百獣の皇女セシリア
セシリアを警戒しつつ、ナーサに駆け寄るダスラと僕。
槍を抜き、ダスラは着ていたスカートの裾を破り止血する。
痛みに耐えるナーサであったが、止血の為布を縛った際に激しく顔を歪めた。
「大丈夫かナーサ!!!」
ナーサを抱き、ダスラは声をかける。
おそらくは大丈夫なはずはないが、ダスラを心配させない為にナーサは大丈夫――と笑顔で応えた。
その間、僕は何をしていたのかと言えば、剣を抜きセシリアを警戒していた。
「にはははは。ボクが『百獣の皇女』セシリア・ゴルセイル第六皇女様だ!頭が高いぞ人間!!」
ネコ科の獣人族なのだろう、猫耳と鬣を思わせる髪型が如何にも百獣の王を思わせた。
頭に小さな王冠を被り、堂々とした高圧的な態度が皇女であることを物語っていた。
そのセシリアの影に隠れるように、肘から下を失ったガルが姿を現した。
「こいつだセシリア!こいつが俺の右腕を奪った男だ!!!」
「ほう……こいつがねぇ」
全身を舐めるように、セシリアの視線が僕の向けられる。
まるで、蛇に睨まれた蛙のように体が硬直し、動かなくなってしまった。
早く仇を討てとばかりに、ガルが騒ぎ立てる。
「セシリア!!早くこいつらを殺してくれ!!!」
「……ああ、解かってるよガル。でも、それはちょっと難しい話だぞガル」
「な、なんでだよ!!!」
「まあ、人間共は大したことないが、あの女は人間じゃない。あれは『紅焔の魔剣』ミネバだな」
「こ、紅焔の魔剣!?あの伝説の兵器か!?」
ミネバは僕が思っていた以上に有名だったらしく、ガルの表情が一転して恐怖を感じている。
これなら、やり過ごせるかもしれない。
僕は腰に手を当て堂々と言った。
「ああ、そうだ。このミネバはあの伝説の兵器『紅焔の魔剣』だ。僕達を見逃してくれるなら、手荒な真似はしない。どうする?」
これは、一か八かの賭けだった。
さて、この皇女は決断するのだそうか……。
「…………………………………」
「……………………………にっ」
「にっはははははははははははああぁぁぁぁ!!!!」
セシリアは突如高笑いを浮かべた。
僕の心の中をあざ笑うかのように、その笑い声が森中に響き渡る。
「面白いことを言うな人間、名前を聞いてやろう?」
「…そ、空だ!」
「空か。では空、ボクがそんなことで怖気づくと思ったのか!!ボクは相手が強いほど燃えるタイプだよ。それに、魔剣の女は本調子ではない。今のそいつに、ボクを倒すことは出来ない」
「………え!?」
「ご主人様。確かにあのネコの言う通りです。今の私には勝てません」
賭けは、僕の負けが勝敗がついた。
戦いを回避することは出来ないらしく、僕は覚悟を決め、剣を再び握り締めた。
僕の考えを読み取ったのか、セシリアは背負っていた大型の斧を手に持ち構えた。
「にはははは。空、その潔さをボクは嫌いではないぞ、さあ始めようか殺人ゲームを!!」
「ああ、ただし、死ぬのはあんただけどな!!!!」
精一杯の見栄を張り、僕はセシリアに向かって走った。
「うおおおぉぉ!!!!!!」
「ダメだ空、屈め!!!!」
「え!?」
ブゥゥゥオン!!!!!
セシリアの斧が、横一線に空を切り裂いた。
僕は、間一髪ダスラの声に身を屈めた為難を逃れたが、後方の木は音を立てて切り倒された。
セシリアの戦闘力を思い知った。
「ぼーっとするな、左に跳べ!二撃目が来るぞ!!!」
ブゥゥゥオン!!!!!
ドッガーーン!!!!!!!!
セシリアは、全体重をかけ斧を縦に振りおろした。
ダスラの声で、これも躱すことが出来たが、地面爆破したような破裂音が辺りに響いた。
破裂した地面を見て、斧による攻撃とは思えない威力に僕は戦慄した。
それにしても、ダスラにはセシリアの攻撃が予測出来るのだろうか?
一度ならず二度までも、セシリアの攻撃から身を守ることが出来た。
偶然とは考えられない……。
「お前えぇ……『悪魔の力』に目醒めているな!!!」
「……良く解かったな……私の二つ名を知らないのか『真眼の魔女』ダスラだ!!!」
「そうか!お前が『真眼の魔女』だったのか!それなら、お前から殺す!!!!!!」
セシリアは標的を、僕からダスラに代え襲い掛かった。
ナーサを抱いているダスラは動くことが出来ず、このままではセシリアの攻撃を避けることは出来ない。
絶対絶命のピンチに、僕は目を伏せてしまった。
ドッゴーーン!!!!
鈍い音が響い渡り、僕は恐る恐る目を開けた。
そこにはグチャグチャに飛び散ったダスラの姿ではなく、ミネバが立っていた。
セシリアはダスラに気を取られて、ミネバの存在を忘れていたらしくその隙を突かれたようだ。
少し離れたところで、セシリアは腹を抑え横たわっていた。
「くそ……ボクとしたことが、魔剣の存在を忘れていた……」
「良くやった!!ミネバ!!!!!」
「やりました、ご主人様」
ミネバは無表情な顔で、僕にVサインを送った。
後で、こういった場合は笑顔でするのだと教えることを心に誓った。
それは置いておいて、ミネバの活躍でセシリアの相当なダメージを与えることが出来た。
しかし、セシリアの取った行動に、僕は度胆を抜かれた。
ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!
ガン!ガン!ガン!ガン!
ガっーーーーン!!!!!!
地面に何度も頭を打ち付けて、額から血を流していた。
なぜこんなことをしたのか、僕には解からなかった。
「……よーーーっし、続きをしようか皆の衆!!!!!!」
先程までの悲痛の表情は消え、セシリアの顔に笑顔が戻った。
セシリアの一連の行動は『スイッチング・ウィンバック』と呼ばれる精神回復法だった。
失敗や絶対絶命のピンチの陥った時、気持ちを切り替える為に行う一連の行動を指す。
この大陸の覇者は、誰もが獣人族と口にする。
それは、単に戦闘力を指しているのではなく、この高い精神面と戦闘センスを持つ為だ。
「空、この場は一旦引くぞ!!」
「解かってる!!けど、どうするんだ!?」
「耳を塞げ!!!」
ギュイーーーーン!!!!
ダスラに言われるがまま、僕は耳を塞いだ。
すると、高音の金属がぶつかる音が響き渡った。
「ぐわっあああああああ!!!!!」
苦しみ体を丸める、セシリアとガル。
その隙を突いて、僕達は逃げることに成功した。