告白文の差出人
割と早くできました。推理物としてはまだまだですがよろしくお願いします。
この世界の夜の街中は現代日本とはずいぶんと違う。街灯がないので明かりがなければ前を見ることもままならない。夜中のトイレなど日本とは比べ物にならないぐらいの怖さがある。辰真たちが普段営業している酒場も夜三つ(21時)ぐらいには店じまいをするものだ。もっともその時刻に終わることはほぼなく、大概酔っ払いとの格闘の末、どうにか店じまいをするのがいつもの事だった。
しかし、こんな町の中で深夜でも明るいところがある。騎士団の屯所だ。日本で言えば交番のようなもの建物だが、交番との違いはその広さだろう。外部からの襲撃に備えて武器などの用意もあるし篝火もたかれていて暗い街の中では特に目立って見える。こういった物が街中には何か所もある。
そのひとつである商業地区の屯所。その北側の路地に隠れるように二人はいた。
「レオンさんから聞いた話だと普段あの武器庫で剣を振っているということですが……特訓場所としては最適でしょうね」
屯所の西側に隣接して建っている建物であり、この中でレオンは剣を振っていることが多いという。武器庫で武器を振ればその場で片付けもできる。また、普段人が来るような場所でもないのだろう。集中して剣を振れるのだと辰真は考えた。
「見られている相手が建物の中であるということを考えると直接ここにきてレオンさんを見ているということでしょうか」
「そうですね……建物の中では遠くからレオンさんを見るのは難しいですから」
野外で剣を振っていたら特定は困難を極めただろうが、建物の中となれば話は別だ。この人通りの少ない時間に武器庫の周りをうろついている不審人物が犯人ということになる。
「私たちがいるのが屯所を挟んで向かい側の場所。屯所と武器庫は隣接していて隙間はありません。武器庫の南側には商店がありますが窓などはこちらにはないようです」
「窓があるのはあの西側の路地だけでしたっけ?」
「東側にもあるようですが隙間がないのでムリですね。魔法でも使えば可能でしょうが」
「……そんな魔法あるんですか?」
「あるらしいですよ?」
一応この世界にも魔法というものはある。しかし、市街地で魔法を使うことは規則によって認められていない。使えるのは専門の学校や騎士団、実際の戦場ぐらいのものである。そのため、辰真は魔法というものを見たことはなく、聞いたことがあるというだけだった。
「ちなみに武器庫の中に抜け道があった……なんてことはないですよね?」
「ないと思いますが……なぜですか?」
「え?」
「いや、なぜ武器庫の中に抜け道があると考えたのか興味をもったので」
辰真は返答に困った。推理物のタブーの一種であることを思い出してなんとなく聞いただけだからだ。それを説明するのか? と一瞬考えたからだ。
「いや、そういう可能性もあると思っただけです。良く考えたらそんなものがあったら泥棒入ってますよね」
「武器庫は重要な場所ですからね」
無難に回答をする辰真。隠しているわけではないが、元の世界の話をするのは若干気が引ける部分があった。理解してもらえるのかという恐怖が若干ながらも存在しているからだ。
「あ、レオンさんが来ました」
「張り込み開始ですか……」
レオンが武器庫に来たのを確認し張り込みを開始する二人だったが、結局この日は収穫はなく終了した。
○
「ようお二人さん。元気にしてたか?」
「ランバーさん!」
「御無沙汰です。今戻りですか?」
「いや、昨日には戻ってた。ちょっとでかい奴狩ったもんで国王から呼び出しかかってな。食事会でねぎらいと愚痴を聞かされたわけよ」
ランバー・ヴァンデックス。ダルタリアン王国でも屈指のハンターでありこの居酒屋のオーナーである。今も酒を飲んでいる。
「あれ? そういえば他の皆さんはどうされたんです?」
「買い物に出かけた。ま、久々に戻ってきたんだ。好きにさせとけばいい」
ハンターといっても一人で行動するわけではない。まれにそういった人もいるが基本的にはチームを組んで行動することが多い。辰真に語ったようにランバーもチームを組んでいるが、メンバーは今日は不在のようだ。
「それよりもお前さん達、昨日臨時休業したらしいじゃねぇか。常連が言ってたぞ。デートかなんかか?」
「違います」
「違いますね」
辰真が即答。ついでフィナも回答。もう少し恥じらいでもあってもいいかもしれないが生憎この二人の関係は仕事の同僚程度にとどまっていた。
「ところで国王とどんな会話をしたんですか?」
「ん? ああ、たいしたことじゃねぇぞ? 皇太子直属の騎士団の創設が遅れているとか、王女が勝手に城を抜け出して困っているとかだ。皇太子が迎えに行ったらしいが……。昨日も会ったがずいぶんやんちゃになったもんだ」
「ランバーさん、その話もう少し詳しく!」
フィナが興味から国王との会話について尋ねた。一般市民であるフィナからすれば興味のわくことだったようだ。するとその会話の中に今回の依頼につながりそうな話が出てきた。辰真も気付いたがフィナがそれよりも早く食いついた。ランバーは驚きながらも酔いがあったこともあり王女の抜け出したことについて話をしてくれたのだった。
○
ランバーは話が終わるとメンバーとの待ち合わせのために去っていった。二人は聞いた話をもとに情報を整理する。
「やっぱりレオンさんの閲兵式での握手は王女とかかわりがあったからでしたね」
「それはそうですね。街で絡まれているのを見つけて保護したというのは十分でしょう」
追跡装置なんてものがあるわけはないので行方をくらませた人物を探すには基本的には人海戦術しかない。しかし、あまりにも大々的に人を動かすと国のメンツというものにもかかわる。なかなか面倒な物なのだ。
「つまり、その時に出会ったレオンさんへの思いを手紙にしたということですよ!」
「…………」
なんか腑に落ちない。違和感を感じている辰真がそんな顔をしているのをフィナは見た。
「……なんだか納得のいっていない顔ですね」
「……はい、あの文面とこの話が結びつかないんですよね」
『親愛なるレオン様へ 夜三つにあなたを見かけた時、私はあなたの虜になってしまいました。あなたの事を思うと夜も眠れません』
「話によるとレオンさんとシャルロット王女が会ったのはその一回だけ」
「はい、星がきれいなところへ行こうとしてレオンさんに保護されたと言っていましたね」
時間は夜三つの頃。文面とは一致する。少数の不束者が王女に絡み、その現場に通りかかったのがレオンであった。レオンに助けられたからこういった手紙を出した。
「王女が惚れたから手紙を出した……というのがフィナさんの考えですよね?」
「そうです。そうとしか考えられないんじゃ……」
「……うーん」
何かが違う。フィナの考えが間違っているわけではないと思う。腑に落ちない部分こそあるが。
「王女様が出したものではないと考えているんですか?」
「そこは微妙なところですね。ただ恐らく王女様が出したんだとは思います。一回助けられたから惚れるというのには微妙に納得はいきませんけどね」
恋愛経験のない辰真にとっては一目ぼれという概念は理解しがたいものがあった。しかし、それを差し引いてもいきなり惚れる展開は考えにくいのもまた事実だった。
「ただ……なんか違和感があるんですよね。それだけじゃないって」
感覚の話なのではっきりとしたことが分からないことにもどかしさを感じつつ話を続ける辰真。それに対してフィナはというと……
(なんか、変わった人ですね……)
見た目は何の変哲もない恋文に違和感を感じるという辰真にそんな感想を抱いていた。
「なら確かめに行きましょう。通路の話もランバーさんに聞けましたし気になるのではっきりさせておきましょう」
フィナの一言によって居酒屋の二日続けての臨時休業も決定したのだった。
○
夜三つの頃、騎士団の屯所隣にある武器庫には剣を振る音が響いていた。振っているのは依頼人のレオンである。集中して剣を振っているその外側では外套に夢を包んだ人物がいた。
その人物は紙を武器庫の窓から入れると足早に立ち去った。
……それを見ている人影には気づかずに。
さて、ダルタリアン王国の宮城は街の真ん中にある。街自体が鎌倉のように一つの城塞であるこの国ならではの配置であるが、そんな城でも万が一の備えというものがある。
城の南側にある一軒の民家。そこには王家の者のみが知るという隠し通路の入口がある。外套を覆った人物はここに現れると一階奥の部屋の本棚に近付き何かの操作をしようとした。するとそこに思いがけず声がかけられた。
「手紙は出し終わりました?」
「!?」
人がいる。その事実にこの人物は混乱した。秘密の通路ということもあり警備の人間はいない。だが、そうそう人が来るような場所でもない。
振り向くと男性が立っている。後ろには女性も一人いる。自分の動きを見られていたのだろうかと思っていると男性が口を開く。
「別に弱みを握りたいわけじゃないんですけど、あなたが手紙を出した人に頼まれていまして。出来ればお話を伺いたいんですけど……王家の方ですよね?」
やはりここを抜け道と知ってきているのかとこの人物は思う。男性は自分と同じくらいの身長だが見るに武器などは持ってはいない。軽装で何かを隠し持っているという感じもしない。丁寧な口調からも自分を害する意思はないとこの人物は思った。女性も同じようにこちらを見ているが単に興味があるだけのようだ。
「…………お話は聞きましょう」
「ありがとうございます。まずあなたの正体ですが……背丈からして男性ですよね?」
女性にも背の高い人間はいるがこの人物は男性の中でも特に大きい。そのため自分が男性であるということはすぐにバレてしまうことに不思議はなかった。
「ええ、私は男性です。この国の皇太子です」
「……そうですか。では少し聞きたいことがあります」
男性は少し驚いた顔をしてこの人物への質問を始めた。
○
「……王女様が惚れていたのは事実でしたね」
「そうなんですけどね……違和感の正体はこれだったのかと思うと……」
辰真は少々頭を抱えていた。あり得ないと思ってはいたが王女が惚れていたという事実はまぁいいとしよう。
「まさか皇太子が別の意味でレオンさんにほれ込んでたとは……」
惚れていたといっても辰真の言うように別の意味でである。王女を引き取りに行った際に、この人物なら自分の騎士団を任せられるという意味での一目ぼれだった。つまり二重の意味で手紙を出したのだが、中途半端な文面になったがために違和感を生みだしていたのだ。
「それでどうします? レオンさんへの報告。正直はっきり言わなくてもいいと思うんですが」
分かった以上報告はするべきだがいずれはっきりすることだし言う必要はないと辰真は考えた。王女の夫になり皇太子直属の騎士団への栄転という内容を伝えるのは自分たちでは相応しくないとも考えた。
「そうですね……私たちが言っても信じてもらえるかは怪しいところですよね……なら差出人に会ったことだけは伝えて後は任せるということでどうでしょう?」
最低限の依頼は果たし、後の事は本人に任せるのが良い。フィナも同じ考えだった。
「あれ? なんか店の前に人が……」
もう夜四つ(22時)も近い時間である。こんな時間に何をしているのかと思い近づくと……
「おいおい二人さん、何やってんだ2日も休みやがって!」
「俺たちゃこの店に来るのが生きがいなんだよ! だから今からでもやってくれ!」
「こんな時間まで待ってたんですか!?」
居酒屋にやってくる常連の客だった。その熱意に押され、ダルタリアン王国で初の深夜営業が行われたのだった。ちなみに二人は疲れ気味で終わった後は昼過ぎまでは寝ていたそうな。
○
「レオン騎士、シャルロット王女と交際へ……すごい祝賀ムードですね」
数日後、新聞のようなものが臨時で街中で配られた。この記事の影響でレオンとかかわりのある人や店にはずいぶんと大きな影響があった。無論、この二人の居酒屋も例外ではなく、通いの居酒屋ということで知名度が上がっていた。
「レオンさんはもう当分来られないでしょう。今は宮城で寝泊りしているそうです」
「でしょうね。こんな状態じゃ街歩くのも難しいでしょう」
仮に別れたらどうするんだと一瞬思ったがあまり考えないことにした。人の心配までできるほど余裕があるわけでもない。
「とりあえずレオンさんがいつもいらっしゃっていたところはレオンシートと命名しましょうか!」
「発想が自分のところの人間と同じでビックリです」
どうにも日本みたいな考えを持つフィナに何とも言えない感情を抱きながらもまた日々は過ぎて行く。