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縁は異世界にあり

就活中ですが気晴らしに投稿します。よろしくお願いします。

コミュ障にとって就活とは地獄である。学校の勉強の成績では測れない理不尽が学生に襲いかかってくるのだ。御影辰真みかげたつまもそんな理不尽に悩まされている一人だった。


企業からの不採用通知……通称お祈りメールと見るやすぐに削除しスマホから目を離す。


辰真は例にもれずコミュ障だった。成績は普通よりも少し良いぐらい。しかし、人とのかかわりをあまり好まない。


「はぁ……」


ため息とともにスマホをを放り投げベットに横たわる。そしてふて寝。不採用通知後の恒例行事だった。スマホが床に落ちる音が響くが辰真は気にしない。


それと同時にこんな考えに至ってしまう。自分には何もない。存在価値がないと。


こんな発言を人のよい人が聞けば『そんなことはない!』と言った後にいかに人に存在価値があるかの大演説を始めそうだ。実際に辰真もそういった人間に会ったことがある。しかし、辰真からすればそれは理想論であって現実的な話だとは思えなかった。


いくら『必ず採用してくれる企業があるよ』と励まされたとしても現時点では採用はされていない。この状況に陥った就活生に励ましの言葉など無意味に近い。結果が出てようやくその励ましの意味を理解するといったケースが大半である。


0か100か。詰まる所はそこに辿り着く。不採用なら0であり採用なら100。そんな意識が現代の就活生には当たり前のものになっていた。


お分かりだと思うが辰真もそういった意識に染められていた。そのたびに反省はしている。後悔もした。そして次のために何を生かすかを考えた。しかし、それでも及ばない。


面接当日、試験室のいすに座る辰真の眼前に広がっていたのは面接官達の姿ではなかった。何もない、真っ白な空間。それと同時に頭の中から言葉が消えていくような感覚。


つまり極度の上がり症なのだった。その日の試験も散々な結果に終わり徐々に辰真は自信を失っていった。


練習ではうまくいっても本番に力を発揮できない。おまけに一年限りの一発勝負は辰真との相性は最悪といってもいい。これも自信を失わせるには十分すぎた。


その結果、なぜ働きたいのか、なぜ志望したのか、何がしたいのか。それすらもわからない状況に陥っていた。こんな状況で就活を続けて状況が好転するわけもなく、結果お祈りメールの山を積み上げていた。


こうなると考えるのは存在価値のなさからくる自己否定である。自分は生きている価値がないのではないか…と。


そのため自殺という選択肢を考えてしまう。辰真が死にたいと思ったのは既に一度や二度の話ではない。直接的な行動には至っていないがこのままでは成功するかはともかく、そういった行為に走る可能性は高かった。


しかし、この日状況が一変する。ふて寝をしていた辰真が目を覚ました時、周囲の景色が大きく変わったいた。


「……どこだここは?」


そこは日本の街並みとはまるで違う、ヨーロッパ風の街並みが広がっていた。辰真は石畳の道のど真ん中に佇んでいたのだ。


「なんでふて寝していた人間が立ってるんだ?」


夢かと思いお約束の頬を引っ張ったりしてみるが、痛覚はあるようでひりひりとした痛みが残る。


「邪魔だよ! どきな!」

「えっ!?」


人が多数行きかっている中でぼーっとしている人間がいれば邪魔であるのは間違いない。通りかかったおばさんの指摘に辰真もそれに気づいて道路の端の方へと移動した。


とりあえず服装は元の普段着のまま。ズボンのポケットのあたりに違和感があったので探ってみるとお金らしきものが巾着袋のようなものに入っていた。銀のようなものでできており数十枚は入っているようだ。


それ以外には特には何もない。ゲームで言う初期状態でよくわからない世界に放り出されてしまったのだ。


こうなると今まで死にたいと思っていたこととかが嘘のように辰真は生きることに奔走するようになった。極限状態……と言えるかは分からないが、急に窮地へと追いやられたためか本能的に生きたいと感じたようだ。要するに死にたいというのは気持ちの落ち込みから来ていたもので本気ではなかったということだ。


さてこの状況を冷静に整理してみよう。家なし、職なし、金ほぼなし。正直状況はかなりやばい。


危機的な状況に陥ると人間、どうにかしようと奮闘するものである。こうして辰真の奮闘が始まったのだった。


           ○

異世界で安定して収入を得るにはどうしたらよいか? この疑問に対しての答えは大体三つに絞られる。

一つはいわゆる勇者・冒険者。モンスターを倒すことによって収入を得る層である。二つ目に生産職。主に武器・アイテムなどの生産を通じて収入を得る。そして三つ目。これは異世界人ならではの収入源ではあるがある意味ではまれば一番安定していると言えるのではないかという役目。


「このサンドイッチっていう奴うめーな兄ちゃん!」

「そいつはどうも」

「兄ちゃん! ランドル鳥のサンド二つな!」


飲食店である。風習から全く違う現代から来た人間が料理をすれば注目を引ける。その土地との相性などもあるがこの賭けは割とはまっていた。


サンドイッチなどのパン物にしたのは小麦しか手に入らないからということもあるが運びやすく冷めてもあまり問題がないということである


パンは共同で使用できるパン釜があるのでそこで行った。最初はダメもとだったのだがうろ覚えの知識をフル動員した結果、ある程度食える程度にはやわらかいパンが出来上がった。柔らかいのにこだわったのは日本人だからである。


これらの製作の際、辰真はあることに気がついた。出来上がった商品に目を向けるとVRMMOのようにウィンドウが浮かび上がるのである。例えばパンなら『柔らかいパン』『失敗作のパン』という具合に。そこに具剤を挟み込むとまた名前が変わるのだ。先ほどの例を挙げるなら『ランドル鳥のサンドイッチ』という具合だ。


ちなみに時間がたつと賞味期限切れとなり腐ったパンになってしまう。始めたばかりの時に売れ残りを食べようとしてぎょっとした事を辰真は今でも覚えている。


最初はなかなか売れなかったが、工事現場などを中心に回ると結構売れるようになった。片手間で食べられるものはやはりどこにでも需要はあるということを改めて辰真は思い知った。


そんなこんなでこの商売を始めて一月ほどになる。現在の住まいは商売協会近くの宿屋である。収入は安定し始めてきており、だいぶ余裕も出てきた。今日も作った分は完売。順調である。


商売協会に登録しているのでいくらか税金として取られてはいるが特に現段階では問題ない。しかし、そろそろ考えなければならないことが出てきていた。


「競合してきたんだよなぁ……どうするべきか」


競合他社……つまり辰真と同様に食べやすいものを露天などで販売する手法を他の商人たちも始めてきていた。今のままでは潰れる……危機感は認識していたがいいアイディアが出てこない。


「ダルタリアン名物、挟みパンだよー! 一個二十ダル、いかがー?」


外では辰真のサンドイッチを模したものを売っている人物がいる。名前が違うのはオリジナル性を求めた結果だろう。さて、少しだけ辰真が滞在している町とお金の話をしようと思う。


町の名前はダルタリアン。ダルタリアン王国の首都でありやや山がちの地形に建っている。周囲を山と海で囲まれており、攻めるに難く守るに易い。日本で言えば鎌倉に近い町と言えるだろう。


ダルというのはこの国の通貨単位である。この世界に来た際に持っていた銀貨もこの単位であり、あれは100ダル銀貨である。最初の段階ではおおよそ2000ダルほどは所有していた。ちなみに先ほどの商人とほぼ同じく、彼もサンドイッチを20ダル前後で売っている。前後なのは具によって値段を微妙に変えているからである。


(全部同じだと具のいいやつから売れて行くしこれでいいだろう。コンビニでもこんな感じだし)


こんな考えでの事だった。同じ値段にしたら肉や魚を挟んだものから売れて行くのは予想の範囲内だったということも起因している。


この国のお金と現実の日本のお金を比較すると大体10ダル=100円ぐらいと捉えておけばいいだろう。辰真がある人物に安い食堂を紹介された際の値段が大体50ダルほど。現実なら500円ぐらいなので妥当なところだろうと判断したのだ。


「よう坊主! なかなかよくやってるじゃねぇか」

「ランバーさん」


この人物は辰真に商人になる道を示した人物である。こちらの世界に来て早々にある酒場に間違えて入った際に酒が入ったランバーに絡まれたのだった。その際に(若干隠している部分はあるが)愚痴を聞いてもらい、ちょっとした手助けもしてもらった。


「あのときは本当にありがとうございました。協会の紹介から援助までしてもらって……」

「いいってことよ。それで? どうにかやっていけそうか?」

「はい、おかげさまで。これ借りた資金です」


辰真が持っていたのは開業資金として渡された20000ダル。これのおかげで今があると言っても過言ではなかった。このひと月で辰真はそれを回収して返せるぐらいの儲けは出していた。


「いや、そいつは受け取らねぇ」

「えっ?」

「そいつはいわばテストのために渡したもんだ。喜べ、お前さんは合格だ」

「……えっ?」


明らかに辰真は思考が追い付いていなかった。一体何を言っているのかと。


「嫌味に聞こえるかもしれねぇが正直なところ20000ダルぐらい俺達には大したことはない。それ以上に欲しいものを手に入れるために必要な経費なんだよ」

「必要な物?」

「酒場の経営者の発掘だ」

「…………はい?」


更にわけがわからない。そんな顔を辰真はしていた。そもそもそこまでするものなのかという疑問が辰真の顔に書かれていたのだろう。ランバーはそれを察して話を進める。


「俺達は自分で言うのもなんだが国の中じゃ屈指の冒険者集団だと思っている。そんな奴らが冒険者協会の酒場で飲むのは居心地が悪いんだ」

「まぁ……なんとなくはわかりますが……」


有名人ともなれば顔も割れる。その状態で大衆がいる中で過ごすというのはそれなりに神経を使うものなのだろう。


「そこでだ。専用の酒場を作ろうって話になった」

「でもお金があるならご自分でもどうにかなったのでは?」

「確かに建物はどうにかした。だが、誰かが店の管理もして戦いもするっていうのは正直きつい。だから裏方を探すことにしたんだ」


その一言の後ランバーは辰真を指さしてこう言った。


「合格だ。お前さんにうちの店を任せたい」

「……それは普通に募集しても良かったのでは?」

「できればあんまり知らない奴に任せたかったんだ。どちらにしても知らない奴に任せないといけない以上顔を知らない奴の方が人柄を知るにはいい。だから他国の人間でも気にしねぇ」


辰真はランバーには自分が異世界から来たとは言ってはいない。また、どこから来たとも言ってはいないが現代の服装を見てランバーは他国から来たと判断した。


「どうだ? 基本的に店の経営は俺らはノータッチ。宴会できるスペースとうまい飯さえ出してくれりゃ文句はねぇ。サンドイッチだったか? 割といい売上みたいだし味は大丈夫だろう」

「……経営はさすがにやったことがないんですが」

「そこは知り合いの伝手でサポートをつける。これでも嫌か?」

「いえ……そうではなくて……少々疑心暗鬼になってまして……」

「??」


ランバーにはわからなかったが、辰真には話がうますぎると感じていた。それもそのはず、元の世界じゃ無い内定の学生だったのだ。


合格。この言葉を聞いたのはどれくらいぶりだっただろう。この言葉とともに今までの記憶がよみがえってきた。


頭が真っ白になり悔しい思いもした。自分から仕切り出した癖に討論をひっかきまわした奴もいた。


自分が必要とされているかわからない状態で過ごしてきた辰真には内定……とは言えないが自分を必要としてくれるところがあったということ自体が信じられないことだった。目から溢れるものが出ているのを感じる。自身から見えるランバーの姿がずいぶんとぼやけて見える。


「はい、ランバーさん。よろしくお願いします!」


赤くなった目で涙を拭きながら辰真は答えた。彼の就職先は現代ではなく、異世界の酒場であった。




「……お前本当にああいうの苦手だったんだな」

「……すいません。ああいう場は本当に苦手で……」


翌日、商売協会でお偉いさん達の前で面談のようなものを行った辰真だったが、やはりというかまた頭が真っ白になっていた。決意は固まってもそういう意味での克服はまだ遠い先の話になりそうだ。

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