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殺人世界  作者: 一ノ瀬樹一
紫闇の魔人 編
18/62

シェナンテの森

 シェナンテの森の木には白骨化した死体が、いくつも吊るされていた。

 その異常な光景は儀式めいていて、寒気を感じたが、ナーサが言うには植物種マンドレイクの習慣だそうだ。

 植物種マンドレイクは比較的温厚な種族で、争いごとを好まない。

 しかし森も荒したり、仲間を傷付けた者に対しては容赦なく牙を向く。

 その見せしめとして、死体を木に吊るし警告の証としている。

 呪いや儀式でなくてよかったと正直ほっとした。

 

 それでも異常な光景に変わりはなく、その雰囲気が僕の判断を鈍らせたのだろう。

 ナーサとダスラい対して、答えにくい質問をしてしまったらしく、場の空気は凍り付いた。

 

 なぜ火ノ村からゼノールに来たのか?

 なぜガルから奴隷のように扱われていたのか?


 しばらく続く沈黙を破ったのは、ナーサだった。


 「…空様はこの世界のことを、どう思っていますか?」

 「そうだなぁ…やはり、殺し合いを合法化している殺人ゲームがある以上、この異世界を僕は異常だと言わざるおえない」

 「そうですか…私達もそう思います。綺麗な川や豊かな自然があっても、殺人ゲームがある以上、殺し合いの絶えない暗い影に覆われている……それがこの世界です」

 「ああ、殺人ゲームさえなければ、この異世界は素晴らしい世界だと思う」


 この豊な自然や綺麗な空気、そしておそらくは豊富な資源もこの異世界にはたくさん残っている。

 その全てが失われつつある僕のいた世界からすれば、この異世界の魅力に繋がる。

 ただ一点だけ、殺人ゲームさえなければの話だが………。

 ありがとうございます――とナーサは言って、話を続けた。


 「空様は、殺人期限を知っていますか?」

 「殺人期限?聞いたことないな……」

 「殺人ゲームに参加する者は、一ヶ月間殺人を犯さないとプレートから警告され、カウントダウンが始まります。そしてその警告を無視し、さらに一ヶ月間殺人を犯さないと……その者は、突然死んでしまうと言われています」

 「…………………………」


 殺人ゲームに参加をしているからと言って、殺人を犯さなければならない訳じゃない。

 現にこの異世界に来て三ヶ月、僕は自分から殺し合いをしたことはなかった。

 巻き込まれる形でいたから、てっきり殺人ランクを上げる為に襲ってきていると思っていた。

 しかし、この殺人期限がある以上、嫌でも二ヶ月以内には殺人を犯さなければならない。

 殺人ゲームの停滞に対しての処置なのだろう。

 まったく恐ろしいルールだ。

 

 「私の両親も空様と同じ世界から来ました。当然殺人ゲームに参加させられていましたが、この世界で暮らしていくことを誓い、幸せな生活が続きました。しかし、ある日猟から返って来た父は左足を失う怪我をおってしまいました。その為、殺人期限が迫った父はどうしたと思います?」

 「ど、どうって……想像も付かない」


 「父は……は…母を殺すことで、殺人期限から逃れたのです………」


 ナーサは右腕を掴み、小刻みに震えていた。 

 その時の恐怖を思い出しての行動だったのだろう、まるで自分を慰めているように見えた。

 正直、気の毒に思ったが、彼女達の不幸はこれで終わらなかった。


 「そして父は、母を殺した辺りから何かに憑りつかれたように人が変わってしまいました。私やダスラに暴力を振うようになり……私達は暴力に耐える日々が続きました………。

 そして一ヶ月が過ぎた頃、……ち、父は――」

 「ナーサ!それ以上は………」

 

 ダスラがナーサの話を制止した。

 その顔には、これまで見せたことのない表情で怒りではなく殺意を感じた。

 それ程までに話たくない内容なのだと察しがついた。

 

 「大丈夫よナーサ。私は大丈夫だから………」

 

 興奮するダスラを抱きしめて、ナーサは落ち着くように言う。

 この姉妹はお互いを大切にしている気持ちがとても伝わり、妹を持つ僕もいつか二人のようになりたいと心から思った。

 しばらくして落ち着きを取り戻したのか、ダスラはナーサから離れ手を握った。


 「失礼しました空様、話を続けますね。父は、ダスラを犯そうとしたのです」

 「え!?」

 「おそらく殺人期限が迫り、正気ではなかったのでしょう。私が買い物から帰ってくると、ダスラは顔を腫らし服を脱がされ、今にも行われようとしていました。それを見て、わ、私は――」

 「もういいよ!!ここからは私が話す!!」

 

 ありがとう――と涙を流し、ナーサは下を向き手で顔を覆った。

 声を殺して肩を震わせ、ナーサは子供のように泣いていた。

 ダスラの目にも涙が溜まっていたが、手で拭い僕を見つめた。


 「ナーサは、私が代わりになる――って言って、あの獣に犯された。無力な私は、ただそれを見ていることしか出来なかった!!…………その日から、あいつは度々ナーサを犯すようになった。これが実の父親のやることか!!!!!」

 「!?」

 

 ダスラは僕の胸ぐらを掴んだ。

 突然のことに驚いたが、それよりも驚いたのは、ミネバの行動だった。

 ダスラの手を振り解き、そのまま投げ飛ばした。

 しかし、ダスラも負けず、木に激突する寸前に体を捻り態勢を立て直した。

 ダスラの持つ身体能力の高さにも驚いた。

 

 「貴様、何をする!!!」

 「ご主人様に手を出すな」


 お互いに目を逸らさず、構えたまま動かない。

 一触即発のこの状況に、僕はなす術なく見ていることしか出来なかった。

 

 「おやめください!!!!」


 先程まで泣いていたナーサの声だった。

 その声にダスラは警戒を解き、ミネバも攻撃の意思を感じなくなったので、構えを解いた。

 危うく仲間割れになるところだった。

 

 「ダスラ落ち着いて、空様は悪くないでしょう?」

 「………………………」


 ダスラは父親の一件以来、極度の男性恐怖症になってしまったとナーサは言う。

 確かに、これまでの経緯を見ていると、男の僕に対する扱いに若干の悪意を感じていた。

 その原因にこんな話が絡んでいたこと思ってもいなかった。

 ダスラが興奮しているので、ナーサが代わって話を続けた。


 「そして、父の殺人期限が明日に迫った夜、父は私を殺そうとしたのです。いつものようにベッドで父に抱かれた後、隠し持っていたナイフを父は私に振りかざしました。しかし、ナイフは私に刺さることはなく、私を救ってくれたのは、このダスラなのです――」


 ナーサが身代わりになったことで、ダスラは自分を責めていた。

 何も出来ない無力な自分に、せめての償いとしてナーサの命を救ったのだった。

 しかしその代償としてダスラは、この異世界の異常なルールを体現することになった。


 「殺人ゲームの参加資格を得るには、誰かを殺すことが条件です。この世界では殺人者に対する罪は、殺人ゲームに強制参加させられることなのです」

 「それじゃあ、ダスラは………」

 「はい、殺人ゲームの参加者です」

 

 僕はプレートでダスラを検索した。

 

 ……。


 …。


 !!。


 検索結果。


 【白鐘ダスラ】

 殺人ランク:九九二位

 種族:人間

 二つ名:『真眼の魔女ダスラ』

 殺人報酬:五00000ルニア


 ダスラの殺人ランクは、僕より上ですでに三ケタ代だった。

 彼女の先ほどの身のこなしが何よりの証拠だろう。

 そんな彼女がなぜ、ガルの奴隷になっていたのかその答えがセシリアだ。


 火ノ村を出た彼女達は各地を転々としていた。

 そしてこの森を抜けてゼノールに向かう途中、セシリアに出会ってしまった。

 セシリアの強さの前に、ダスラですら歯が立たず、命を助ける条件としてフィアンセの奴隷になるようめいじた。

 この異世界、特に上流階級の間では、奴隷を持つことは珍しくなく、実際に売買されているとも聞く。 これが、彼女達の話してくれた真実だった。


 「そうだったのか……そんな辛いことがあったとは思いもしなかった。話してくれてありがとう」

 「いえ、私もお話が出来てよかったと思っております」

 「それじゃあ、一刻も早くナーサ達の故郷へ行くとしよう。休憩も十分取ったしね」

 「はい……………ん!?」

 

 ドスっ!!!

 

 「あああああああああ!?」


 ナーサの肩口に長い柄の槍が突き刺さった。

 おそらくは遠くより投げられたのだろう。

 深く突き刺さる槍に、ナーサの赤い血が滴り落ちる。

 一瞬の出来事に僕は大声をあげた。


 「にはははははは。ボクから逃げられると思ったのかい?」


 笑い声をあげ、姿を現したのは『百獣の皇女セシリア』だった。

 僕はナーサとの約束を守ることが出来なかった。

 

 

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