猫探し
就活しながらはやっぱりきつい……
酒場というのは基本的に夕方から営業するものである。故に昼間は何をしているかというと……
「暇だなぁ」
「暇ですねぇ」
仕込みが終われば基本的には昼食を食べながらリラックスするぐらいだった。この日はバルー豚とエルノラ(レタスのようなもの)のサンドイッチ、そしてスープである。机を挟んで笑顔でサンドイッチを頬張っている金髪ロングで物腰柔らかな女性は辰真の補佐を務めているフィナ・コルネアン。商店協会からの出向なのだそうだ。
「今日のスープ、味があっておいしいですね。気に入りました。どんなものを使ってらっしゃるのでしょう?」
「ニンジンとか玉ねぎとか鳥肉とか適当に放りこんで長時間煮込んだものです。まだ試作中ですけどね」
日本で言うところのコンソメスープのようなものであった。辰真は最近料理に凝り始めていた。それぐらいしかすることがないともいえるが。
ちなみに自称コミュ障と言うだけあって辰真は女性との会話は得意ではない。しかし、相手が一人であることから微妙に視線をそらせばどうにか会話が成立するぐらいには話せてはいた。
「それにしても暇ですねぇ。何か依頼が来ませんでしょうか」
「……それで苦労するのは俺なんですけどね」
この酒場が開設されて早二月ほどが経とうとしていた。辰真もこの世界にだいぶ馴染み、酒場の客足もだいぶ伸びていた。ちなみに自称コミュ障の接客はというと、最初こそおぼつかなかったが今ではどうにかやっていけるぐらいには成長している。
酒場ともなると酔っぱらったりで愚痴を言う客もいる。そんな愚痴に付き合うこともある辰真だがこんな相談があった際に転機が訪れた。
○
「実はよぉ……おいらのところのミィちゃんがいなくなっちまってなぁ……」
「ミィちゃん?」
「猫の事ですよ、ミカゲさん。」
自分の家で飼っていた猫がいなくなってしまったという男性。ずいぶんな落ち込みようでずっとため息をつきながら酒をあおっていた。建設現場での仕事があり独身である男性は探す時間がないという。夜探すにも電灯のない世界では暗中模索という言葉がふさわしい状況になってしまう。その時、フィナがこんなことを言いだした。
「ならミカゲさんと私で猫ちゃんを捜します!」
「ほ、本当か!?」
「ええっ!?」
驚いたのは男性と辰真である。男性は歓喜の表情で辰真は困惑の表情でフィナを見ている。
「じゃあ頼むよ! 見つけてくれたら報酬も出す!」
「では猫ちゃんが見つかったら成功報酬という形での契約でよろしいでしょうか?」
「いや、なんで勝手に話進んでんの?」
就活での面接に落ちる程度の自己発信力しかなかった辰真のつぶやきではフィナに聞こえるはずもなく話はトントン拍子で進んでいく。辰真とフィナは結果として猫探しをすることになった。
「……猫、好きなんですか?」
「ええ。だから助けてあげたいと思いまして。ダメだったでしょうか?」
「……いや、どうせ暇してるんだし問題はないかな」
それにあそこまで喜んでいた男性のためにもやっておきたいという気持ちもあった。にべもなく断るのは気が引けるという事情もあった。
この猫探しが辰真の探偵業としての第一歩であった。
「さて、猫を探すわけですけど……どこから持ってきたんです? それ」
「猫を探すなら猫っぽくする必要があると思うんです! ミカゲさんも一つ」
「いりません」
自己主張が苦手な辰真だが、辰真でも即座にいらないと主張できるものが目の前で装備していた。
「……それでどうやって見つけるんです?」
「こうやってにゃーって鳴けば一発ですよ。にゃーにゃー」
(仕事はできるのになぜこういうところはバカっぽいんだろうか)
要するに猫耳に猫の尻尾。猫のコスプレだった。一体どこにそんなものがあったのだろうかと辰真は突っ込みたくなった。猫の鳴きまねはうまいが。ここは人の行きかう通りである。軒下を探すフィナを住民たちは怪訝そうに見ていた。本人は全く意に介していないが。
「いなくなった猫は灰色の猫……アメリカンショートヘアとかかな」
「アメリカン……それはなんですか?」
「この猫の種類です。俺の住んでいた地域ではそう呼ばれていたので」
男性が描いた猫の絵を見ながら種類を想像する辰真。ちなみにフィナは辰真が異世界の出身であることを知らない。きっかけとなったランバーもまた同じであった。
「猫はいなくなっても比較的遠くに行かない生き物だそうです。だから……あの男性の方名前なんて言いましたっけ?」
「ゴウさんです。棟梁として有名な人ですよ」
「じゃあゴウさんの家の近くを探してみましょうか。特に猫が入れそうだけど人が近付かないようなところを中心に調べてみましょう」
「お詳しいんですね」
「知り合いの猫探しに付き合わされた事があるので……そこまで詳しいわけではないですが」
あれは災難だったと辰真は思い出す。今回と同じように猫好きの友人が突然訪ねてきて半ば無理やり猫探しに付き合わされたのだ。
「その猫さんは見つかったのですか?」
「どうにか。ただ見つけたというより出てきたという感じでしたけどね。ところでゴウさんの家は?」
「ウェストパークの辺りですね。私が案内します。付いてきてください」
ダルタリアン王国の市街地は円状に形成されている。中心地には王城や貴族の住宅が広がっている。それを囲む円のように各地域が広がっているのだ。中心地の外周には商業地が広がっている。辰真がまかされている酒場もこの地域にある。更にその外周には一般の住宅が広がっている。ウェストパークというのは言葉のまま西の公園を指し、ひいてはその近辺の住宅地を指している。
「ここがゴウさんの自宅ですか。けっこういいところですね」
「そうですね。ただウェストパークの中では真ん中ぐらいですが」
現代と違ってダルタリアン王国では持ち家を持っている人間は貴族や商人ぐらいのもので大多数はアパートのような集合住宅に住んでいることが多かった。そこそこ棟梁として名を知られているゴウでもそれは例外ではなかった。
「では私は町の人に聞き込みをするので、ミカゲさんはあちこち探してみてください!」
一見するとフィナが楽をしているように見えなくもないが、通行人に話しかけるなんてことがこの男にできるわけがない。この時点でも開店から一月たっていたこともあって、フィナもある程度性格は把握していた。
フィナが聞き込みを始めるのに対して、辰真は細い路地や猫が入り込みそうな隙間などを探すことにした。猫は比較的臆病なのでそういった場所の方が見つけやすいと踏んでのことだった。
「……いないな。やっぱり時間かかるか」
以前友人に付き合わされた時は五日ぐらい探していたことを思い出して少しため息が出た時。後ろからこんな声がかけられた。
「お前さんか? よその世界から来たのは」
辰真が振り向くが誰もいない。怪訝に思い視線を落とすとそこには猫がいた。依頼にあった猫と同じ種類のように見える。警戒しながら越えのした方向に話しかける
「……逆に聞くがあなたでしょうか? 俺に話しかけてきたのは」
「……俺がしゃべったことには驚かないのか?」
「……まぁいろいろあるので。元の世界には」
辰真自身ももう少し驚くと思っていたが、意外にもそんなことはなかった。元の世界ではなんでもかんでもしゃべるという環境に身を置いていたのも一因かもしれない。
「それでどういった用事ですか? 俺はその猫本体に用事があるんで出来れば手短に済ましてもらえるとありがたいんですが」
「……この猫の持ち主が君に依頼していたのか。まぁ手間が省けたと思っておこう」
正確には辰真ではなくフィナへの依頼であるが、これでこの猫が探している猫であるということははっきりした。
「結論から言えば私は……君らの世界で言えば幽霊とか魂だけの存在だ」
「ずいぶんうちの世界の事に詳しいんですね」
「以前も来たからな。君らの世界の者が」
君らの世界という言葉に若干皮肉めいた答えを返した辰真だがその後の発言に少し面を食らった表情を見せた。驚いているのを見て猫は話を続ける。
「さて、時間もないので本題に入ろうか。君は今後どうしたい?」
「……どうしたいとは?」
「元の世界に戻りたいか、この世界にとどまりたいかだ。私は君たちのような流れ着いた者に道を示す仕事をしている」
「…………」
元の世界に戻りたいか。その質問に辰真は即答できなかった。今はなんとか生活できているが元の世界に戻ればまた0からのスタートになる。だが戻りたいという気持ちも抱えているのは事実だ。
「……ちなみに以前来た人はどうしたんですか?」
辰真は思い出したように猫に尋ねた。前例があるなら参考になると思ったからだ。
「この世界にとどまることを選んだ。元の世界に不満があったらしい。……顔に話を聞きたいと書いてあるが、話を聞くのは無理だ」
「なぜですか?」
「彼は既にこの世にはいない。天命を全うしたよ。そもそも彼がこの世界にやってきたのは450年も前の話だからだ」
「450年……」
都市を逆算し大体戦国期の頃と当たりをつける。こういった雑学がらみは彼の得意としている分野である。
「じゃあ戻るにはどうしたらいい?」
「君は元の世界に戻りたいということか?」
「……ああ」
「……そうか。まぁ今はそれでもいい」
ワンテンポ置いての回答に迷いを見た猫はそう呟いて話を続ける。
「元の世界に戻りたいのならこの仕事を続けろ。そうすればいずれ帰る道が見えるだろう」
「つまり酒場の経営者か?」
「違う。今やっていることだ」
「探偵を?」
「君の世界ではそう呼ぶのかは知らないがこれだ」
探偵を続けろ。なんだかよくわからないが続けていれば元の世界に帰れるらしい。
「ではな。この猫を探しているであろう奴に届けてやってくれ」
そう言い残すと猫はぐったりと倒れてしまった。単に気を失っているだけのようで辰真は安心した。
「ミカゲさん、ここにいましたか! なんと、この辺で有力な情報が……ってあれ? その猫……」
「……それっぽいから捕まえてみましたが、これですか?」
「そうです! 良かった見つかって!」
猫を抱き抱えて笑顔を見せるフィナ。若干汗を滲ませてるフィナは美人であることから絵になっているのだが正直辰真はそれどころではなかった。
(探偵を続ければ……元の世界に帰れるか)
彼にとっての探偵とはやはり物語の中のキャラクターというイメージが強い。超人さが強調されていることもあり本当にできるのか? と疑問を持っていた。それに加えてもう一つ理由がある。
(本当に元の世界に戻りたいのか?)
以前来た人間は世界に不満がありこの世界にとどまったと猫はいっていた。自分も元の世界には不満がある。だが捨てるには惜しい何かもある。
(どうしたらいいんだろうな……)
○
「……結局ただの愚痴でしたね」
「依頼来ないですねぇ……」
今日訪ねてきたのも常連客であり内容も愚痴だった。このところ昼はお悩み相談所のような状態になっていた。
「それにしても辰真さんから探偵……でしたっけ? それをやろうと言い出すとは私は思いませんでした」
「……ちょっとした気持ちの変化です。何か役に立てればいいなと」
そう。結局辰真は探偵を始めたのだった。やっていればいずれ帰れるならとりあえずはやってみる。そして帰れるときになったら考えればいい。そう結論付けていた。気持ちの変化は嘘であるが役に立ちたいと思ったのは本音だった。町の人の優しさや人柄と触れ合う内にそう感じていた。
「時間も時間ですしお菓子でも食べましょうか。ちょうど試作品もあるので感想お願いします」
「いいですよ。どんなものが出てくるか楽しみです」
今はまだ分からない。だがいつか答えが出るときが必ず来る。何となくだがそう感じながら午後の時間は過ぎていった。