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殺人世界  作者: 一ノ瀬樹一
蒼闇の黒魔女 編
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砂漠の都市モルゲン

 炎天直下。

 灼熱の太陽の真下、果てしない砂漠地帯を淡々と進む私達には、もういい加減にウザったい熱線にかなりまいっていた。獣人種セリアンスロープのミネリス三姉妹も、この暑さには耐えられないようで、三女のルルセは、犬のように舌を出してゼェゼェと苦しそうで、視界は朦朧、とにかく限界が近いように思えた。

 私は私で、頭から膝下まであるフード付きのローブのお陰で、皮膚の火傷は間逃れたものの、激しい喉の渇きと温度によって奪われた体力は、すでに限界に達していた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……ま、まだ…………着かないのか?」

「ゼェ…………ゼェ…………ゼェ…………ゼェ…………」

「はい…………もう、そろそろ見えてくるはずなのですわ…………」

「ゼェ…………ゼェ…………ゼェ…………ゼェ…………」

「二時間前も、そんなこと言っていたが…………道を……間違えたんじゃないのか?」

「ゼェ…………ゼェ…………ゼェ…………ゼェ…………」

「そんなはずは…………ちょっと、地図を確認してみますわ」


 マルセは、大きな地図を広げ、現在地を確認し始めた。

 GPSがない異世界では、未だに地図に頼るしかないので、測量士ならぬ地図職人が職業として確立している。

 しかし、一面砂の海のこんな砂漠で、目印となるものはないに等しい為、確認したところで正確な現在地を割り出すことは不可能に近い。

 それでも、賢明に星と太陽の位置から、大体の現在地を示したマルセには驚かされた。

 まあ、検証する術がないので、指摘することはできないが……。


「解かりましたわ! あと……一時間も真っ直ぐ歩けば、目的のモルゲンに着きますわ!! あと少し、頑張りましょう」

「い、一時間も歩くのかっ!!!!! 私はもう限界だぞ」

「しかし、この辺りは木陰もありませんので、大変ですが気力を振り絞って、進むしかありませんわ」


 砂漠で休憩を取るには、太陽の光を遮る木陰が必要不可欠だ。太陽の光で熱せられた砂が、熱を照り返し座るだけで皮膚が火傷をしてしまうからである。

 最悪なことに、辺りを見回しても木はおろか、大きな岩もない為、太陽の光を遮るものが全くなかった。

 かと言って、このまま立ち止まっていても事態は解決しないので、しかたなく歩みを進めた。


 ………………………………………………………。


 ………………………………………………………。


 そして、三十分後。


「うん! クン、クン………………クン、クン………………お、おい。水の匂いがするぞ!!」

「え!? クン、クン………………クン、クン………………ほ、本当だっ!!!!」

「何っ!!!!!? 本当か!?」


 リリセとルルセの嗅覚センサーに、水の反応があったようで、曇っていた表情が一瞬にして明るくなった。

 ミネリス三姉妹は、イヌ科の獣人種セリアンスロープ固有の嗅覚、聴覚が異常なまでに高い。

 数キロ離れた所から、落したコインの音を聞き分けられるほどだ。

 さっきのマルセの地図よりは、信憑性が高いと言っても過言ではない。

 すると、リリセが大きな声で言った。


「間違えない!! 見ろ、あそこだっ!!!!」


 リリセの指さす先には、この砂漠に似つかわしくない豊かな緑に覆われた都市が見えた。

 すでに、体力は枯渇していた私達だったが、歓喜の声を上げ都市へと走っていった。


 

 都市モルゲン。

 砂漠地域に存在する、水と緑のオアシス。

 大陸の南に位置するこのモルゲンは、砂漠の中心にある貿易には欠かせない拠点となっている。

 地下から湧き上がる膨大な水が、豊かな緑を作り、ここが砂漠の中にある都市とは思えないほどに発展した都市だった。

 モルゲンに着いた私達は、美しい緑に目も暮れず、酒場に直行した。


「ん……ん……ん……ぷっはあああぁぁぁぁぁっ!!!! 生き返った!!!!!」


 モルゲンに着く前、すでに水は底をついていた為、この数時間はまったく水を口にすることができなかった。

 渇いた喉に、水が浸み渡り、全身が喜びの声を上げるのを感じる。

 水がこれほど、うまいものだと感じたのは、生まれて初めてのことだった。


「さて、喉を満たしたところで、次は……飯だっ!!!!」


 タイミング良く、注文しておいた大量の料理が、テーブルへと運ばれる。四人で食べるには、大分量が多いいと思ってはいたが、今日一日何も口にしていなかったこともあって、無我夢中で料理を口へと運んぶ。


「モグモグ…………モグモグ…………モグモグ…………モグモグ…………」

「モグモグ…………モグモグ…………モグモグ…………モグモグ…………」

「モグモグ…………モグモグ…………モグモグ…………モグモグ…………」

「モグモグ…………モグモグ…………モグモグ…………モグモグ…………」


 相当に腹が減っていたようで、四人とも無言で料理を貪っていた。

 三姉妹を見ていると、まるで餌に群がるイヌ畜生そのものであり、とても行儀の良いものではなかったが、そもそもが、異世界で食育と呼ばれるようなものが、存在するわけもないので、本能のままに貪る方がむしろ自然なのかもしれない。

 獣は、あくまでも獣でしかなく、生命を貪ることに意味を持とうと思うこと自体が、ナンセンスなのだと私は思った。


「ぷっはああああぁぁぁぁぁ。喰った、喰った!!」

「本当、生き返りましたわ」

「もう、動けない。動けないです」


 テーブルに十人前はあったはずの料理は、見事に食器だけを残して胃袋へと流し込まれた。

 そこへ、食後のデザートを持って、小人種コロボックルの店主が現れた。


「いやーー、見事な喰いっぷりだったね。あんなのを見せられたら、作った甲斐があるってもんさねぇ。こいつは、サービスだ。みんなで食べてくれ」


 店主の持ってきた物は、黄色い直径三十センチはある、巨大なプリンだった。プルプルとした、甘い匂いの正真正銘のプリンで、この異世界でもプリンが食べられていることに、少しだけ驚いた。


「うっまーいっ!!!!」

「どれどれ…………本当、うまいな。こんな、うまいプリンが喰えるなんて、思ってもいなかったよ」

「へー、これプリンて言うのか?」

「え!? 知らないのか?」

「うん、初めて食べたよ」


 ルルセは、初めてプリンを口にしたようだ。

 リリセやマルセにも聞いたが、プリンの存在どころか、見たのも初めてだと言う。

 この地域特有の料理なのだろうか?

 その疑問に答えたのは、店主だった。


「まあ、知らないのも無理はないだろう。ここだけの話、この料理は人間から教わった料理だからな」

「人間!? それは――」

「お……お、おい、く……苦しい…………」


 人間の言葉に反応してしまい、私は店主の襟を掴んで首を絞めてしまっていた。とても、苦しいようで、必死に抵抗する店主。

 私は、我に返り手を離した。


「はぁ……はぁ……まったく、乱暴な人間だ!! あいつらとは、えらい違いだね」

「あいつらとは、一体誰のことだい? 教えな!!」

「ヒイイィィ!!! お、教えるから、もう少し離れてれっ!!!」


 自分で思っている以上に、体が反応してしまっているようで、店主は完全に怯えきっていた。

 仕方なく、私は椅子に座り、店主が落ち着くのを待ってから、話を聞いた。


「二週間前、この都市を訪れた人間の一行に教えて貰ったんだよ。とても、親切な奴らで、オイラが荷物を運ぶのに困っていると、手伝ってくれたんだ。お礼に、料理を振る舞ったら、喜んでくれてね。お返しにと、教わったのがプリンってわけだ」

「……なるほど…………それで、その人間達の特徴をもっと詳しく教えてくれ」


 店主は、その人間達の一行について、さらに詳しく話てくれた。

 胸の大きな優しい人間の女。

 大きな剣を背負う女戦士。

 小さな混血児キメラの男の子。

 そして、左目に傷を持つ、どこか悲しい雰囲気を持つ人間の男。

 それが、店主の出会った人間達だった。


「それで、その人間達は、どこに向かった?」

「それは…………それだけは、教えられない!! お前達のように嫌な奴らと、あの人間達を会わせるわけにはいかない。それだけは、出来ない!!」

「そうか…………それは、残念だな……では、どちらか選ばせてやろう。このまま話さずに死ぬか、行先を話して生きながらえるか、どちらか選べ」

「なんて卑劣な……」

「何とでも言え、さあ、どっちにする? 死ぬか、生きるか?」

「……………………………………わ、解った。言うよ、言うから殺さないでくれ」


 自分の命と引き換えとあっては、さすがに観念したようで、店主は行先についても話してくれた。

 

「おい、いつまで食べている。そろそろ行くぞ!!」


 私と店主のやり取りに目もくれず、黙々とデザートのプリンを口に運んでいる、三姉妹に注意して、店を出ることにした。

 まだ、途中だったようで、相当睨まれたが、すでに二週間に旅立っていることもあったので、急がねば追いつくことができないと判断してのことだった。

 渋々納得して、三姉妹も席を立つ。

 店の出口に向かう途中、店主の呼ぶ声が聞こえた。


「あ、あのお客さん…………お代の方は…………」

「ああ、それなら――」

「い、いいえ…………お代は結構ですっ!!!!!」


 ポケットのプレートを取り出そうしたら、何を勘違いしたのか殺されると思ったようで、お代を払わずにすんだ。

 別に、払うつもりだったのだが、これから向かう先のことを考えると準備に金がかかるので、好意(?)に甘えることにした。

 やはり、私はあの店主が言うような悪い人間なのだと、改めて自覚した瞬間だった。

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