で手を拭く。真っ黒になったそれに帰り洗わなきゃなぁ、とリュックのポケットに突っ込んで適当な場所に座った。


「いただきまーす」


 そう呟いて手を合わせる。

 もちろんこの世界にそんな習慣は無いけれど、十年以上やってきた習慣はそう簡単に忘れられる訳もなく、食事の時に口の中でもごもご言ってたら、「あなたはあなたのやり方で良いのよ」とシスターが、許可してくれた。

 そしてその意味を問われるまま答えていたら、「素晴らしいわ」と、いたくシスターが感動し、みんなでやる事になってしまったのだ。


 お弁当を広げれば、孤児院の明日を担ってるだけあって、その期待はいつもより多い品数に現れていた。

 ……もうちょっと採って帰ろうかな……

 そんな事を思ってたら、突然背後から声が掛かった。

 そして冒頭へと戻る。










* * *







 覚悟して目を瞑れば、熊さんはすごい勢いで、あたしのお弁当をかっさらった。


 え、食べていいってお弁当?


 呆然と見ていたらクマさんは、大事そうにお弁当を抱え込み器用にフォークを握りしめ、おかずを突き刺し、口の中に放り込んだ。

 横から落ちないようにか、飲み込む度に上を向く。大きな喉がごくりと動いて、くぅっと呻いたその姿が妙に人間くさかった。


「うめぇ……っ」

「それなら良かった、です、が」


 ってあれ?

 クマが喋ってる?

 王族とか貴族の一部だけは普通に魔法使えるとかいう不思議な世界だけれど、動物が喋り出すとか、ティーカップが踊り出すとかそんな事は無い。

 お弁当に夢中になってるクマさんを凝視してチャックとか切れ目を探してみるけど……毛色が暗くてよく分からない。


 何だかファンタジー過ぎて、逃げるタイミングを失う。王弟殿下の時に感じたあの本能が発する警鐘みたいなのも感じないし、何よりもこのクマ表情が豊か過ぎる。


 魔法で変化してるとか、もしくはそう言う一族? うわ、獣人とかかなり萌える! ネコ耳の美少女とか美少年いないかな!

 そんな妄想に耽っている僅かな時間に、クマさんはあっというまにお弁当箱を空にした。


「っあ……わり、全部食っちまった……」


 デザートのうさぎりんごまで平らげて、クマさんは、はっとした様にお弁当からあたしへと視線を上げた。


「いえ、あんまりお腹すいてなかったんで大丈夫です」


 そう言って首を振る。

 嘘だけど、あたし自身がお弁当になるよりマシだ。

 今も自己主張するお腹に力入れてごまかしてると、その大きな手を頭の後ろに回し掻き始めた。……人間臭いというか、オッサン臭いな。


「いや、それにしたって、なぁ? 参ったな、代わりになんかやれたらいいんだが」

「あ、じゃあ撫でさせて貰っても良いですか?」


 動く度にふわふわ揺れる体毛に、うずうずしていたあたしはそう聞いてみる。

 うん、我ながら順応性高いなあたし!

 だって、何となく目に知性があると言うか、食べられる事は無いだろう、って事は分かるし、こうなれば本能に従うしかない。むしろ最近周囲が騒がしすぎて精神的に疲れているのだ。癒し! そう、切実に身体も心も癒しを求めている!


「ン? そんなんでいいのか?」


 不思議そうに首を傾げたクマさんに、あたしはぶんぶんと頷けば、どっからでもどうぞとばかりにその場にうつ伏せになってくれた。

 おーリアル熊の敷物。


 そっと手を伸ばしてみる。

 ……あれ?


「……柔らかいですね」


 森の中で生活しているなら、ある程度油と汚れでゴワゴワしてるの想像してたのに柔軟剤たっぷり使いました的なふわふわ感がある。

 しかも微かなフローラルとか、……懐かしきうちの柔軟剤の香りだ。


「抱きついてもいいですか」


 顔埋めて頬ずりしたい!

 そうこの世界には石鹸しかなくて、しかも貴重だからちょびっとしか使えなくて、着るものもタオルも洗い上がりはゴワゴワなのだ。


「あん? ……別にいいけどよ」


 許可を得て背中に顔を埋めて嘆息する。

 ぅっわぁ……もふもふ……。

 暫く堪能してたら、微かに苦笑してるみたいな小さな笑い声が聞こえた。

 ……何だろ?


「どっちかっつぅとこっちだろ」

 起き上がったクマさんは、よいしょと身体を返しあたしを胸の中へと抱き込んだ。


 これは……!


「ほわー……」


 うっかり馬鹿みたいな声が出た。

 いやだって360度毛皮! しかもハミ○グの香り付き! ファアフ○アじゃないのがちょっと残念な感じだけども。

 天然毛に包まれてうっかり眠ってしまいそうだ。


「……お?」

 もふもふを堪能していると、何かに気付いたようにクマさんが小さな声を上げた。

 抱き込まれる力が強くなって、あたしは顔を上げる。


「骨折れそうです」


 まぁちょっと大袈裟に言ってみる。

 いやだって熊力のマックスなんて、計り知れないし、大袈裟位がちょうど良いだろう。


「やー悪い。意外に乳あんだなぁと思って」

 

 先程よりは軽く、それでもぎゅうっと抱き込まれた。

 熊よ、お ま え もか……!


「ぎゃあああっ何!」


 変態は王弟殿下で間に合ってます!


「お前だって触りたくったろ。おあいこだ」

「毛以外に興味は無いです!」

「ひでぇ」


 なんだこれ。お触り放題と見せ掛けたぼったくりバーか!


「大丈夫だって、さすがにこの姿じゃ入んねーし」


 何がですか!


「ナニが」

「心を読まんで下さい!」

 

 ぎりぎりと締め付けられる息苦しさに喘ぐ。

 いやマジ締めすぎ……って、こんな所で気を失ったらマジでヤられる……、


 思いきり突っぱねてた腕から力が抜ける。

 ここから記憶が無い事から、あたしは一瞬にして落ちてしまったらしい。









* * *










 干したての太陽の匂いがする毛布。

 揺りかごの様に優しくゆらゆらと揺れて、気持ち良い。

 起きるのが嫌で、すりっと布団に頬をこすりつけたら、動きが止まった。


「起きたのか」

 下からくぐもった声が聞こえて、ぱちっと目を開ける。


「変態熊!」

「ちょ、おま……っいくらなんでもそれはねぇよ」

 ガバッと起き上がったら、バランスが崩れかけて慌てて毛布を掴むと、下から小さな悲鳴が聞こえた。


「……いてぇよ」

「えっあ……!」


 手元を見ると掴んでいたのは毛布ではなく、クマさんの背中の毛だった。

 どうやら気を失ったあたしを背中に乗せて運んでくれたらしい。


「力の加減が出来なくて悪かった。ほらこれ詫びに」

 地面に置いていた籠を鼻で前に押し出す。どうやら咥えて運んでいたらしい。しかもリュックまで。

 その中には、あたしが取ったきのこの他に平べったい緑色のきのこが入っていた。


「きのこ……ってこれ幻の!」


 名前なんだっけ……!?

 図鑑で見ただけだから忘れたけど、マツタケ的な珍しい高級キノコだったはずだ。


「ああ塩焼きにするとウマいよな」

「クマさん大好き!」


 首にしがみついて、頬ずりする。

 調子が良いのは自覚してる。

 すりすりしていると、クマさんは一瞬黙り込んだ後「そうか」とだけ呟いて籠をくわえて歩き出した。



 森の入り口の手前で、背中から降りる。

 念の為に盗まれたりしないように高級キノコをリュックの中に詰めていると、クマさんは妙に真面目に見える顔で、口を開いた。


「……なぁ」

「何ですか」


 柔らかい傘が欠けないように慎重に詰め込む。


「また遊びに来てくれるか嬢ちゃん?」


 その小さな掠れた声にあたしは顔を上げた。

 大きな肩を丸めて座り込みじっとこっちを見ている姿は、ぬいぐるみの様に愛らしい。


「え、……何ですか淋しいんですか」

「ああ」


 即答されてびっくりした。いや最近周囲にツンデレしかいなかったから、うん新鮮。



「分かりました。何か食べたいもんありますか、差し入れします」


 高級キノコのお礼もしてないし、セクハラのお詫びだとしてもちょっと貰いすぎだろう。


「そうだな、……甘いモン食べてぇな」


 こんなデカいクセして、甘党なのか。

 おそるべきギャップ萌えだ! ちょ、マジ可愛い! 声質からしてもオッサンなのに、可愛いすぎる。

 分かりました、と頷けば、クマさんの口が不自然に上がった。あ、うん、ちょっと不気味。

 結局、熊さんの正体聞けなかったけど、もうどっちでもいいかな、って言う気がしてきた。ほら開けちゃいけない箱ってあるじゃない。好奇心は猫をも殺すとか物騒な言葉もあるし、ぶっちゃけこれ以上よく分からないフラグ立てたくない。


「じゃあな」

「はい、じゃあまた」


 立った状態で手を振られ、その可愛さに身悶えながらあたしはキノコが入った籠を抱え込み、夕日で赤く染まった道を急ぎ足で孤児院へと戻った。




 そして何故か孤児院の前には、団長、騎士さん、神官長様がいて、戻るなり「怪我はないか」「どうして共を命じてくれなかったんですか」「一人で行くなんて危険すぎます」と捲くし立てられた。

 どうやらシスターに聞いてずっとここで帰りを待っていたらしい。

 ……あんたら、暇なんですか。


 正直ウザ……いやいや、過保護過ぎて何だか申し訳なくなる。

 次森に行く時、この三人をどう撒くか頭を悩ます事になりそうだと思いながら、とりあえずうるさい腹の虫と三人を黙らせる為に、ささやかなキノコ晩餐の準備に取り掛かる事にした。







2011.06.23 

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