シンプルな告白文
「戻りました……ってなんです? 依頼でもあったんですか?」
「そうです依頼です!」
仕入れに出かけていた辰真が店に戻るとそれを待ち構えていたフィナを見て質問すると予想通りの回答が返ってきた。猫探し以来の依頼……探偵を始めたのはその後なので実質的に初の依頼だ。どうやら一人で盛り上がっていたようだ。
「一体どんな依頼なんですか?」
「ラブレターの差出人を探してほしいというものです。依頼者はあの方です」
フィナが指さした先にはカウンターの椅子に座る真面目そうな青年がいた。顔立ちも良く人当たりもいいことが想像できる。
(ああいうタイプは苦手なんだよな……)
過去の記憶に当てはまるような人間がいたことで眉をしかめるが仕事なのでそうもいかない。一度話を聞こうとカウンターのスタッフ側のスペースの椅子に腰かける。フィナも近くに座り話が始まった。
「俺は騎士団の団員、レオンだ。探してほしいのはこの手紙の差出人なんだ」
差し出した手紙を辰真が広げ読んでみる。
『親愛なるレオン様へ 夜三つにあなたを見かけた時、私はあなたの虜になってしまいました。あなたの事を思うと夜も眠れません』
「……ずいぶんとシンプルですね」
「そうですね。差出人の心情を綴っただけですね。夜三つの時にというと結構更けてますが」
この国の曜日は日本と同様に七日で一週間となる。曜日も同じだが木の日、水の日という表し方をする。一方時間は四つに区分されている。日本で言えば午前と午後のようなものが四つあると考えればいい。
夜の時間帯は18時から24時。18時は昼6つ、19時は夜1つのため夜3つは21時となる。
「ところでなぜ差出人を探してほしいのですか?」
「なぜって……気になるからではないのですか?」
辰真が差出人を探す理由を問うとフィナが不思議そうな顔をした。一方のレオンはバツが悪そうな顔をしている。
「……お気にに障ったなら申し訳ない。わざわざ私たちに相談に来る以上以前にもそういうことがあったんじゃないですか? 例えばいたずらとか」
「! どうしてそれを!?」
「私の知り合いにもそういう人がいまして。ラブレターかと思ったらいたずらだったということがあったんです」
辰真の知り合いはラブレターに狂気して待ち合わせ場所に行ったもののいつまでたっても相手は現れず。数日後にいたずらであったことが判明し、首謀者達はは生活指導に絞られたという話がある。
「ええ……以前にも似たような手紙が入っていまして。もしかしたらと思って行ったのですが……」
「いたずらだったと」
「はい……ですのでこの手紙がどういうものであるかを調べてほしいのです! できればどのような方が出したのかも知りたいのです」
「……依頼は受けます。料金は後払いで。それといくつか聞いておきたいことがるのですが構いませんか?」
「? はい、わかりました」
辰真はレオンにいくつかの質問をして住所などの必要事項を記入してもらいレオンは店から出て行った。
「……人と話すのは苦手とおっしゃっていましたが、話せるじゃないですか」
「相手が一人ならどうにか。大人数と想定外には弱いんです」
「さて、手紙の真偽と差出人の特定か……なかなかに難しい」
「それにしてもずいぶん良い紙を使っていますね。ラブレターなら気合も入るんでしょうね!」
「え? これいい紙なんですか? というかまだ決まったわけではないですけど」
「ええ。主に貴族の方がよくつかわれます。でも一般の人でも買うことはできますよ」
(現代の紙と比べるのがいけなかったな)
紙質はやはり大きな差があったこともあり辰真には良い紙だとは分からなかったようだ。
「……一般人でも買えるならまだ本物とは言い切れないか」
「ところでさっきレオンさんにいろいろ聞いてましたけど、アレは何でですか?」
「気になることがいくつかあったのではっきりさせておきたかったんです」
辰真はレオンから聞き取ったことを書いた紙に目を落とす。
「ただこれだけじゃはっきりしないんですよね……」
「聞き込みですね! さぁ行きましょう! ミカゲさん!」
「ほんと元気だなぁ」
○
「ああそうだよ! 俺たちが偽の手紙を出したんだよ! あいつにはもう謝ったよ!」
頬に傷のあるいかにも戦場を駆け抜けてきたような大きなガタイをした男……デルマに詰め寄られ腰が引け気味だがどうにか辰真は返しの言葉へとつなぐ。後ろには偽ラブレター事件の際の仲間の二人がいる。
「それはわかっています。私が聞きたいのはその理由についてです」
「理由?」
辰真は手元に目線を落としてから話を続ける。
「レオンさんは心当たりがあるからあなた方が書いた手紙に従った。あなた方もそれを知っていたから出したのではないかと思いまして」
「閲兵式って……知ってるか?」
「閲兵式?」
「騎士が王の姿を直接目に入れられる唯一の機会だ。その時にな、あいつはな……あいつはな……シャルロット王女に御手を触れるという栄誉にありついたからだー!」
辰真にはこの時にデルマの後ろで火山が爆発するような幻影が見えたという。
「……えっとつまり?」
「皇太子はともかくシャルロット殿下親衛隊の隊規に反した裏切り者だから制裁を下そうとした! だが総隊長にばれて大目玉をくらった! これでいいか!」
「え……ええ。ありがとうございます」
(要するに王女のファンだったってことか。こういう世界にもいるんだなこういうの)
親衛隊と名乗ってはいるが彼らの大半は町の治安維持を目的とする部隊の出身。特段戦場に出るような人間ではない。要するにアイドルのファンクラブに近いものだった。
(あの感じを見る限り懲りずにもう一度出したという線はなさそうだな)
情報を整理しながら辰真は情報を整理する。今頃閲兵式の詳しい内容を聞きに行っているフィナと情報のすり合わせをする必要があるだろう。
「それにしてもどうにかなってよかった……」
辰真は手に持っていた紙を広げ一息つく。人と話すのが苦手な彼がちゃんと話が出来たのは事前に用意しておいたカンぺのおかげであった。
○
「ではこれより会議を始めます!」
ノリノリで進行をするフィナと違いやや眠そうな辰真。フィナが立っている後ろには黒板のようなものが用意されている。
「まずレオンさんについての情報ですね。レオンさんは現在騎士団の第三班に所属。治安維持を主なお仕事にしています。性格は真面目、人当たりも良く住民の方々からも良い評判を聞きました」
「真面目なおまわりさんってところか……」
「おまわりさん?」
「こっちの言葉です。気にせず続けてください」
まじめで治安維持をする人当たりのいい人物として辰真が思い浮かべたのが交番のお巡りさんだった。そのため何となく口に出していた。
「現在彼女募集中。我が国の第二王女であるシャルロット・イラ・ダルタリアン王女の自称親衛隊のメンバーでもあるようです」
(なるほど……それで裏切り者。自称見守る会ってところなのかな)
「基本情報は以上です。ミカゲさんは以前の手紙について調べたそうですが何か分かりましたか?」
親衛隊の組織について辰真が考えていると話を振られたので少しあわてながらも答える。
「閲兵式でさっき出てきたシャルロット王女の手を触れる機会があって嫉妬されたのが偽手紙の原因だそうです」
「そうですか……となると手紙の差出人はシャルロット王女かもしれませんね!」
「……どうしてですか?」
さすがに話が飛びすぎて理解が追い付かなかった辰真がその理由を尋ねる。
「閲兵式で国王様や皇太子様が兵士への感謝として握手をすることはよくあるのです。ですが王女様がとなると話が違います。恐らく指名されたのでしょう」
「指名ですか……」
「つまり王室から何らかの感謝されるような事をしているということですよ!」
「……それはわかりましたが何で興奮しているんです?」
王女からの握手はよほどの事がないとあり得ない。つまり特別な何かがないと辿り着かないということになるのはわかる。だがフィナがかなり興奮しているのが辰真には気になった。
「……あくまで噂話ですが王女と握手した男性はのちに王女様の婿になるというケースが多いんです」
「……それ身分違いの恋ってことですよね。大丈夫なんですか?」
辰真のイメージ的には身分違いの恋には相当な邪魔が入るのが通例だ。例えば王女の許嫁やらライバルの皇子とか。頭の固い老執事が敵に回るなんてこともザラだ。
「私のような一国民からすれば面白いネタであるというぐらいです。少なくとも握手までこぎつけているということは浅い関係ではないことはわかります。ただどこで接点を持ったのかがよくわからないんですよね……」
確かに片や王女、片や町のお巡りさんである。一体どこで接点を持ったのかと不思議にもなる。ただ辰真には何となくだが思い当たる節があった。
「……もしかしてですけど王女がお忍びで町に出てきてレオンさんに助けられた……とか? でもさすがにそれは……」
「それです!」
「……え?」
ありがちなマンガとかの話から何となくで想像したもので本人も即座に否定しようとしたのだがどうやらしっくりきてしまう部分があったようだ。
「王女様は街に出歩いているという噂が結構あるんです。はっきりしたことはわかってはいませんが面白くなってきましたね!」
「え?」
「そうときまれば尾行の準備……いや、まずは以前から噂になっていた隠し通路の件から……」
「あの……フィナさん? もうじき営業はじまるんですけど」
営業時間前ということでそろそろ準備が必要なのだが、市民と王女のロマンス(予定)に興味が向いていしまいまったく話が耳に入っていない。彼女が仕事に集中できないと店の戦力は半分以上削られる。
「…………」
辰真は計画を練っているフィナに対して紙を折ったものを叩きつけた。これだけ聞くと聞こえが悪いが、要はハリセンを使ったのだ。バシーンという音とともにフィナが頭を抱えて辰真の方を涙目で見ていた。相当いたかったらしい。
「……ごめんなさい。ここまで威力が出るとか思ってませんでした」
辰真に今できることは平謝りすることだけであった。
○
「ミカゲさんはもっとはっきりものを言うべきだと思います」
「おつしゃる通りです」
「でも私が夢中になっているからといって直接行動に出るのはどうかと思います」
じゃあどうするんだと辰真は言いたくもなるが、生来の性格でそういうときには言葉が出ない、とっさの対応というものが得意でないのだ。
「相手の心を読むということをもう少し意識した方が良いのではないでしょうか?」
(出来てたら苦労してないんですけどね)
衝動で事を起こして後悔するのは今に始まったことではない。言葉の代わりに手が出ることも今までにもあった。その結果、様々なトラブルに巻き込まれているわけだが。
「まぁ私も反省するべきところもあるので。その点は努力します。店が終わったら続きの話をしましょう」
その言葉を最後に二人は店の支度に入る。今日もまた店はにぎわいで包まれている。
○
「とりあえず、王族の隠し通路を見つけることから始めようと思うんです。それから……」
「……いや、今回の依頼は手紙の差出人を見つけることですよね?」
「……そうですね」
「……なら夜三つにレオンさんに接触すると見て様子を見るのが良いのでは?」
現実的な解決策を提示した辰真であったがどうやらフィナにはあまり面白いものとは捉えられなかったようだ。
「昼間レオンさんに聞いた話だとその時間帯は休憩をもらって剣を振っていることが多いとか」
「となると……それを見てということでしょうか?」
「文面を読む限りはそうなりますね」
手紙にもう一度視線を落とす辰真。張り込みという形になるのだろうかと思いながらも店あるしと考えているとフィナが声を上げた。
「じゃあ張り込みですね! これはこれで面白そうです!」
「え?」
「明日は臨時休業です! ラブレターの差出人、突き止めますよ!」
クエスチョンマークを浮かべる辰真をよそにフィナは準備を進めていく。解決するにはこれが手っ取り早いとわかってはいるものの、この行動力には辰真は驚かされるばかりだった。
そして張り込み当日。夜二つ頃(20時)。
「……フィナさん?」
「なんでしょう?」
「これは一体……」
「張り込みと言えばこれですよ!」
彼女の手には紙袋が二つ。中を見るとゴマが乗っているパンと白い液体が入った瓶。
「なぜにあんパンと牛乳? ここ日本じゃないのに……」
そうつぶやくと同時に牛乳の鮮度は大丈夫なのかと不安にもなる辰真だった。